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2018年11月に作成された記事

2018年11月30日 (金)

ふと死を考える時

子供が

死にたいくらいに辛い

ということであれば

辛い原因を聞き

さらにそこにある

本当の原因を母と子で見つければよい

原因がわかれば

それをやめる

他のやりかたを見つける

などなど

道はひとつだけではなく

いろいろあるということを

知らせ

一緒に考える

だけれど

ふと死を考える

という場合は

子供が

元気そうに見えてきた時に

ありがちなことで

気を付けなくてはいけない

まずは

死なないでと

言う

これは

ドクターがおっしゃっていたから

母親も言うべきなのかなと

思う

さらに

あまりこちらが

死にとらわれないようにする

年齢的に

そんなことを考えてしまうのだわと

理解して

騒ぎ立てない

死にたいと

母親に話してくれている

というのは良いことで

心に秘めているよりは

危険が少ない

ということを

知る必要もある

そうなんだねと

共感して

受け止めること

少しでも良いところをほめることも

忘れずにいたい

もしかして貧乏なのでは

わたしは

男の子を育てていて思う

わたしの父方も母方も

男性の親族はみんな

長がついた

役職で定年を迎えている

父方は

静かで知的なひとばかり

母方は

経営上手という印象

それはやはり

すごいことなのではないかしらって

わたしなんて

普通のサラリーマン家庭に

嫁いだものだから

たまに自分の実家で

父方の親族が

話す様子や

母方の親族が

所有している数々の物や

ハイソでゴージャスな話を聞いたり

たまに

食べたことがないの?と

言われたりすると

きょとんとしてしまう

どうして

みなさん天晴れな男子に

育ったのだろう

親の期待に添うというのは

さぞかし大変でしょうに

それはもちろん

両方の祖父の

力があったと思うけれど

どちらの祖父も

ひとのうえにたつタイプで

信じられないほどの

財を築いていたというのだから

そのおかげで

わたしもお小遣いがもらえたり

食べたことがない

おいしいものを

いただけるわけだけれども

うちは息子が

息をしていればいいよね

と思ってきた

将来をしっかりと考えていかなくては

いけないのかな

それに

ふとうちは

もしかして貧乏なのでは?と

今日思った

2018年11月29日 (木)

美人と天才ってさ

イケメン 美人

そうでもない

勉強ができる

できない

ということで世の中は

騒ぎ立てるけれども

そこにはそれなりの理由と

さまざまな苦労があると

最近になっては思う

自分のことを美人と書くのも

おかしいけれど

とりあえず美人ということで(汗)

