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2018年8月に作成された記事

2018年8月31日 (金)

納得がいくまで

納得がいくまで

息子の居場所を探す

ということを始めたわたしは

どうしても

納得ができないことが多かった

わたしは

泣くときはお手洗いで泣いて

泣いたらまた考えて

どうにか良い方向へと

もがいた

ドクターに

納得できることなんて

探してもないんですよと

言われた

けれどどうしても

このままではいられなくて

違う

何かが違う

違和感があるもの

それにいらないものは

色あせてくる

というような自分の思いを

信じて

環境を変えてきた

そうしていまやっと息子は

自分の行きたい学校で

信頼できる担任に恵まれ

居場所を見つけている

やっと

信頼できるドクターにも出会えた

何かが違うと

探し求めなければ

素敵なひとびとに

出会えることもなかったのだろうと

思う

ふたりで頑張ってきたご褒美だね

8年かかる

わたしは結婚してから

ずっと悩んでいて

どうして

何かがうまくいかないのだろう

なにだろう

どうして息子がひどい目に

あうのだろう

わたしがひどいなまりで

パートナーに言葉が

通じていないのかしら

関東の男性は冷たいのかな

そんなことを考えていた

それも8年

わたしが悪いと考えていた

息子が病気になり

病院に連れていった時

パートナーについて

今まで虐待と

ご主人の間違った言動に

気づきませんでしたかと

ドクターに質問されて

わたしが悪いと考えていたことなどを

話すと

なまりはないです

でもそう思いますよね

相手が堂々として迫力があるからね

そうなりますと

言われた

8年を振り返り

あれも

そうあれも

そういうことだったのかと認めた

瞬間だった

どんな家庭でも

どんな家庭でも

休日のダンナは邪魔なもの

邪魔な理由はだいたい

料理をしないから

亭主元気で留守がいいてやつね

退職したら

悲惨だと聞く

はやく死ねばいいのにと

言っているひともいた

殺しあうこともあるくらいだから

夫婦とは

よくわからないものだわ

わたしの両親は

仲がよいねと

言われるけれども

心配しすぎた母が

父のだらしなさを

怒るばかりしている

楽天的な父は聞いていない

けれど

父は自分で小屋を建てているので

そこか

田舎の広い家なので

二階あたりにいると

いなくなったかのように

見える

そんな時

広い家は

気持ちがおおらかになるわと

思う

けれどある程度狭い家の方が

横着なわたしは

物を取りに行きやすいし

掃除も楽だから

好きなのだけれど

どちらにしても

窓から緑が見えた方が

素敵よね

今度はむきたまごぴよちゃん

そんなダークなパートナーが

先日実家から

むきたまごちゃんみたいに

なって帰って来た

驚いた

どうしたむきたまごちゃん

次男が

ひよこじゃね?と言った

確かに

どうした?

