2019年7月10日 (水)

コントロールされたくないひと

なにごとも

コントロールされたくない

責められたくない

バカにされたくないと

強迫的に考えているひとが

いたとする

普段から

話しかけると責められている

心配すると命令されていると

思うところがあって

お願いをしても必ず

断られる

とにかく低姿勢でお願いしても

命令された

指示されたと怒ったり

知らん顔をしたり

嫌がらせをしたり

そんな時

あたかも

自分がコントロールしている

という

錯覚を

作り出せばよいのではないか

Yo☆Tubeの

5秒コマーシャルみたいにね

5秒でやめても

やめなくても

本当は

相手側の利益になっているのに

自分が

自分の意思で

コマーシャルをやめたと

思っている

自分に選択権があると

錯覚している

選択権があると錯覚させれば

コントロールされたくないと

思っているひとは

自分が選択したのだからと

気持ちよく行動するでしょう?

イエスに誘導するのも

似ているように思う

もちろん

イエスがいいに決まっている

という時

イエスを強制しようとするけれど

ノーに共感して ノーも

選択肢に入れると

イエスに誘導できる

自分が決めたと錯覚している

というもの

でも

こんなことは

我が家のように

緊急時にやることではないし

緊急時に

相手がパニックになっているなら

仕方がないけれど

気に入らないからやらない

ひとなど

本当なら

関わりたくもない

けれど

この方法は

よい方法ではないかしらと思うの

アレルギーにごっつい真剣なひととそうでないひと

もう少し

わたしの治療は必要ですけれど

体調が安定してきたので

書きますね

*****

アレルギーに対して

ごっつい真剣なドクターと

嫌がるドクター

ごっつい真剣な薬剤師さんと

しれっとした薬剤師さんが

いらっしゃる

ごっつい_

わたしとしては

ごっつい真剣に話しをして

今後気をつけて行きましょうと

言われたら

ドクターに対しても

薬剤師さんに対しても

安心感を感じるのに

アレルギーと騒がれるのが

面倒なのか

はたまた

まさかアレルギーじゃないだろうと

思っているのか

患者を心配させないようにと

考えているのか

その辺なんだか

よくわからないのだけれど

ドクターに

嫌がられたり

薬剤師さんに

しれっとされたりすると

こっちは

散々お薬で苦しい思いをして

怖くなっているのに

ドクターや薬剤師さんの態度に

不安になる

どうして自分が

今回体調不良になったのか

という原因を知りたいし

これから

気をつけていかなくては

いけないのに

面倒な手続きでもあるのか

評判を気にしているのか

嫌なかんじになる

以前吸入薬

喉が真っ赤になった時

副作用はなかったと

薬局ぐるみで

もみ消した個人病院で

お世話になった時もだけれど

ドクターが

真っ赤になっていると言いながら

症状があるのに

マイナスポイントを恐れて

うやむやにすることに

憤りを感じた

もしものことがあったら

どう逃げるつもりだろう

患者の体調のせいにするのかな

喘息や

アナフィラキシーショックの

本当の怖さを知らないから

そんな態度でいられるのだと

思う

よほどのことがあれば

大きな病院が

救急で対応するから

個人病院や

個人病院に隣接する薬局などは

常に

緊張感があるわけでは

ないのかな

喘息やアレルギーのひとは

見た目が普通だから

世の中でも理解が難しい

アレルギー=ワガママ

と勘違いしている一般のひと

にも驚かされる

見た目でわかりやすい病気のひとは

嫌がらせや

差別を受ける

という悲しい事実がある

どんな病気でも

見た目が普通の場合は

病気について

自分で説明しなくてはいけなくて

理解しないひとが

多いことにも驚かされる

自分の病状を

簡潔にわかりやすく

注意点や助けて欲しいことも

ふくめて

説明するなんてことは

いくらなんでも

全員が全員できるかというと

難しいと思うのに






そうじゃなくてもいいじゃない

今の世の中で子育てをしていると

高校を卒業できるなんて

すごいことだわと

わかる

子供は不☆校になりやすい

学校のありかたが

子供にあわないからで

繊細な子や感受性豊かな子

違うだろうと思える子は

学校に行けなくなる

行かなくなるが正しいのかな

学校だけではない

家庭環境も

必ず関係していると思う

いまだに

親の気持ちを押し付ける

親が将来を決める

という親が存在していることに

驚くけれど

親は

どうしてもそうじゃないと

いけないのかな

なにごとも

そうじゃないといけないは

大事なものを失う

そうじゃなくても

いいじゃない

2019年7月 7日 (日)

