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今年最後に
パートナーについて書くのも
なんだかな
なのだけれども
わたしが毎日
何年も何年も味わっている
嫌な気持ちは
わたしを作っているわけだから
隠すわけにもいかなくて
かといって
やたらに書くのも
おかしな気がするのだけれど
これがわたしなので
パートナーについて書きます
わたしは
結婚生活がうまくいかない時
自分がやり方を変えれば良いと
思ってきた
反省もしてきた
どうしてこんなに
説明しがたい恐怖や不安
悲しい気持ちが
努力してもしても
続いているのでしょうと
悩んできた
パートナーが
家族 わんこも含め
ごはんを食べているか
水分をとれているか
眠っているか
健康状態はどうか
息子が学校に行けているか
などという
普通に気にかけることを
気にかける様子がなかったから
わたしは自分を責めた
いまも
パートナーは
息子が痩せこけていても
わんこが
ひからびそうになっていても
家族が生きていく
ということを
自分が生きていくほど
気にとめていない
うまく言えないけれど
知らん顔をしている
だからもちろん
家族が幸せそうか
笑っているか
病気になっていないか
困っていないか
ということも気にしていない
全く
気にしていないかというと
そうでもないように
見えるのだけれども
いつも暇そうにしている
大事な場面では
特に無視をする
いなくなる
神経質で関係のない
細かなことを言い出す
ただ出されたものを食べて
家族を助けることもなく
無視をする
怒る
嫌味を言う
暴言 暴力も多くあった
共に生きることも
共に悩むこともしない
簡単に言うと
パートナーは助けてくれない
というわけで
それだけ部外者なら
ある意味幸せかもしれないけれども
いつも
失敗や指摘に
おびえているように見えるから
幸せではないのでしょうねと
思う
息子やわたしは
何度も何度もひどい目にあわされて
そのうち
ひとを信じることができなくなり
期待しないようにしたり
あきらめて
必要としないようにしたり
するしかなくなった
家族から必要とされなくなったのだから
パートナーは
幸せではないのでしょう
ついでにわたしは
笑うことを忘れて
自分が笑うことで
誰かを幸せにするなんてことは
できないひとに
なってしまっている
わたしが
誰かを幸せにすることなんて
もうできないのかもしれないけれど
何かが壊れた時に
修理という方法があるけれど
照明や
キッチンの電気製品の故障
ガスや電気の不具合
水漏れなどは
自分で修理ができないので
パートナーに相談する
いくら言っても
無視をされる
だから修理ができないか
自分で
日曜大工のように
ママはおっさんかと言いながら
修理をするしかなくて
水漏れについては
何年も水漏れしている
水道代がもったいないんじゃない?と
話しても
修理をお願いして
こんな風にしたら
あんな風にしたらと
案を出しても
無視をされる
そんなパートナーは
年末の大掃除と
年賀状の写真だけに
奇妙なこだわりがあり
毎年もめてきた
自分では
何もやらないのだけれどね
喘息のわたしは
毎年今の時期
かなりほこりを吸い込む
年末は病院がお休みで
何かあった時に困る
子供の具合が悪い
わたしの具合が悪い
そんなとても掃除ができない時に
家事をいつもより
パートナーは要求する
掃除はつらいと話しても
無視をされる
命の方が大事だから
今やらなくても
元気な時に少しずつやれば
よい
やりたければ自分がやればと話すと
パートナーは
わたしの考え方がおかしい
迷惑なんだ と
怒るので
掃除を
やらなくてはいけないような
気がしてくる
間違ったことを堂々と言われると
あまりの迫力に
自分がおかしいのではないかと
思うもので
わたしは弱い
掃除をはじめて
何かが落ちて大きな音がしても
わたしがいろいろ
持ち上げようとしていても
たとえ困っていても
パートナーは無視だから
年末は毎年憂鬱になる
年末だけではないけれどね
いつまでこんなこと
やっていなくてはいけないのかしらとまた
憂鬱になる
母は頭の良い姉と
きれいな妹
ということを
常々自慢に思ってきた
姉のことを
優秀ねと言われるたびに
そうですという顔をしていたし
わたしのことを
きれいね
いいところにお嫁に行くわと
言われるたびに
そうでしょうと
嬉しそうにしていた
最近新しくできた
野点会友達の
おばさまのところに
姉とお邪魔したらしいのだけれども
ももちゃんは
誰に似ているの?と
言われて
おばあちゃんよと
母が答えると
おばさまが
しばらく考えて
あらまそれは
かなりのべっぴんさんじゃないと
言ったそうで
うふふふ
うふふふふと
母が電話越しに
嬉しそうに笑っていた
なんだかわたしも今回ばかりは
単純に笑いたくなって
うふふふと笑った
今まで姉とわたしは
両極端な評価をされてきた
前にも書いたけれど
病弱と健康
成績トップと普通より上くらい
しっかり者と姫様
いざ度胸がないと
いざ度胸がある
恋愛に縁がなさそうと
お花のような可愛らしいさで
悪い虫がつきそう
理系と文系
芸術や音楽で
努力しているのに
評価されないと
簡単に良い評価をもらう
という具合に
前が姉で
後がわたしね
それが普通だったから
わたしは
健康で
成績は普通
姫様で
ちやほやされ
文系 芸術家系と
思ってきた
だから姉とわたしは
お互いを
自分は越えることができない
両極端な存在だと
思っていて
姉はわたしを
可愛らしいと思い
わたしは姉を
努力家だと尊敬してきた
母の取り合いを
したことがないので
嫉妬もなかったのかなと
思う
母に愛されていないと感じると
人間だから
母を嫌いになって
楽になろうとするのかな
ちょっとそんなところも
あったかしらとも思う
わたしは母の生き方が
あまり好きになれなかったから
好きになれないのかなとも
思っていた
もともと
わたしも姉も ふたりとも
親族によいことがあると
自分のことのように
自慢したくなり
嫉妬をしないできた
どちらかというと
たいして嫉妬をしない性格なのかな
良かったねと
単純に思うところがあるから
そんなところは
姉とわたしは似ていると思う
青空の彼に出会ったころは
右目 左目
2.0だった
2.0より見えていたくらいで
だけれど最近
視界がかなり
ぼんやりとしている
以前の視力なら
青空の彼を遠くに見つけても
ダッシュで
飛び付くことはできたし
遠距離でも
恋の弓矢を
命中させることだってできたはず
だけれど今は
視界がかなり
ぼんやりとしていて
お友達でも
わからない
至近距離で
お友達に手を捕まれて
驚いている
そして
こんにちはと笑う
もうどこかで
青空の彼を見つけることなど
できそうにもない
鼻と第六感だけがたより
こうなったら嗅覚だけね
ふがふが ふがふが
会えるかな?