むきたまごぴよちゃん…

心のなかで言い直してみた

今日はパートナー

おいしいものを食べたみたいだし

涼しいから?と

思ってみたけれど

気にしないでおこくことにした

なぜキャラクターに例えているかというと

子供が怖がるからで

園長先生に教えていただいたやり方なの

冗談ぬきで

パートナーが仕事から帰る時

玄関あたりでもう

おどろおどろしい雰囲気を

察知できる

帰って来たと叫んで

わたしと次男はぴゅーとちらばる

避難するというわけ

廊下を歩くパートナーは

クサレガミ様といおうか

ダースベー☆ーといおうか

ダース☆ーダーはかっこよすぎるかな

ダークなオーラを

撒き散らしながらやってくる

一気にその辺の空気が

雨雲みたいになる

おかえりと声をかけると

ただいまと言う時と言わない時がある

ふーとかはーとか

大きなため息を吹き出すように

長く息を吐く

避難しないと顔にかけられる

ゆがんだ表情は

すさまじくて

近寄れない臭いがする

クサレガミ様お帰りください

お帰りくださいと

言いたくなるほど

負の何かが渦巻いている

いったいこれは…と毎日思う

リビングにいると

その渦巻いているもののせいか

気分が沈み 気分が悪くなる

それで

休日になるとパートナーは

無関心 無視 キレる

くらいで

リビングにじっとしている

20㎝も動かないので

パートナーは

暇すぎて耐えられないらしく

暇すぎて気分が悪くなっている

なら看病や家事を手伝えよと

わたしと次男は思う

それかどこか遊びに行けばいいのにと

わたしと次男は思う

わたしなら

旅行やお出かけしたいけどな

おいしいものを食べたいけどな

先日パートナーが用事で外出したら

リビングに

天使のような光がさしてきて

次男が

パートナーがいないからじゃない?と

笑った

わたしもあまりにきれいな光だったから

あるかもと

コロコロと笑った

わたしは

パパ大好きっこだったから

父が帰って来たら

玄関まで走って

嬉しくて抱きついていたわ

そういえば

子供がパートナーに抱きついたところを

見たことがない

突き飛ばされるからね

次男は寝たきりで

たまにリビングにいる

家を出て次男と元気に遊びまわるとか

夜遅くまで働いて帰らない

ということができないから

いまだ避難するしか解決策がない

長男は自分の部屋で寝ているのだけれど

接触しないことで

パートナーから自分を守っているのだろう

冗談ぬきで

やだ

みんなパートナーが帰宅すること

土日がくることを嫌がっている


笑わなくなったわたし

最近はないのだけれど

以前はよく

夢のなかで

子供の学校の校長先生に向かって

時に両親に向かって

涙ながらに

お願いだからわかって

助けてくださいと

何かを叫んでいた

声がうまく出ないのだけれど

かすれたまま

ずっと叫んでいた

起きると必ず泣いていた

わたしは小さなころから

相談にのってくれるひとに

恵まれていたと思う

自分でもよく

友人や家族にはなしをしながら

コロコロと笑い

天真爛漫に生きてきた

どちらかというと

わがままなひとだったのかな

けれど結婚してから

気がついたら

ひとりですべて

抱えるようになっていた

我慢ばかりして

相談がうまくできなくなった

相談=ひどく緊張することに

なっていった

荷物はもちろんひとりで

背負うようになった

実際に持つ荷物の方もね…

伝わらないことばかりで

口がへの字になった

ついにはパートナーの前で

笑わなくなった

パートナーは

あの壮絶な結婚反対監禁事件から

わたしを救いだしてくれたひとで

あの時パートナーと

結婚することがなかったら

わたしはどうなっていたか

わからない

壮絶な反対があり

努力があり

壮絶な別れがあり

出会いがあったわけだ

壮絶な祝福もあったわけだ

などと考えてみる

まてよ

けれどわたしはあの時