夢や希望 輝くものがない

親の希望する子供になり

進学も言うとおりに生きてきて

立派な大学に行き

大学院に行き

就活をして

就職をする

そこまでで

親の希望どおりにならない

挫折感を味わった

子供は

命をなくすしかないとまで

追いつめられる

親が子供をモンスターにしている

就職して

結婚して

子供が産まれて

毎日毎日働く

そんな人生に

夢や希望はなくて

輝いているなにか

などないと知りながら

また働く

これが正しい道で

親孝行だと

僕は わたしは

親孝行を達成したのだ

親の希望どおり

望みどおりに頑張ってきたと

思う

だけれど人間だから

どこかで

しわ寄せというものが

やってくる

それが早いか遅いかで

よく考えるひとは

その窮屈で身勝手な環境から

逃げるために

親から離れようとする

親なんて

同じ人間で

親だからと

偉そうにしてよいわけではなく

絶対に

正しいわけもないのに

だけれど親は

よほどのことがないかぎり

楽しく生きていくことだけ

子供に教えようとは考えない

世間体てやつをね

いつも考えている

安全で

世間が一番良いと

がやがや言っている

それらを

自分の子供にもやらせたい

子供に幸せになって欲しいと

思いながらも

他は受け入れていない

良いも悪いも

助けて欲しいも

受け入れていない

静かでしゃべらないクッションの方が

よほど受け止めてくれる

というわけ

子供だって

そりゃ親には感謝しているよ

だけれど

いちいちうるさい

心配しないでよと思う

親は親で

一生懸命子供を理解しようと

努力する

しない親もいるけれどね

でも親は

小さな時から

よしとしてすりこまれてきた

そのまた親の考えかたや

世間で苦労してきたことが

壁のように

崩せないでいるから

夢や希望や

輝いているものは

本当に親が

心から我が子をありのままでいいと

思わなければ

また少しでも 

欲を出すようなら

子供から出てくることはない

本当に我が子を

愛しいとすべて手放した時

子供から

夢や希望の芽が出てくる

****

今日は七夕ですが

みなさま

いかがお過ごしでしょうか

笹の葉と短冊を見かけるたびに

願いごと

夢って何だろうと

思います

みなさまの願いが

叶いますように











2019年7月 6日 (土)

