« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »

2018年7月に作成された記事

2018年7月31日 (火)

かごのなかの

かごのなかの花

鳥じゃなくてね 花

剣に囲まれた少女

そんな風に描けば

美しいのでしょうけれど

わたしは

ただ動けないでいる

本当にやりたいことは

好きなひとに

笑顔を向けたり

たわいもないおしゃべりをしたり

そんなことでしょうけれどと

思う

商売はお小遣い程度に

コツコツしか

やりようがない

旅行に行ったり

宝石を買ったり

そんなことをしてみたいけれど

家族が大事だから

できない

できないというかやらない

できれば

詩を書いたり

絵を描いたりしたいけれど

道具がない

勉強をやろうとしたけれど

まだその時期ではないとわかり

様子見

なによりわたし

つばをのみこんだら

首が痛い

大きく息をすると

痛い

首じゃないかもしれないけれど

痛い

助けてもらえずつらい

まずは病院に行こう


2018年7月25日 (水)

昭和は涼しかったね

昭和は涼しかったね

昔のひとは

よくしたもので

風の通り道に

家を建てていて

田んぼのうえをふく

涼しい風が

家のなかを流れていた

アスファルトなんて

少なかった

土と緑が

わたしたちの心と体を

守っていた

自然は美しく

怖いものだった

車なら大丈夫じゃないのね

昨日病院へ行かなくては

いけなくて

都内を車で走っていたのだけれど

救急車が何台か通りすぎたり

ハザードランプを点滅させたまま

道に停まっている車

おそらく

体の具合が悪くなり停まっていた

ひとがいたりで

かなり渋滞していた

保冷剤を持っていたけれど

すぐにぬるくなり

エアコンの風も涼しくない

窓を開けると

アスファルトの危険な暑さが

入ってくる

渋滞しているので

コンビニやスーパーに

立ち寄ることもできない

あつい

飲み物がなくなってしまった

さらに

たまたま橋のうえで

日差しがきつい

日傘もさせないし

ショールをしたら

頭が痛くなった

車がこんなことになるなんて

想像していなかった

しばらくして車が動き始めたので

命にはかえられないと

ショッピングモールに入り

おいしいパン

お気に入りのパンの田☆と

コーヒーを飲んだ

ほっ

ケーキかき氷もね

これかき氷?

よく考えたものね

ヤケドしそうだった車も

日陰に駐車できたから

少し温度が下がった

コンビニなら

下がらなかったね

外に出ると太陽の位置が変わっていて

エアコンが涼しくなった

車なら

大丈夫じゃないのね

走る棺桶だわと

思った


2018年7月24日 (火)

みんな共通点を探すの?

そもそも

どうなのでしょう

趣味が同じひとと

つきあうというのは

共通の趣味があれば

うまくいくのでしょうか

あまり考えたことがなかったわたし

共通の趣味があれば

よいきっかけになるのかな

わたしの

友人や恋人を

考えてみたら

畑が違うひとというのか

性格が違うひとが多くて

同じ趣味

同じようなひとがいない

自分にはないものを持つひとが

好きだし

共通点がないひとが

好き

相手の興味があるものに

興味を持つ

自分にないところを

尊敬する

わたしは絵を描くけれど

誰かは絵など描けない

わたしは詩を書くけれど

誰かは詩なんて書かない

という具合に

感覚が違うひとと

つきあう

世の中のひとは

共通点を探して仲良くなるものなの?

それって

遺伝子が近いということでしょう

ならば

遺伝子が遠い

未知の存在の方が

おもしろくない?

結婚するにしても

遺伝子が遠い方がいい

もし子供が生まれても

お父さんとお母さんの

得意なことが違う方が

世界は広がると思う

そうか

だからわたし

あんなドクターに

お世話になっているなんて

驚きました

と支援センターのひとに言われたり

あんな友達がいるなんて

意外と

言われるのね

2018年7月23日 (月)