親が悲しむ姿を見たくなくて

自分のやりたいことをすべて

我慢した

我慢しすぎは前からかも

性格なのかな

親から逃げたかったから

結婚したのかもしれない

となると

パートナーに少しは感謝しつつも笑

わたしの生き方

魂と

パートナーが

ずれてきているのではないかしらと

感じる

この笑わなくなったわたしは

なんだろうと思う


ひとがいいといえるのか

義理の父の方は

長期入院中なのだけれども

入院中に事故があった

どうやらあの家族は

というか特にパートナーは

家族を守るために怒る

ということがない

誰も怒らないようなことでは

やたらに怒る

驚いたのは

今回の事故と

日照権の時

365日戸建ての日照権を侵害されて

何も言わなかった

相手方は

用意していたと思う

近所のひとにも

相当もらったのでしょう?と

言われていた

当然の権利

というものを主張しない

家族なのだわ

ひとがいいといえるのかしら

誰も怒らないようなことで

怒るから

なんとも言えないけれど

子供が学校で理不尽な目に

あっていると

父親がよく

校長室に話し合いに行く

という光景を見てきたけれど

うちはそれもない

全部わたしがひとりでやってきた

わたしの父の方は

わたしの父の方は

ガンの手術後

しばらくは大変だったけれど

元気になったようで

もう8年くらいかな

実家に帰れていないから

様子はわからないのだけれど

少し安心した

子供たちは

父がずっと

生活費 通院費 学費などを

出してくれているのを

知っていて

これからどうなるのかということも

心配していたので

子供たちも

少し安心したところ

生活費を

わたしの力で

なんとかしなくてはと

わたしはわたしなりに

ない頭を使っている


2018年8月30日 (木)

不健康な家庭

まだお粥を食べて寝ている長男

元気になったら

これからどうしたいのか

聞いてみよう

わたしは最近看病ばかりで

家にいることが多くて

ふと思った

子供の何かに腹が立つ時

自分も同じような理不尽な経験をしていて

理不尽さに腹が立つ

ということもあるし

嫌な対応をされて

たいして

子供が気にしていないのに

妙に不安になる時は

子供と同じ嫌な体験を

わたしもしているのではないかしらと

結局誰かに怒っているようで

自分の中の何かに

怒っていることもある

嫌だなと思う相手の嫌な部分が

わたしにもある

ということもある

そんな時

子供のことなら

やたらに動揺したり

なんとかしなくてはと

慌てたりしてしまう

冷静に解決策を考えたり

嫌な相手の悪い部分を

感じ悪いわねと気づき

真似しないようにしたりすればいいのに

なんだか自分には

解決する力がなくて

誰も助けてくれなくて

大声で叫んだとしても

誰もわかってくれないよね

という気持ちになる

結婚してからやたらに病気ばかり

子供も病気ばかり

何か

時間をかけて

なんとかうまくやらなくては

うまくやらなくてはと

我慢しすぎた結果

このような不健康な家庭

健康ではない心がぐるぐる

なってしまったように思う

うまくやらなくてもいいのにね

2018年8月27日 (月)

迷惑をかけるからと

迷惑をかけるからと

自分をおしころすより

迷惑をかけてでも

目標を達成して

感謝をした方が

自分も

相手も嬉しいのよ

2018年8月22日 (水)

つらかったね

ひとはトラウマを冷凍庫に

普段は凍らせている

そうしないと

生活できないから

急に思い出したり

少し取り出してみようかなという

気持ちになったりすると

解凍する

解凍された時

ひとに話すことができたとしたら

聞いたひとは

それはつらかったねのひとことで

いいのだと思う

ひとに話すことなく

解凍した場合は

それもまた

つらかったね自分で

いいのだと思う

2018年8月21日 (火)

