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2017年12月に作成された記事

2017年12月31日 (日)

今年もこうして終わる

今年最後に

パートナーについて書くのも

なんだかな

なのだけれどもね

わたしが毎日

何年も何年も味わっている

嫌な気持ちは

わたしを作っているわけだから

隠すわけにもいかなくて

かといって

やたらに書くのも

おかしな気がするのだけれど

これがわたしなので

パートナーについて書きます

わたしは

結婚生活がうまくいかない時

自分がやり方を変えれば良いと

思ってきた

反省もしてきた

どうしてこんなに

説明しがたい恐怖や不安

悲しい気持ちが

努力してもしても

続いているのでしょうと

悩んできた

パートナーが

家族 わんこも含め

ごはんを食べているか

水分をとれているか

眠っているか

健康状態はどうか

息子が学校に行けているか

などという

普通に気にかけることを

気にかける様子がなかったから

わたしは自分を責めた

いまも

息子が痩せこけていても

わんこが

ひからびそうになっていても

家族が生きていく

ということを

自分が生きていくほど

気にとめていない

うまく言えないけれど

知らん顔をしている

だからもちろん

家族が幸せそうか

笑っているか

病気になっていないか

困っていないか

ということも気にしていない

全く

気にしていないかというと

そうでもないように

見えるのだけれども

いつも暇そうにしている

大事な場面では

特に無視をする

いなくなる

神経質で関係のない

細かなことを言い出す

ただ出されたものを食べて

家族を助けることもなく

無視をする

怒る

嫌味を言う

暴言 暴力も多くあった

共に生きることも

共に悩むこともない

簡単に言うと

パートナーは助けてくれない

というわけで

それだけ部外者なら

ある意味幸せかもしれないけれども

いつも

失敗や指摘に

おびえているように見えるから

幸せではないのでしょうねと

思う

息子やわたしは

何度も何度もひどい目にあわされて

そのうち

ひとを信じることができなくなり

期待しないようにしたり

あきらめて

必要としないようにしたり

するしかなくなった

家族から必要とされなくなったのだから

パートナーは

幸せではないのでしょうね

ついでにわたしは

笑うことを忘れて

自分が笑うことで

誰かを幸せにするなんてことは

できないひとに

なってしまっている

誰かを幸せにすることなんて

もうできないのかもしれないけれど

大掃除の不安

何かが壊れた時に

修理という方法があるけれど

照明や

キッチンの電気製品の故障

ガスや電気の不具合

水漏れなどは

自分で修理ができないので

パートナーに相談する

いくら言っても

無視をされる

だから修理ができないか

自分で

日曜大工のように

ママはおっさんかと言いながら

修理をするしかなくて

水漏れについては

何年も水漏れしている

水道代がもったいないんじゃない?と

話しても

修理をお願いして

こんな風にしたら

あんな風にしたらと

案を出しても

無視をされる

そんなパートナーは

年末の大掃除と

年賀状の写真だけに

奇妙なこだわりがあり

毎年もめてきた

自分では

何もやらないのだけれどね

喘息のわたしは

毎年今の時期

かなりほこりを吸い込む

年末は病院がお休みで

何かあった時に困る

子供の具合が悪い

わたしの具合が悪い

そんなとても掃除ができない時に

家事をいつもより

パートナーは要求する

掃除はつらいと話しても

無視をされる

命の方が大事だから

今やらなくても

元気な時に少しずつやれば

よい

やりたければ自分がやればと話すと

パートナーは

わたしの考え方がおかしい

迷惑なんだと怒るので

掃除を

やらなくてはいけないような

気がしてくる

間違ったことを堂々と言われると

あまりの迫力に

自分がおかしいのではないかと

思うもので

わたしは弱い

掃除をはじめて

何かが落ちて大きな音がしても

わたしがいろいろ

持ち上げようとしていても

たとえ困っていても

パートナーは無視だから

年末は毎年憂鬱になる

年末だけではないけれどね

いつまでこんなこと

やっていなくてはいけないのかしらとまた

憂鬱になる

2017年12月30日 (土)

母の娘自慢

母は頭の良い姉と

きれいな妹

ということを

常々自慢に思ってきた

姉のことを

優秀ねと言われるたびに

そうですという顔をしていたし

わたしのことを

きれいね

いいところにお嫁に行くわと

言われるたびに

そうでしょうと

嬉しそうにしていた

最近新しくできた

野点会友達の

おばさまのところに

姉とお邪魔したらしいのだけれども

ももちゃんは

誰に似ているの?と

言われて

おばあちゃんよと

母が答えると

おばさまが

しばらく考えて

あらまそれは

かなりのべっぴんさんじゃないと

言ったそうで

うふふふ

うふふふふと

母が電話越しに

嬉しそうに笑っていた

なんだかわたしも今回ばかりは

単純に笑いたくなって

うふふふと笑った

両極端な評価

今まで姉とわたしは

両極端な評価をされてきた

前にも書いたけれど

病弱と健康

成績トップと普通より上くらい

しっかり者と姫様

いざ度胸がないと

いざ度胸がある

恋愛に縁がなさそうと

お花のような可愛らしいさで

悪い虫がつきそう

理系と文系

芸術や音楽で

努力しているのに

評価されないと

簡単に良い評価をもらう

という具合に

前が姉で

後がわたしね

それが普通だったから

わたしは

健康で

成績は普通

姫様で

ちやほやされ

文系 芸術家系と

思ってきた

だから姉とわたしは

お互いを

自分は越えることができない

両極端な存在だと

思っていて

姉はわたしを

可愛らしいと思い

わたしは姉を

努力家だと尊敬してきた

母の取り合いを

したことがないので

嫉妬もなかったのかなと

思う

母に愛されていないと感じると

人間だから

嫌いになって

楽になろうとするのかな

ちょっとそんなところも

あったかしらとも思う

わたしは母の生き方が

あまり好きになれなかったから

好きになれないのかなとも

思っていた

もともと

わたしも姉も ふたりとも

親族によいことがあると

自分のことのように

自慢したくなり

嫉妬をしないできた

どちらかというと

たいして嫉妬をしない性格なのかな

良かったねと

単純に思うところがあるから

そんなところは

姉とわたしは似ていると思う


2017年12月28日 (木)

視力ぼんやり

青空の彼に出会ったころは

右目 左目

2.0だった

2.0より見えていたくらいで

だけれど最近

視界がかなり

ぼんやりとしている

以前の視力なら

青空の彼を遠くに見つけても

ダッシュで

飛び付くことはできたし

遠距離でも

恋の弓矢を

命中させることだってできたはず

だけれど今は

視界がかなり

ぼんやりとしていて

お友達でも

わからない

至近距離で

お友達に手を捕まれて

驚いている

そして

こんにちはと笑う

もうどこかで

青空の彼を見つけることなど

できそうにもない

鼻と第六感だけがたより

こうなったら嗅覚だけね

ふがふが ふがふが

会えるかな?

