そろそろ 潮時かな

このブログ 青空の彼へ

ということで 途中脱線しながら

他にも やりたいこと

楽しいことが あるというのに

ひたすらに 書いてきました

 

長い間

彼と 離れていることで

ひとや ものの大切さ

愛情 を知ることができた と

思います

彼にも みなさまにも感謝

ありがとうございます

 

正直 書きながら

わたし いったい

なにをやってるんだろう と

ばからしくなるときも 

面倒くさくて 嫌になるときも

ありました

 

途中

ちょっとばかり

ドクターや同じ病気のかた

誰かの お役にたてないかな と

書いてみたり

 

スピリチュアルを知り

ライトワーカーになりたくて

心と体の記事を

書いてみたり と

 

彼への思いは

変わらずですが

時代の変化に影響されながら

わたしも

変化していきました

 

メモ帳がわりにしていた

記事もありました

 

なにより

いつか彼が

連絡してくださると 信じて

 

電話番号が変わったので

連絡先を

増やしておきたい という

思いが ありました

 

どこからでも

わたしが わかるように

しておきたかった わけです

 

ウェルカム~解放 としていたら

彼が連絡してくださる

というわけでは

ないんですけれどね (*´σー`)エヘヘ

 

ココで

ばかなことを言って

騒いでいた日々も いい思い出です

あのころも 楽しかったな

 

まだ いつまでに

とは考えていないのですが

そろそろ 

ココを 閉めるときがきたと

感じています

 

ココは

わたしには 気晴らし

彼には苦痛かも (想像ですが)

と考えると

必要を 感じられなくなりました

 

それに

わたしの日常を

長々と 一方的

赤裸々に 

世間にさらしまくっていても

仕方がなく

意味が わかりません

 

かなり前に

T☆itterを消去

Y☆uTubeやルームもやめています

ショップもお休み中で

 

書いてきたように

現実の

大切なものを 優先してきました

 

というわけで

そろそろ 終了してしまうかも

しれません

 

だらだら

続けていたら すみません(;^ω^)

 

もともと

意味がない

必要ないと感じるものを

執着までして

続けるタイプではなかったのですが

 

彼への思いから

こんなに長く

さまざまな チャレンジを

続けました

彼 みなさま

本当に

ありがとうございました

 

どんなことも

いつかは

終わりがくるもの

次のステージが 用意されます

 

彼について 家族について

やれることは

やってきたと思うので

 

もう

わたしが どうしているか

何を考えているか

わざわざ彼に ココに書いて

伝えなくても いいかな

そろそろ潮時かな と考えています

 

彼への思いは 今も

これからも 変わりません

 

過去記事は

そのままにしておきますので

気軽にお入りください

(コメントに気づいたら

ご返事しますね)

 

長い間

Popをかわいがっていただき

ありがとうございました

 

相談に のっていただいたこと

励ましのお言葉

お叱りのお言葉

すべてに 感謝しています

2024年4月28日 (日)

金 金金

長男は

変わらず 彼女の親に反対され

彼女も 一緒になって

3(彼女と彼女の親)対1(長男)で

長男を

責め続けている状態

 

彼女は ヒステリーに

金のはなし ばかりしている

 

親族 全員

金の亡者で

金のはなししか しない

金目当て

だと わかった

 

彼女には 友達が

ひとりもいない

 

彼女の話 には

事実ではない

わたしとの 被害妄想もあり

狂ったように

長男を 責めている

 

彼女は

長男と 私たちが 悪いと

次々 悪口を探していて

悪口ばかり 

 

彼女は

親が おかしいから

長男も おかしいのだ など

暴言も多い

 

私たちは

同じ土俵に

成り下がりたくないので

 

彼女 彼女の両親のことを

いっさい 悪く言っていない

 

わたし 旦那 次男

食事会の 私たちの

彼女からの 印象は

とても よかったそう

 

彼女から

奨学金返済がある

(旦那支払い)

次男に収入がない

老後の貯蓄は?

老人ホームの費用は?

長男の家族は いっさい

世話をしないからと 言われ

 

彼女からは

金の はなしばかりで

金以外の話には

まるで 興味がないそう

 

怖い

 

長男が

おおらか なので

 

彼女に 一緒に

金にギスギスしてくれ と

言われたそう

 

わたしから

うちは 貧乏ではない

家柄も悪くない 説明をすると

 

彼女から

金を出さないのに

そんな話を 聞かされても

なんの意味もない と

長男が ののしられた

 

彼女から

奨学金を

旦那が 一括返済しろ

旦那の 貯蓄額を教えろ 

旦那が払えなくなるに 違いない

など

失礼なことを 言われ

 

貯蓄額は 個人情報で

結婚も していないのに

教えられない と

わたしが 答えた

 

ひどすぎる

 

彼女からは

失礼で 非常識な

金のはなし ばかりで

長男が 困っている

 

わたしも

ひどく傷ついた

 

長男は 

彼女や 彼女の親ではなく

長男が悪いと 思っている

 

彼女から

収入のない わたしを

害虫のように 扱われ

 

次男を悪く言われ

いますぐ

無理矢理 働かせろ と

言われた

 

普通なら

家族を 悪く言われたら

別れる

 

長男は 怒らず

彼女と 同じ考え?!