場所

場所についても

残留思念というものが

あるそうで

何かこの場所は離れた方がいいなと

感じたら

離れた方がいい

行かない方がいいと思えば

その場所に近寄らない方がいい

家や土地を買う時も

少しでも何かひっかかる

という気持ちになるなら

買わない方がいい

案外みんな

第六感を信じないのだけれど

なんだかこれは

やめた方がいいなと

感じたら

やめた方がいいよね

病気は病気

病気は病気

病院で治療しなければ

治らない

これはスピリチュアルと

ごちゃごちゃにしない方が

いいと思う

やたらに

ばちがあたったと思うひとがいる

ばちと思うのもよくない

ばちなんて

自分がばちだと思うからばちで

ゆっくり休んで

元気になりましょ

何か感じてしまったら

スピリチュアルに興味のないひとは

そんなこと

あるはずがないよと

思うでしょうけれど

ひとより

感受性が高いひとは

何かを感じることがある

お祓いをする

神社に行く

というひともいるけれど

お祓いをしても

神社に行ったとしても

自分が

弱い気持ちでいたら

また同じこと

身内からもらったものでなければ

これはおかしいなと思えば

リサイクルして

しまえばいいけれど

身内からもらった古いものであれば

思い出を大切にしたいから

きれいに洗い

お香をたいて

本来置いておくべき場所に

置く

置場所を間違えて置くと

よくないのだけれど

そして

いろんな思いがあったのねと理解して

感謝の気持ちを伝えることが

大事だと思う

もし何かを感じてしまったら

わたしには

浄化する力がなくて

ごめんなさいと正直に

話せば

だいたいわかってもらえると

わたしは最近

思うようになった

やたらに

お祓いをしたり

念仏を唱えたりすると

助けてもらいたいと思って

引き寄せられてきた

おばけさん?や念のようなものは

ますます

怒る

ここは

なにごとも正直にと思う

実はわたし

こうみえて

浄化する力がないんです

力があるひとに

お願いしてくださいね

といったかんじかしらね

残留

古いものや

古いアクセサリーには

何か

思いのようなものが

存在していて

触ると流れ込んでくる

店頭に並んでいるものは

並んでいるうちにぬけてしまい

なくなってしまったように

見える

たまに

これはやめておいた方がいいね

というものもある

店頭でも

個人からもらったものでも

形のあるもの

動物や人形の置物などは

特に思いが入り込みやすい

そのひとが手放した時

とても幸せな気持ちなら

いいのだけれど

苦しみを持っていると

例えば古着を着ると

どんよりとした気持ちになったり

骨董品を置くと

奇妙な夢をみたりする

まるで感じないひとは

ただ感じないだけで

多少なりとも

影響は受けていて

体調が悪くなる

ということもあるはず

それだけ

ひとの思い 念というものは

相手が生きていても

生きていなくても

ひとに影響を与える

わたしは知らなかったのだけれど

これを

残留思念というそうで

誰しも感じられるものではないらしい

2018年8月20日 (月)

病人が病人を

起きていることには意味があり

必ず良い結果になる

信じていよう

というようなことを

もごもご考えていたら

長男が外食でとある

食中毒菌に感染してしまい

病人がひとり

病人ふたりを看病している

というありさま

ふたりともまだまだ子供

変な汗がわたしの顔から出る

長男は

お盆休みで病院が休みだったものだから

経口補水液と

ビオ☆リーで

様子を見ていたものの

これはただならぬかんじだわと思い

診察している初めての病院に

連れて行った

先手を打つ

というかんじの

スピーディーなドクター

あの…

はいこれね

あの…

はいこれねと

診察前に渡すものを用意している

説明も正確で

はやい

受け付けも看護師さんも

とても優しい

とにかく気が利く

かかりつけとは

全く違う

薬局も優しくて

説明上手

しっかりチェックする

はなまる💮

水槽のかめは苦しくないのかなと

考える余裕もあったくらいで

薬局変えようかな…

少し遠くなるから悩むわ

なにより長男が心配

次男に感染したらと思うと

ゾッとする


まだ片思いをしている

彼がとてもいいひとだ

というわけでもなく

とてつもなく彼に

何かを期待している

というわけでもない

単純に

好きなひとというだけ

なぜここまで

長い間

わたしの心にがっちりと

彼が存在しているのかは

わからない

時々

わたしの警戒心が出てきて

悪いひとなのではないかと

思ってしまう

悪いひとってなんだろう

女遊びをする

暴力 暴言

お金にだらしない

そんなところかな

距離があるから

とてもいいひと

悪いひと

などという判断もできない

ただ

懐かしいような

切ないような

彼のきれいな瞳の奥が

どうしてものぞいてみたくて

10年なるかならないか

彼に恋をしている

2018年8月19日 (日)