会いたいな
わたしがまだ小学生の時
学校をお休みしたひとには
お見舞いに
給食のコッペパンを
持っていっていた
今の給食のコッペパンは
当時のものとは
比べ物にならない
驚くほどに
ふんわりとした甘いパンだけれども
当時のコッペパンは
放課後になると
カチカチだった
このカチカチのパンと
わたしのお見舞いが
はたして喜んでもらえるものなのか
疑問に思いながらも
先生がそうおっしゃるのだからと
係りの仕事をもらったみたいに
使命感に燃えながら
パンを届けた
わたしが逆に
学校をお休みした日は
幼馴染みの誰かが
パンを届けてくれた
カチカチのパンを
感謝しながらいただいた
世の中で頭の良い人
肩書きが立派なひと
と言われているひとたちは
目の前の事実を
まずは疑うのではないかしらと
思う
疑われたわたしは
ビックリなのだけれどもね
賢いから
ひとをすぐには信用しない
過去の経験から
きっとこういう結果になるであろうと
勝手に決めつけ
無鉄砲な挑戦をしない
自分が不利になるようなことは
絶対にしない
そんな風に思う
だけれど
そんな風にしていたら
知らないうちに
ひとを傷つけることになる
足元にある
小さな幸せに気づかないで
小さな感謝を忘れてしまうことになる
そんなひとばかりでは
ないけれども
小さな感謝のない人生は
幸せがどこかへ行ってしまいそうで
悲しい
ここのところの抗生剤の治療で
タンだけが消えてきて
お腹の調子も悪くならずに
呼吸が楽になった
嬉しい
今回は少し長く飲むことになって
悪いものを
完全にやっつけてしまおう
という作戦
抗生剤を飲んだ1日目から
効果があって
今回もまた
喘息発作が激減した
とにかく嬉しい
飲み始めてからは
夜中に眠れずに
交感神経優位
瞳孔がなんだか
という興奮状態になるくらいで
問題なく
治療が続いている
夜中に
東村山4丁目を
地味に踊りたくなる…(笑)
他にも体調で良いことが
たくさんあった
このまま良くなるといいな
もう少し
良くなるといいな
夜中に
どうせ起きているならと
家事をやってみたり
映画を観てみたりしている
外を歩いていても
多少階段を登っても
咳があまり出なくなったものだから
また嬉しい
咳をしながら歩いていると
いろいろある
病気は
ドクターに治してもらう
なんとかしてもらうと
みんな
思いがちだけれども
自分で治していかなくては
どうにもならない
それに
世の中には
自然に治る病気と
自然に治らない病気がある
健康なら
免疫力もあるから
自然に治る
お薬の力が必要で
なかなか治らない
わたしみたいなひともいる
わたしたちは
外見はきれいそうに見えても
体のなかには
血や内臓が
理科室の標本みたいに
ぐちゃぐちゃとあるわけで
想像したら気持ち悪いくらい
あるわけで
それを忘れて
外見ばかりを気にしている
そこには
心もあるはずなのに
大事にしなくてはいけない心は
忘れがちになる
だから
お部屋に花を飾るみたいに
わたしは
心にも花を飾りたい
いろんな苦しいことが
あったけれど
こんなに素敵なものが見つかって
本当に良かった
いろんなことを
恐れて
生きていたけれども
大事なものが見つかって
本当に良かった
手探りでもがいてきたけれども
わたしは幸せだわ
苦しいことでもなければ
輝く素敵なものに
気づくことなどなかったから
いろんな苦しみがあって
良かった
さぁこれからもまた
目をそらさず
恥ずかしくないように
さぼりさぼり生きていきましょう
何かを
自分で
決断した として
その決断
本当によかったのかな
正しいやり方だったのかな
と
悩むことはある
実は
正しい
なんてないのに
くよくよもする
後悔もする
不安になったり
やる気を失ったり
投げ出したくなるときも
ある
決断した結果が
よかった 悪かった
どちらでもない
の
どれであったとしても
結局は
なんだかんだ 思うもので
だから
悩みに悩んで決めて
これ?と
落ち込むことでもない
悩みに
悩んだことを
誉めてあげなくちゃ
決断した結果
不安なら不安
辛いなら辛いで
その気持ちに寄り添い
考えて
やっていけばよいのだから
決断を
恐れる必要はない
もし
その都度出てきた
不安や辛さを
共に乗り越えてくれるひとが
いるなら
なおさら
不安や辛さを
とにかく
なくさなくては と
恐れる必要はない
どうしていったらよいのか
を
共に考えてくれるひとが
いるのなら
わたしも君も
なんてことはないさ
一緒にやっていこう
何かを決める時
自分の考えをまとめて
よりよい方向を考えるべき
なのだけれど
考えがまとまらない
おめめがやけにパッチリで
眠れない
抗生剤の影響だと思う
悩むにしても
いつものわたしとは違うもの
今回は
息子とわたしの
卒業を決定する
学校行事への参加を
決断する
なのだけれど
息子の体調が変わらず悪く
参加先が遠方で
かなり過酷な環境なものだから
参加して
万が一何かあったらと思うと
怖い
病院もないからなおさらで
しばらくひとりで
悩みに悩んで
そうだわと
両親に相談してみた
確かに考えても答えが出ない
無理をして欲しくないと
言われた
近所のわたしの同級生が
突然亡くなったらしくて
孫とわたしの体調を
心配していた
父は
死んでしまう
やめなさいとはっきりと言った
父の言葉は正しく
後押ししてもらえたことで
気持ちの整理がややできた
きっと大事な決断は
最終的には
自分が決めるにしても
後押ししてくれるひとの力や
アドバイス
相談相手が
必要なのだと思う
大事なのは息子の体だから
ついでにわたしもだけれど
医学的なところの判断を
ドクターに相談してみたい
