2018年10月19日 (金)

最近の楽しみ わたしって

最近夜中に

宇宙の☆事という動画を観て

うふふふと笑っているわたし

かわいすぎる宇宙人?

無音バンドが

特にお気に入りで

つぼ

喘息を忘れそうなおもしろさかも

俳優さんは

すだま☆きと

やま☆きけんとが大好きで

かっけー

などとひとり騒いでいる

みーはーなんだよね 基本

カラオケでは

よねず☆んしが好きで

よく歌うんだけど

わたしの詩に似ている部分があって

忘れてくださいとか

歌う歌う

ららららとかね

すっかりお気に入り

さまざまな曲を

熱唱しすぎて次男の体重が減り

わたしが落ち込んでいます

相談相手がいないから

不安が大きくなるというのか

焦りすぎてしまう

というのか

長男のアカ☆ラについても

まだ悩んでいる

どうするべきかな

カラオケの受け付けで

次男の学生証を見せるんだけど

もしかしてお母様ですか?と

言われる日と

お客様の学生証はと

言われる日があった

学生に見られるなんて

中学生に間違えられて以来

うふふふ ふふふ

それと

最近になって家庭科が嫌い

ということにも気づいた

みんな料理や裁縫が上手だ

なんて言ってくれるけど

なにかにできてしまう器用さ?

があるというだけで

本当は数学と理科が好きなんだな

国語は読解ができるだけでさ

だからといって

勉強しましょう とか

誰かに負けたくない とか

そんなものはなくて

まぁまぁきれいに床ぶきできた日に

清々しい達成感があるくらい

おうちごはんの見直しもしないとね

最近食べた

いや食べられなかったパンケーキ

相変わらずパンケーキを

次男と研究中

パンケーキ屋ができるのではないかと

学校や病院で言われている

どう見ても血でしょ

次男がハロウィンだからねと

ひとこと

まじか

それ注文前に言ってくれないかしらん

血の味がしたような

ラズベリーでしょと次男

いやいや高脂血症かなんかの血でしょ

見たことないけどと

わたし

Dsc_6609

ギャー

わたしって

何がしたいんだろ

パソコンを買えていないから

詩を描く

ということもなんだかな

シンクの水栓がぐらついていて

自転車もパンク

どちらもパートナーが無視だから

解決できていない

水栓はさすがに修理しないと

水漏れすると

かなり高額になるらしくて

うちのマンションは

なにかと高いから

でもわたしの医療費が

かなりかかるしね

しっかり ももちゃん

片思いはどうする?


2018年10月 8日 (月)

行かない方がいい

古い神社には行かない方がいい

ひとがこない

水が枯れている神社には

行かない方がいい

それを知らないわたしは

学校近くの神社で

お散歩途中に手を合わせてしまった

その時

ほーっという奇妙な音がした

そして何か黒くて

地面をはうものを家まで

連れてきてしまったようで

八百万の神様が動きはじめるまでは

時々ちらりと

見かけることになる

呼びました?

リサイクルショップに

急に行きたくなる時がある

アンティークの仕入れ目的が多いのだけれども

そんな時は

誰か呼びました?

誰かわたしにご用ですかという

へんてこな気持ちになりながら

ショップを歩く

シーサーと目が合う

一回通り過ぎてまたもどる

うーん

安い

買って帰った

さて

誰かに届けて欲しいのかしら

それともうちにきたのかしら

などとまた

へんてこな考えが出てくる

でも

置き方がよくわからなかった

結界のやり方があると知らずに

置き方を間違えて

しばらくただの置物のままにしていた

気のせいかな

毎日色が違っていた神様が

同じ色で

なんとなく3ヶ所ほど空気が変だわと感じる

しかも悪いことが続いているような

ある日

横向きシーサーの

結界のやり方を知って

慌てて

置き場所と向きを変えた

すると部屋の3ヶ所で

稲光のような大きな光がみえて

どこか静かになった

こうして我が家は

八百万の神様に

守られるようになったと

わたしは心のなかで感じている

置きかたは大事


なんちゃって風水

わたしが簡単な

なんちゃって風水を始めたのは

不思議な夢をみたからで

友人や家族に

風水をやっているひとはいなくて

お買い物に行くと

夢と同じ神様があった

というのがきっかけ

最初に我が家にきた神様は

その日

おどけた様子で

眠るわたしの枕元に立った

案外そういう経験をしたひとが多い

ということを後で知った

見えるひとは

守られている姿が見えるらしくて

友人に

明るくていい玄関

守られていると言われたと

聞いたことがある

風水の神様は

願いを叶えてくれる

というわけではなく

守ってくださるとわたしは思う

だから

宝くじを当ててください

などの願いごとをするのではなく

神様には

感謝とお礼だけでいい

次に我が家にきた神様は

日中にわたしが玄関から入ったとき

何かをぱくりと食べたように見えた

その時は気のせい?と

思ったのだけれども

次に我が家にきた神様は

鳴き声を出しているように思えた

そして巨大になって

眠るわたしの枕元にやってきて

遊ぼうよと寝ているわたしの髪をかんだ

しばらくして

財を取り締まるお母ちゃん役とやらを置いたら

静かになって

光るようになった

やっぱりお母ちゃんがいないとね

なにごとも

鎮静の神様と

中古の神様は

何もなかった

わたしの実家は田舎だから

もの☆け姫のヒイ様

のようなひとが存在する

母方の祖父は

いろいろ相談していたようで

お庭には観音様がある

祖父は信心深いひとだったから

母も信心深い

感謝の気持ちを忘れずにが口癖

父も檀家のお寺の仕事をしたり

高野山に行ったり

ご先祖様に守られておると

たまに言う

その影響もあるかな

2018年10月 5日 (金)

