ゆがみを振り返る
丁寧にできていなかったことを
考える
母が
そしてわたしが
丁寧に生きていなかったことは
なんだろう
わたしが幼い時
母がお地蔵さんの前の細い道を
歩いて
1度も振り返らずに
仕事に行っていた
わたしはひどく泣いていたことを
覚えている
いつも
しっかりものの姉が
慰めてくれていた
たまに祖父のところに
わたしは
あずけられていて
帰りは夜遅く
寒かった
バス停で母と手をつないで
ぶくぶくに着せられたわたしが
バスを待っていると
お店の前の
ホカホカのあんまんが見えた
母がひとつ買ってくれた
わたしが幼稚園の時は
母は仕事をやめていた
わたしは
事情を話さずに
お地蔵さんの前で
振り返らなかった母のように
息子に
同じようなことを
してきてはいないかと
いつも考える
方法なら
いろいろあったはずで
いくら幼くても
話して聞かせることはできた
いくら自分に余裕がなくても
10分くらい早起きすれば
10分一緒に過ごすことができた
だけれどわたしたちひとは
自分をかわいそうと
思ったり
誰かのせいにして安心したり
誰かに依存しようとしたり
まぁそんなことは誰でも思うこと
それが生きていることだから
絶対に悪いとは
言わないけれども
そんなところがある
丁寧にできていなかったことが
シワみたいになって
巡りめぐって
大きなシワになり
時をかけて
大きく大きくゆがんでいく
ものではないかしらと思う
自分は正しいのだ
これは仕方がないことだ
などと勝手な理由をつけて
逃げて
やってこなかったことが
後々いつまでも
自分を苦しめることになるように
思う
原因なんて
なんとなくはわかっていても
はっきりとはしないものだから
原因を探していたら
前に進めなくなるけれども
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コメント
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こんにちは。
ももさん自身が、なんとなく、今回のことで、
グレードアップしているみたいに思います。
とても大変で、しんどいと思うけれど、
状況がほぐれてきたような感じがします。
ピンチはチャンスですね。
人間はいくつになっても、
成長することができます。
92歳でもです。
これは、ほんとうに実感しています。
世の中の本当に運の良い、
綱渡りが成功する人のようにはいかなくても、
それなりに良い人生に向かうことは、
いつでもできるのだと思います。
がんばってくださいね。
投稿: ふうちゃん組 | 2017年12月 6日 (水) 17時22分
ふうちゃん組様
ありがとうございます。
しばらくラブレターやら恋のはなしやらを
やめて、
屁理屈を書いているからですね(^^)
ただの屁理屈女です。
物事をやたら複雑に
ややこしくしてしまうのは、
いけないことだと思うので、
シンプルにいきたいと思います。
あまり書いてこなかった
息子のことやわたしの私生活を
書いているので、
やめた方がいいのかなーなんて
思う日もあります。
知らないわからない
おばかですみませんな方が
特をすることもありますよね。
ありがとうございます、がんばります。
投稿: もも | 2017年12月 6日 (水) 18時18分