けれども
病院が凍結中で
相談先がない
ならば単純に
母親としてどうなのかと考えてみたら
この前息子が
2ヶ月以上入院になります
心臓が止まる可能性があります
などと言われたばかりなのだから
もちろん欠席と
したいところだけれど
将来の息子の負担などなどを
考えると
答えがわからなくなった
息子も
決まらないと話す
パートナーは
無視をするか
嘲笑うようなことしかしないので
親として
当たり前の反応が
どういうものだったのか
わからなくなる
パートナーに意見を求めても
無理なのだとわかった
報告だけにしたい
学校の先生は
ありきたりな
正しい言葉を発していた
先生が息子を
笑って迎えてくださったり
会えて嬉しい
笑ってくれて嬉しい
細くなって大丈夫?と
心配してくださったりする姿を
わたしは息子の傍らで見ていて
当たり前の対応が
このようなものだったかしらと
思った
わたしは何か
大事なものを忘れているのでは…
夜中におめめパッチリで
ベッドに横たわり
ふと
青空の彼なら
なんて言うかしら
きっと
こんな風に言うかな
いやあんな風に言うかな
などと考えてみたけれども
それは想像にすぎなくて
結局のところ
悩みすぎてわからなくなっている
母がお友達から
食材のお礼にと
小さなロールケーキとプリンをいただいて
美味しかったからと
送ってきた
それをいただいてみて
気づいた
なんとかしよう
なんとかしようと
息子の好きそうな食べ物や
カロリーの高い食べ物を
わたしは選んできたけれども
間違っていた
こんなにおいしいロールケーキを
食べたことがない
あっさりとしたスポンジに
実家のゆずで作ったクリームと
自家製フルーツ
実家のぶどうで作ったクリームと
自家製フルーツの
二種類のロールケーキ
それに
のどごしがさらさらの
サツマイモプリン
体に優しい味がした
息子も食べている
材料は何から何まで
体に害のないもの
自家製のものにこだわっているそうで
実家の食材が生き生きとしていて
本当においしい
卵やバター
チョコレートや生クリームで
いかにもという
きらびやかなデザートや
高級食材で
ありきたりに作った
いかにもという食事を
おいしい食卓と
考えていたことを恥じた
たまにコンビニで
おいしいものを見つけて
喜んでいたしね
恥ずかしいわ
手に入る食材に感謝して
工夫して作ればいいのに
探すばかり
無理をして買うばかりしていた
本当に相手を思いやり
口に入るものを作る
心が元気になれる食事を作る
ということは
こういうことなのだわと
もぐもぐしながら気づいた
レシピを教えてくださるそうなので
わたしもぜひ
作ってみようと思っている
気づくきっかけをくださった
小さなロールケーキとプリン
おばさまの愛情に
感謝 感激した日になった
わたしは青空の彼に
どんな願いを持っているかと
考えてみた
例えば
彼に会いたい
彼と友人になりたい
彼とお付き合いしたい
愛されたい
などなど
恋をしたなら誰もが考えそうなこと
すべて
彼が望むなら
わたしもそうしたい
誘うきっかけは
見つからないけれども
断る理由も
見つからない
わたしは10年近く
片思いを続けているけれど
青空の彼は
この気持ちを知らないでしょうね
もし知っていたら
10年近くも見守ってくださった
ということになるから
それはそれで
もしかしたらわたしよりも
大変なことかしらと
思う
もし知らなければ
知らないんだと言われることが
一番嫌いそうに見える
彼のことだから
知らないんだ知らないんだ
わーいわーい
などと
騒がないことにしましょう
子供か
わたしはわたしの外見から
勝手な想像をされたり
こんなことは言わないだろうと
思われたりする
話を聞いてくれないひとがいる
ということに
記事を書いていて
気がついた
男性に多い気がする
青空の彼も
たまに遠くを見るような
表情をしていた
けれども
わたしはわたしで
青空の彼の瞳が素敵だわと
彼のはなしを
よく聞いていなかったけれどね アハハ
その叔母とわたしには
秘密があった
大学の時
お付き合いしていた彼がいて
クリスマスに
手編みのカーディガンを
プレゼントすることにしていた
頑張って編んでいたのだけれども
どうしてもクリスマスに
間に合わなくなって
叔母に仕上げをお願いした
あっという間に
編み上げてくれて
内緒ねと
叔母は優しく笑った
わたしは慌てて
叔母にお礼を言って
仕上げのワッペンを縫い付けて
彼のところに行き
プレゼントを渡した
彼はとても喜んでくれて
すぐにカーディガンを
着て
見せてくれたのだけれども
慌てたわたしは
ワッペンを脇の下あたりに
縫い付けていて
大爆笑した
彼がこの辺
編み目がきれいじゃない?と
言ったので
そこは
上手になったわけじゃなくて
おばちゃんに仕上げをしてもらったのと
正直に話した
叔母は
両親には内緒の
ふたりだけの秘密ができたね
ももちゃん
と
嬉しそうに話していた
もっとちゃんと
お礼を言えばよかったわと
その出来事を思い出しながら
後悔する
わたしってひとに対して
雑なんだわ
父と
母子くらいに歳の離れた叔母が
亡くなるずっと前に
実家の墓地で眠りたいと
父にお願いしていた
そして
戒名をもらいたいと話していた
叔母はお嬢様育ちで
お料理は苦手なのだけれども
そういえば
父方はお料理ができないひとが
多いような
お手伝いさんがやっていたから
仕方がないのかな
だけれど
さらりと話していることが
とても頭のよいひと
という印象だった
わたしは
素朴なおばちゃんが好きだった
おばちゃん
死んでから石に名前をもらわなくても
いいんじゃない?