気にしていないそう

 

悲惨すぎる

 

長男は 家族への

優しさや 思いやりを

無くし

 

なんとか

彼女と彼女の親を

説得できないか と

悩んでいる

 

彼女に

洗脳 催眠 詐欺 おどし

というような

盲目以外のものも 感じる

 

長男と5年半ぶりに

話し合いが できたけれど

 

彼女から

親と仲良くして

金を引き出してこいと

指示されていた

 

ひどい

 

ゴールデンウィークまでに

旦那が

奨学金の一括返済

一括返済しても

老後の貯蓄がなくなるなら

するな

 

次男の就職が なければ

近づくな

 

挽回できなければ 別れる と

何度も おどされたそう

 

悪魔のよう 

 

彼女に

責められ 苦しみながら

長男は 挽回したいと

話していた

 

長男は

仕事が 忙しいのに

彼女からケチをつけられ

転職まで 命令されていた

 

彼女が 何時間も

ヒステリーをおこし

期限つきで おどしてくるので

 

長男は げっそり

食事も 食べられないでいる

 

胸がいたくなる

 

わたしから

次男の将来は

次男のために あるので

要望には 答えられないと

返事をしたら

 

これから

次男の学費がかかる と

金の話 ばかりになり

手が つけられないそう

 

ひどすぎる

 

次男への

差別や偏見ではなく

金 金金だけ という

女性だと わかった

 

長男に アプローチ

近づいたのも

彼女の

学歴コンプレックスからと

金目当て だったのだろう 

2024年3月27日 (水)

わたしが いらない

最近

わたしが いらない

という

家族の トラブルがあって

前記事を 書いた

 

わたしは

もともと 

自己肯定感が低く

なりやすくて

 

息子のために

息子を悲しませたくないので

生きてきた

 

わたしが いらないと

知ったとき

 

わたしは

必要ないのだろう

いなくなりたい と

思った

 

我慢しすぎることと

いなくなりたいと思うのは

もはや癖

みたいになっている

 

傷つくことばかりが

続いて

これでもかと

いためつけられ

 

昔の傷も ついでに

えぐられた

自分で

えぐったかんじもする

 

わたしは

大切なひとに

問題があれば

理解しようと努力して

解決できるまで

解決できなくても

最後まで

寄り添っていくけれど

 

わたしのことを

理解してくれるひとは

残念ながら

まわりには いない

 

寄り添って

考えてくれるひとも

いない

 

本当に

助けてくれるひとも

いない

 

自分で自分を

助けるしかない

 

依存したいわけでも

頼りすぎるわけでも

ないのだけれど

 

もともと

ありのままを話して

相談をしたり

アドバイスを聞いたりしながら

よりよい選択をしていく

という性格 なので  

 

まわりの 誰かに

相談しようとして

意味がなかった 経験が重なって

 

自分で できることは

自分で

やってきた

 

気づきや

学びを大切に考え

 

愛情を持って

責任も感じて

いつも ひとりで

頑張ってきたけれど

 

気づいたら

孤独で

 

無価値な自分が

ぽつりと いる

 

必要ない 価値のない自分は

いなくなればいいと

いつものように 思い

 

ああ

でも次男が

わたしのことで

後悔する 悲しむことは

できないなと

考えなおす

の繰り返し

 

腹を立てているときは

まだ

感情があって

いいのだけれど

 

謎の体調不良が

続いて

ざわざわ もやもや

 

たまに限界をこえて

感情が

なくなったみたいに

心が しんと静かになる

 

マヒしたような

これしか ないような

怠けているような

おかしな 気持ちになる

 

わたしって

こんなものよね と

 

あたたかさとは

無縁なのが

当たり前のように感じて

 

たいした人間でもないし

こうなるのも

仕方がないか

自分にも悪いところがある

体力もないからね と

 

あきらめる というのか

納得してしまう

2024年3月25日 (月)

何より大切なことは

ひととして生きていくのに

何より大切なことは

なんだろう

 

お互いを尊重しながら

認めあい 許しあい 助けあい

どんなことも

受け入れる心を持つこと

だろうか

 

大切なひとと

共に 生きることだろうか

 

もしも

偏見や差別ばかりの

あなたに

病気や障がいがあったら

どう思うのでしょう?

