2017年8月21日 (月)

好きになるひと

ならば結婚しているわたしを

好きになるひとについて

わたしは

どう思うかしらと

考えてみたら

戸惑いはあるでしょうけれどもと

想像しながら

普通に嬉しい

わたしが誰かを好きになるのは

きっと

純粋な気持ちには

思ってもらえないわと

考えていて

誰かがわたしを好きになるのは

純粋に思える

なんだかへんてこなハナシ

ピアノとわたし

パートナーは

わたしがピアノを弾いたところを

見たことがない

ピアノはリビングにあるけれど

弾けないと思っている

そういえば

わたしがどのように育ち

何を考えてきたのかも知らない

青空の彼に恋をした時

久しぶりにピアノを弾いた

無駄なことをやっているようで

リトミックなんて普通にできた

ひとのミスタッチも

すぐにわかる

初めての曲でもオケでも

イチオン間違えたら気づく

先生がピアノの前で

リズムをとってみろと言えば

簡単にとれた

ある日先生が

課題曲に詩をつけてきなさいと

言った

わたしはまったくできなかった

その曲を弾いても

真っ白で

何も浮かばない

同じ歳の子が

親が考えたとわかる詩をつけてきて

先生とわたしに

披露した

先生はその子とわたしを

個人レッスンをやめて

競わせてレッスンしようと考えていたらしくて

詩をほめていた

その子はリトミックと聴音

ソルフェージュができずに

泣いていた

小学生のわたしは

なぜだかわからないけれど

ピアノではなく

詩に対して

突然激しい情熱と怒りを感じて

次回までに詩を考えてきますと

珍しく先生に言った

それで次の週に

詩を考えていなかったので

めちゃくちゃに怒られた

だって

ショパンやベートーベンみたいに

知らないうちに涙が流れてくるほど

わたしの勝手な情景が

浮かぶような

曲ではなかったから

ももデジを眺めていて

このことを思い出し

思い出し笑いをした

人生に無駄なことは

ひとつもないと

わたしは思っている


バッハと出会う

ピアノの練習教材が

一般の練習教材と違っていて

音大コースだったものだから

いきなりバッハと出会う

左手が動かない

なんで両方がメロディなわけ

それにワルツは

4分の4と4分の3を

合わせなければいけない

右膝と左膝を練習のために

何度も叩きながら

ピアノが嫌いになった

ごめんねピアノさん

わたしはピアノが嫌い

泣きながら帰り道を

とぼとぼと歩く

社宅の玄関前で涙をふき

ただいまと明るく家に入ると

母が玄関に立ち

まっ もも

また泣いたでしょと言った

練習しないからよと

言われた

この練習しないからよは

大学まで

さまざまなひとに言われることになる

練習が面倒くさい

作文や習字は簡単に

賞をもらうのだけれど

ピアノは練習が面倒で

また練習していないでしょと

先生に怒られる日々

ところがソルフェージュは

練習しなくても完璧で

ほめてもらえた

ちゃんと練習しているのね

ピアノも練習しなさいと

先生から毎回言われたけれど

ソルフェージュは簡単すぎて

実は

一度も練習していなかった

高校の時

今度バンドでこの曲をやるんだと

友達から楽譜を渡されて

初見でメロディを口ずさんでいたら

なんでそんなことができるの?と

驚かれた

普通はできないということなの?と

わたしも驚いた

愛のムチ

ソルフェージュ先生(仮)は

えんぴつとものさしを持っていて

わたしの手を

ミスタッチするたびに

練習ができていないと

ものさしでぴしゃりと叩いた

えんぴつを下から手の

手相のちょうど真ん中上あたりに

突き刺し

指の形を直させた

オクターブが届かないので

小指を鍵盤にたたきつけ

指と指の間を引っ張った

だから今でも

親指は手首にくっつく

手を握ると中指の骨は出っぱり

人差し指と親指の間を

机につけることができる

ぎゅうぎゅうと

ピアノのレッスンに

連れていってくれたのは

年の離れた姉で

嫌がるわたしの腕を

ぎゅうぎゅうと