運命なのだから

例えば

発作を起こして

救急車を呼んでもらえず

亡くなる

たまたま倒れたところが

不便な場所で

処置できず亡くなる

などと自分にかぎり

考えてみる

そんな時

それもまた運命

運命だから仕方がないわと

思う

どうしようもない

そうなったら

そうなったで

運命なのでしょうねと思うと

余計な心配を

することも少なくなる

かみさまのいうとおり

あぶらむし かきのたね

ってやつね

そういう星のもとに生まれた

とも言うかしら

青空の彼を

10年も

ずっと好きでいることも

運命といえば

未熟なわたしの

どうしようもない運命

けれど恋や

ひとを好きでいること

ことばを大切に思うこと

これは

どうしようもない運命

というより

彼からの贈り物だ

こっちの運命は切り開ける

暑い日が続きますね

暑い日が続きますが

みなさま

熱中症には

お気をつけくださいね

外は

痛いほどに暑くて

歩くひとが少ないです

わたしの頭の

サンバイザーが下がり

自分がダースベーダーに

思えてきました

しゅーしゅー

あつい

お買い物のペットボトルが重い

死して屍拾う者なし

がくっ

2018年7月21日 (土)

近々また

青空の彼に

わたしの思いを伝えるなら

歌うたう絵手紙のラブレターが

いいわと考えて

デジブックを作ってきたのだけれど

新作を作るには

パソコンとカメラを

買わなくてはいけない

そろそろ

パソコンは購入を考えているので

近々また

絵手紙を公開する日が

くるかもしれない

ひとまずご報告

お金にならないことは

なんとなく後回しになりつつある

このごろ

だってね

パソコンとカメラを買いたいのだもの

青空の彼からしてみたら

もういいから

わかったよ

などと思われそうな長いラブレター

ではあるけれど笑

いつか彼に会える日を夢見て

わたしはいつまでも

長いラブレターを描いていく

そうねぇ

彼に会えたらまた

新しいラブレターを描いていく

過去の作品です

デジブック『 日傘からの情景 』鶸色の夏
http://www.digibook.net/d/6c44893f80180265776537b0804946dd/?m

BGM アラベスク第1番

よかったらまた

ご笑覧ください

父の小屋

父は

実家の近くとお山に

小屋を建てている

今回実家に近い方の小屋が

水没した

Go☆gleマップで

小屋の前を走ってみたり

していたわたしだけれども

小屋の前では

バーベキューをしたり

父が近所のお友だちと

いのししを食べながら

男性だけの

何かエロい会合? アハハ

あやしい会合をしていたりと

いろいろ思い出がある

父が元気になったら

小屋をなおすでしょうからね

などと

わたしは思っている


2018年7月17日 (火)

たまたま昨日

それからしばらく

夢のことは忘れていたのだけれど

たまたま昨日

千利休はなぜ秀吉に切腹させられたのか

という声が

テレビから聞こえてきた

その瞬間に

夢を思い出して

テレビを見たら

千利休は

大男で

60歳をこえていたと

話している

セッタのことで

秀吉と問題があり

切腹後

橋の近くで

生首を見せしめにされたと

言っている

知らなかった

不思議なことに

夢に現れたのは千利休だった

なぜ千利休

茶道具に

骨董品でもあったかな

骨董を触ると

奇妙な夢を見ることが多い

それとも

茶道の道へ進みなさいかしら

まてまて

平和で平等な世の中をかしら

母に聞いてみる

お母さん 千利休てさ

背の高いひと?

老人?と

母に聞いてみる

小柄なひと

秀吉に切腹させられたと

なら違うかなと思う

そもそも

千利休がわたしの夢に

現れるわけがないしね

お茶をのみましょう

坂道をのぼると

お茶をのみましょう

そう老人は言った

千利休?