無理しなくても
死んだらただの骨でしょう?と
わたしは
おしゃべりついでに言った
叔母はわたしの言葉を
気にしていない様子で
ももちゃんは
本当にかわいらしいばかり言っていた
叔母の父
つまり祖父は
いんでんだいこじと
墓石に刻まれている
だいこじですらもらうのは
今は相当の寄付が必要らしくて
昔のように
善行や功績でいただくわけには
いかないらしい
叔母は
ももちゃんは
芸能人の誰々に似ているわ
女優さんみたい
かわいらしいとまた言った
聞いたことのある昔のアイドルの
名前だった
叔母はいつも
わたしを見て
ニコニコと笑っていたけれども
死んでからのことを
とにかく心配していた
母が
だいこじをもらうと
お坊様が家にきた時のお礼が
倍以上それ以外になる
後継者が払えないと困るわと
よく言っていた
お坊様も
いんでんだいこじですからなと
おっしゃるらしくて
お寺へのご寄付は
お支払いするべきもの
なのでしょうけれども
どうして
戒名をもらいたいのかな
死んだら風になり
石に刻んだ文字など
どうでもよくなると思うのにと
わたしは思った
わたしはカードを持っている
専業主婦なのに
審査が通り
カードを持てるのは
ひとえに
パートナーの年収のおかげ
カード払いの方が
お得だったり
ポイントが高かったりすると
ついつい興奮してしまうわたし
最近はポイントで
家族の好きなドーナツを買った
ラッキー
けれども
カードの請求額が気になるこのごろ
使い道は
ほとんどが食費なのだけれども
お給料を渡してもらえなかったらと
考えると
何がなんでも
リサイクルを
死ぬ気で
えげつなく頑張るしかないと
考える
そしてかなり
追い詰められる
追い詰められてくると
空回りする
もっと大事なことがあるのでは
などと
考えるようになる
ならばわたしらしく
薔薇色の人生のためだわと
思うことにした
なんとなく
薔薇に囲まれているイメージで
薔薇色の人生を頑張りましょうね
という具合に
最近は
お釈迦様が
絹の着物や金の装飾品を
脱ぎ捨てた場面を
何度も想いながら
わたしも脱ぎ捨てようと
心のなかで自分を戒めている
でもサンタクロースには
きて欲しい
クリスマスプレゼントも欲しい
目標があり
現実のものにしようと努力する
何が足りなかったのか
何が悪いのかと悩む
人生をやり直せるなら
いつからと
聞かれたら
やり直さなくてもいいと
わたしは思う
やり直しても
やり直したと気づかずに
また同じ事をしていそう
それに
また同じ努力をする
元気もない
格好よく言えば
今を大事にしたい
目標ばかりを気にしている時は
ゴールが遠くに思える
輝いていると思える
苦しいのは
ゴールばかり見ているからで
途中の過程を
楽しむというのかな
楽しむ心意気みたいなものを
すっかりと忘れているから
いざ始めてみると
険しい道のりばかり
苦しみは
ゴールの向こう側を知るための
途中経過だから
楽しみに変えてしまえばいい
ゴールに到着して
達成感などなどを味わう
それは素敵なことだけれども
また達成感が欲しくなるはず
途中の風景を楽しむことができたら
ゴールなど
いつのまにか通りすぎている
ゴールなんて勝手に
自分が決めたことなのだから
やけに遠くに置かなくても
小さなゴールがたくさんあった方が
いいんじゃない?
ゴールゴールと
うるさいのだけれども
また何かに
感染してしまったわたし
たんに色があり
喉がパチパチとし始めた
大学病院で何かもらってから
熱も出ていた
発作も続いていた
体がひどく痛かった
食材を目の前に
頭も痛くなる
楽天的なわたしも
さすがに
息子が食べてくれなかったら
どうしよう
ずっと食べなかったら
どうしよう
病院どうしよう
そんなことばかり考えて
ひどく疲れてきた
また病院行かなくちゃ
伯父から次男の好きな
フルーツが届いた
手に入らない特別なフルーツで
これなら食べられるから
しばらく安心ねと
母が言った
目をパチクリ
究極のフルーツだわ
次男が
こんなことを言った
時々送られてくる
わたしの両親や親戚からの
お裾分けや贈り物が
ゴージャスすぎる
言われてみればそうね
ありがたいことよね
わたしの母方も父方も
肩書きが立派すぎる
確かにね
パーフェクトに裕福で
貧乏なひとや
誰かを困らせるようなひとがいない
まぁね
祖父母や本人の
能力と努力あってのことでしょうね
長男も
お裾分けを友達にプレゼントしたら
こんなの
食べたことがない
お父さんと食べたんだと
お礼を言われたとか
わたしは驚いた
うちではたまに
賞味期限が過ぎていて
ごめんなさいと
捨てることもあるのに
両親は貧乏だ
なんて言っているけれども
そうでもないのかな
なんて考えていると
次男はこう続けた
だから自分が
初めての失敗ではないか
なのにどうして
かわいがってもらえるの?