会いたいな


2017年12月27日 (水)

コッペパン

わたしがまだ小学生の時

学校をお休みしたひとには

お見舞いに

給食のコッペパンを

持っていっていた

今の給食のコッペパンは

当時のものとは

比べ物にならない

驚くほどに

ふんわりとした甘いパンだけれども

当時のコッペパンは

放課後になると

カチカチだった

このカチカチのパンと

わたしのお見舞いが

はたして喜んでもらえるものなのか

疑問に思いながらも

先生がそうおっしゃるのだからと

係りの仕事をもらったみたいに

使命感に燃えながら

パンを届けた

わたしが逆に

学校をお休みした日は

幼馴染みの誰かが

パンを届けてくれた

カチカチのパンを

感謝しながらいただいた

2017年12月26日 (火)

頭の良い人

世の中で頭の良い人

肩書きが立派なひと

と言われているひとたちは

目の前の事実を

まずは疑うのではないかしらと

思う

疑われたわたしは

ビックリなのだけれどもね

賢いから

ひとをすぐには信用しない

過去の経験から

きっとこういう結果になるであろうと

勝手に決めつけ

無鉄砲な挑戦をしない

自分が不利になるようなことは

絶対にしない

そんな風に思う

だけれど

そんな風にしていたら

知らないうちに

ひとを傷つけることになる

足元にある

小さな幸せに気づかないで

小さな感謝を忘れてしまうことになる

そんなひとばかりでは

ないけれども

小さな感謝のない人生は

幸せがどこかへ行ってしまいそうで

悲しい

花を飾りたい

ここのところの抗生剤の治療で

タンだけが消えてきて

お腹の調子も悪くならずに

呼吸が楽になった

嬉しい

今回は少し長く飲むことになって

悪いものを

完全にやっつけてしまおう

という作戦

抗生剤を飲んだ1日目から

効果があって

今回もまた

喘息発作が激減した

とにかく嬉しい

飲み始めてからは

夜中に眠れずに

交感神経優位

瞳孔がなんだか

という興奮状態になるくらいで

問題なく

治療が続いている

夜中に

東村山4丁目を

地味に踊りたくなる…(笑)

他にも体調で良いことが

たくさんあった

このまま良くなるといいな

もう少し

良くなるといいな

夜中に

どうせ起きているならと

家事をやってみたり

映画を観てみたりしている

外を歩いていても

多少階段を登っても

咳があまり出なくなったものだから

また嬉しい

咳をしながら歩いていると

いろいろあるから

病気は

ドクターに治してもらう

なんとかしてもらうと

みんな

思いがちだけれども

自分で治していかなくては

どうにもならない

それに

世の中には

自然に治る病気と

自然に治らない病気がある

健康なら

免疫力もあるから

自然に治る

お薬の力が必要で

なかなか治らない

わたしみたいなひともいる

わたしたちは

外見はきれいそうに見えても

体のなかには

血や内臓が

理科室の標本みたいに

ぐちゃぐちゃとあるわけで

想像したら気持ち悪いくらい

あるわけで

それを忘れて

外見ばかりを気にしている

そこには

心もあるはずなのに

大事にしなくてはいけない心は

忘れがちになる

だから

お部屋に花を飾るみたいに

わたしは

心にも花を飾りたい


2017年12月24日 (日)

エメラルドなクリスマス

メリークリスマス

素敵なクリスマスを

お過ごしください

過去の作品です

よかったらまたご笑覧ください

デジブック『 エメラルドの唄 』
http://www.digibook.net/d/6195c9d3809c266961a3af04f840c6cb/?mCollage78

エメラルドの川へ遊びに行き

いつまでも咲いている百合の花を見つけました

亜麻色の髪の乙女notesもお楽しみくださいね

2017年12月23日 (土)

手探りで

いろんな苦しいことが

あったけれど

こんなに素敵なものが見つかって

本当に良かった

いろんなことを

恐れて

生きていたけれども

大事なものが見つかって

本当に良かった

手探りでもがいてきたけれども

わたしは幸せだわ

こんなことでもなければ

輝く素敵なものに

気づくことなどなかったから

いろんな苦しみがあって

良かった

さぁこれからもまた

目をそらさず

恥ずかしくないように

さぼりさぼり生きていきましょう

2017年12月22日 (金)

なんてことはないさ

たとえ決断したとしても

本当によかったのか

正しいやり方だったのかと

悩むことになる

実は正しいなんてないのに

くよくよする

後悔もする

不安になったり

やる気を失ったり

投げ出したくもなる

それは決断した結果が

どちらにしても

結局は思うことで

悩みに悩んで決めて

これかと

落ち込むことではない

悩みに悩んだことを

誉めてあげなくちゃ

決断した結果

不安なら不安

辛いなら辛いで

その気持ちに寄り添い

考えて

やっていけばよいのだから

恐れることではない

もし

その都度出てきた

不安や辛さを

共に乗り越えてくれるひとが

いるなら

不安や辛さを

とにかく

なくさなくてはと

恐れることではない

どうしていったらよいのかを

共に考えてくれるひとがいるのなら

わたしも君も

なんてことはないさ

一緒にやっていこう


2017年12月21日 (木)