わたしは思った

老人は

橋を渡るとすぐだから

さぁ行きましょう

おじょうさんと

言った

おじょうさんだって うふふ

わたしはそう思いながら

橋を渡る手前で

その老人が

高いところが苦手なのかしらと

思った

渡ることを

ためらっていたように思えたから

それにしてもなぜ

白い足袋だけで

この老人は

草履ていうのかしら

靴をはいていないのかな

大柄なひとだわ

というところが

夢の印象だった

目が覚めてから

老人が杖を投げ出して

足早に歩く姿が

僧侶みたいだったわと思った

金運アップの夢かしらと

考えたりもした アハハ

すっかり忘れていた頃

そんなことは

すっかり忘れていた頃

夢を見た

白い足袋に

古い時代の着物の老人

少し目が不自由そうで

石の段から

降りようとしている

思わず手をさしのべると

つまづくように

老人は石の段をおりた

それから

ゆるやかな坂道を

急いでのぼろうとしている

背の高い老人だった

茶杓が届いてから

茶道の先生である母から

茶杓が届いた日

つぼつぼと書いてあり

つぼつぼは

先生しか買えない茶杓よと

母が言うものだから

へぇと眺めていた

お抹茶でもいただこうかしらと

考えていたけれども

貧血があったから

薬との

のみあわせを考えて

食器棚に片付けた

青いネクタイ

以前わたしが

次に青空の彼を見た時

青いネクタイをしていたら

わたしの気持ちが伝わっていると

思うことにしましょう

などとふざけたことを

書いたことがある

青いネクタイをしていそうだから

わざとそう書いた

というところもあったのかな

写真の彼は

青いネクタイをしている

お元気なのかな

2018年7月11日 (水)

わたしが好きになったひとは

わたしが好きになったひとは

わたしと

話をしない

わたしが好きになったひとは

わたしに

姿を見せない

わたしに

会わない

わたしが好きになったひとは

ラブレターの返事をしない

10年も返事をしない

わたしが悲しい時

そばにいない

わたしが楽しい時

そばにいない

わたしが好きになったひとは

わたしを好きじゃない

愛していない

わたしはそんなひとを

ずっと好きでいる

彼がわたしの実家がどこかを

覚えているかどうか

一度話しただけだから

わからないけれど

こんな時

声をかけてもくれないひとを

わたしはずっと

好きでいる

どう考えても

わたしがバカなのかもしれない

2018年7月10日 (火)

お見舞い申し上げます

大雨の被害にあわれた

地域のかたに

お見舞い申し上げます

今回わたしの実家が

大災害に見舞われた

父は入院していて

母は実家にひとり

新幹線はとまり

姉も実家に行くことができず

次男が病気療養中のため

関東から動けないわたしは

自宅で

どうしようもなく

何もできないじゃないと

ひとりつぶやいていた

実家のこと

父母のこと

災害のことを

ニュースを見ながら

ひたすらに考えていた

ニュースを見ていても

わたしはどうしようもなく

何もできないので

気分がわるくなり

頭が痛くなった

その後父は退院でき

大雨の被害は

思ったより少なく

ひとりいた母も

実家も無事だった

みんな無事で良かったと

ありがたく思いながらも

なんだかまだ

気持ちの整理ができていなくて

悲しいような

叫びたいような気持ちでいる


2018年7月 8日 (日)