経験から書いてみましょう

美人と結婚すると

きれいな奥さんですね

美しい奥さん かわいらしい

そりゃ結婚するよね

などと他人からガヤガヤ言われるくらいで

他には

特に変わったこともない

パートナーに聞いてみないと

わからないけれど

さほどお得なことはなさそう

あるのかな

女性は

かわいらしく生まれると

ちやほやされるから

自分がかわいらしいということを武器に

結婚する

わりと条件の良いひととご縁がある

お金持ちにはきれいなひとが多い

というのはこのせいなのかも

でもやっぱり

なんだかんだ言っても

知性は必要だと思う

わたしみたいに

お人形さんみたい 女優さんみたい

などと一時言われても

誰しも歳をとるから

内面の美しさを磨きたいところ

妻になったら

他の男性に隙を作らないように

目立たないように

女性には嫉妬されないように

うまく生きていくしかない

子供ができれば

ママ友とうまくやる

これがなかなか大変

お嬢様 姫様オーラとやらは

隠しても

騒がれることになる

よく言うオーラってやっぱり

あるのかな

必要な時には

とにかくぶちゃいくで

汚ならしくしていれば大丈夫

これはただわたしが

だらしないだけかもしれないけれど

かなりぶちゃいくでいられる特技を

身につけた

それなりの妻からは

かわいらしい子供が生まれる

大きくなれば

イケメンと騒がれる

母は単純に嬉しいけれど

本人は特に喜んでもいない

男女の違いはあれど

気持ちがわかるように思う

わたしもファンクラブができた時

嬉しくなかった

美人の友人などを見ていると

美人薄命というように

美人は美人で

修羅場の経験が多く

最終的には自分の理想相手と

結ばれているけれど

独身の頃は幸薄い

トラウマも多いと思う

男女両方に好かれる良いひとには

なかなかなれない

という事実がある

嫉妬というものは

バカにされるより怖いもの

凛としていたいけれど

女性の嫉妬はなかなか陰湿で

害がある

静かに生きていくことを願うか

派手な人生を選ぶかは

性格次第なのかな

マザー・テレサだって

神に愛されていると

嫉妬されていた

というのだから

わたしなんて

くだらぬ嫉妬されても

仕方がないのだけれどね


とんびじゃない

とんびが鷹を生んだ

我が家に温厚で

頭が良い子が生まれた

そもそもわたし

とんびじゃない(怒)

どういう教育をしているのか

何を食べさせているのか

などと近所で聞かれても

特に特別なことはしていない

祖父が

仏の○○さんと呼ばれたり

私の親族がぽちぽち

T大に行ったりしていることから

単純に遺伝でしょうと思う

その後

本人が努力できるかどうか

勉強できる家庭環境かどうかで

かなり変わるとは思うの

三角形なのよね

底辺が遺伝

高さが努力という具合にね たぶん

努力すればするほど

大きな三角形になる

息子が勉強ができるかどうかは

2歳で

文字やアルファベットを

覚えたのでわかった

パズルや迷路などは

いとも簡単にできてしまう

ほらお花が咲いているよ

ぞうさん大きいね

楽しかったね

などという

情緒的な教育に

母のわたしは力を入れたくらいだった

テストはすべて満点で持ち帰る

たまに95点

丁寧に教える

理系に興味があれば

一緒に勉強しながら

どんどん教えていくくらい

きついことも言ってしまったわ

頭が良い子は

かしこいだけに育てにくい

それに

愛を肌で感じにくいところがあると

わたしは思う

だからわたしは

机の上に手紙を置いておく

反抗期に入ってからは

うざったいと

ゴミ箱に捨てられている(涙)

勉強ができればできたで

まわりからの

プレッシャーや期待は

計り知れない

スター 期待の星

ついでにジャニーズ

などと呼ばれてきた息子

緊張しやすく

挫折を怖がるようになった

寝込むこともあった

期待されないのも

さみしいと思うけれどね

期待されたらされたで大変

とにかく

偉そうにならず

なにごとも

支えてくれるひとあっての自分

ということを

忘れないで欲しいと思う

小さい頃からのおだやかで

優しい気持ちを

大事にして欲しい

自分は自分のままでいいのだ

そのままで認められ

愛されていると

いつか知って欲しいと

母は思う

その母はまだ

母として努力途中なのだけれども


2018年11月28日 (水)