同じように

思うのでしょうか

 

排他的な考えは

とても 悲しいこと

 

偏見や差別意識は

ひとを

自分 家族を

幸せには しないよね

 

幸せ

と思っていても

表面だけで

いつか

剥がれ落ちるメッキみたい

 

本当に

幸せに生きる道を

ゆっくり 冷静に

話し合う必要が ある

 

お互いを 認めあいながら

心から 分かちあい

幸せに 生きていけるように

 

じっくりと

時間をかけて

話していくことが

大切なのかな

 

ひととして 大切なことを

みんなで考えて

答えを 見つけていけば

 

必ず みんなが

幸せになる道があるはず

 

ひとりじゃないよ

 

今日も お疲れ様

 

今まで

本当によく

頑張ってきたと思う

 

まずは

自分で自分を

ほめてあげよう

2024年3月24日 (日)

学歴と収入について思う 本当の豊かさとは

あたたかい人間関係が

本当の豊かさだと思う

 

何か問題があれば

みんなで協力 みんなで考える

それが 幸せなのだと思う

 

うろ覚えのハナシでは

あるけれど

 

裕福な家の息子が

貧乏な農家に

数日暮らしに行く

というハナシが ある

 

息子が 帰ってから

裕福な家の父親が

どれだけ貧乏か わかっただろうと

声をかけた

 

息子は

うちには プールがあるけれど

農家には川があった

 

うちには 庭があるけれど

農家は 地平線まで

土地が広がっていた

 

うちには

ランプがあるけれど

農家には星空があった

 

なにより

家族に問題があれば

みんなで考えるんだ

 

ありがとう お父さん

うちが どれだけ貧しいか

わかったよと

答えた

 

というようなハナシだったと

思う

 

貧しい心には

なりたくないもので

 

学歴や収入は

生活するために 必要ではあるので

きれいごと を

言うつもりは ないのだけれど

 

小さな幸せや 感謝の気持ちを

日々忘れないようにしたい

 

そして

学歴や収入ではなく

あたたかい人間関係が

本当の豊かさであること

 

何か問題があれば

みんなで協力 みんなで考える

それが

幸せであることも

忘れないようにしたい

 

そうなれたらいいな

 

わたし ぼくが

どう思うか も

大切にしていけたら いいな

2024年3月11日 (月)

恋愛マインドコントロール 結婚

恋愛マインドコントロールに

このような記事があった

 

相手だけが正しいと教えられる

相手だけが正しい と

何度も何度も

反復して教え込む方法がある

 

例えば男性側が女性に対して

あなたの実家は良くないことをしている

と教え込んだり

相手の実家の事を蔑むような

発言をすることで

相手だけが正しく

相手の家系が正しいと判断させるように

マインドコントロールする方法がある

 

特に結婚相手になると

このような傾向が出てくることが

多くみられる

 

マインドコントロールされていると

感じたり

自分の実家のことを

貶されるような状態に

なってしまったら

あなたと

相手の将来を

少し考え直した方が良い時期に

来ていると言える

 

また実家のことを

ないがしろにするような発言が

続くようであれば

今後

婚姻生活を円満に続けることも

難しいと言わざるを得ない

 

早めに相手のことを

清算した方が良い場合もある

 

実家を悪く言う

というのは

彼女もあさはかなひと

だと思うけれど

 

結婚生活を円満に

続けられない

ということにも 気づいていない

幼すぎる

 

さらに

社会的に見て

婿養子に行く男性は

低評価されがち

現実に裕福な家に生まれ育ち

学歴に仕事

と充実しているような男性は

こぞって婿養子にはならないので

結果として

馬鹿にされたり

低く見られることになる

 

という意見もあった

2024年3月 2日 (土)

正しい居場所

正しい場所にいけば

正しく評価される という

 

自分を

正しい場所におく

というのは

なかなか難しい

 

そうでない

場所にいるとき

自分が 無価値な人間に

思えてくるのだけれど

 

自分の価値を

見失わないように

気をつけたい

 

みんなに

好かれたいのだけれど

みんなに

好かれないもので

 

大切にしてくれるひとは

いる

 

そのひとと

一緒に 生きていければ

いいよね

 

そう簡単では

ないかもしれないけれど

 

探してみたら

一緒に生きてくれるひとも

見つかる

 

探してみたら

居場所も 見つかる

 

身近にいたり

身近に あるのに

気づいて いなくて

見落としも あるなら

もったいないから

 

落ち着いたら

頭のなかで

見落としていないかな

って

考えてみたら いいよね

2024年2月21日 (水)

学歴コンプレックス

高学歴なひとほど

学歴コンプレックスがある

ということを

長男のパーティーで知ったあと

すっかり 忘れていたのだけれど

 

彼女から

学歴コンプレックスのはなしがあり

失敗という言葉を

久しぶりに聞いた

 

おそらく

学歴コンプレックスに悩むひとは

親が 学歴主義なのではないかな

 

それに

彼女は 厳しい環境下で

お友達というより

ライバルが多くいたのだと思う

 