悩んでいる

何かを決める時

自分の考えをまとめて

よりよい方向を考えるべき

なのだけれど

考えがまとまらない

おめめがやけにパッチリで

眠れない

抗生剤の影響だと思う

悩むにしても

いつものわたしとは違うもの

今回は

息子とわたしの

卒業を決定する

学校行事への参加を

決断する

なのだけれど

息子の体調が変わらず悪く

参加先が遠方で

かなり過酷な環境なものだから

参加して

万が一何かあったらと思うと

怖い

病院もないからなおさらで

しばらくひとりで

悩みに悩んで

そうだわと

両親に相談してみた

確かに考えても答えが出ない

無理をして欲しくないと

言われた

近所のわたしの同級生が

突然亡くなったらしくて

孫とわたしの体調を

心配していた

父は

死んでしまう

やめなさいとはっきりと言った

父の言葉は正しく

後押ししてもらえたことで

気持ちの整理がややできた

きっと大事な決断は

最終的には

自分が決めるにしても

後押ししてくれるひとの力や

アドバイス

相談相手が

必要なのだと思う

大事なのは息子の体だから

ついでにわたしもだけれど

医学的なところの判断を

ドクターに相談してみたい

けれども

病院が凍結中で

相談先がない

ならば単純に

母親としてどうなのかと考えてみたら

この前息子が

2ヶ月以上入院になります

心臓が止まる可能性があります

などと言われたばかりなのだから

もちろん欠席と

したいところだけれど

将来の息子の負担などなどを

考えると

答えがわからなくなった

息子も

決まらないと話す

パートナーは

無視をするか

嘲笑うようなことしかしないので

親として

当たり前の反応が

どういうものだったのか

わからなくなる

パートナーに意見を求めても

無理なのだとわかった

報告だけにしたい

学校の先生は

ありきたりな

正しい言葉を発していた

先生が息子を

笑って迎えてくださったり

会えて嬉しい

笑ってくれて嬉しい

細くなって大丈夫?と

心配してくださったりする姿を

わたしは息子の傍らで見ていて

当たり前の対応が

このようなものだったかしらと

思った

わたしは何か

大事なものを忘れているのでは…

夜中におめめパッチリで

ベッドに横たわり

ふと

青空の彼なら

なんて言うかしら

きっと

こんな風に言うかな

いやあんな風に言うかな

などと考えてみたけれども

それは想像にすぎなくて

結局のところ

悩みすぎてわからなくなっている

2017年12月14日 (木)

幸せのロールケーキとプリン

母がお友達から

食材のお礼にと

小さなロールケーキとプリンをいただいて

美味しかったからと

送ってきた

それをいただいてみて

気づいた

なんとかしよう

なんとかしようと

息子の好きそうな食べ物や

カロリーの高い食べ物を

わたしは選んできたけれども

間違っていた

こんなにおいしいロールケーキを

食べたことがない

あっさりとしたスポンジに

実家のゆずで作ったクリームと

自家製フルーツ

実家のぶどうで作ったクリームと

自家製フルーツの

二種類のロールケーキ

それに

のどごしがさらさらの

サツマイモプリン

体に優しい味がした

息子も食べている

材料は何から何まで

体に害のないもの

自家製のものにこだわっているそうで

実家の食材が生き生きとしていて

本当においしい

卵やバター

チョコレートや生クリームで

いかにもという

きらびやかなデザートや

高級食材で

ありきたりに作った

いかにもという食事を

おいしい食卓と

考えていたことを恥じた

たまにコンビニで

おいしいものを見つけて

喜んでいたしね

恥ずかしいわ

手に入る食材に感謝して

工夫して作ればいいのに

探すばかり

無理をして買うばかりしていた

本当に相手を思いやり

口に入るものを作る

心が元気になれる食事を作る

ということは

こういうことなのだわと

もぐもぐしながら気づいた

レシピを教えてくださるそうなので

わたしもぜひ

作ってみようと思っている

気づくきっかけをくださった

小さなロールケーキとプリン

おばさまの愛情に

感謝 感激した日になった

2017年12月13日 (水)

断る理由も見つからない

わたしは青空の彼に

どんな願いを持っているかと

考えてみた

例えば

彼に会いたい

彼と友人になりたい

彼とお付き合いしたい

愛されたい

などなど

恋をしたなら誰もが考えそうなこと

すべて

彼が望むなら

わたしもそうしたい

誘うきっかけは

見つからないけれども

断る理由も

見つからない

知らないんだ

わたしは10年近く

片思いを続けているけれど

青空の彼は

この気持ちを知らないでしょうね

もし知っていたら

10年近くも見守ってくださった

ということになるから

それはそれで

もしかしたらわたしよりも

大変なことかしらと

思う

もし知らなければ

知らないんだと言われることが

一番嫌いそうに見える

彼のことだから

知らないんだ知らないんだ

わーいわーい

などと

騒がないことにしましょう

子供か

水曜日の手紙

わたしはわたしの

おちゃめ?な外見から

勝手な想像をされたり

こんなことは言わないだろうと

思われたり

どうやら

話を聞いてくれないひとがいる

ということに

記事を書いていて

気がついた

男性に多い気がする

青空の彼も

たまに遠くを見るような

表情をしていた

けれども

わたしはわたしで

青空の彼の瞳が素敵だわと

彼のはなしを

よく聞いていなかったけれどね アハハ

叔母との秘密

その叔母とわたしには

秘密があった

大学の時

お付き合いしていた彼がいて

クリスマスに

手編みのカーディガンを

プレゼントすることにしていた

頑張って編んでいたのだけれども

どうしてもクリスマスに

間に合わなくなって

叔母に仕上げをお願いした

あっという間に

編み上げてくれて

内緒ねと

叔母は優しく笑った

わたしは慌てて

叔母にお礼を言って

仕上げのワッペンを縫い付けて

彼のところに行き

プレゼントを渡した

彼はとても喜んでくれて

すぐにカーディガンを

着て

見せてくれたのだけれども

慌てたわたしは

ワッペンを脇の下あたりに

縫い付けていて

大爆笑した

彼がこの辺

編み目がきれいじゃない?と

言ったので

そこは

上手になったわけじゃなくて

おばちゃんに仕上げをしてもらったのと

正直に話した

叔母は

両親には内緒の

ふたりだけの秘密ができたね

ももちゃん

嬉しそうに話していた

もっとちゃんと

お礼を言えばよかったわと

その出来事を思い出しながら

後悔する

わたしってひとに対して

雑なんだわ

2017年12月12日 (火)

お墓に刻む文字

父と

母子くらいに歳の離れた叔母が

亡くなるずっと前に

実家の墓地で眠りたいと

父にお願いしていた

そして

戒名をもらいたいと話していた

叔母はお嬢様育ちで

お料理は苦手なのだけれども

そういえば

父方はお料理ができないひとが

多いような

お手伝いさんがやっていたから

仕方がないのかな

だけれど

さらりと話していることが

とても頭のよいひと

という印象だった

わたしは

素朴なおばちゃんが好きだった

おばちゃん

死んでから石に名前をもらわなくても

いいんじゃない?