アレルギーを知らないひと

以前に比べたら

アレルギーへの理解は

よくなってきていると思う

息子が卵アレルギーだったころは

食品表示に

アレルゲンが書いてなかったから

裏側まで念入りにチェックして

あれもこれも

卵が入っていたから

除去食が大変だった

お子さまランチなどは

調理に卵を使っているものばかり

うどん焼き魚定食が

我が家の外食先で

家では卵を使わずに

さまざまな料理をつくった

今はすぐに答えてもらえるけれど

電話で卵アレルギーがあるので

成分を知りたいと

大手の外食チェーンに

問い合わせても

おかしなひと扱いだった

今はずいぶんと変わったと

思う

けれど

蕎麦屋さんの前を通るだけで

顔がはれたり

という蕎麦アレルギーのひとや

外食中に

何度もアナフィラキシーで運ばれるひとを

知らない

軽く考えているひとが存在するのだろうと

思う

喘息もそうだけれどね

息子のアレルギーがわかった時

代わりの栄養について

ずいぶんと悩んだ

母は

こんなのどう?と

小麦粉だけでたいらなパンを焼いて

息子が

おばあちゃん

お料理上手ね おいしいと

言うと

母は嬉しそうにしていた

動画を見ていたら

卵アレルギーは

ただのわがままだと

テーブルに卵料理ばかりを並べる

姑のはなしがあった

亡くなるひともいるというのに

ニュースを見ないのかしら

思い出せば

わたしも姑に

卵アレルギーのことを伝えると

卵を20個くらい

煮卵にして持ってきた

ということや

アトピーがあり

息子の顔から血が出ているので

だっこする時

綿のものを着てきてくださいと

お願いしたら

わざわざいつもは着ない

もこもこのセーターをふたりで着てきて

息子の顔に糸がついて

かゆそうにしていた

ということがあったな

だけれどわたしは

年よりだからわからないのかな

何か勘違いしたのかなと

考えていたのだけれども

動画では

さんざん我慢したところへ

意見するひとが現れて

姑と絶縁したとなっていた

ひとは誰しも間違いはある

悪気があったか

なかったかどうかはわからないけれど

わたしは

なかったと判断していて

うまくやっていくことが

嫁のつとめと

思ってきた

けれど

知識がないというのは

恐ろしいことだわと思う


2018年11月26日 (月)

小さな声で歌う

O sole mio

という曲があるけれど

カラオケで歌ってみたら

よく覚えていて

Che bella cosa na jurnata ‘e sole,
n’aria serena doppo na tempesta
Pe’ ll’aria fresca pare già na festa
Che bella cosa na jurnata ‘e sole

という具合に

歌えた

これは高校の時に

イタリア語か日本語かを選べて

先生が伴奏してくださる

という歌のテストで歌った曲で

わたしはイタリア語でと

張り切っていて

Ma n’atu sole,
cchiù bello, oje ne’,
‘o sole mio,
sta nfronte a te!

のところを

自宅では

近所迷惑になりそうなほど

かなりの声量で練習していたのだけれど

本番になり

先生がピアノで

激しく前奏を奏ではじめた時

すみません先生

日本語でと

わたしは言った

期待の眼差しでわたしを見ていた先生は

がっかりとした様子で

わたしも

晴れ晴れと日は輝く…ぼそぼそ

声量もなく終わる

実はランダムに行われた試験で

教室の前に

みんな並んで待っていたのだけれど

わたしの次が

なんと

当時好きだった男の子だったから

Ma n’atu soleはないよねーと

思ってしまい

小さな声に

先生には理由も言えず

それからは先生の前では

小さな声でだらだら歌うひとになり

校歌代表に

選ばれることもなくなった

アハハ

思い出し笑い


もったいないね

中学生の時

垣に赤い花さく

いつかのあの家

ゆめに帰るその庭

はるかな昔

鳥のうた木々めぐり

そよかぜに花ゆらぐ

という曲が好きで

先生の前で好きな曲を歌う

という

試験曲に選んで歌ってみたら

学年最高得点をもらった

ということがあった

きっと両親は

そんなわたしを見て

音楽の世界へと

考えていたのだと思う

わたしが得意なのは

ピアノではなく

歌と絵だったわけなのだけれど…

ピアノと茶道を

両親が力をいれてやらせようとしていたのは

茶道は

母が茶道の先生だから余計に

なのだけれど

ピアノは

知らないなりに

才能だと思っていたり

女の子なら

という勝手なイメージだったり

したのかしらと思う

わたしは

さほど努力しなくてもできることを

すぐにできてしまうから

そのままでいいと

ほったらかしにするところがあって

ひとはもったいないねと言うけれど

自分では

数学も作文も得意だったから

自分が何をしてよいのかわからなかった

今は

次男のことを

わたしが

もったいないねと思っている

2018年11月24日 (土)