喜びと幸せが勝っている

いろいろあるさ

わたしの人生

だけれど苦労を苦労とも思えない日が

ほとんどで

喜びと幸せが

つらさよりも

たくさん存在していて

悲しみやつらさに勝っている

喜びと幸せが

いつも勝っている

笑っていよう父のように

新幹線で帰省すると

夏休みに新幹線で帰省すると

ホームの番号のところで

両親が待っていて

手をふっている

新幹線からおりると

大きくなった

よくきたと

父も母も孫を

もみくちゃにした

さっ

何を買おうかなと

オモチャを買ってくれた

実家に帰ると

冷蔵庫にびっちり

ジュースが入れてあり

巨大なプールが用意されていて

何を食べに行こうかな

何を買いに行こうかな

どこにでかけようかなと

忙しかった

両親はあのころまだ若かった

夏の思い出

ニュースをみながら

わたしは災害のニュースをみて

偏頭痛を起こしながら

どうしようもなくて

あることを思い出していた

それは

空港で両親が

手をふっている姿

まだ息子が幼い時は

よく実家に帰っていた

関東にもどる日は

息子が嫌がって

飛行機にのらないと

駄々をこねていた

飛行機が飛び立つまで

父と母の姿が見える

母がハンカチを

父が手を

見送り展望台で力強くふっていた

すぐに小さくなる故郷を

わたしは涙目で眺めていた

お父さん…

お母さん…

心のなかで思った


挨拶まわり

ご近所の挨拶まわりは

実家は着物で

付添人というひとがいて

一軒一軒

両親を残していきますので

よろしくお願いいたしますと

ご挨拶した

きれい

お嫁に出すのおしいわ

もったいないわねーなどと

言われながら

田舎だからすぐにうわさになり

あらダンナさんは

東京のひと

婿にきてくれるようなひとじゃないのね

へーさすがに

立派な旦那さんだわと

母は言われて喜んでいた

パートナーの実家は

ワンピースで簡単に

あらーきれいなお嫁さん

よろしくね

などと言われて

近所へのご挨拶が終わった

郷に入れば郷に従えで

特に何も思わなかった

偶然と祝福

義理の母が

地図を見ていた時

これなんて読むんだろうと

悩んでいた地名があって

そうしたら

息子が突然

俺結婚するからと言うので

飛び上がって驚いたらしく

なんて読むんだろう…と

考えていた地名が

わたしの実家だったものだから

さらに驚いたと話していた

さらに義理の母は

息子が車と電話を買ったから

彼女でもできたのかしらと

思っていたらしいのだけれど

友達しか遊びにこなかったと

話していた

ももさんだったんだと

喜んでいたけれども

パートナーが車と電話を買った時

わたしたちは

まだ会ってもいなかった

買い終わってからすぐに

わたしが現れたというわけで

準備ができてから

運命が動くというのは本当かしらと

今になっても

さまざまな偶然と

祝福が

不思議に思える

決まっていたのかな

わたしはパートナーに出会う前に

夢を見た

壁に絵が描かれていて

誰かが前に座っている

へんてこでかわいいケーキを食べて

笑いながら

おしゃべりをしている

誰?どこ?と

目が覚めた

しばらくして

パートナーに出会い

初めてデートをしたのだけれど

パートナーが連れていってくれたのが

夢の場所

へんてこでかわいいケーキを食べるまで

わたしは気がつかなかった

もぐもぐしながら

わたしは心のなかで

よくわからないけれど

何かもう

決まっているものなのかもしれないと

思った

婚約指輪をもらう

遠距離だから

婚約指輪を買う時間が

なかなかなくて

わたしのお気に入りを見つけるまで

都内のあちらこちらで

悩んだ

婚約指輪をパートナーに

買ってもらってからは

わたしの両目がダイヤマークになり

芸能人の記者会見のように

カシャカシャ自分で言いながら

みなさまに披露した

嬉しくて指輪ばかり眺めていた

きれい うふふ

小さくない?と

母が言った

なんだかパートナーに悪いかなと思って

小さくて

クオリティが高いダイヤを

選んだから

きれいだよと母に見せると

納得していた

将来

子供が病気になったら売りなさいと

母が言った

ぶっちゃけわたしは先日

婚約指輪を売ろうとしていたけれど

しばらくして

ダイヤちゃんに罪はないよね

こんなに簡単に売るなんていけませんと

ぶつぶつ言いながら

収納した

ひとりごとがおかしい…

きょとんとしていた

何をやってもうまくいかずに

みんなが泣いて

結婚を大反対された経験があった

わたしは

すべてのひとに祝福される

ということ

平凡な幸せに

きょとんとしたものだ

義理の母は

どんなことでも力になりますからねと

言ってくれた

わたしは娘になった

ありがたかった

次男が元気になったら

どちらの親にも親孝行しなければ

できないを認める

どんなことでも

なのかもしれないけれど