無理しなくても

死んだらただの骨でしょう?と

わたしは

おしゃべりついでに言った

叔母はわたしの言葉を

気にしていない様子で

ももちゃんは

本当にかわいらしいばかり言っていた

叔母の父

つまり祖父は

いんでんだいこじと

墓石に刻まれている

だいこじですらもらうのは

今は相当の寄付が必要らしくて

昔のように

善行や功績でいただくわけには

いかないらしい

叔母は

ももちゃんは

芸能人の誰々に似ているわ

女優さんみたい

かわいらしいとまた言った

聞いたことのある昔のアイドルの

名前だった

叔母はいつも

わたしを見て

ニコニコと笑っていたけれども

死んでからのことを

とにかく心配していた

母が

だいこじをもらうと

お坊様が家にきた時のお礼が

倍以上それ以外になる

後継者が払えないと困るわと

よく言っていた

お坊様も

いんでんだいこじですからなと

おっしゃるらしくて

お寺へのご寄付は

お支払いするべきもの

なのでしょうけれども

どうして

戒名をもらいたいのかな

死んだら風になり

石に刻んだ文字など

どうでもよくなると思うのにと

わたしは思った

2017年12月10日 (日)

ゴールばかりを気にする

目標があり

現実のものにしようと努力する

何が足りなかったのか

何が悪いのかと悩む

本当は

紅葉狩りに行きたいのにね

人生をやり直せるなら

いつからと

聞かれたら

やり直さなくてもいいと

わたしは思う

やり直しても

やり直したと気づかずに

また同じ事をしていそうだから

それに

また同じ努力をする

元気もない

格好よく言えば

今を大事にしたい

目標ばかりを気にしている時は

ゴールが遠くに思える

輝いていると思える

苦しいのは

ゴールばかり見ているからで

途中の過程を

楽しむというのかな

楽しむ心意気みたいなものを

すっかりと忘れているから

いざ始めてみると

険しい道のりばかり

苦しみは

ゴールの向こう側を知るための

途中経過だから

楽しみに変えてしまえばいい

ゴールに到着して

達成感などなどを味わう

それは素敵なことだけれども

また達成感が欲しくなるはず

途中の風景を楽しむことができたら

ゴールなど

いつのまにか通りすぎている

ゴールなんて勝手に

自分が決めたことなのだから

やけに遠くに置かなくても

小さなゴールがたくさんあった方が

いいんじゃない?

ゴールゴールと

うるさいのだけれども

2017年12月 9日 (土)

また何かに

また何かに

感染してしまったわたし

たんに色があり

喉がパチパチとし始めた

大学病院で何かもらってから

熱も出ていた

発作も続いていた

体がひどく痛かった

食材を目の前に

頭も痛くなる

息子が食べてくれなかったら

どうしよう

ずっと食べなかったら

どうしよう

病院どうしよう

そんなことばかり考えて

ひどく疲れている

また病院行かなくちゃ

究極のフルーツ

伯父から次男の好きな

フルーツが届いた

手に入らない特別なフルーツで

これなら食べられるから

しばらく安心ねと

母が言った

目をパチクリ

究極のフルーツだわ

次男が

こんなことを言った

時々送られてくる

わたしの両親や親戚からの

お裾分けや贈り物が

ゴージャスすぎる

言われてみればそうね

ありがたいことよね

わたしの母方も父方も

肩書きが立派すぎる

確かにね

パーフェクトに裕福で

貧乏なひとや

誰かを困らせるようなひとがいない

まぁね

祖父母や本人の

能力と努力あってのことでしょうね

長男も

お裾分けを友達にプレゼントしたら

こんなの

食べたことがないと

お父さんと食べたんだと

お礼を言われたとか

お父さん…そうなの?と

わたしは驚いた

うちではたまに

賞味期限が過ぎていて

ごめんなさいと

捨てることもあるのに

両親は貧乏だ

なんて言っているけれども

そうでもないのかな

なんて考えていると

次男はこう続けた

だから自分が

初めての失敗ではないか

なのにどうして

かわいがってもらえるの?

わたしは少し驚いて

失敗じゃないでしょう

そこ

失敗にカウントしないところだよ

失敗したら

可愛がられないなんてことも

ないよ

恥というなら

わたしが もも家初の恥さらし

いろいろやらかしてきているから

あなたなんて平気

大丈夫 アハハ

健康が一番

世界中の誰がどう思おうと

わたしは

世界中の誰より

息子を愛している✨きらり

それでよしと

答えた

そんなこと

考えていたのね

かまへん かまへんなのにさ

わたしなんて

父に

もも姫はかわいいからいいよなーと

育てられてきたから

そんなこと

考えたことがなかった

親族はすごいね✨素敵✨くらいしか

思っていなかった

この楽天的なところ

次男にわけてあげたいわ

レモンの香り

母から

手作りのシフォンケーキが

送られてきた

ほんのり

レモンの香りがする

次男といただいてみると

驚くほどに柔らかく

あっさりとしていて食べやすい

米油が使ってあるらしい

何度も焼いて

やっと満足なものが

完成したと

母が言っていた

次男が食べたよと言うと

あらー良かったと

喜んでいた

母が

長男も

よく見てあげなさいねと

言った

わたしは

長男くらいの歳の頃

両親に感謝は

していたけれども

パパっ子だったということもあり

母があまり好きではなかった

母の生き方が

好きではなかった

今もべったりではない

母は大事なことを

姉から聞こうとする

難しいことは

すぐに姉に頼もうとする

わたしは歳の離れた姉を

母親のように思ってきた

以前カウンセラーに

母親がなんでもしてくれて

かいがいしく世話をするひと

ではないのに

息子にかいがいしくしているのは

とても大変なこと

見本がないからね

面倒見の良いお母さんかと

思っていた

お母さんから

してもらっていないことを

息子にしているのは

つらいことよと

言われたことがあった

確かに

母がやっていたことは

無理をしないでも

自然にできている

けれども母がやっていなかった

ことは

かなり頑張らないとできないし

母のようになりたくないと

難しく考えすぎてぎこちなくなる

子育ては

そういうものなのかもしれないけれど

2017年12月 8日 (金)