わたしは もともと

生きる欲みたいなものが

あまり ないので

 

高学歴のひとを

他人でも 身内でも

すごいな~っと思って

憧れや 自慢のような気持ちに

なっても

嫉妬することは なかった

 

わたしは 高学歴ではない

ただの ずぼらな女だけれど

学歴コンプレックスは ない

 

息子たちも同じ

息子たちは 特に

自慢をしない ひとを悪く思わない

 

学歴 失敗という言葉も

しばらく忘れていたほどに

聞いても 口にしても いなかった

 

おそらく

わたしの みてきた世界は

違う

学びの世界 だったのだと思う

 

彼女の見てきた

厳しい世の中や

普通のひとが持つような感情は

それはそれで

直視すべき現実 なので

みてきた つもりではあるけれど

 

それより

全てを受け入れられるよう

努力したり

 

学ぶべきことは 何か

改善できることは 何か

 

自分らしく 笑っているか

まわりのひとは 幸せか

 

ということを

常々考えてきたので

そこに

失敗という概念は なくなっていた

 

人一倍

苦労してきたひとは

学歴コンプレックスなど

どこかへ 行ってしまい

 

ひととして どうあるべきか

ということだけを

みつめている ように思う

 

女性は

子供を産み 育てるために

好条件の男性を選ぶという

本能がある

 

なので

愛情のない結婚をするひともいる

 

高学歴は

確かに 魅力的だけれど

 

高学歴や失敗という認識を

忘れるくらいに

大事なことを

みつめているひとの方が

 

幸せそうに みえるのは

なぜだろう

2024年2月11日 (日)

嫉妬を乗り越える

わたしは 若い頃

女性から

嫉妬されたり ねたまれたりが

ひどくて

 

どうしたらよいのか

わからなかった

 

肯定しても否定しても

トラブルになる

 

嫉妬を乗り越える

にあたり

 

嫉妬されないくらいの

さらに うえにいく

という考え方は なかった

 

悪口を言われても

回避できる力を

身につけなければ

 

世の中には

嫉妬したり

ねたんだりするひとたちが

わんさかと いるので

 

ひとり 距離をおいた

としてもまた

ドリームキラーや

傷つけてくるひとが

次々に でてくる

 

まわりの女性に

服装や話し方まで 真似され

しまいには

わたしが

服装を変えて 話し方を変える

しかなくなった

 

弱いから つよくならなくては

ではなく

 

わたしの

傷ついた気持ちを

当たり前だよねと

大事にできれば よかったな

 

嫉妬を 乗り越えるためには

 

嫉妬できないくらいの

ひととしての高見を目指すか

 

悪口を回避できる

能力を身に付けるか

 

マイナスの感情を

大事にするか

 

というようなところだと思う

 

若い頃

それを教えてくれるひとは

おらず

 

未熟で

自分で 気づくこともなく

 

嫉妬される

ということは よいことなのに

 

女性からの暴言に

ひたすらに 苦しんでいた

2024年1月29日 (月)

お母さんを喜ばせたい

子供は

お母さんを喜ばせるために

産まれてきたという

 

お母さんが

笑ったり 喜んだりしないで

なになにしなさいと

難しい顔をしていると

 

お母さんに

話しづらくなり

自信がなくなる

 

友達にも

話しづらくなり

自信がなくなる

 

お母さんのやるべきことは

難しいことではなく

笑ったり 喜んだりすること

 

お母さんが

笑ったり喜んだりしなくて

お父さんが

笑ったり喜んだりしていたら

 

子供は

お父さんが喜んでくれることを

するようになる

 

自分はどう思うの?

自分はどうしたいの?

という大事なことを

 

いつの間にか

忘れてしまう

 

マイナスの感情を

いけないことだと思うようになり

 

マイナスの感情は

悪いことではなく

大事にすればよいのに

 

マヒしたり

我慢するようになる

 

気づいたら

自己犠牲が当たり前になって

 

誰かを 守るため

誰かを 大切にしようとして

自分を傷つけたまま

暮らすようになる

 

ひとが嫌いになる

 

誰かの自慢のために

自分が存在しているわけではない

2024年1月14日 (日)

争う

世界から

戦争がなくなればよいと

思う

 

特攻隊の

映像を観ていると

 

みなさん

お母さん と言いながら

若い命を たっている

 

家族を守るために

命をかけた

命の重みは なかった時代

 

今後は

AIが病気を無くしたり

若返りもできるようになったり

 

価値観は

変わってくると思う

 

戦争も

生物兵器やサイバー攻撃

というような

 

以前の戦争とは

違ってくるのでしょう

 

じゃんけんから

なくせばよいのでは

などと

考えてしまう

 

なぜひとは

争うのだろう

はんぶんこ でよくない?