わたしは少し驚いて
失敗じゃないでしょう
そこ
失敗にカウントしないところだよ
失敗したら
可愛がられないなんてことも
ないよ
健康が一番
世界中の誰がどう思おうと
わたしは
世界中の誰より
息子を愛している✨きらり
それでよしと
答えた
そんなこと
考えていたのね
かまへん かまへんなのにさ
わたしなんて
父に
もも姫はかわいいからいいよなーと
育てられてきたから
そんなこと
考えたことがなかった
親族はすごいね✨素敵✨くらいしか
思っていなかった
この楽天的なところ
次男にわけてあげたい
母から
手作りのシフォンケーキが
送られてきた
ほんのり
レモンの香りがする
次男といただいてみると
驚くほどに柔らかく
あっさりとしていて食べやすい
米油が使ってあるらしい
何度も焼いて
やっと満足なものが
完成したと
母が言っていた
次男が食べたよと言うと
あらー良かったと
喜んでいた
母が
長男も
よく見てあげなさいねと
言った
わたしは
長男くらいの歳の頃
両親に感謝は
していたけれども
パパっ子だったということもあり
母があまり好きではなかった
母の生き方が
好きではなかった
今もべったりではない
母は大事なことを
姉から聞こうとする
難しいことは
すぐに姉に頼もうとする
わたしは歳の離れた姉を
母親のように思ってきた
以前カウンセラーに
母親がなんでもしてくれて
かいがいしく世話をするひと
ではないのに
息子にかいがいしくしているのは
とても大変なこと
見本がないからね
面倒見の良いお母さんかと
思っていた
お母さんから
してもらっていないことを
息子にしているのは
つらいことよと
言われたことがあった
確かに
母がやっていたことは
無理をしないでも
自然にできている
けれども母がやっていなかった
ことは
かなり頑張らないとできない
母のようになりたくないと
難しく考えすぎてぎこちなくなる
子育ては
そういうものなのかもしれないけれど
今回の出来事で
断られるショックを
何度か経験した
普段は断られることを
さほど気にしていなくて
自然の流れに逆らわない と
わりとのんきに
考えていたわたし
きっと断ってくる相手が
自分が信頼できるひとなら
さほど気にしないで
納得できるのではないかと
思う
絶対に断られないなんて
安心のある出来事が
存在するかどうか
わからないもの
自分の方が立場が上だとか
自分のプライドがとかなんとか
考えて
謙虚な気持ちがなくなっていると
断られるかもしれないと
考えただけで不安になる
断られたら
断られたで
次を考えればよいだけで
たいしたことでは
ないのにね
わたしの場合は
子供のことだから
責任を感じて腹も立った
ここは客観的に公平に冷静に
今後のことを考えて
動いていかなくてはいけない
それにしても
世の中はおかしなことが
多くて
どうしても嫌なことを考えて
無駄な時間を過ごす
さっさと切り上げて
良い時間にしたいところだけれども
青空の彼なら
謎のあしながおじさんなら
今回のことを
なんて言うでしょうか
なにやってんの?と
笑うかな
バカなことやっているんじゃないよと
怒るかな
ちょっと聞いてみたい気がした
わたしの心のなかには
大きな存在があって
青空の彼のように思えて
それは自分自身
なのかもしれないけれど
その大きな存在に
力をもらい
いつも励まされている
父がU.F.Oを信じているのと
似たようなものかしら
お酒をのみながら
U.F.Oの存在は絶対だ
などと信じて爆笑している父は
嬉しそうだもの
違うかしら どうかな
おしゃべりができないひとがいる
声が出づらいひと
話せないひと
だけれど案外
イエスとノーがわかれば
普通に生活できる
うなづくか
首をふるか
意思表示ができれば
細かいことはさほどね
どちらかというと
おしゃべりができない方が
助けてくれるひとが
まわりに集まり
おしゃべりなひとは
ひとりでできそうねと
ひとは判断する
だから
おしゃべりができなくでも
できるひとは
できるでうるさがられたり
助けてもらえなかったり
するわけだから
まぁ大丈夫
明るく見せようとか
うまく話そうとか
立派に見せようとか
そんなことを考えていたら
自分らしくなくなって
自分は自分のままでいいと
思えなくなる
背伸びしなくてもいい
自分は自分のままで
愛し愛されるから
実家にあやしい印鑑売りがくる
信心深い母は
そのひとにいろいろ言い当てられて
盛り上がっていた
当たるも八卦
当たらぬも八卦と
わたしは思うのだけれども
下のおじょうさんは
おせっかいやき
遠くにいる
などと言われて
母は驚いたらしい
ももちゃんは
おせっかいやきじゃないと
言ったら
いやいや
自分のことより
他のひとのことを気にして
おせっかいをやくと
言われたらしい
わたしに
おせっかいじゃないよねと
母が聞いてきたので
おかあさん
わたしはおせっかい
それで余計なお世話をして
自分を後回しにするから
自分でも困っていたと話したら
母は驚いていた
案外わたしのこと
知らないんだわ
最近は
おせっかいやきをしなくなった
求められた時だけに
している
そっちが気になると
どうしても自分の大事なことが
おろそかになる
おそらく
相手がさほど困っていなくても
自分と同じように
困っていると思って
相手のなかに
困っている自分を見つけて
それで
その自分をなんとかしようと
思うから
おせっかいになると思う
その自分に叫んでいるのだと