青空の彼とクリスマス

クリスマスも近いので

青空の彼が

サンタクロースになったところを

想像してみる

暇なわけではないけれど

ぶふ

恋をしてから9回目のクリスマス

ブログを始めたのも

クリスマスの前だったわ

もし青空の彼が

クリスマスくらいは

わたしと友人になってもいいかなと

考えてくれて

ブログを見て

コメントを入れようとしたら

いったいわたしのブログは

彼の目に

どんな風にうつるのでしょうかと

眺めてみた

嫌な予感がする(笑)

ラブレターはかなり脱線

絵手紙も作っていない

それに

我が出すぎている

可愛らしくもないことを

書いている

どうせなら

誰もがコメントを書き込みやすい

平凡で

おだやかなブログなら良かったのに

ラブレターも

ずっと一途 普通に好き

というような内容なら良かったのに

でもわたしは

こんな風にしかできない

もしココに

メリークリスマス ほっほっほーと

サンタクロース風に

メッセージが届いても

わたしはそれが

青空の彼かどうかわからない

彼と間違えたり

イタズラされたりしたことが

何度かあるから

きっと10年も

長く片思いをしていることや

ズバリ書いていることが

まさか本音を書いているわけもないし

ブログだから

ほぼ嘘でしょう

かまってちゃんでしょうという風に

思われて

いろいろなことが

起きていたのでしょうね

それにわたしの文は

時にひとを突き刺すところがあるから

だけれど

本物のラブレターを彼に渡した

わたしにはもう

どう考えても

ココにラブレターの続きを書くことしか

できることが見つからなくて

もしここに

青空の彼への思いを書いてこなければ

花の咲いていない桜の木が

寒空のなか

たくさんの栄養を蓄えて

静かに力強く立つ姿が

美しいなどと思いもしなかった

彼に出会えて良かった


2017年12月 7日 (木)

断られるショック

今回の出来事で

断られるショックを

何度か経験した

普段は断られることを

さほど気にしていなくて

自然の流れに逆らわない と

わりとのんきに

考えていたわたし

きっと断ってくる相手が

自分が信頼できるひとなら

さほど気にしないで

納得できるのではないかと

思う

絶対に断られないなんて

安心のある出来事が

存在するかどうか

わからないもの

自分の方が立場が上だとか

自分のプライドがとかなんとか

考えて

謙虚な気持ちがなくなっていると

断られるかもしれないと

考えただけで不安になる

断られたら

断られたで

次を考えればよいだけで

たいしたことでは

ないのにね

わたしの場合は

子供のことだから

責任を感じて腹も立った

ここは客観的に公平に冷静に

今後のことを考えて

動いていかなくてはいけない

それにしても

世の中はおかしなことが

多くて

どうしても嫌なことを考えて

無駄な時間を過ごす

さっさと切り上げて

良い時間にしたいところだけれども

青空の彼ならなんて言う?

青空の彼なら

謎のあしながおじさんなら

今回のことを

なんて言うでしょうか

なにやってんの?と

笑うかな

バカなことやっているんじゃないよと

怒るかな

ちょっと聞いてみたい気がした

わたしの心のなかには

大きな存在があって

青空の彼のように思えて

それは自分自身

なのかもしれないけれど

その大きな存在に

力をもらい

いつも励まされている

父がU.F.Oを信じているのと

似たようなものかしら

お酒をのみながら

U.F.Oの存在は絶対だ

などと信じて爆笑している父は

嬉しそうだもの

違うかしら どうかな

おしゃべりができないひと

おしゃべりができないひとがいる

声が出づらいひと

話せないひと

だけれど案外

イエスとノーがわかれば

普通に生活できる

うなづくか

首をふるか

意思表示ができれば

細かいことはさほどね

どちらかというと

おしゃべりができない方が

助けてくれるひとが

まわりに集まり

おしゃべりなひとは

ひとりでできそうねと

ひとは判断する

だから

おしゃべりができなくでも

できるひとは

できるでうるさがられたり

助けてもらえなかったり

するわけだから

まぁ大丈夫

明るく見せようとか

うまく話そうとか

立派に見せようとか

そんなことを考えていたら

自分らしくなくなって

自分は自分のままでいいと

思えなくなる

背伸びしなくてもいい

自分は自分のままで

愛し愛されるから

おせっかいの理由

実家にあやしい印鑑売りがくる

信心深い母は

そのひとにいろいろ言い当てられて

盛り上がっていた

当たるも八卦

当たらぬも八卦と

わたしは思うのだけれども

下のおじょうさんは

おせっかいやき

遠くにいる

などと言われて

母は驚いたらしい

ももちゃんは

おせっかいやきじゃないと

言ったら

いやいや

自分のことより

他のひとのことを気にして

おせっかいをやくと

言われたらしい

わたしに

おせっかいじゃないよねと

母が聞いてきたので

おかあさん

わたしはおせっかい

それで余計なお世話をして

自分を後回しにするから

自分でも困っていたと話したら

母は驚いていた

案外わたしのこと

知らないんだわ

最近は

おせっかいやきをしなくなった

求められた時だけに

している

そっちが気になると

どうしても自分の大事なことが

おろそかになるから

おそらくね

相手がさほど困っていなくても

自分と同じように

困っていると思って

相手のなかに

困っている自分を見つけて

それで

その自分をなんとかしようと

思うから

おせっかいになると思う

その自分に叫んでいるのだと

思う

感謝されることも

多いけれど

言動に気を付けても

余計なこと

だったのかもしれないと

やめることも多い

誰かのためにと思いながら

自分のためにやっている

本当は

相手を心配しているのではないから

必要ないことまで

首をつっこむことになる

たいした悩みでなければ

いいのだけれども

重い悩みで

子供のこととなると

ついおせっかいをやいてしまう

ココに

いろいろ書いている屁理屈も

誰かの役にたてたらいいなという

おせっかいなももちゃんの屁理屈

なのだけれどもね

2017年12月 6日 (水)