2024年1月12日 (金)

願いを叶えたいとき

願いを叶えたいとき

具体的に 願いを書いてみたら

叶うというので

書いてみたけれど

うまくいかない

 

具体的に

こうじゃないと 進めないと

考えていると

願いは 叶いにくい

 

例えば

デートをしたい という願いの場合

 

相手から連絡があったら

やせたら

お金に余裕ができたら

などなど

願いに 条件をつけていると

 

願いにロックが かかる

 

どんな方法でも

スタートでもよいから

デートしたい

という願いより

条件つきで 複雑なので

願いは 叶いにくくなる

 

どんな方法でも スタートでも

よいから

デートしたい にすれば

願いは 叶いやすくなる

 

こうじゃなくては いけないと

思いすぎは きっと よくないよね

 

それと

願いが 楽しい願いなのに

暗い毎日を 過ごしていたら

 

楽しいと暗いには

距離が ありすぎるから

願いが 近づきにくい

 

だから

小さな感謝や喜びを 見つけて

毎日を過ごせば

楽しい願いに

楽しい毎日が 近づいてきて

願いが 叶いやすくなる

 

自分で自分に

ロックをかけたり

暗い気持ちになったりしていたら

 

キラキラした願いから

遠ざかるばかり なので

 

毎日

眠っていても

ぽかんとしていても いいから

 

キラキラしていたい な

2023年12月24日 (日)

メリークリスマス サンタじゃよ

メリークリスマス

サンタじゃよ

 

あなたは あなたのまま

今のままで 十分よいぞよ

 

あなたは あなたのままで

十分 愛されているぞよ

 

生きてくれるだけでいい ってくらいじゃ

 

アイラブユー ソーマッチ じゃ🌟

2023年12月17日 (日)

存在理由が わからなくなるとき

シにたい

ありのままでいい

自分らしくいよう

自分には価値がない と

 

さまざまな感情に

苛まれるこのごろ

 

みなさんが 強くなりたいと

思うことについて

違和感を感じた

 

強くなりたいと

言っているひとを

よくよく 観察してみると

 

気にしないひとになりたい と

思っているような 気がする

 

普通は 気にするでしょう

傷つくでしょう

というようなことに

 

鈍感になりたい

ということなのかなと思う

 

そもそも人間は

弱いのではないかな

弱いから 助け合いを学んで

 

弱い自分を 見つめ直したり

弱い自分を 許したりすることで

優しく

美しいひとになっていく

 

弱いひとを受けとめて

多くを望まない

ということは

弱いひとを 救うことになる

 

鈍感になれば

自分は傷つかなくなるかも

しれないけれど

ついでに

ひとの痛みも わからなくなり

 

鈍感であることで

みんなが悩み 嫌な思いをすることも

ある

 

だから

弱いな と感じたら

弱いまま

工夫して 生きていけばいい

 

愛されていないと感じて

なにもかも 嫌になったら

本当に 誰からも愛されていない?と

確かめてみたらいい

 

弱いまま

できないことは 断ればいい

 

そして

自分は弱いから

助けて欲しいことを

言葉にしてみればいい

 

だいたい

一回で

うまくいくことなんて ない

 

なじられたり

誤解されたりして

誰にも信じてもらえないこと

ひとに会いたくなくなること

なんて

 

やまほどある

 

ひとを傷つけるのもひと

ひとを救うのもひと

 

でも ひとは苦手

自然や動物の方が

何も言わないから

受け入れてくれるように感じる

 

休んだから

どうなるでも ないんだけど

視野が狭くなっていること

苦痛なことを

やめてみる というのも

選択肢で

 

やめて見えた景色を

知らずに

シんでしまうのは

もったいないんだよね

 

残されたひとに

どれだけの罪悪感や苦痛があるか

考えられないときは

考えられないと 思うけれど

 

医療の力をうまくかりて

やめる または

多くの選択肢が自分にはある

ということを 知って欲しい

 

そこにいてくれるだけでいい

十分なんだ

と思われていることを

忘れないで いてほしい

 

いってきますや おかえり

無くなったとき

 

ひとは失ったものの大きさに

気づく

 

誰かを愛したり

誰かに愛されたり

 

そんな未來を 信じていきたい

2023年11月29日 (水)

海外の真似 救われないひとたち

次男のメンタルクリニックや

カウンセリングを探していて

思ったのだけれど

 

病院により

ドクターやカウンセラーの

理解がなく

病気が悪化することがある

 

メディアでも

ひどいことを言われた

悪化した

というはなしを よく観る

 

病院さがしも

メンタルクリニックの

口コミは

患者さんの 受け取りかたの問題で

あまり あてにならない

 

受けてもらえるところが

少ない

断られることもある

 

日本のカウンセリングは

曖昧さ が多いように思う

 

患者さんの問題は

患者さんのなかから 解決できるまで

意見を言わない

他人の問題は

他人の問題なので

他人との距離感をはかるように

させる

というような雰囲気もある

 