10年なるかならないか

はなしは違うけれども

わたしは

ここ10年なるかならないかほど

片思いをしている

けれど

この10年なるかならないかを

いい10年だったと

思うの

彼を好きになって

良かったと

思うの

自分勝手なことを言うと

彼からのラブレターの返事が

欲しかった

彼に会いたかった

彼とはなしたかった

ただ ただ

そんなことを考えていた日もあった

けれどそれは

わたしにとっては

幸せなことだけれど

彼にとっては

幸せではないことかもしれない

わたしは彼を

恨むこともない

悲しむこともない

たくさんのものを

喜びを

彼からもらった

傷つけてしまう 傷つく

ひとを傷つけてしまうには

いろいろあって

気持ちをぶつけた結果

傷つけてしまう場合

自分に傷があるから

やりかえす場合

やられたから

やりかえすというやつね

傷つけられて

自分を傷つける場合もある

どうせわたしは

ダメなひとという具合に

自分を思うとき

心の傷はいろいろだけれども

自己肯定感は低い

そうしていたら

よからぬ感情がわいてくる

おまえのせいだ

あいつのせいだ

という被害的な考え

これで楽になるというひとも

いるけれども

人のせいにして

逃げているというのか

どこか幼い気がする

相手にどうにかしてもらおうと

相手の何かを

求める気持ちと

腹立たしさは

強くなるばかりだから

ならばどうする?

だけれど本当にそうなの?

もしもこんなことがあったとする

両親に抑圧されて育った結果

自分の気持ちをうまく表現できなくなった

びくびくとした子供になったと

感じている

大人になって

人間関係や何かが

うまくいかない時

不満が爆発する

あんな親に育てられたからだ

おまえのせいだ

あいつのせいだ

両親じゃなくてもね

そんなことはある

ならば

抑圧された時

自分で

状況を変える努力を

すれば良かったのに

考えてもみなかった

なぜか叶わないと思っていた

自分がダメなやつだと思っていたから

できなかった

となると

相手への執着が増す

あんなことさえなければ

うまくいったのに

おまえさえいなければ

あいつさえいなければ

自分は

うまくいったはずだ

だけれど本当にそうなの?

まずはやってみよう

つらい思いを癒すことを

まずはやってみよう

つらかったね

自分を許し

相手を許し

心が元気になるようにする

それから

思い込みのパターンを変える

思いぐせを変えるというかしら

それも必要

こんな嫌なことがあった

だけでなく

けれどその結果

良いこともあったよね

気づきがあったよね

などなど

思いぐせや考えかたを

変えるというもの


リストアップする

自分をダメなやつだと

思う理由を

リストアップしてみる

自分はこんなひと

ああ

嫌な気持ち

だけれど自分だよ

さっ

それは

変えられない事実かしら?