おかしな開発途中

わたしはひとりでよく

超能力を開発している

これはアニメ好きな

次男しか知らないことで

次男には

暇なの?と笑われる

最近は

お風呂でらせんがんを

作ろうとしてみて失敗したり

指のオーラをじっと観察してみたり

わたしは怖がりだから

多少能力があっても

サードアイとやらが

開くことはないと思う

開いたら人生が変わりそうで

それは望まないようにしている

青空の彼については

たまに

気持ちが流れ込んでくるような

時があるのだけれど

気のせい

ということにしている

もしもわたしが

正確に読み取れていたら

彼は恋愛で

ひどく傷ついた経験がありそう

最近のお気に入りは

彼から反射する気配を感じる練習

基本から応用

というもの

それをおもしろ半分でやっていたら

彼の気配を

なんとなく感じられるようになった

強く感じたのは

電車内とお買い物途中

それは彼ではなく

彼と接触のあるひとから

反射する気配

だったと思う

きっと本物の彼がいたら

鼻血が出ると思うもの

アハハ

またおかしなこと

書いちゃった


英語が話せないぞ

大学まで

試験の時だけは勉強してきたものの

英語が話せないおちゃめなわたし

話せるようになるには

必要に迫られないといけないから

ネイティブな お ひ とと

お付き合いするしかないわと

考えている

これ

次男の英語の先生に話したら

笑われた後

いいですねと

授業中に笑い話みたいに

話されてしまった

長男はとにかく

専門用語を英語で発表しなくては

ならないので

Googleで調べてもないと嘆いていて

実家がアメリカの親友に

教えてもらったり

自分がお礼に数学を教えたり

しているようで

それでも苦手そう

さらに

わたしにがっかりしている

わたしが

おじいちゃんは

何ヵ国語も話せたけれど

わたしは日本語もあやしいと

笑って見せると

バカなんだなとがっかりしている

ん?バカ?

生きていく力と知恵があるひとを

頭が良いというなら

バカじゃないわと答えた

紙の上でのことが

すべてしゃないのよ

自宅には

英語教材がたくさんある

TOEICセットもね

これから

次男と一緒に勉強すればいいかなと

思いながら

次男の英語に参加した

???

まったく読めないわからない

次男が小声で

お兄ちゃんも読めないよね?