思う
感謝されることも
多いけれど
言動に気を付けても
余計なこと
だったのかもしれないと
やめることも多い
誰かのためにと思いながら
自分のためにやっている
本当は
相手を心配しているのではないから
必要ないことまで
首をつっこむことになる
たいした悩みでなければ
いいのだけれども
重い悩みで
子供のこととなると
ついおせっかいをやいてしまう
ココに
いろいろ書いている屁理屈も
誰かの役にたてたらいいなという
おせっかいなももの屁理屈
なのだけれどもね
人生を振り返り
丁寧にできていなかったことを
考える
母が
そしてわたしが
丁寧に生きていなかったことは
なんだろう
わたしが幼い時
母がお地蔵さんの前の細い道を
歩いて
1度も振り返らずに
仕事に行っていた
わたしはひどく泣いていたことを
覚えている
いつも
しっかりものの姉が
慰めてくれていた
たまに祖父のところに
わたしは
あずけられていて
帰りは夜遅く
寒かった
バス停で母と手をつないで
ぶくぶくに着せられたわたしが
バスを待っていると
お店の前の
ホカホカのあんまんが見えた
母がひとつ買ってくれた
わたしが幼稚園の時は
母は仕事をやめていた
わたしは
事情を話さずに
お地蔵さんの前で
振り返らなかった母のように
息子に
同じようなことを
してきてはいないかと
いつも考える
方法なら
いろいろあったはずで
いくら幼くても
話して聞かせることはできた
いくら自分に余裕がなくても
10分くらい早起きすれば
10分一緒に過ごすことができた
だけれどわたしたちひとは
自分をかわいそうと
思ったり
誰かのせいにして
安心したり
誰かに依存しようとしたり
まぁそんなことは
誰でも思うこと
それが生きていることだから
絶対に悪いとは
言わないけれども
そんなところがある
丁寧にできていなかったことが
シワみたいになって
巡りめぐって
大きなシワになり
時をかけて
大きく大きくゆがんでいく
ものではないかしらと思う
自分は正しいのだ
これは仕方がないことだ
などと勝手な理由をつけて
逃げて
やってこなかったことが
後々いつまでも
自分を苦しめることになるように
思う
原因なんて
なんとなくはわかっていても
はっきりとはしないものだから
原因を探していたら
前に進めなくなるけれども
大学病院のおどして食べさせるは
長続きせず
それもそうだと思うけれど
食べることに疲れた
休ませてほしいと
次男は言い出し
前よりやせてしまった
リハビリの先生が
真面目さをうまく利用する
というのはどうでしょうと
おっしゃった
数字を使いやり過ぎると
逆効果なので
注意が必要です
必要な栄養素の表をプリントして
食べたら印をつける
1度にたくさん食べるのではなく
1日に必要な栄養素を
考えながら食べるという具合に
それに
食べなさい 入院だよなどと
言われると
追い詰められるので
状況を簡単に書いて
こんな風にね…と
書いて見せてくださった
入院する
入院しない
入院しないのところに
しないならどうするかを書く
条件として必要なもの
例えば
食べることが増えている
食事を工夫する
学校に行けているなどなど
増やしてもいいですよ
これなら母と子の
信頼関係を失うことなく
やっていけると思いますと
アドバイスをいただけた
毎度わたしは
目から鱗
すべてのはなしを丁寧に聞いてくださった
リハビリの先生
4月からのいきさつを
わたしは懸命に話した
どうしたらよいのかわからない
自信を失ってしまったと
正直に話した
ストレスとプレッシャーで
まいっている
というわたしや息子の状態も話した
先生はメモをしながら真剣に
時々質問しながら
丁寧に聞いてくださった
途中
そうだったわ
ねんねのわたしはこうやっていままで
いつも導いていただいて
頑張ってこられた
だから他の病院ではなく
この病院で長い間お世話になり
信頼して通っていたと
思い出した
二点三点する
おかしなドクターばかりではなかったと
ガチガチの気持ちがほぐれた
先生は
リハビリに通えなくなる
という報告はないので
通えるはずです
けれどもお薬の処方が
次回からできないのであれば
紹介状を出したらその後どうなるかや
ドクター同士の約束事が
どうなっていたのか
ということはわかりかねるので
別の方法を考えてみましょう
ようするに
シンプルなことなのです
入院が必要ならば
入院に同意です
入院が必要なければ
入院しないで一致しています
ということですよね
入院はドクターが判断しますから
必要ない場合は
学校に通いながら
通院しながら
食事を工夫していきたい
今は頑張って食べている
ということですよねと
まとめてくださった
ちょっとわたしの瞳が
うるうるしたけれども我慢した
わたしがしっかりしなければ
先生に恥ずかしい
先生は
お薬のことで
手を貸してくださるドクターが
いないかどうか
考えてみたり
もう一度病院に
確認 お願いができないか
考えてみたり
してくださった
さまざまなやり方を考えながら
次の準備を始めましょう
ということで終了した
捨てる神あれば拾う神あり
真実をまっすぐ
音楽の授業で必要なので
一目惚れをした
クラシックギターを買ってきた
リサイクルのギターだけれども
とてもきれい
音もいい ボロロン
調べてみるととても
いいギターらしくて
手放した理由はわからないけれど
お安く買えた
さてと チューニング
チューニング?