精神科医でも カウンセラーでも

言ってはいけないことを

平気で 言うことがある

 

もともと

海外からきたカウンセリングを

日本で 勉強として単位をとり

実際にカウンセリングしようとしたとき

教科書どおりなら

嫌味になってしまうのではないかな

 

多分 海外の

真似では いけないのだと思う

 

だから みなさん

病院ではなく

免許のないひとや N☆O法人のかたたちに

救われているのかも

 

アメリカは

メンタルクリニックやカウンセリングの

数も多く

カウンセリングの免許取得も

日本に比べて

かなりハードで 倫理に時間をかけ

とても進んでいるそう

ストレートな言葉で 治療するみたい

 

無知な わたしの意見で

申し訳ないのだけれど

 

ユ☆グなんか くせつよ?だから

精神医療が

アメリカに渡っていったように

 

日本人向けに 直していかないと

そのまんま やっていたら

嫌味な くせつよ?になるのではないかな

2023年11月26日 (日)

ネズミ実験に続く マシュマロのはなし

以前

引きこもりが生き残る?

という記事で

ネズミの実験  人間の滅亡?を

書いたのだけれど

興味があるかたは 読んでみてね

 

マシュマロ実験

というものがあって

マシュマロを1個子供に見せて

15分我慢できたら2個あげるよ

簡単に説明すると そんな実験

 

食べてしまう子は

我慢ができない子で

大成しないというような

結果だったと思う

 

おそらく

世の中が 我慢したら成功する

という考え方だったのではないかな

 

何年かして

同じ実験をしたら

食べてしまう子は

大人を信用していない

ということが わかったそう

 

大人のせいだった

 

食べてしまう子は

想像力やコントロール力がない

ということも 考えられそうだけれどね


ある意味 

食べてしまう子は かしこいのかも

2023年11月 2日 (木)

わたしに 欠けているもの

メディアの

かみつき犬のトレーニングで

 

叱ることは必要ない

伝えるのは 「安心感」と 「優しさ」

 

ただ

「温もり」「安心感」がわからなかっただけ

なので

穏やかに

しっかり 伝えます

という説明を聞いて

 

かみつき犬が 噛みつくことをやめて

幸せそうに 甘える姿も 観て

 

これは 人間も同じねと

わたしに 欠けているものに

気づいた

子育ての反省をした

 

大人でも 子供でも

何かができるから 愛されている

できなければ 愛されないという

条件付きの愛を感じて

なら自分じゃなくても いいじゃないか 

愛されていないと知る ことって

あると 思うのだけれど

 

いやいや

できなくても 愛されている

そのままで 愛されている

無条件で愛されているよ と

伝えることが

わたしには 難しくて

 

それでいい

今のままで十分

あなたは あなたのままで

十分愛されている

という言葉も

嘘はないのだけれど

うまく伝えられず

 

わたしに 欠けているものだと

思った

 

心から

その思いを 伝えたいと思うけれど

なかなか難しい

 

これからは

長男 次男 大切なひとに

愛情をもち

もっともっと大切にしていきたい と

次男や姉に 話してみると

 

今までも できていたと思うよ

かなり 愛情もあり かなり大切にしてきたと

思うよと

言われて 少しホッとしたのだけれど

 

わたしは

いろいろなことが 欠けている

2023年10月15日 (日)

素直

疲れているときは 休む

やらなくてはいけないことは

工夫して

やりたくないことは やらない

できないことは 上手に断る

 

心と体に 素直でいる

ということは

こういうこと なのかなと思う

 

病気だから できないのだわ

まーいいか

しょーがないよね

という気持ちも 欲しいし

 

嫌なことでも

できることは やりたいけれど

 

情熱はいいとして

やりすぎていないか

こだわりすぎていないか

ということにも

気をつけていきたい

 

ほどほどって案外

難しいのだけれど

完璧さ にとらわれると

抜け出せなくなるので

バランスを大事にしたい

 

頑張りすぎると 嫌になるから

60くらいの心地よさで

よしとしよう

2023年10月11日 (水)

質問がなくなるとき

誰かに聞く必要などなく

答えは自分のなかにある

という

 

そもそも

納得できる答えなど

存在しない

ともいわれている

 

納得できる答えが

見つかったように

感じることも ある

 

病気について

シンプルに病状だけを

話せばいいのに

 

過剰に反応して

医師に質問しすぎる

すがったり

病気の犯人さがしをする

原因ばかりに気をとられ

理解できなければ

さらに質問して

納得いくまで 対処を聞く

なんとかしなければと

なんとかしなくてもいいのに

思いすぎる

 

という作業は

 

パッと見

家族の病気や

自分の病気に

一生懸命なようで

 

不安が強いだけ

なのかもしれないな と

思うようになった

 