今からやればいいんじゃない

自分がダメなやつではなくなる

行動を

あの時とればよかった

気づいて

動けば良かったのに

なぜできなかったのだろう

なんてことに気づく

もういまさら

間に合わないんじゃないかと

後悔もする

なら

今からやればいいんじゃないかな

遅くもない

自分は悪くないのに損をした

という

被害的な考え

わたしはこんなにがんばってきたのに

おまえが

あいつが

あんなことをするからだ

という

理屈を言うのは

やめてね

今から

気づいたことを

やればいいんじゃない


起きたことは

起きたことは

実は良いも悪いもなかったり

するもの

どうして自分だけこんな苦しいめに

あわなくてはいけないのかと

誰かと自分を

比べる必要も

なくてね

苦労というなら

苦労はみんな同じ

同じ量だもの

でも自分の感情は

自分だけのもの

自分が幸せになるチョイスをしなくては

嫌なひとや

嫌な過去に

引っ張られるなんて損

今を考えるようにしなくてはね

とはいえ

自分のエゴにはまり

トラップにはまり

おかしなことを繰り返すのは

よくあること

だけれど

忘れたいことは忘れたらいい

忘れましょ

あなたを笑わせてくれる

はなしは変わるけれども

あなたを笑わせてくれる

この言葉にはどきりとした

わたしにとって

本当に大切なひとという

チェック項目があって

まずひとつめの言葉

だったのたけれど

パートナーに当てはめて考えてみた

わたしは笑っていない

話を覚えていてくれる

好きな食べ物など買ってきてくれる

ない

よき友人でもある

ない

約束を守る

ない

成長をサポート

ない

新しいことを一緒に学べる

お互いの得意なことが違うから

新しい知識が広がっていく

ない

わたしのありのままを受け入れてくれる

ない

一緒に出かけるのが楽しい

ない

ふたりの問題を解決しようと話し合う

ないない

わたしを自慢に思ってくれる

ない

人生を豊かにしてくれる

ない

家族や友人と仲よしになれる

結果 祝福される

ない

なんだか涙が出た

エゴはいけないと思うけれど

どうして一緒にいるのかな

ひとつ ふたつ

あったらよかったのにね

2018年8月15日 (水)

不安

不安なんて誰にでもある

だけれど

不安がひどくて

生活がままならないなら

治療の必要がある

でも

不安が世の中からなくなると

世の中はハチャメチャになる

きっと

みんな好き勝手をして

危険なこともしてしまう

だからね

不安はわたしたちを

わたしを

守るためにある

そう思うとなんだか安心でしょう?

不安なら

不安のままでいい

元気になろうとするから

辛くなるんだもの

そのまま そのまま

まぁ あること

恋をするのは悪いことではない

緊張するのも

悪いことではない

ひとに嫌われるのも悪いことではない

ひとを嫌いになるのも

悪いことではない

まぁ あること

無理に好きになろうとしたり

なんでも良いと悪いにわけて

良いじゃなくてはダメだ

などと極端に考えていると

心豊かになれない

嫌いだ でいいと思う

好きだ でいいと思う

こんな自分でありたい

バカなことをしたり

嫌らしい心もあったり

そんなわたしだけれど

それはそれでいいとして

時々

自分には何がたりないのか

自分は何を学ぶべきか

ということを

考えられる自分でありたい

息子の改善点が見えた

苦しいには

理由がある

ただ苦しいだけではないのね

理由があるなら

解決できる

わたしだって繰り返し

反省して

また失敗して

落ち込んで

笑って

わたしだってそんなことの

繰り返し

でも何かに気づけたら

さっ今日から直せばいいねと

思う

せっかく気づいたんだから

前を見る

前を見れないなら

好きなことをして休む

力がわいてきたら

少し足を前に出すように

している

気づいたら直す

気づいたら直す

気づいたらまた直す

チャレンジする

挫折してもまっいいかと思う

またチャレンジする

疲れたら休む

とことん休む

わたしはそうできるように心がけている

頭の整理をしよう

じゃ まず

頭の整理をしよう

何を目標にするか

なら今何からやるべきか

このふたつ

毎日少しずつ

長い道路を掃き掃除する時

ゴールを見るとうんざりするのだけれど

一日ひとはき

終わった

休む

また一日ひとはき

終わった

休む

そうしていれば

ふりかえるとそこにはなんと

長い道がある

終わりは必ずやってくる

ピンチはチャンス

チャンスはピンチの顔をしてやってくる

というしね

アドバイスをきく

経験のあるひとの

アドバイスをきく

決めるのは自分だけれど

ヒントをもらい

よりよく生きていくための

知恵をもらう

次男が意見を言う

なんでもひとりでやるのが大人じゃない

お兄ちゃんは勘違いしている

育て方を間違えたといえる

相談しながらやるのが大人だ

努力しないで質問したら

怒られて当たり前

報告 連絡 相談をするべきという

わたしの意見はもっとも

まずは話すということ

話すということができていないから

トラブルになると

次男が言った

あれれ

わたしよりしっかりしてない?

はなすは放すだもんね

うんうん

育て方を間違えたって おいおい

などとわたしは言いながら

はて次男は

どこで学んだのかしらと思った

反面教師?

姉がももちゃんに似ているよと

言った

そうかな


勝手にはだめだよ

ひとつ確認してみた

今ちょっとお時間いただけますか?