ゆがみを振り返る

人生を振り返り

丁寧にできていなかったことを

考える

母が

そしてわたしが

丁寧に生きていなかったことは

なんだろう

わたしが幼い時

母がお地蔵さんの前の細い道を

歩いて

1度も振り返らずに

仕事に行っていた

わたしはひどく泣いていたことを

覚えている

いつも

しっかりものの姉が

慰めてくれていた

たまに祖父のところに

あずけられていて

帰りは夜遅く

寒かった

バス停で母と手をつないで

ぶくぶくに着せられたわたしが

バスを待っていると

お店の前の

ホカホカのあんまんが見えた

母がひとつ買ってくれた

わたしが幼稚園の時は

母は仕事をやめていた

わたしは

事情を話さずに

お地蔵さんの前で

振り返らなかった母のように

息子に

同じようなことを

してきてはいないかと

いつも考える

方法なら

いろいろあったはずで

いくら幼くても

話して聞かせることはできた

いくら自分に余裕がなくても

10分くらい早起きすれば

10分一緒に過ごすことができた

だけれどわたしたちひとは

自分をかわいそうと

思ったり

誰かのせいにして

安心したり

誰かに依存しようとしたり

まぁそんなことは

誰でも思うこと

それが生きていることだから

絶対に悪いとは

言わないけれども

そんなところがある

丁寧にできていなかったことが

シワみたいになって

巡りめぐって

大きなシワになり

時をかけて

大きく大きくゆがんでいく

ものではないかしらと思う

自分は正しいのだ

これは仕方がないことだ

などと勝手な理由をつけて

逃げて

やってこなかったことが

後々いつまでも

自分を苦しめることになるように

思う

原因なんて

なんとなくはわかっていても

はっきりとはしないものだから

原因を探していたら

前に進めなくなるけれどね

2017年12月 5日 (火)

目から鱗

大学病院のおどして食べさせるは

長続きせず

それもそうだと思うけれど

食べることに疲れた

休ませてほしいと

次男は言い出し

前よりやせてしまった

リハビリの先生が

真面目さをうまく利用する

というのはどうでしょうと

おっしゃった

数字を使いやり過ぎると

逆効果なので

注意が必要です

必要な栄養素の表をプリントして

食べたら印をつける

1度にたくさん食べるのではなく

1日に必要な栄養素を

考えながら食べるという具合に

それに

食べなさい 入院だよなどと

言われると

追い詰められるので

状況を簡単に書いて

こんな風にね…と

書いて見せてくださった

入院する

入院しない

入院しないのところに

しないならどうするかを書く

条件として必要なもの

例えば

食べることが増えている

食事を工夫する

学校に行けているなどなど

増やしてもいいですよ

これなら母と子の

信頼関係を失うことなく

やっていけると思いますと

アドバイスをいただけた

毎度わたしは

目から鱗です

捨てる神あれば拾う神あり

すべてのはなしを丁寧に聞いてくださった

リハビリの先生

4月からのいきさつを

わたしは懸命に話した

どうしたらよいのかわからない

自信を失ってしまったと

正直に話した

ストレスとプレッシャーで

まいっている

というわたしや息子の状態も話した

先生はメモをしながら真剣に

時々質問しながら

丁寧に聞いてくださった

途中

そうだったわ

ねんねのわたしはこうやっていままで

いつも導いていただいて

頑張ってこられた

だから他の病院ではなく

この病院で長い間お世話になり

信頼して通っていたと

思い出した

二点三点する

おかしなドクターばかりではなかったと

ガチガチの気持ちがほぐれた

先生は

リハビリに通えなくなる

という報告はないので

通えるはずです

けれどもお薬の処方が

次回からできないのであれば

紹介状を出したらその後どうなるかや

ドクター同士の約束事が

どうなっていたのか

ということはわかりかねるので

別の方法を考えてみましょう

ようするに

シンプルなことなのです

入院が必要ならば

入院に同意です

入院が必要なければ

入院しないで一致しています

ということですよね

入院はドクターが判断しますから

必要ない場合は

学校に通いながら

通院しながら

食事を工夫していきたい

今は頑張って食べている

ということですよねと

まとめてくださった

ちょっとわたしの瞳が

うるうるしたけれども我慢した

わたしがしっかりしなければ

先生に恥ずかしい

先生は

お薬のことで

手を貸してくださるドクターが

いないかどうか

考えてみたり

もう一度病院に

確認 お願いができないか

考えてみたり

してくださった

さまざまなやり方を考えながら

次の準備を始めましょう

ということで終了した

捨てる神あれば拾う神あり

真実をまっすぐ

楽器とクリスマス

音楽の授業で必要なので

一目惚れをした

クラシックギターを買ってきた

リサイクルのギターだけれども

とてもきれい

音もいい ボロロン

調べてみるととても

いいギターらしくて

手放した理由はわからないけれど

お安く買えた

さてと チューニング

チューニング?

まるでできない

ロッキーのテーマを

かっこよく奏でる予定が

できない アハハ

お店で

隣に置いてあったバイオリンが

気になる

お小遣いをためて

また行ってみよう

売れてしまうかしら

大好きな

愛の挨拶を奏でてみたい

街は

クリスマスソングであふれていて

お気に入りのそり滑りが

聴こえてくる 素敵

もうすぐクリスマス

みなさまが

幸せなクリスマスになりますように

今年はどんなお料理を

作ろうかな

2017年12月 4日 (月)

○○が必要なのだけれども

予想どおり2日で

究極の自己中パートナーが

完成した

やはりね

なんだか

振り回されるだけ

損な気がしてくる

わたしは月曜日が好き

月曜日の午前中は

爽やかな気持ちになる

ぼんやりと疲れをとったり

ゆっくりと

大事なことを考えたり

家事を丁寧にやってみたり

おいしいお料理のことを

考えたりする

わたしの自由で素敵な時間

ところで○○が必要

という時のおはなし

生活をしていると

いろいろなものが必要になる

お風呂のふたが

カビだらけになってしまった時

磨いてもきれいにならないので

アレルギーにもよくないから

処分した

ふたを買いたいのだけれどと

パートナーに言った

ふたがないと

ガス代が高くなるでしょう?

だからはやめにふたが買いたい

母がお金がないのでは?と

お金を渡してくれた

母がお金を出してくれたから

ふたを買いたいのだけれど

だいたいいくらくらいでね

ふた

サイズを計ったよ

近所のお店に買いに行こうよ

ふたを買いたい

ふた!

ふた?

結局まだ

何年もお風呂のふたがない

それが

ふただけではない

壊れた炊飯器

故障した冷蔵庫

すべて両親と祖母が

何年かして驚き

買ってくれたもの

あなたも使っているよね?

