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麻ののれんをくぐり
パン屋さんでパンをふたつずつ買って
石窯が置いてある小さな庭のベンチに腰掛けた
いつからたわいない話を
彼にするようになったのかはわからないけれど
私はたわいない話をしていた
ゆっくりと時が過ぎて
新緑が心地よい時間を知らせてくれた
パンくずを食べるスズメも
彼が見せてくれた小川も
路地裏で食べたお菓子も
店先に並ぶ日本手ぬぐいも
新茶の香りも
平凡な幸せを絵画にしたような
味わったことのない幸せだった
長い間
大切に大切にしてくれてありがとう
明日からは寂しくなります
好きだと言ってくれた彼に
『女性なら誰でもいいんです・・・』
そう言われたらどうしますか?
怒りますか?
もう二度と会わないと思って帰りますか?
わたしはね
罪悪感から怒れなかった
「そんなこと言われるとわたし、
悲しいんですけど・・・」
そう言いました
それからひどく傷つきました
そもそもわたしが
彼を傷つけているのかもしれませんけれど
それはわかりません
誰でもいいということは
わたしじゃなくてもいいということですよね
つまり
大切にされていなかったということですよね
わたし・・・
間違っているでしょうか
間違っているなら教えて欲しいです
友人はいつも
不安定なわたしのことを
想像以上に心配してくれていた
テーブル越しに座る彼を見ていたら
こんなわたしでも
心配してもらっていることがわかった
彼は
「ひとつひとつ解決しよう」
そう言った
彼の言葉ひとつひとつが
わたしのどこかを痛くさせて
驚くほど真ん丸な涙が
ポロポロと落ちた
ハンカチで拭けばいいのにわたし
慌てておしぼりで顔を拭いた
それから笑って
「泣くつもりはなかったんだけど・・・
ごめんなさい・・・」と
言った
そんな私を彼は静かに見ていて
それから
とても悲しくてとても大切な話をしてくれた
「だから今年の桜は・・・」と
話してくれた
「私・・・何も知らなくて・・・
ごめんなさい・・・」
泣かないように我慢したのだけれど
せっかく止まっていた真ん丸な涙がまた
ポロポロと落ちた
おしぼりで顔を拭きながら
何も知らなかった自分のことを
おバカさんだったと思った
その後
こんなわたしを友人が
嫌いになったかもしれないと
心配になって
おしぼりを持ったまま彼の顔を覗いた
その日はお天気が良くて
バスは人通りの多い街並みを
透明な窓を開けてゆっくりと走っていた
窓からの風が心地よくて
肩のショールがちょっと暑い気もしたけれど
わたしはちいさなかごバックを膝に乗せて
バスの後部座席に座っていた
友人からほんの少し離れて
確かにわたしはそこに存在していた
バスの窓から
ふわりと風鈴の音が入ってきた
あっ風鈴・・・優しい音・・・
その時ふわりとして目を細めた私は
一瞬の美しい光景と優しい音に翻弄された
たくさんの風鈴が
骨董屋の店先に並んで揺れていて
音はすぐにバスの窓から出ていった
時の鐘の登れない階段を見ていたわたしが
時を越えた懐かしさと美しさを
思い起こしたみたいに
それは一瞬の出来事だった
帰りに骨董屋の前を歩いた時は
入口が閉まり風鈴は揺れてもいなかった
覗き込むと
ちいさな金色の仏像が所狭しと並んでいた
漆黒の闇は
セロハンテープでさえ光と考えて
すべてを塗りつぶす
闇は空なのか
それとも空ではないのか
見分けさえつかない
それはインジコみたいで
雲にさえ見えてしまう
街の灯りは
覆い尽くそうともしないくせに
メッセンジャーは私を眠らせて
大きなパラダイスという闇に閉じ込める
すべての人は笑っていて
すべての人は漆黒の闇におびえている
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