実習に行った時

幼稚園の実習に行った時

失語症の子がいて

なにかとお世話を任された

やる気満々で

話せるようになったらいいなと

わたしは思っていた

その子が

今回のわたしみたいに

吐いたことがあって

園庭にある水道のところで

何度も吐いているその子に

どうしたものかと

付き添っていたら

様子がおかしい

先生を呼びに行くと

すぐに病院へ

田舎で

救急車が間に合わないからと

園長先生の車で

先生がたが全員

病院に行ってしまう

ということがあって

その後

かなり危険な状態だったらしく

途中で呼吸や脈拍が

弱くなったので

驚いたと

後で先生がたが話されていた

ひとり残されたわたし

小さな幼稚園を

任されたわけだけれど

わちゃわちゃ状態の2クラスを

まとめなければいけなくて

一緒にわちゃわちゃしていた

その後

元気になったその子は

少し声を出すようになった

もも先生のおかげよと

先生がたには喜んでいただけた

短い間だったけれど

そんなことがあったなと

今回のことで思い出した

次男の学校にも

失語症のお子さんがいる

校長先生は

うんいいえの

意思疏通ができればいい

それに

こんな立派なところが

あるんですよと

おっしゃっていた

学校には

世間でも飛び抜け優秀な生徒

そのため次男のレポートが難しい 汗

そうでもないひと

真面目なひと

やんちゃなひと

スポーツが大好きな健康なひと

健康ではないひと

口うるさい親

子供を見捨てたい親

本当にさまざまなひとがいる

だけれど

校長先生は

決して偉ぶることなく

肝っ玉かあさんのように

わたし達親や子供を

見守り導いてくださる

有名なかたなのだけれど

子供を守るためなら

すぐに社会に意見してくださる

先生らしくない

わたしが会ったなかで

一番素敵な校長先生

そのお考えは

働く先生がたみなさんに

浸透していて

だから安心して

次男は通えるというわけで

苦しんだだけ

良い出会いがあるよねと思う






お願いをしなかった できなかった

今回

自分の体調不良で

病院に連れて行ってもらいたいと

思った時

パートナーに

お願いしなかった

できなかったが正しいのかな

すると

時間がかかったけれど

救急車にのることができた

病院に到着してからは

パートナーの姿を

一度も見かけなかった

声も聞こえなかった

入院した時と同じで

病院に到着するまで

心配している様子もなかった

帰宅前

パートナーに

コーヒーの香りがしたから

今回も

わたしが点滴中に

どこかへは

行っていたのだろうと思う

いやいや  いまでしょ 

がないひとだから

数日して

かかりつけに話したいから

簡単に治療内容が書いてある用紙を

持っていないかなと

パートナーに聞いてみたら

ないと言う

前回わたしが

ショッピングモールから

救急車で運ばれた時は

もらったので

驚いて

わたしが処置中に

ドクターや看護師さんから

質問や説明があった?と

聞いてみるのだけれど

一度も

誰にも会っていないよと

パートナーが答えた

パートナーが

救急車で運ばれた時は

わたしは

ドクターや看護師さんに

長く質問されたし

帰宅前には

ドクターから丁寧に

治療の説明や

帰宅させることの確認があったけれども

何も言われていないなんて

ぽかん

わたしが帰宅する時

歩いてすぐそこ

パートナーは座っていたけれど

偶然だったということなのかな

いざ

という時はいなかったのかな

入院したとき

本当にご主人?と言われたことを

思うと

そうかもしれないし

そうじゃないかもしれない

わからない

わたしの帰宅が決まってからは

パートナーが救急車で

運ばれた時に

わたしがやった

コピーみたいなことなのだけれど

会計も

薬局も

パートナーが積極的に行っていた

荷物も持ち

タクシーも呼んだ

パートナーからわたしに

話しかけることはなかったので

わたしが

無理してひとことふたこと

病状を報告すると

うんと答えたくらいで

何も

知らなかったとは思わなかった

帰宅すると

パートナーはいつものように

息子達を気にかけず

会社にも行かず

自分の部屋で寝ていたようだった

わたしが

しばらく休んでから起きて

何も食べられないので

わたし以外の食事の用意だけしていると

出かけていたのか

パートナーが突然帰ってきて

家族全員分には

足りないのだけれど

最近すぐ近くに

また新しくコンビニができたので

そこで

おかゆやパンなどを

買ってきた

何が食べられる?

何か買ってきて欲しい?

体調は?

などと一度も聞かれていないものだから

ドサッときた食べ物に

驚いた

こんな風に

わたしが帰宅するまで

パートナーにお願いをしなかった

できなかった

一点

喘息とアレルギーがあることを

話せないわたしのかわりに

救急隊員のかたに伝えてほしいと

お願いしただけで

結局それは

わたしが伝えたので

パートナーは伝えていないのだけれども

他は一度も

お願いしなかったら

次々とパートナーが行動していて

長男がわたしを毛嫌いしていて

次男が病気ななか

誰も頼るひとがいなかったから

助かった

わたしは

会社は大丈夫?と

言ったくらいで

パートナーがいつもながら

お願いするとやらない 断る

お願いしないとやる

ということに

頭がこんがらがってきたけれど

次回わたしに

同じようなことがあれば

もっとそれぞれが

安心していられるように

考えていかなければいけないと

思った

これは

余計な苦労

というものでしょうね

普段 命令されたり

指示されるのが嫌だったとしても

大事な時は違うでしょうと

思うけれど

大事な時ほど

パートナーはひどくて

普段はダメなひとだけれど

いざというときはさすがに

守ってくれる

の後半が逆のひとだから

わたしと息子は

不安でいなければいけない






2019年7月 5日 (金)