ないと困るよね?と

いまだ疑問に思う

これだけじゃないけれどね

心がバラバラと

パートナーが休日

急に息子のことで話しかけてくる

何か買ってこようか?と

初めて言った

わたしは今までの経験上

2 日しか続かないでしょう

穏やかそうな時ほど

突然怒るから安心できない

そんな風に考えて警戒していた

だけれども

こうなったことに

思い当たるふしがあった

今回

お父様はどうお考えですか?

お父様は助けてくれないのですか?

などと

病院や学校

さまざまなひとから

何度も言われたので

言われているよと

わたしがパートナーに話したこと

それかな

後は

息子が死ぬかもしれない

というドクターの判断で

スイッチが入ったとか?

それはあまり

関係がないように見える

普通は慌てると思うけれどね

などと思いながら

無視をしない

落ち着きのないパートナーを観察していたら

とても言葉では言い表せない

気持ち悪さに襲われた

なぜか

わたしの心がバラバラになったみたいに

ひどく疲れていくと

気がついた

他人ごと 知らん顔の方が

良かったの?

いやそんなはずはないわ

うまくいえないけれども

パートナーが

正しいやり方にこだわっている

という風に見える

偽者に見えるというのかしら

心からわき出てきたように感じられない

次男も急なことで

迷惑そうにしていた

今まで

わたしひとりでなんとかすると

毎回頑張ってきた

パートナーは

何かやろうとはしているみたいだけれど

きっと

一緒にやろう

相談しよう

といったニュアンスがまるでないので

げせないのだと思うの

指摘されて腹立たしく思っただけなら

長続きはしそうにない

ありがとうなのかもしれないけれども

ここは期待せず

気にせずやっていきましょうねと

考えている

しゃべることに自信を失う

おしゃべりが好きなはず

だったわたしは

しゃべることに自信を失った

息子の病院のことでは

シンプルに説明しているつもりなのに

うまく伝わらず

何度も誤解され

通院先がなくなってしまうという

結果になった

今は病院をどうしていくのか

探し

悩み疲れはてているところで…

普段はパートナーから

大事なはなしや普通のはなしを

無視されたり

どうでもよいことで怒られたり

揚げ足をとられたり

話の途中に逃げられたりしてきた

話しかけると

責められたのだと思っているらしくて

うまくいかなかった

わたしはわたしなりに

話し方を変えてみたり

訴えてみたり

お願いしてみたり

関わらないようにしたり

いろいろ努力もしてきたのだけれども

変化がなかった

さらに

長男がしゃべらなくなった

返事もしない

何かわたしに

言われるのが嫌なのかもしれない

わたしは

嫌なことばかり話しているのかな

余計なことばかり話しているのかな

それとも

長男なりに心配しているのかな

母親に

なんでも話すわけがないお年頃だから

自立をしようとしているのかな

パートナーの影響なのかな

よくわからない

ネットショップでは

誤解され

説明しても相手の理解が難しかった

これはメールだけれどもね

どちらにしても

相手に問題があるにしても

わたしの説明がわかりづらく

伝わっていないのかもしれない

説明がヘタなのだわ

世の中というものは

誤解はあるものだから

とは思いつつ

伝わっていないのかもしれない

という思いが

むくむくとしてきた

信じてもらえない

そんなことありえない嘘だろうと

思われる怖さが

むくむくとしてきた

息子のメンタルのドクターだけ

なのだけれども

母親の話をよく疑う

結果

息子がよければ

わたしがどんな風に思われても

知らないわ

なのだけれども

今回ばかりは

しゃべることに自信を失った

お医者さんすべてが

嫌いになった

信用できない

誰にも会いたくない

そうもいかないけれどもね

2017年12月 2日 (土)

父の職場で

父の職場に

よい男性がいるので

見に行かないかと

誘われることがあった

わたしは

嫌がっていたのだけれども

祖父母に用事を頼まれて

しぶしぶ母と

父の職場に行くことになった

ほら あのひと どう?と

母が言った

ちらりと見た瞬間

わたしはぞわりとして

絶対に嫌と言った

縁談を進めようとしている

というはなしが

相手に伝わり

相手の彼女が知り

出世のためにわたしを

選ぶのではないかと

彼女が焦ったらしくて

ちょっと待って

彼女がいるじゃない

まったくもう

しばらくして

その男性は彼女と結婚した

両親は

おしいと言っていたのだけれども

わたしはまだ

ぞわりとしていた

それから10年くらいして

その男性は事件を起こし

逮捕された

両親はその時ばかりは

驚いて

見る目がなかった

わたしが断って良かったと

言っていた

だからさ

ダメだと言ったじゃないと

わたしは言った

露骨

まだ結婚する前のハナシだけれども

釣書というものが

積み上がり

悪い虫がつかないようにと

親族が騒いでいた頃

さまざまなお見合いばなしが

持ち込まれていた

以前

お見合い経験を

記事に書いたけれども

わたしは

結婚するつもりも

意欲もなかったから

興味がなかった

そんななか

ちょっと印象的なおはなしがあった

兄弟ふたりが

歯医者なので

ひとり開業させてくれたら

娘さんをいただきたい

というおはなし

ふたり開業は難しいから

それって

政略結婚?と当時思った

父は少し悩んで

断っていたけれども

わたしの人となりを

知りもしないのに

驚くほどの露骨さだわと思った

わたしはジャージで

実家で病気になり病院に行くと

お年寄りと

着飾っている子供を見かける

わたしは

病院に行くのだから

楽な服装でと思う

子供なら特に

熱があるならパジャマか

ジャージで負担なくと思う

不思議に思って

母に理由をきいてみたら

お医者様に行くからね

若いひとは病気にならないし

病院は老人ばかり

子供はお医者様に診てもらうから

着飾るのよと説明された

若いひとは病気にならない?

着飾る?