自分のやるべきこと

自分が

やってはいけないこと

どちらでもないこと が

はっきりとすれば

答えのない 質問攻めは

必要なくなる

 

理解できないと解決できない と

思いすぎているうちは

前に進んでいない

解決できないこともある

 

ひとりで立てる

ひとりでも 楽しく生きていける

というのが 自立した女性 だと

思うので

 

愛情がなんだか

わからないけれど欲しい

大切にして欲しいばかりに

気をとられず

 

愛されている実感など

なくても

自分で自分を愛せていたら

それはそれで よくて

 

自分が誰かを

力一杯愛していたら

それは 素敵なこと

 

愛されるより

愛している方が幸せ

というからね

 

物事を

ない あるで

極端に判断するのも

よくないかな  

 

ない のに

自分だけ努力し続けるのも

ないと

気づいたら やめたい

 

自分を

守るためにでてきた

自分が感じる感情 を

大切に

 

不安なら 不安で

不安な自分を 許してあげたい

許せないなら 許せないで

許せない自分を 許してあげたい

 

正直に

自分らしくいられることが

できれば

何も 恐れることはないと思う

2023年9月24日 (日)

傷ついたひと 聞き手

聞き手の関わりかたについて

今まで

腹立たしさや

違和感を感じながらも

それが何なのか わからないでいた

やっと

文章にできたので

お暇なかただけ 読んでください**

 

聞き手の

すべてを受け入れる 認める

という 全面受容は

 

相手の

存在そのものを受け止める

ということで

 

条件がいらない

無条件である という 心地よさがある

 

受容には そもそも

評価や否定 意見が

存在しないのではないかな

というのが

わたしの経験から やっと行き着いた答え

 

許す 許せないという 価値観や

良い 悪いという 基準が

初めからない

というのが受容ではないのかな

 

受容する聞き手は

受容しない聞き手と違って

 

相手が感じていること

そのままを

当たり前のように受け止めて

関わっている

 

ここで

頑張って という言葉から

書いてみようと思う

 

元気なひとにとって

頑張っては

ありがとう 頑張るね

なのだけれど

 

傷ついたひと

つまり

今のままではいけない

愛されていない

価値がない

☆にたいと 思っているひとにとって

頑張っては

 

頑張っていないという

否定と

もっと頑張れよ という

意見になる

 

傷ついたひとは

頑張っているのに

これ以上

何を頑張れと言うのかと

追いつめられる

 

傷ついたひとに

頑張れを言ってはいけない

というのは

こういう理由

 

頑張っているね

これ以上頑張らなくていいよ

という言葉に

救われるひともいる

 

コメントの言葉を

お借りして

申し訳ないのだけれど

 

みっともなくていい

という言葉をかけるとする

それは

みっともないひとだ と

相手を評価して

否定していることになる

 

自分を

大切にしないといけない

という言葉をかけるとする

それは

自分を大切にしていない

大切にしなさい

という否定と意見を

言っていることになる

 

受容には

評価や否定 意見が存在しない

なので これは受容にならない

 

もう少し

わかりやすく?説明すると

傷ついたひとが

自分自身を責めている

 

聞き手が

自分を責めるのはよくないよ と

優しさから 言葉をかける

正しいこと もっともなことを

口にしたつもり

 

でもそれは

自分を責めている傷ついたひとを

否定していることになる

(たまたま目にした

心理学者が 言っていた)

 

わかっていることを

わざわざ聞き手が言う

というのも

傷つくか うざいか ってもので

 

苦しいね

つらかったね と

傷ついたひとの気持ちを汲めば

 

肯定が

的外れでなければ

傷ついたひとは多少

気持ちが軽くなると思う

 

これが

聞き手が受け入れた

ということではないのかな

 

傷ついたひとの

力になりたいなら

 

傷ついて 話しているひとを

「否定しない」

「良い 悪いなどの 評価をしない」

「自分の意見を言わない」

「アドバイスをしない」

という関わりかたが

大事になってくる といわれている

 

わたしが

できているかというと

できていないと思う

なぬ? (≡人≡;)スミマセン

 

これらすべて

聞き手が

うわべだけでなく

本心からできたとすれば

 

傷ついたひとは

気持ちを 受け止められた

わかってもらえたと

感じやすい

 

話しやすいな

もっと話そうかなと

思うようにもなるみたい

 

わたしは

全面受容を 次男で

経験しているので

(わたしには 厳しかったけれどね 汗)

 

受け入れるとはを

なんとなく 感覚で

わかってきたのだけれど

 

あまりに自然に

全面受容されていたので

最初は

不気味さを感じたり

警戒したり していた

 

実は受容

そんなに

難しいことではなくて

身近に見本がある

 

ワンちゃんねこちゃん

飼っているペットは

飼い主に 何があろうと

飼い主が たとえ悪であろうと

いつもと変わらず

側にいてくれる

もちろん 評価 否定 意見は

しない

 