その後のわたし

帰宅後しばらくして

ひどい咳とたんのまま

かかりつけの病院に行って

診察していただいたら

たんもあるのだけれど

喘息でひゅーひゅーしているねと

ドクターに言われた

ああ わたし

ひゅーひゅーしているんだぁと

思った

ひゅーひゅーしているのに

慣れてしまって

自分ではよくわからない

ただ

だるいのかなくらいで

いつも自信がない

わかるくらい大きな発作がきたら

それはそれで

怖いことだけれども

あまり我慢しないで

発作止めを使う方が

ひどくならないで

よいらしいから気をつけなくちゃ

今回の救急の件をドクターに話したら

服薬3回目で嘔吐

というのが気になるらしくて

他に理由があるのではないかと

考えるけれど

嘔吐のかんじが

やはり抗生剤かなと

思うらしい

前に全身薬疹が出た時も

1回目ではなく

かなりスローだった気がするけれど

きっと

大きな病院の先生は

呼吸ができていれば

ひどい咳やたんは

悪いことではないからと

一番にアレルギーを考えて

抗生物質を使わないと思う

耐性菌の問題もあるから 

かかりつけは

再チャレンジはリスクが大きすぎるから

以前使えた抗生剤を処方しますと

いうことで

3日ほどしてまた

診察していただくことになった

今のところ1種類だけだけれど

抗生剤のなかで使えるお薬があって

良かった









2019年7月 3日 (水)

今回一度も

今回の体調不良で一度も

辛いと思わなかった

苦しかったのに

なぜか

辛いという感情を

どこかに置き忘れたみたいに

過ごしていた

研修医の先生に

点滴2本目で

咳とたんは

かかりつけで診てもらい

抗生剤の影響なので

抗生剤は中止

吐き気が落ち着いたら帰っていいと

言われ

病院から帰宅した

子供たちの食事のことが気になり

何度も目が覚めたけれど

その後

ベッドで長く

ぐっすりと眠れて

それから目が覚めた時に

ぼんやりと青空の彼のことを

考えていたら

辛いという感情が

突然ぶわっと溢れてきた

なぜ今まで

辛いと弱音を吐かなかったのか

自分自身にも

弱音を吐かなかったのか

よくわからない

涙がたくさん出てきたら

鼻がつまって

何が悲しいのかわからないけれど

しばらくひとり

泣いた


背中をさすってもらうありがたさ

嘔吐の途中

誰にも背中をさすってもらうことなく

耐えていたのだけれど

病院での点滴が始まって

しばらくしてから

吐いた時は

看護師さんがさっときて

辛いねと

背中をさすってくださった

楽になれたし

背中の手があたたかかった

吐いたものを見たら

いけないものは出ていないよう

だったから

大丈夫なのかなと思ったけれど

まだポテトチップスが

ペラペラしていて

呼吸器の先生が

いらっしゃらなかったのと

喘息で

運ばれたわけではないのとで

不安になって

もう一度

吐き気がきたのを

へーへーと我慢した

喘息のかんじはないですか?と

研修医の先生に

聞かれたけれど

歩いた時

94から95はあると

救急隊員のかたに言われたし

ゼーヒューはしていないように感じた

けれど先日

ゼーヒューしていないと思っていたら

かかりつけのドクターに

ひゅ ひゅ していると言われたので

自信がない

よくわからなくなったので

咳とたんはありますが

息苦しさは大丈夫ですと答えた


病院のベッドで

病院のベッドで

おそらく抗ヒスタミン?を点滴していて

吐き気がひどかったので

吐き気止めの注射を

してもらったのだけれど

その注射針から液体が体に入る時

わたしは

長男のことを考えた

研究とは

素晴らしいことではないかしら

このように苦しむ患者さんを

救うのだから

できれば研究を続けて欲しい

抗がん剤の

副作用では

吐き気がひどいらしいからと

考えた

研修医の先生は

わたしの7回吐きましたを

何回も聞き直して

吐いていないのですねと

なぜかおっしゃっていたけれど

緊張されていたのかな

それとも他に理由が_

とはいえ

お医者さんて なんだかすごい

立派だわ!と

いまさら

しかも単純に感動した

今日は

長男の予定はわからず

次男が

学校や病院に行く日ではなかったので

良かったけれど

次男が

とりあえず自分で

食事の用意はできても

わたしを心配して食べないだろうから

できるだけ早く帰らなければと

思った







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