格好をつけて

できます

はいできます

なんでも言ってくださいね

なんて言っても

わたしがやるべきだからと

真面目な気持ちや

責任感を

めらめらとさせても

できないものは

できない

どうしようもないの

ならば

自分や家族を大切に考え

できないなら

断ることも必要

そもそも

何もできない

ちっぽけな人間が

できるできると

しゃしゃり出ても

相手は本当に求めていないかも

しれない

他のひとにお願いしたいと

思っているかもしれない

自己犠牲で

無理をして つくしても

やれるのだと

勘違いされることもある

余計な心配をかけてしまい

若いひとを犠牲にしたくないとなる

場合もある

できない

ごめん

ありがとう

よろしくと

お願いすることもありね

そもそも

病気のわたしが

病気の次男を連れて

義理の両親の病院の手伝いや

父の入院の手伝い

実家の災害の手伝いが

できるわけもない

それに

次男のことは

ずっとひとりでやってきて

誰にも手伝ってもらうことはなかった

かわりに看病してもらうこともなかった

親のことなら

誰が介護するかとなるけれど

子供のことは

わたしがひとりでずっとやっているじゃない

だから

できないなら

できないを認めること

無理はしないこと

それができていないと

やっかいなことになる

遠くに嫁ぐということ

病気や介護のことは

ある程度両親は覚悟をしていたと

思うのだけれど

今回のような大規模な災害となると

どうかな

遠くに嫁ぐということは

こういうことだと思った

父は入院していて

退院ができなくなり

母は実家にひとり

避難場所が近所にない

実家が避難場所だったという

歴史があるけれど

今回ばかりは安心できない

新幹線はとまり

姉も病院や実家に行けなくなった

駅まで行けたとしても

山崩れや増水があれば実家までは

行けない

両親と姉の安全を考えて

次の手

次の手をわたしは考えていた

もしもこうならこうして

もしもこうならこうする

みんなの安全が第一

頭だけ使い

相談にのりながら

わたしはなにもできなかった

なにもできない

なにもできないと思い

ニュースをみていたら

偏頭痛を起こして

目の前がギラギラしてきた

とにかく

なにもできない

走っていくこともできない

遠くに嫁ぐということは

こういうことだわ

出会い

パートナーと出会ったのは出張先で

パートナーは急遽

こられなくなったひとのかわりに

講師として出張先にやってきていた

わたしも

他のひとに決まっていた出張に

わたしが行くことになり

出張先にやってきていた

他の講師のかたが

わたしの先輩に

夕食をみんなで一緒にいかがですか?と

声をかけ

先輩はいいですと断ったのだけれど

OKと勘違いされて

夕食に行くことになり

隣に座ってきたのがパートナーだった

わたしは

気が利かないひとだわと

思っていたのだけれど

結婚する前も

結婚してからも

今もかわらないひと

パートナーはわたしに

一目惚れしたようなこと

だったらしい

結婚が決まると

わたしの上司が

ももをとられたと騒ぎ

東京から

わたしの職場に

出張できた男性には

ももさんですよね

すぐにわかりました

なるほどね

だろうね

やるなあいつなどと

言われることが続いた

わたしは

ふん♪と思っていた


なぜ出会ったか

そもそもなぜ

わたしはパートナーと出会ったかと

興味を持たれることが

多くて

ももさんは東京にはいつから?と

質問される

東京に憧れて

田舎から出てきたのだろうと思われる

大学?就職?

だけれどもわたしは

東京に憧れて

東京さいくべさと

あはは いくべさと思ったことは

一度もない

実家の自然が好きで

田舎ぐらしが好きだった

もめると永遠もめる

結婚前に

小さなことでも もめると

両家がずっともめることになるものだ

というけれども

確かに

お見合い結婚の姉は

ささいなことでもめて

いまだにくすぶっている

わたしは

小さなことも何も

それから一度ももめることがなかった

わたしがうまくやっていた

両方の両親が譲り

うまくやっていた

ということもあったのでしょうけれど

祝福されて

ことが次々と運び

祝福されるとはこういうこと?と

わたしは驚いたくらいで

パートナーも

もものお父さんとお母さん

仲がいいよねと

のんきにしていた

真面目に生きてきたから

その後観光地巡りをして

楽しく過ごした

義理の両親は

新幹線で帰りながら

釣書の親族の肩書きと

家のことを思いだし

名古屋くらいまで

夫婦で無言だったと

後で話していた

名古屋がすぎて

わたしたち

今まで真面目に悪いこともしないで

生きてきたから

結婚の調査をされても

大丈夫だよね

本当にももさんを

ご両親は手放すのかしら

きてくれるの?