だから飼い主は

無条件の愛に癒され

安心できる

 

なので

聞き手は ペットのような

イメージ

 

海や山 大自然のなかでも

心地よさを感じる

これもまた

ありのまま 自然に

受け入れられているからだと

思う

 

心の広さを

自然に例えているのは

そういうこと

なのかもしれないね

 

というわけで

傷ついたひとを

評価したり

励ましのつもりの否定

意見を言うのは

とても残酷なこと

 

ときに 傷ついたひとは

自分を守ろうとして

さまざまな行動をする

 

例えば 

部屋に引きこもる

話さないようになる

などなど

 

それを

自分を守ろうとしているのだな

と理解しないで

叱咤激励して

自分を守れなくしてしまうのは

怖いこと

 

一時的に

良くなったようにみえて 

本人ではなく

まわりが楽になっただけで

何も解決していない

ということもある

近道は 結果遠回りになる

 

受容する聞き手は

怒り 憎しみ 苦しみ

傷ついたひとの マイナスの感情を

そのまま 肯定して受け止める

 

そうすると 

傷ついたひとは

マイナスの感情を 感じている自分

悩んでいる自分は

 

ダメな人間ではなく

それで いいんだ

今の自分のままで いいんだと

感じられる

 

自分は

自分のままでいいんだと

自己肯定感が 多少高くなる

(自分で自分を肯定して

自己解決しているときも

あるよね)

 

評価 否定

意見されないことで

ありのままの自分を

聞き手に 表現しやすくなる

というもの

 

逆に

聞き手が励ましのつもりで

否定する

よかれと思い 意見を言う

正しい もっともなことを

聞き手の自己満足でぶつける

不安をぶつける

しまいに 罰を与えたり

条件をつけたりする というのは

 

溺れている我が子が

つかもうとした藁を 

知らないで 罰として

とりあげるようなもの

 

とはいえ

傷ついたひとを

目の前にしたとき

大切なひとなら なおさら

なんとかしてあげたいと思う

解決策があれば 伝えたい

あなたにも 責任があると

指摘したくもなる

 

不安なひとに

そうなるよね  不安だよね と

共感すると

 

もっと

不安になるのではないか

という

聞き手の不安もある

 

救いたいのは 誰なのかな

相手のなかにいる 不安な自分

なのか

傷ついている相手なのか

 

弱いひとと評価して

うえから目線になっていないか

依存していないかな

 

相手にかけたい言葉は

本当に これなのかな

ただの

自己満足ではないのかな

ということを

 

立ち止まり お茶でものんで

深呼吸して考えてみると

大切なものが みえてくるかも

 

わたしは

世界一はなしやすくて

あんな 優しいひとに

会ったことがないと

まわりから 言われているひと

との 出会いがあったので

 

素敵だな

あんなひとに なれたらいいなと

観察しているうちに

人生観が変わっていった


こんな発見を

ごちゃごちゃ書いている わたしは

完璧ではなく

まぁ いい加減で 無神経

未熟なひとで

学びと気づき 反省の毎日


次男のサポートをしていて

最初は

いい母親でいたい と

変に 力が入っていた


いつも明るく

いなければ いけない

何かしなければ

わたしに 何かプラスしなければ と

落ち着かなかった


わたしの

育った環境も

関係あると思うのだけれど


こうじゃなくてはいけないと

思ってきた


こうじゃなくても いいのにね


ところが ただ

わたしが 何もせず

座っているだけで

存在を

みなさんが認めてくれている

ということを

次男のサポート中 肌で感じて


ああ ただ

そこにいるだけで いいんだ

わたしは わたしでいいんだ

ということに 気づいた


ボランティア活動で

居場所づくり

命を守る活動をされている かたがた

信頼できるドクター

近所のひと

動画のなかのひと などなど


肩書き 年齢関係なく

素敵なかたから

学ぶチャンスは いくらでもあるので


危険なことは

許してはいけないけれど

優しい気持ちで

話を聞いていられたら

いい時間が過ごせて


傷ついたひとは

救われるのではないかな


だから わたしは

不器用ながら


それで いいんだよ

あなたは 今のままで 十分なんだよ


あなたは あなたのままで

十分 愛されているんだよ


という思いを

伝えていきたい


長くなりましたが

最後まで 読んでくださり

ありがとうございました**

2023年9月23日 (土)

生きていたら 陰陽

生きていたら

いろいろなことが起こる

 

あたたかな心 のときもあれば

怒りや憎しみの心 のときもある

 

それは それでいい

それでこそ ひとで

それでこそ 人生といえる

陰陽があるのが 世の常

 

いつも

ポジティブでいる必要や

前向きでいる必要はない

 

ネガティブな感情も

後ろ向きな感情も 

 

あなた自身を

守ろうとしている感情なのだから

 

悪いものとして とらえず

大切にしていけたら いいな

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