英語が苦手だからと言う

いやいやお兄ちゃん

授業中はすべて英語で

先生もネイティブ 日本語禁止で

勉強してきて

さらに母国語

つまり国語のテストみたいに

英語のテストを

受けないと点数がとれないレベル争いで

やってきたひとだから

読めるさ

苦手の苦手が違うのよと

小声で説明

先生がニコニコとやってきて

今日はなんと

すべてー日本語で話しますと

授業を開始

隣の子が

もし読めなかったら僕が読むから

大丈夫と

次男にささやいてくれた

ありがとう

先生も

そう聞き役も大事な英語の勉強

しっかり聞いてねと

笑顔

ナイス聞き役な

わたしと次男

満面の笑顔と拍手で

なんとか乗り越えた

みんな楽しそうで良かったと

先生が言った

先生シュッとしたイケメンよねとわたし

それより

次男に英語を教えなくては

長男も英語教室に入れた方がいいかな

英語が話せるひと

本当に尊敬する

それにしてもいつもながら

先生シュッとしたイケメンよね

わたしのイケメンばなしに

次男が嬉しそうに笑った

向き不向きと原石

個人で商売をするとなると

仕入れがあり

販売があり

発送には

包装があり 送料がある

手数料や税金も

存在する

というようなことは普通で

当たり前のこと

なのだけれど

簡単にネット販売できるようになった

ということもあり

よくわからないまま

商売ができる時代になった

やるなら

慎重に

損をしないように

かつ法律やルールを守る

ということが前提で

それらを調べていくにしても

ネットでさくさく調べられるのだから

誰かに聞いてまわることもない

便利な時代

必要なのはセンスとはったりかしら

お金のことだから

そこはしっかりやる

わたしはそう考えてきた

だけれど

まぁちょっぴり

どんぶり勘定なところはあるの

売れなくてもいいか

というところもあるくらいだから

確かに始めてみたら

わからないことだらけでややこしい

売れ筋や裏事情なども

日々調べ

観察力がないとわからないとは思う

好きじゃないとなかなかね

できないこと

そんなこんなで

挫けながらも続けていたら

姉がフリマを始めた

よくわからないと

初回から損をしていた

長男もなぜか同時に

始めたのだけれど

おかしなことになっていた

ふたりは頭脳明晰

長男は

マーケティングの勉強していたのになぜ

とにかく丁寧に伝えてみるものの

ふたりには

通じない

そのうちわかるようになるかな

などと思って

そっとしていたけれど

かなり心配になってきた

他社との比較や

仕組みにも興味が持てないようで

ふたりとも温厚でひとがいいので

もうかりもしない

それはいやらしさのない

ほっこりするふたりの良いところ

なのだけれど ふふ

ところが

優しく日々気遣いができる次男は

それ価格設定がぼったくりなんだよ

安いもので集客しないと

売れなければまとめ売りしたらいいじゃない

在庫を整理してから仕入れしなよ

などと

商売人?のようなことを言ってくる

誰かに教わったわけでもなく

マーケティングの勉強もしていないのに

ぱちくり

次男のおかげでわたしは

ずいぶん節約ができるようになった

カラオケもそうだけれど

生まれもった才能が

どういう時にひょっこり出てくるのかなんて

わからないものね

みんな原石を持って生まれてきて

磨くかどうかは

自分次第

親はなにげない日常で

ひとに言われなくても子供がやっていること

言ったことを

見つけて

伸ばしてあげることが

必要なのでしょうね


2018年11月23日 (金)

ねぇ隣の芝は青いってよ

わたしはどうやら

ひとをうらやましいと

さほど思わない

というところがある

良かったね

くらいで

隣の芝が青い

という経験がない

たまに

まだ隠れた才能を持つひと

依存症のひと

やけに派手なひと

好きなことを言っているひとに

興味を持つくらい

隣の芝なんて

どうでもいいことに入れている

だって

わたしには関係ないじゃない

わたしには

わたしが愛するものがあるから

昭和のおひとよしのどストライク

昭和は

ラインもインスタもなかったから

電話かラブレターしか

思いを伝えたり

相手の様子を知ったり

という手段がなかった

昭和がよくて

今が悪いというわけではないけれどね

今は今で

いいと思う

昭和がいい

というひとはきっと

今の自分に

満足できていなくて

過去の自分の方がすごかったのだ

というひと

なのでしょうねと想像する

でもわたしは

今の自分に

どこか満足していて

過去の自分を

恥ずかしい まだまだだったわと

思うから

過去の栄光なんてないの

というわけで

昭和のラブレターといえば

紙だった時代

下駄箱にドサドサ入っていた

直接告白もドサドサされた

交換日記もしていた

手紙は

郵便配達のひとが

バイクでやってきて

ポストにぽとんと

入れるまで

ずいぶんと時間がかかった

待つことに慣れていた

というのかな

それが当たり前で

電話をすれば

本人ではなく親が出るという

ドキドキな状態

だからわたしが10年も

彼の返事を待っている

というわけではないけれど

コンビニだって

なんだって

瞬時に会計 包装が終わることに

慣れてしまって

宅急便なんて

次の日に到着しないと

何かあったかしらなんて

思う始末

だから余計に

わたしは青空の彼に

ふられたのだわと

青空を眺めながら思う

そしてうふふと笑ってしまう

だって彼が

なんていうか

どストライクだから

2018年11月21日 (水)

お金のかからない女

独身の頃は

どちらかというと

お金をかけなくてはいけない

ような女

というプレッシャーが勝手に

男性を悩ませる

というタイプの

女性だったように思う

わたしから男性を見ていて

いつもそう感じていた

高級なものをご馳走しなくては

高級なものを買わなくては

みたいなことが

独り歩きしていたというのか

わたしはどちらかというと

居酒屋さんか

和食の定食屋さんが

気楽に楽しめて

おいしいものもあるから

以前も今も好きなのだけれど

それに

よく知らないひとから

プレゼントをもらうことも

多々あった

結婚したころは

アクセサリーや服 靴やバッグが欲しい

などと思っていた

パートナーは

それらに興味がないものだから

欲しいと言えば

不思議そうにしていた

子供が生まれると

アクセサリーなんて

あっても仕方がない

子供に怪我をさせてもいけないと

思うようになり

洋服も靴やバッグも

安くて安全で動きやすいものに

変わった

パートナーがもともと

わたしに

おいしいものを食べさせたい

何か感謝のプレゼントがしたい

というようなことがないひと

だから

結婚してからも

記念日にもらうとしても

素朴なものばかりで

さほどかわりばえもなく

最近では

コーヒーやクッキーみたいなもの

だいたい500円~1000円ほどを

プレゼントされている

何か欲しいものある?