まるでできない
ロッキーのテーマを
かっこよく奏でる予定が
できない アハハ
お店で
隣に置いてあったバイオリンが
気になる
お小遣いをためて
また行ってみよう
売れてしまうかしら
大好きな
愛の挨拶を奏でてみたい
街は
クリスマスソングであふれていて
お気に入りのそり滑りが
聴こえてくる
素敵
もうすぐクリスマス
みなさまが
幸せなクリスマスになりますように
今年はどんなお料理を
作ろうかな
予想どおり2日で
究極の自己中パートナーが
完成した
やはりね
なんだか
振り回されるだけ
損な気がしてくる
わたしは月曜日が好き
月曜日の午前中は
爽やかな気持ちになる
ぼんやりと疲れをとったり
ゆっくりと
大事なことを考えたり
家事を丁寧にやってみたり
おいしいお料理のことを
考えたりする
わたしの自由で素敵な時間
ところで○○が必要
という時のおはなし
生活をしていると
いろいろなものが必要になる
お風呂のふたが
カビだらけになってしまった時
磨いてもきれいにならないので
アレルギーにもよくないから
処分した
ふたを買いたいのだけれどと
パートナーに言った
…
ふたがないと
ガス代が高くなるでしょう?
だからはやめにふたが買いたい
…
母がお金がないのでは?と
お金を渡してくれた
母がお金を出してくれたから
ふたを買いたいのだけれど
…
だいたいいくらくらいでね
ふた
…
サイズを計ったよ
近所のお店に買いに行こうよ
…
ふたを買いたい
…
ふた!
…
ふた?
…
結局まだ
何年もお風呂のふたがない
それが
ふただけではない
壊れた炊飯器
故障した冷蔵庫
すべて両親と祖母が
何年かして驚き
買ってくれたもの
あなたも使っているよね?
ないと困るよね?と
いまだ疑問に思う
これだけじゃないけれどね
パートナーが休日
急に息子のことで話しかけてくる
何か買ってこようか?と
初めて言った
わたしは今までの経験上
2 日しか続かないでしょう
穏やかそうな時ほど
突然怒るから安心できない
そんな風に考えて警戒していた
だけれども
こうなったことに
思い当たるふしがあった
今回
お父様はどうお考えですか?
お父様は助けてくれないのですか?
などと
病院や学校
さまざまなひとから
何度も言われたので
言われているよと
わたしがパートナーに話したこと
それかな
後は
息子が死ぬかもしれない
というドクターの判断で
スイッチが入ったとか?
それはあまり
関係がないように見える
普通は慌てると思うけれどね
などと思いながら
無視をしない
落ち着きのないパートナーを観察していたら
とても言葉では言い表せない
気持ち悪さに襲われた
なぜか
わたしの心がバラバラになったみたいに
ひどく疲れていくと
気がついた
他人ごと 知らん顔の方が
良かったの?
いやそんなはずはないわ
うまくいえないけれども
パートナーが
正しいやり方にこだわっている
という風に見える
偽者に見えるというのかしら
心からわき出てきたように感じられない
次男も急なことで
迷惑そうにしていた
今まで
わたしひとりでなんとかすると
毎回頑張ってきた
パートナーは
何かやろうとはしているみたいだけれど
きっと
一緒にやろう
相談しよう
といったニュアンスがまるでないので
げせないのだと思う
指摘されて腹立たしく思っただけなら
長続きはしそうにない
ありがとうなのかもしれないけれども
ここは期待せず
気にせずやっていきましょう と
考えている
父の職場に
よい男性がいるので
見に行かないかと
誘われることがあった
わたしは
嫌がっていたのだけれども
祖父母に用事を頼まれて
しぶしぶ母と
父の職場に行くことになった
ほら あのひと どう?と
母が言った
ちらりと見た瞬間
わたしはぞわりとして
絶対に嫌と言った
縁談を進めようとしている
というはなしが
相手に伝わり
相手の彼女が知り
出世のためにわたしを
選ぶのではないかと
彼女が焦ったらしくて
ちょっと待って
彼女がいるじゃない
まったくもう
しばらくして
その男性は彼女と結婚した
両親は
おしいと言っていたのだけれども
わたしはまだ
ぞわりとしていた
それから10年くらいして
その男性は事件を起こし
逮捕された
両親はその時ばかりは
驚いて
見る目がなかった
わたしが断って良かったと
言っていた
だからさ
ダメだと言ったじゃないと
わたしは言った
まだ結婚する前のハナシだけれども
釣書というものが
積み上がり
悪い虫がつかないようにと
親族が騒いでいた頃
さまざまなお見合いばなしが
持ち込まれていた
以前
お見合い経験を
記事に書いたけれども
わたしは
結婚するつもりも
意欲もなかったから
興味がなかった
そんななか
ちょっと印象的なおはなしがあった
兄弟ふたりが
歯医者なので
ひとり開業させてくれたら
娘さんをいただきたい
というおはなし
ふたり開業は難しいから
それって
政略結婚?と当時思った
父は少し悩んで
断っていたけれども
わたしの人となりを
知りもしないのに
驚くほどの露骨さだわと思った
実家で病気になり病院に行くと
お年寄りと
着飾っている子供を見かける
わたしは
病院に行くのだから
楽な服装でと思う
子供なら特に
熱があるならパジャマか
ジャージで負担なくと思う
不思議に思って
母に理由をきいてみたら
お医者様に行くからね
若いひとは病気にならないし
病院は老人ばかり
子供はお医者様に診てもらうから
着飾るのよと説明された
若いひとは病気にならない?
着飾る?