お忙しいところ

ありがとうございました

などという

大人としてのマナーはできているのか

息子よと

当たり前にできている

お世辞も言うさと息子

メモは使っていない様子

ここで

もうひとつ大事なところを聞いてみる

課題の量について

多すぎてできないのか

自分の要領が悪くてできないのか

自分の要領が悪いのだそう

ついでに

これでいいですか?

中間報告

ほうれんそうはできているのかしら

あまりできておらず

すべて過去の文献を調べて努力した後

どうしてもわかりませんと

質問しているのかしら

していない

そりゃ怒られるさ

確かに

アカハラと外部からも言われているだけあり

かなりの酷い内容は

ここには書けないのだけれど

たくさん息子から聞いた

息子の悲惨さや

つらさも十分にわかった

相手は変わりそうにもない

親になる

親だって

生まれた時は子供

初めはみんな

子供

生まれた瞬間に

親で生まれてくるひとなど

いない

親になろうと努力して

親になる

強いひとになりたい

息子が

強いひとになりたいと言うのだけれど

おそらく息子のおもう

強いひととは

どんなことにも傷つかず

エネルギッシュで自信のあるひと

ということかしらと

想像する

みんな傷つく

臆病になるものなのにね

そもそも

自信のあるひとというのも

オレはすごいんだぜというひとと

勘違いしやすいけれど

自分のできること

苦手なことを知っているひとだと

いえる

だから

強いひとというなら

なんだかそう

自分はこんなひとだからと

それを許しているひとじゃないのかしらと

思う

自分を許す

自分を許せるから他人も許すという具合に

ひとは強く優しくなる


2018年8月14日 (火)

助けて欲しいがヘタなのね

助けて欲しいが

言えていると

思っていたわたしは

助けて欲しいがヘタなのねと

気づいた

普段の生活から

助けてもらえるという

自信もなくしていた

そうよ

その場に踏みとどまり

改善していけばよいのに

あきらめと慣れで

改善しないで

ながすようになっている

これもひとつの

生き方かもしれないけれど

いつの間に

苦しいは言えるのに

助けて欲しいが言えなくなったのかな

どうしてこんなに

臆病になったのかな

子供のためよと言いながら

子供のためよと言いながら

自分のためではないの?

子供のためにと考えるなら

自分は は

捨てなければいけない

自分がして欲しいように

自分の都合のよいように

親としての意見を言ったり

行動させようとしたりするのは

子供のためにではない

自己満足

子供がかわいそうと言いながら

自分がかわいそうに

なっている

かわいそうな自分てやつね

子供の話を聞こう

うちから出てきた言葉を

聞こう

自分がほめられたいがために

自分が楽をしたいために

自分が恥ずかしくないように

物事を見て

親が決める

あなたは自分がかわいいの?

それとも子供がかわいいの?

いったい何がしたいの?となる

本当に子供を大切に考えるなら

苦しみから目をそらさないこと

子育ては本当に大変だわ

けれど自分をけずれば

子供は輝いてくる

少しくらいけずってもね

大丈夫

得るものは大きいもの

子供と一緒に考えよう

子供が嫌がる時

実はここ何週間か毎日毎日

毎日毎日

わたしはアカハラについて

悩んできた

息子の事情を聞いて

わたしは悩みすぎて

胸の辺りが

気持ち悪くなってしまった

わたしは

わりとすぐに

アドバイスや質問をひとに

ぽんぽんぽんぽんと

してしまうのだけれども

本当にアカハラなら

相談先を見つけるべきだし

どうにもならないなら

自分を守るために

◯◯をやめるべきだわと悩んだ

アカハラかどうか微妙なら

あってはならないと思いすぎないで

人間そんなものよねと

思うようにする

お世辞でも言って

そのひとの上を行けばいいんじゃないかなと

思う

嫌なことでも

やらなくてはいけない

ということは

世の中にたくさんあるはず

でも

わたしは息子の

受け入れ先になりたい

全面受容が必要なのではないかしら

まてまて

子供の嫌がることにたいして

わたしの対応がおかしいのではないの?と

自信がなくなる

今まで嫌がることばかり

やらせてきた気がする

こんな風にひとりで

悩んでいた

2018年8月12日 (日)

