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2018年2月に作成された記事

2018年2月 7日 (水)

鳥居をくぐる

おじぎをして鳥居をくぐると

空気がガラリと変わった

広すぎて

どちらに歩けばよいのかわからない

木漏れ日のなか

空気が白い煙のように

かすんで見えた

ふらふら ふらふらと歩いていたら

本殿に到着した

後で落ち着いてから

歩いたルートを地図で確かめてみたのだけれど

順路と逆に

おかしな歩きかたをしていた

観光客や参拝のみなさんが

前から押し寄せてきていたのは

そのせいね

そんな歩き方をしてよかったのかしらと

心配になって調べてみたら

一番良いとされる

神社の気の流れを逆に歩く

というやり方だったと知った

本殿で

お呼びいただきましたか?

参りました

お守りくださりありがとうございます

そうご挨拶して

手を合わせる

私の勘違いや妄想なら

すみません ぶつぶつ

帰りは誘われるようにもう一ヶ所に立ち寄る

これもまた

後から調べてみたら

良い参拝のやり方とあったので安心した

後から調べずに

前に調べたらいいのに

計画性がないというのか

行き当たりばったりというのか

なんだか慌てていて

おちゃめ

などとひとり照れながら

帰りはこれでもかというくらいに

道に迷い

やっと家に帰った

神社に呼ばれる

しばらく前のはなしだけれど

うたた寝していたら

大きく

はっきりとした声で

○○に行きなさいと声が聞こえた

神社の名前だった

それははっきりと聞こえたから

驚いて目が覚めて

今のいったいなに?と

寝ぼけ眼で考えた

けれど

どうしても

行かなくてはいけないような

気がしてきた

しばらくして

ひょっとしたら

自分がおかしいのではないかなと

思った

その神社は

映画では見たことがあるのかも

しれないくらいで

どこにあるのか

調べたこともない

まさかわたし

統☆失調症?と不安になった

後から知ったのだけれど

これは

神社に呼ばれるというらしい

朝から準備をして

家族に手紙を置き

なんでまた急に神社?などと

息子に言われ

お散歩と答えて家を出た

とりあえず

駅でスイカをチャージしようとしたら

切符がある

忘れ物かしらとキョロキョロ

誰もいない

今日の日付だわ

駅員さんも誰もいない

とりあえず使わないで持ったまま

電車に乗った

いったいどこにあるんだっけ?と

目的の場所を検索したら

その切符をちょうど

使えたとわかった

金額が同じなので驚いた

お守りにしようと

そっとバッグに入れておく

乗り換えをして改札を出る

このあたりかと思うけれども

どっちなのかよくわからない

その時は

グーグルここからが

なかったから

何となく歩いた

わたしは知るひとぞ知る

電車音痴と地図音痴なの

面倒くさがりもプラスされている

とぼとぼとぼとぼと

歩いていたら

コンビニがあった

もうここで引き返そうと思い

入る

コンビニを出たら

さっきまでは気がつかなかった

何か神々しい気配を感じる

パッと左を見たら

看板と矢印がある

神社まで続く道がそこにはあった

ぽかんとしながら

鳥居の近くまで行くと

とんでもないパワーが地面から

わき上がっていた

間違いない到着したのだわと

わたしは思った


うようよしたもの

めちゃくちゃ怖がりなわたしだけれど

秋葉原駅で一度

不思議な体験をしたことがある

はっきり光景を思い出せるから

今でも怖い

今までわたしが

都内で

お坊さまを見かけた時は

しんとした空気が流れていて

一度もそんなことは

なかったのだけれども

秋葉原駅で

ギラギラに着飾ったお坊さまと

厚化粧の女性が

すぐ近くを歩いていて

あまりにギラギラしていたので

気になって

一瞬

お坊さまの袈裟の足元あたりに

目をやると

もののけとハウルに登場する

わかるかしら

黒くてうようよしたようなものが

うごめいていて

お坊様の足元に絡まりついていた

見間違いかしらと

わたしは驚いた

他に歩いているひとには

何もついていない

悪いものなのでしょうねと

その時なんとなく思った

お坊さまは人混みにまぎれて

どこかへ行ったので

すぐにわたしも乗り換えの電車の方に

移動した

お坊さまから出ていたものなのか

何か悪いものに

つきまとわれていたのかは

わたしにはわからないけれども

あんなものが

うようよしているなんて

わたしがうようよをもらってしまったら

祓うすべをしらない

力もなくて何もできないので

とにかく

お帰りいただくしかないわねと

自宅に帰り

柏手を打った

2018年2月 5日 (月)

お祝いをしてもらえないこと

お正月 クリスマス

誕生日などなど

そんな時に

パートナーからお祝いがない

いつもわたしが

わたしの父

おじいちゃんからの

気持ちを伝えて

お祝いやお年玉を

子供達に渡してきた

わたしも

パートナーに

お祝いされたことも

おめでとうと言われたことも

ない

誕生日近くになると毎年

こんな状況に

ぞくりとする

どうしてわたしは

いつまでも

我慢ばかりしているのか

こんなことも

あんなことも

気がついたら我慢ばかりしている

わたしは

お祝いをして

おめでとうと伝えるのに

パートナーからは

何もない

気持ちもない

一度もない

親と生きてきた時間より

長い間

パートナーとのおかしな空間にいると

生まれてきたことを

祝えなくなる

自分の存在価値を

見失う

生活も心も

誰にも頼らずに

強く生きていきたい

パートナーに

期待はしていないけれど

少しも頼らずに

生きていきたい

心も誰にも頼らずに

生きていきたい


2018年2月 4日 (日)