そういえば
わたしが入院した時
高齢のひとしかいなかった
子供は
窮屈そうな格好で診察している
逆にわたしたちが
目立つことになった
小児科のドクターの診察も適当で
驚いた
方言の微妙な意味合いが
わからなければ
関東のひとなら
怒りそうな診察だった
着飾るからといって
お医者様の地位が高いかというと
そうでもない
どちらかというと低い時代も
あったみたい
少し前にビデオ販売で
お医者様に行く時は
きれいな格好をすると
丁寧に診てくださるのよと
話しているおばさまがいた
なにそれ
病気と関係がないじゃないと
腹が立ったけれども
実際に あるのかもしれない
病気がちでわたしと過ごす時間が
長かった次男は
女の子しゃべりになってしまい
お友達に
おかまと言われた
ならばわたしが
しゃべりかたを変えようと
男の子しゃべりにした
ざけんじゃねーよ
まじか
ちょーむかつく
俺にもくれ
みたいにね
それを聞いた母が
なにその下品なしゃべり方は
やめなさいと
白目になった(笑)
言葉遣いについては
幼いころからよく怒られたわ
けれどもわたしは
息子がおかまと言われなくなったので
嬉しくなって
それにおもしろくて
今も続けている
他のひとには普通に話すけれどもね
青空の彼に出会ってから
ふと
美しい日本語
というものに興味を持った
美しい日本語の本も読んだ
日本語は美しい
美しい文は 美しい
わたしの気持ちが
安定していることが
息子にとって一番なのは
わかっていても
わたしもいろいろなことがあり
父と母の応援はあるものの
自分と息子の病気については
ひとりで抱えているので
心細く
不安になることが多い
時にぷりぷりと腹もたつ
息子に
何かをしてあげようとしすぎると
安定した日常ではなくなり
きつい状態にする
ついつい
何かよい方法はないかしらと
頑張りすぎるところが
わたしにはあって
これは相手の負担になり
よくないのだわと思う
だから
わたしが不安なら不安で
正直な気持ちを
息子に話すことにした
そんなことわかっているよね
悩みすぎてブルー
いらいらしてきた
まじこの状況やばいよね
やられたー
むかつくー
頭痛
やってられないから寝る
などなど
息子がたまに笑う
姉が思い出したのだけれど
祖母が
わたしたちがお腹の具合が悪い時
うんなれしんなれと言いながら
お腹に手をあてて
マッサージしていたらしい
おねぇちゃん
おばあちゃん ありがとうね
言葉の意味は…
うんはうん○のうんで…それから
それでわたしは
お料理の時に
うんなれしんなれと
言いながらかき混ぜることにした
うん
いいかんじ
ちょっと汚いけれども
うんなれしんなれは
とても大事なことだわ
青空の彼に
よく似たひとを見つけた
思わずドキリとするくらい
似ている
もしかしたら
親戚?というくらいに
けれど声や話し方で
驚いた
まるで別人だったから
そもそもお名前が違うから
別人なのだけれどもね
青空の彼の
声や
話し方
癖
嫌なところ
良いところ
そんなところも
全部ひっくるめて
それが青空の彼で
そんな彼を
わたしは長い間好きでいるのだから
外見が似ていても
青空の彼じゃないのねと
思った
アハハ
当たり前のはなしなのだけれど
外見が似ていたら
このさい いいかも?
などといけないことを
考えてしまったわたし
浅はかなわたしを
ばかだなと
自分で
くすくす笑った よく寝た日
わたしは
運動会が苦手だった
空から見たら
何ばかなことをやっているのだと
思うのではないかしらと
いつも
心のなかで考えていた
とはいえ
真面目に参加して
厳しい練習を頑張ってはいた
けれどもわたしはふとまた
空から見たら
小さな校庭で
くるくると走り
競い
踊る
どこか滑稽ではないかしらと
思っていた
空から見たらは
なんとなく空から見たら
なのだけれども
高校生の時
同じ方角の親友と
いつもおしゃべりをしながら
帰っていた
途中寒くて
駄菓子屋さんに立ち寄っていた
親友が
ポテチを選んでいたので
そっちの方がいいんじゃない?
などと言いながら
むき出しになったストーブに
手袋のまま
わたしは手をかざしていたのだけれど
親友が
燃えてる!と叫んだので
ふと手元を見ると
わたしの手袋が燃えていた
あちちち
今むき出しになったストーブなんて
見かけない
床暖房やエアコンを使い
灯油など
買ったことがない
だから火が燃えるということを
忘れがちになる
わたしの手が無事だったのは
普段からマッチやろうそく
焚き火やお線香などで
とっさに消火するすべを
知っていたからで
火が怖いものということを
十分に知っていたからだと思うの
笑い話なのだけれどもね
映画を観ていると
戦いや争いのシーンで
たくさんのひとが亡くなっている
そんな時
わたしはいつも思う
一瞬で切りつけられたり
爆発で亡くなったり
殴られたり
そんなメインキャストではないひとたち
ひとりひとりにだって
母親がいて
母親または他の誰かが
乳をのませて
おむつをかえないと
生きているわけがないのだから
そんな風に
大事に誰かに育てられたひと
ひとり ひとりを
メインキャストではないからといって
一瞬で
そのひとの人生を
いとも簡単に消し去るなんて
映画とはいえ
実際にこのようなことがあるのだから
複雑な気持ちになる
パートナーは
息子の入院がなくなってから
すっかりご機嫌になっていた
よく考えなくても
前より事態は悪化していて
特に解決されたわけでもなく
続いて
わたしも息子も苦しんでいる
でもパートナー目線で
考えてみると
いつも
医療費や食費をできれば払いたくない
または払わない
子供を病院に連れていったり
食べさせたりしない
というわけなのだから
入院がなくなるのは
さらに自分と
関係なくなったと判断できて
どちらかというと
嬉しいことなのかもしれない
それに
パートナー世話がかりのわたしが
家にいるのだから
それも単純に良かったこと
なのかもしれない
わたしが
ごはんを考えて買い物に行くのが
プレッシャーで
もう長いから疲れてきたわ
息子が
なにか食べられるものないかしら
などと話していたら
無視していたパートナーが突然
ごはんを作るのをやめれば!と
言った
は?
わたしは
息子を守るために
日々
パートナーを警戒していよう
パートナーが
息子に何かやらかしたら
できれば一喝したいと考えている
安心して暮らせないのは
何もしていないときに
突然
パートナーが怒るからで
怒りそうな場面では
パートナーが全く怒らないから
ではないか
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