悩んだら哲学

父のUFOばなしに似ているのだけれど

わたしがおもしろそうに

スピリチュアルなはなしをすると

次男に

やばい宗教のひとだと笑われる

実家が真言宗なのに

特に仏教を学んだこともない

わたしの人生は

生きるとはなんだろうを

考えることが多い人生だった

なぜ生まれてきて

どうせ死ぬのに

ひとはなぜいろいろな

くだらないことをして

生きているのだろうと

思ってきた

そのせいか

ひとの死に目に会う

ということが本当にない

姉はいつも

死に目に会う

結婚してから

人生に悩んだ時は哲学だわと

勝手に

仏教やキリスト教が

ごっちゃになっような

独自の考え方

その時々にしっくりときたものの

考え方

みたいなものができあがっていった

その考え方は

変わったり

直したり

それがわたしの屁理屈となり

ある日ふと口から出る

よくわたしを助けてくれている

誰かのヒントになることは

たまにあるくらい

天国や地獄

わたしは時々

スピリチュアルなはなしをするのが

好きなのか

ここにもたまに

スピリチュアルな話題を書いている

息子がふたりとも

死にたいと話した時期があって

死にたいくらいにつらい

ということだったと思うのだけれど

どう返事をするべきなのか

悩んだ

はたして死ねば楽になるのかと

わたしなりに

息子の言う天国や地獄について

考えたことがある

死んだ時の気持ちが

天国のようなら天国

つまり

ありがとう 感謝

という気持ちなら

天国のような世界

死んだ時の気持ちが

地獄のようなら地獄

つまり

憎しみや悲しみだらけなら

地獄のような世界

そんな魂の世界に行くのではないかしらと

思うようになった

それを

天国や地獄と

見えるひとは表現しているわけで

だから

例えば受験が嫌で

命をたったとしたら

永遠受験なのではないか

みんな死んだことなんてない

実際一回死んで見てきたひと

なんていないのだけれど

魂を磨くためにわたしたちは

生まれて

最後は魂だけになるのではないかなと

今のところ思っている

けれど魂を磨くためばかりに

生きていると疲れるから

人間くさくていい

楽しく生きていく方が

ずっといいわと思っている

ひとの気持ちがわかりすぎる

これは過敏すぎて

間違った判断をして

勝手に相手の気持ちを想像してしまう

ということではなくて

動物にしろ ひとにしろ

物にしろ

何かと気持ちが伝わってくるので

気を遣いすぎて

疲れるという意味で

わたしは幼いころから

そんなところがあった

みんなできていること

だと思っていた

何か聞こえたり

何かはっきりと見えたり

ということはなく

人一倍怖がりで

自分にそういう力みたいなものがある

ということは

気がつかなかった

予知夢を見ても

誰かが亡くなるのを感じても

物に触り

念を知ることも

気のせいだろうと思ってきた

わたしは

だらしないところや

いい加減なところがあるから

揉み消してきた

というべきかも

最近になって

相手の気持ちが流れ込んできたり

自分もどこか具合が悪くなったり

そんなことがあると

少し認めるようになった

スイッチオフで

わからないふりをしていたと思う

スピリチュアルに興味がないひと

スピリチュアルに興味がない

わたし以外の家族を

わたしはいいと

思っている

わたしのおかしなはなしを信じて

びくびくしていたら

なんだか気持ち悪いもの

先日の台風の時

バルコニーの植木などを

珍しくパートナーが

床に下ろしていたので驚いたのだけれども

しばらくして

バルコニーで大きな音がした

見ると

オリーブの木が倒れていた

急いでわたしは

バルコニーに出て

舞う風のなか

オリーブをどっこいしょと起こすと

そこにはシーサーの神様が

ぐちゃぐちゃに下ろしてあった

わたしは息をのんだ

パートナーは

息をのむわたしに

二度とやらないからな

などといつものようにキレていたけれど

見えないひと感じないひとには

わからないことだし

わからないことだからこそ

危険なのにねと

思って

どうやるのだったかしらと

慌てて

結界のやり直しをした

やはりオリーブの木が

いつも見守ってくれているように

感じる

お別れを知らせてくる

植物も

夢でお別れを知らせてくる

太った元気そうな

妖精の姿だったり

やせほそり

薄い色の妖精の姿だったり

バルコニーに行くと

やせた妖精のお花の方が

枯れていた

ということがあった

枯れた姿を見せる

ということもある

植物を大事にできたり

動物をかわいがったりできるひとは

本当に

優しいひとなのだわと思う

きっと

恋をすることも

子育てをすることも

大事に育てていく

ということが必要で

とにかくわたしは雑なのね

2018年10月 3日 (水)

オリーブの木

10年ほど前かな

お花屋さんを歩いていたら

わたしの方に倒れてくる

オリーブの細い木があって

何度直してもまた

倒れてくるので

お世話ができないかもと思いつつ

購入して

バルコニーで

育てていたのだけれども

一昨年はアゲハの幼虫に

葉を食べられて

もうだめかなと思っていた

子育てが大変な時は

ほったらかしで

自分に余裕がない時は

特にほったらかしで

枯れてもおかしくなかったのに

根をしっかりとはって

辛抱してくれていたみたいで

先日植え替えようとしたら

根がびっしりで

きれいな土を作っていた

窮屈でごめんねと

わたしはつぶやいた

長い間

悪いことをしちゃったなと

思った

今年になってオリーブは

ぐんと大きく立派になり

植え替えをしたら実をつけた

枯れないで待ってくれていた

というような気がした

植物は自分で動けない

水も飲めない

なのにわたしは

どうせ枯れるでしょうと思っていた

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