武家の血

わたしは幼い頃から

そんなところがあったと

母が言うのだけれど

先日

額から血を流して倒れていた

おじいさまを助けた時も

そうだったのだけれど

ひどい怪我をしているひとを見ても

普通に対応できる

どちらかというと落ち着いている

友人が事故で入院したときも

顔は包帯だらけで

ひどい怪我をしていて

みんなは

顔を見られなかったと話していたのに

わたしは落ち着いて

言葉をかけていた

母は幼い時に

近所でプロレスを

見せられたからではないかと

心配している(笑)

肝が座っている

咄嗟の対応が冷静にできる

などと言うひともいる

だからといって

看護や医学の道に進みたいとは

考えたこともなく

どこか冷酷なのかな

サイ☆パスだったりして まさか

などと考えていたのだけれど

最近

武家の血かもしれないわと

思うようになった

時代劇はあまり好きではないから

観ないのだけれど

いざ出陣じゃ的な考えかたや

心配しなくてよいという

男前な考えかたを

いつのまにやらしていることがある

叔父も切腹しようとしたくらいだから

潔いというのか

やはり血筋なのかな

ご先祖様の

お城を守っていた殿様や姫様は

田舎のお城とはいえ

さぞかし心を痛めて

苦労もされてきたことでしょう

きっと戦で亡くなるひとを

見てきたはず

わたしが姫様と呼ばれる理由が

なんとなく

わかってきたような気がした


なんだ嫌われているのか

最近単純に

嫌われているのかと

思うようになった

嫌われている

という気がしなかったから

困っているのかもしれない

実は好きなのだ

などと

どちらかというと良いように

考えてきたけれど

単純に嫌われていると

考えてみたら

案外あっさりとしていて

なんだ

嫌われているのか

知らない

という気持ちになった

世界中のひとに

嫌われていようが

いまいがかまわない

という気持ちになった

そんなこと

どうでもいいことだから

2018年2月 3日 (土)

温度差

子供が大変な時にいつも

夫婦で温度差がありすぎる

パートナーに

ドクターから言われたことを

伝えても

まるでわたしが

嘘をついているかのような

態度をしたり

無視をしたりする

わたしは追い詰められているのに

温度差がひどい

おおげさに言っているわけでは

ないのに

聞いていない

助けてくれない

または逃げる

だからパートナーは

子供の現状を

他人よりもまるで知らないし

危険予知ができない

とても邪魔に思う

なんとも説明できない怒りが

時にわいてくる

もし子供に何かあったら

パートナーを一生涯

許すことはない

けれど

普通の父親

わたしが普通と思う父親なら

どんな人生だったのでしょう

などと想像することがある

味わったことがないから

わからないけれど

ごくごく普通の父親なら

こんな辛い気持ちには

ならないのでしょうね

普通のパートナーを持つひとは

まぁそれでも

嫌なところはあると思うけれども

幸せに

気がついているのかな

2018年2月 2日 (金)

寒い

最近食べると

寒気がするようになった

食べた後に

体があったまることが

多かったはずなのに

ぶるぶると寒気がする

ベッドに潜り込んで

ガタガタしているうちに

眠ってしまう

毎回こんなだから

ベッドから出られなくなる

寒い 寒い

ばかり言っている

2018年2月 1日 (木)

恵まれたなかで

トイレットペーパーは安いものをと

いつも選んでいた

たまには

香りつきや

やわらか ふんわり 花柄

などという物も

買ってはいた

今回

自分と息子が

お手洗いで大変な状態になり

これは

けちけちしないで

少し高い物を買うべきでは?と

思ったの

買ってみると

優しい使い心地に

ホッとした

なんだこういうことねと

お手洗いで思った

恵まれているお金のなかで

なんとかうまく

やりくりをする

ということが大事よね

わかってはいるけれど

たまに下手なことをする

もうすぐ誕生日だけれど

自分が欲しいものは

しばらく我慢

息子のベッドパットも買ったしね


第二の人生が

年齢的に第二の人生を

考える時期になった兄が

第二の人生を始めたと

聞いた

夢でもあった

とても偉いひとになったので

わたしもおめでたく思った

姉もまた

偶然に立派な肩書きを持った

これもまた

おめでたく思った

真面目に頑張ってきたからね

わたしも第二の人生を

考える日が来るのかな

長く生きられないなら

その時はその時で

特に気にせず

長く生きられるのなら

家族に寄り添っていようと思う

わたしの父方は

体で稼ぐか頭で稼ぐかというと

頭で稼ぐひとが多い

お金にならない仕事をする

というところもある

母方は商売気がある

伯父はいまだ現役の?会長

いつも忙しい

両親が結婚したことで

頭で稼ぎ誠実

という家系と

うまく財を築くという

家系の知恵が

ミックスされてきたような

気がする

生きていくには

えげつなさみたいなものも必要で

恐れず生きていくには

誠実さが必要だから


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momo

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