息子をくれと言われたら

渡そうと

義理の母が話したらしい

後で聞いて笑ってしまった

それから何度か

全員で旅行に行った

その後旅館で

その後旅館で

お祝いの会席料理をいただいたのだけれど

父たちは

どちらもお酒が好きだから

ただの酔っぱらいになり

母たちも

すっかり仲良くなった

わたしの両親の

好き好き仲良しビームで

打ち解けたというかんじかしら

初対面なのに

まるで以前からの知り合いみたいだった

結納の頃

結納の時

義理の両親が

結納セットを買いに行ったら

箱根より向こうのかたですねと

お店のひとに言われたらしい

義理の両親は

息子が決めたひとなら大賛成と

わたしの家やわたしのことを

普通の家 普通のひとだよ

とだけ聞いていて

何も詳しいことを知らないまま

結納の日

実家に来たらしくて

家を見て驚いたところに

ざっくばらんにいきましょう

作法なんて気にしないで あはは

と母が

お茶室に案内したものだから

かなり緊張していた

息子にいろいろ

聞いてきていると思っていたから

まさか何も知らないできたと

わたしたちは思わず

結納なんて

関東のかたなんですから

ほんと簡単で大丈夫ですよ

足もくずしてくださいと

母が言いながら

父もようこそと

満面の笑顔だったのだけれど

ん?

緊張されている?

何か驚かれている?

お茶室がいけなかった?

しまった

遠くからいらっしゃるのだから

普段着で気楽にいきましょう

などと言いながら

服装が派手なんじゃない

わたしたち

というはなしになって

母もいつもの着物よりも

目立つスーツだったから

だから地味な方にしとけば良かったと

こそこそと気にしていた 笑

わたしがご挨拶に行った時

義理の母は

本当にももさん

きてくれるっていったの?と

遠くから嫁ぐことを

心配していたそうで

お料理がへただから

どうしましょうと悩んでいたところ

わたしが到着した

義理の父は

満面の笑顔でにひにひと

笑いすぎていて

義理の母に

ももさんのお父様の方は

さぞご立腹でしょうに

さっきからにやにやにやしてねと

怒られていた 笑

確かにわたしの父は

もも姫は

パパと結婚するんじゃなかったのかと

ご立腹?だったけれど

遠くに嫁ぐと決まった頃

わたしが遠くに嫁ぐと決まった時

行かないでと

泣く友人がいた

母は

昔の時代に

海外にいたおばあちゃんに比べたら

近い

幸せならいいのだと言った

パートナーが

ガチガチで

結婚の挨拶に実家に来た時は

両親とも喜んで

挨拶が終わると

母は嬉しくて泣いていた

父は

パートナーをやけに気に入っていて

飛行機代を出すから

会いに行ってこいなどと

応援してくれていた

ずっと男女交際を禁止していた

両親とは思えなかった

挨拶の日に父も

息子ができたと喜んだ

少し前に

何をやってもうまくいかずに

結婚を大反対され

家族で泣いて苦しんだこと

わたしの苦しみは

いったいなんだったの?と思うほどに

なにもかも順調で

その反対されたひと

今は未練もなにもないけれど

その男性と結婚していれば

今も両親の近くに住み

両親のそばにいられたでしょうに

どういうわけか

数回しか会っていないパートナーの

ところ関東に

あれよあれよと嫁ぐことになったのだから

縁とは不思議なもの

2018年7月 7日 (土)

車から見る七夕の空

夕暮れが近づき

白い悪魔が

白いからだで空に

うっすらとした線を

ひいている

その隙間から

消えてしまいそうな青が

すっとのびていた

少し薄暗い緑の街路樹が

風にゆれ

広がってはまわり

広がってはまわり

目の奥が痛む

恋は…

そう恋はなんだろう

青空の彼に会いたい

こんな日くらい

好きなひとと笑っていたい


過去の作品です

夏の扉を

開けてみてくださいCollage40

デジブック『 夏の扉 』
http://www.digibook.net/d/8d058f93b19f002c608f2714c24046cf/?m


2018年7月 5日 (木)

良い方向に向かっている

父の退院日が決まり

また姉にお世話になることになった

義理の父の病気は

わたしは意見できなかったので

結局わからない

ということになり

長男はまだ悩み中

次男は病気療養中

胃腸薬の効果が出て

まずまず食べてくれている

わたしはというと

腎臓に気をつけましょうくらい

ん?どうやって?と

思いつつ

喘息の通院だけになった

ここのところ

いろいろあったけれど

良い方向に向かっている

わたしと次男は

免許に挑戦するのだけれど

教材選びに悩んでいる

活字より

ネットやDVDの方が

楽しみながらできるかしら

やっぱり理系は

興味深いことが多い

« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »

無料ブログはココログ

momo

  • momo