引っ張ってバスにのせていた

レッスンに遅れるでしょうと

姉は責任感に満ちていた

わたしが熱がある日も

手を引いていた

ピアノの先生が

具合の悪いわたしに気づき

座布団に寝かしてくれた

レッスンが終わると

個人宅のレッスンルームだったので

その家のかたが

いつもジュースを運んでくる

先生のジュースだけ

大きなガラスコップに入っていて

わたしのコップは小さくて

中身も違うので

先生のキラキラとしたコップと

ジュースを飲んでみたくて

うらやましいと思っていた

その日は

先生のジュースを飲ませてもらい

余計なことを言って

後で恥ずかしい思いをした

ピアノを始めた頃

4歳前からピアノを始めていたのだけれど

手が小さくて

いつも先生に

怒られるばかりだった

ピアノが終わり

絵を描くことを許されると

途端にわたしは

生き生きとして

休憩しながら先生が

ももちゃんは絵が上手ねと

本当に笑顔で

ほめてくれるので

嬉しくなって

たくさん描いてみせた

その後

小学生になると

絵画の賞を

たくさんいただいた

わたしはピアノより

風景画を描くことが

好きな子供だった

ソルフェージュ先生

わたしのピアノの先生は

とても厳しいひとだった

引っ越しもあり

先生が7人も

変わったのだけれど

小学生の時に

社宅近くの豪邸で暮らす

ソルフェージュ先生(仮)は

母が頼み込んで生徒にしていただいた

母は音楽はまるでだめで

女性は茶道と華道と

育てられたひとなのだけれど

わたしを音大に入れようと

考えていて

有名な先生に頼み込んだ

この子は

音楽のセンスがあると思います

どうぞ

よろしくお願いいたしますとね

体験レッスンが始まった時に

聴音なんて簡単だったから

えんぴつで

すらすら楽譜を書いて

暇だったので

えんぴつを鼻の下にのせて

先生に見せた

先生から母に

お行儀が悪いのでお断りします

できれば姉の方をと

連絡があった

とにかく母と同じで

お行儀にも厳しい先生だった

それからわたしの

トラウマともなる

レッスンが始まる

2017年8月20日 (日)

たった一度も恋をしてはいけなかった

このブログは

いつか青空の彼に

思いが届くように書いている

長いラブレターなのに

好きという気持ちを

描くことを時々やめて

カメラもパソコンも

壊れてしまったこともあるけれども

自分のはなしを書いている

たまに ももデジを眺めて

わたし

こんな映像を作ったの?と

思う

あまり好き好きも

うざったいかもしれないわ

なんてぼんやりと考える

だけれどわたしは

相変わらず彼が好きで

うざったい

相変わらず待っている

ひたむきにずっと

思いは変わらない

だけれど彼はたぶん

わたしのことが嫌い

結婚しているのに

彼を好きになったわたしを

軽蔑している

誰でも軽蔑するもの

何を考えているんだ

軽率すぎる

からかわれているのか

暇なのか

そもそも罪悪感はないのか

何か目的があるのか

勝手に

僕を高評価しているのではないか

なんてね

おそらく思う

そこに純粋なイメージなど

ない

もしかしたら

わたしのことなど

彼は忘れているかもしれない

何も知らないかもしれない

彼じゃなければ

すぐに友人になれていたかもしれない

彼じゃなければ

こんなに苦しい思いで

長い間ラブレターを描くことも

なかったのかもしれない

結婚したなら

たった一度も

恋をしてはいけなかった

最近

彼がまっすぐに

正面から見ている気がする

気のせいかもしれないけれど

そんな気がする

わたしのこと

本当の気持ちを話しているのか?

逃げているだけではないのか?と

思うでしょうね

彼なら今も

悲しいことにそう思うでしょうね


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momo

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