そういえば

わたしが入院した時

高齢のひとしかいなかった

子供は

窮屈そうな格好で診察している

逆にわたしたちが

目立つことになった

小児科のドクターの診察も適当で

驚いた

方言の微妙な意味合いが

わからなければ

関東のひとなら

怒りそうな診察だった

着飾るからといって

お医者様の地位が高いかというと

そうでもない

どちらかというと低い時代も

あったみたいで

そうなると

少し前にビデオ販売で

お医者様に行く時は

きれいな格好をすると

丁寧に診てくださるのよと

話しているおばさまがいた

なにそれ

病気と関係がないじゃないと

腹が立ったけれども

そんな理由も

あるのかもしれないわ

2017年12月 1日 (金)

言葉遣い

病気がちでわたしと過ごす時間が

長かった次男は

女の子しゃべりになってしまい

お友達に

おかまと言われた

ならばわたしが

しゃべりかたを変えようと

男の子しゃべりにした

ざけんじゃねーよ

まじか

ちょーむかつく

俺にもくれ

みたいにね

それを聞いた母が

なにその下品なしゃべり方は

やめなさいと

白目になった(笑)

言葉遣いについては

幼いころからよく怒られたわ

けれどもわたしは

息子もおかまと言われなくなったので

嬉しくなって

それにおもしろくて

今も続けている

他のひとには普通に話すけれどもね

青空の彼に出会ってから

ふと

美しい日本語

というものに興味を持った

美しい日本語の本も読んだ

日本語は美しい

美しい文は美しい

放す

わたしの気持ちが

安定していることが

息子にとって一番なのは

わかっていても

わたしもいろいろなことがあり

父と母の応援はあるものの

自分と息子の病気については

ひとりで抱えているので

心細く

不安になることが多い

時にぷりぷりと腹もたつ

息子に

何かをしてあげようとしすぎると

安定した日常ではなくなり

相手を

きつい状態にするとわかった

ついつい

何かよい方法はないかしらと

頑張りすぎるところが

わたしにはあって

これは相手の負担になり

よくないのだわと思う

だから

わたしが不安なら不安で

正直な気持ちを

息子に話すことにした

そんなことわかっているよね

悩みすぎてブルー

いらいらしてきた

まじこの状況やばいよね

やられたー

むかつくー

頭痛

やってられないから寝る

などなど

息子がたまに笑う

姉が思い出したのだけれど

祖母が

わたしたちがお腹の具合が悪い時

うんなれしんなれと言いながら

お腹に手をあてて

マッサージしていたらしい

おねぇちゃん

おばあちゃん ありがとうね

言葉の意味は…

うんはうん○のうんで…それから

それでわたしは

お料理の時に

うんなれしんなれと

言いながらかき混ぜることにした

うん

いいかんじ

ちょっと汚いけれどね

うんなれしんなれは

とても大事なことだわ


青空の彼によく似たひと

青空の彼に

よく似たひとを見つけた

思わずドキリとするくらい

似ている

もしかしたら

親戚?というくらいに

けれど声や話し方で

驚いた

まるで別人だったから

そもそもお名前が違うから

別人なのだけれどもね

青空の彼の

声や

話し方

嫌なところ

良いところ

そんなところも

全部ひっくるめて

それが青空の彼で

そんな彼を

わたしは長い間好きでいるのだから

外見が似ていても

青空の彼じゃないのねと

思った

アハハ

こんなこと

当たり前のはなしなのだけれど

外見が似ていたら

このさい いいかも?

などといけないことを

考えてしまったわたし

浅はかなわたしを

ばかだなと

自分で

くすくす笑ったよく寝た日


運動会を空から見たら

わたしは

運動会が苦手だった

空から見たら

何ばかなことをやっているのだと

思うのではないかしらと

いつも

心のなかで考えていた

とはいえ

真面目に参加して

厳しい練習を頑張ってはいた

けれどもわたしはふとまた

空から見たら

小さな校庭で

くるくると走り

競い

踊る

どこか滑稽ではないかしらと

思っていた

空から見たらは

なんとなく空から見たら

なのだけれども

あちちち

高校生の時

同じ方角の親友と

いつもおしゃべりをしながら

帰っていた

途中寒くて

駄菓子屋さんに立ち寄っていた

親友が

ポテチを選んでいたので

そっちの方がいいんじゃない?

などと言いながら

むき出しになったストーブに

手袋のまま

わたしは手をかざしていたのだけれど

親友が

燃えてる!と叫んだので

ふと手元を見ると

わたしの手袋が燃えていた

あちちち

今むき出しになったストーブなんて

見かけない

床暖房やエアコンを使い

灯油など

買ったことがない

だから火が燃えるということを

忘れがちになる

わたしの手が無事だったのは

普段からマッチやろうそく

焚き火やお線香などで

とっさに消火するすべを

知っていたからで

火が怖いものということを

十分に知っていたからだと思うの

笑い話なのだけれどもね

映画を観ていると

映画を観ていると

戦いや争いのシーンで

たくさんのひとが亡くなっている

そんな時

わたしはいつも思う

一瞬で切りつけられたり

爆発で亡くなったり

殴られたり

そんなメインキャストではないひとたち

ひとりひとりにだって

母親がいて

母親または他の誰かが

乳をのませて

おむつをかえないと

生きているわけがないのだから

そんな風に

大事に誰かに育てられたひと

ひとり ひとりを

メインキャストではないからといって

一瞬で

そのひとの人生を

いとも簡単に消し去るなんてね

映画とはいえ

実際にこのようなことがあるのだから

複雑な気持ちになるわ

パートナーがご機嫌

パートナーは

息子の入院がなくなってから

すっかりご機嫌になっていた

よく考えなくても

前より事態は悪化していて

特に解決されたわけでもなく

続いて

わたしも息子も苦しんでいる

でもパートナー目線で

考えてみると

医療費や食費をできれば払いたくない

または払わない

子供を病院に連れていったり

食べさせたりしない

というわけなのだから

入院がなくなるのは

さらに自分と

関係なくなったと判断できて

どちらかというと

嬉しいことなのかもしれない

それに

世話がかりのわたしが

家にいるのだから

それも単純に良かったこと

なのかもしれない

わたしが

ごはんを考えて買い物に行くのが

プレッシャーで

もう長いから疲れてきたわ

なにか食べられるものないかしら

などと話していたら

無視していたパートナーが突然

ごはんを作るのをやめれば!と

言った

は?

わたしはとにかく

息子を守るためにも

日々パートナーを警戒しながら

何かやらかしたら

一喝しようと考えている

安心して暮らせないのは

油断して何もないときには必ず

パートナーが怒るからで

普通に怒りそうなときには

全く怒らないからではないかしらと

いつも思う


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