ちょっとだけ登場します

みなさまにも

素適な風が流れますようにCollage452_2

デジブック『 風の向かう場所 』
http://www.digibook.net/d/b5c48ddba09b0860e6a025b252580799/?m

BGM ワルツ第7番嬰ハ短調

モデル…もも

こちらも過去の作品ですが

よかったらご笑覧ください

ももいろをご紹介

わたし

こんな作品も作りましたね

懐かしいです

デジブック『 ももいろ 』
http://www.digibook.net/d/0785c99fa15d2e30f2a025848a5387df/?mCollage63

ジムノペディお楽しみください

温泉好きなわたしが登場

こちらもまた

過去の作品ですが

セクシー?な場面があるので

公開を中止したものです

http://www.digibook.net/d/37158793815d28fc7e8aad90424a069d/

芸術ということで汗

たまにはいいかな

人魚のような月うさぎ

よかったらご笑覧ください

わたしシリーズご紹介しています

わたしが登場している

過去の作品を

続けてご紹介しています

デジブック『 約束のメロディ 』
http://www.digibook.net/d/c984e7d7809e02e168ed3d30fa52478d/?m

よかったらご覧くださいませ。


Collage111

恋の始まりをどうぞ

モデル・・・もも(わたし)

くま・・・(わたしの手作り) 

お休みですね

過去の作品ですが

よかったらご笑覧ください

一応

わたしを

ガムランボールの女ということで

登場させています

他にモデルもいないので汗

わたしの作品のなかでも

小説もどき

デジブック『 恋の館 』
http://www.digibook.net/d/4f8483f7a09c2e3866c33da42c5b479d/?mCollage64

新作はパソコンを購入してからに

なります

完成したら覗いてみてくださいね

2018年8月 8日 (水)

チャレンジャーのてへぺろ

わたしはどうしても

チャレンジャーなところがあって

よしと思えばチャレンジする

チャレンジ精神は

わたしのよいところと

先生に言われた

挫折しても平気

失敗しても笑う

たくさんチャレンジして

挫折なんてなんてことないよと

次男に見せましょうと

先生は続けた

わたしのてへぺろも

役に立つのね

ちょっと嬉しかった

お風呂は39度

次男の心臓のことで

ドクターに相談したら

お風呂は何度?と質問された

42度

40度をこえると

心拍がうち始めるので

39度でと

アドバイスをもらう

なるほど39℃にすると

ドキドキしないの

負荷をかける

次男が少し食べられて

落ち着いてくると

あれをやらせてみようか

あれはどうだろうと

欲が出てくる

よく考えるとこの一年

次男が負担になるだろうことを

取り除けるだけ

取り除いてきたので

落ち着いてきている

わけで

わたしが想像していたよりもっと

負担になっていたものも

見つかった

知らず知らず

負荷をかけようとするのは

悪い癖だわ

何かをやらせるには

まだはやい

首を痛めていたわたし

ひどい咳で

首を痛めていたわたし

脳と脊髄の

液がなんとかなっていたらしく

お薬をのみつつ

痛い日々を

過ごしました

おなかをこわしたら

突然に楽になってきたところで

なぜおなか?

まっいいか などと思いつつ

お買い物や家事が

楽に感じられます

動けないまま

いろいろなことを考えていました

動けない時は

動けない時で

そのうちにしっかりと

普段は学べない知恵を身につけたり

自分を見つめ直したり

静かな時間を味わったり

感謝したりすれば

動けない時間のおかげで

気づくこともあるのです

決して

体が丈夫ではなかったこと

もっと自分を

大事にしないといけないこと

今やるべきこと

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