どこか出かけたい?などと

聞かれたことがない

プレゼントについては

次男に

もらえるだけいいよねと言っても

安っ

安すぎない?と

言われる アハハ

わたしからのプレゼントは

いつもハンバーク

普段より大

なのでさほど出費もなく

何かプレゼントしたとしても

結局は

父かパートナーのお金で買う

生活費から払う

ことになるので

なんだかおかしな気がして

ハンバークと決まっている

わたしもわたしで素朴なプレゼント

なんだな

というわけで

学費や食費を一番に考えて

すっかりお金のかからない女で

落ち着いているわたし

そもそも

お金がかかりそう

というのは

勝手に男性が思っていたこと

なのだけれども

動画で

高額なプレゼントをもらう妻を

見ていると

わっ

こんな高額なものを?

と驚きつつ

おめでとう

ありがとう

と言われているのが幸せそうで

おめでとう

ありがとうはいいな

わたしもその言葉を

言われたいなと単純に思う

2018年11月20日 (火)

無理はしてほしくないけれど

わたしが初めて

息子の研究内容を知ったのは

提出用の書類を

見せてもらった時

なのだけれど

そこには

人の役に立ちたい

医学にも貢献したい

というようなことから

難しいこと

が書かれていて

学術的な内容が息子らしくて

幼い頃からの積み重ねなんだわと

涙なくしては

読むことができなかった

わたしがやたらに感激するやつだ

ということもあるのだけれども

幼い頃から

かわいらしくて

とても頭の良い子だった息子に

文字を教えてから

ともに

勉強だけではなく

たくさんのこと学んで

母として支えになろうと

失敗しながらも

頑張ってきた出来事が思い出されて

これからも

これからは

影ながら支えられるように

もっと精進しなくては

などと思った

誰もいないところで

書類を何度も読み返しては泣いた

立派になった

よく頑張ってきたねと

しみじみ思いながら

けれども

その研究をやめるかもしれない

厳しい世界なのでしょうねと想像する

わたしにはわからない世界で

胸がいたい

でも

この子がやるべき研究ではないのかしら

なんとか力になりたいと

思う

息子は

母親のわたしには

話したくないようで

父親がこんな時いてくれたら

息子が話だけでもできたら

(いますが)

と思う

どうなるにしても

わたしは静かに受け止めて

応援したい

2018年11月13日 (火)

ラブレターを書こう

あなたがいないと生きていけないと

思ったわたしの

正しいは

どうしてか正しいじゃなくて

純粋は

純粋とも言えなくて

信じては

信じてでもなくて

ひとはひとをあざ笑い

ひとはひとを

ばかにする

わたしのまっすぐな心は

今にも消えてしまいそうで

ろうそくの炎のように

ゆらゆらゆらゆらと

謎めいている

そう

届かない愛なんて

あるのかしら

おかしくない?と

つぶやきながら

わたしのことを

可愛そう

その恋は無理でしょう

などと言わないでよと

つぶやきながらね

2018年11月10日 (土)

男の子を産め

男の子を産め

嫁なら跡継ぎを産め

そして決まった幼稚園

決まった大学に行かせて

決まった職業につけさせろ

という家庭がある

子供に能力がないと多々

悲惨なことになると

想像できる

親が満足する子供

に育てるなんて

子供の心が心配

わたしは幸せなことに

男女どっちでもいいのよ

女の子なら珍しいかしら

学歴や職業も気にしない

という家庭に嫁いだので

そういう苦労はなかった

子供の成長について

ひととひとを比べると

お叱りがあったくらいで

母の

家や名前を守る

跡継ぎを産む

というプレッシャーを

散々目の当たりにしてきたから

わたしは気楽で良かったわと

しみじみ思う

姉の嫁ぎ先は

この職業のひとは偉い

本家 分家

男子の高学歴に

重きを置いているのだけれど

姉はそれらを

そんなん嫌いと

ぶち壊すような勢いで

子育てをして

家族に信頼されているという

生き方をしている

母は

わたしの結婚前に

お母さんはね

お母さんと

あなたたちに呼ばれた日が

一番幸せだった

名前なんて捨てて

幸せになりなさいと

話していた

2018年11月 9日 (金)

やらされている

なにごとも

やらされていると思うと

腹がたつもので

家事をやらされていると思うと

どうしてわたしばかりがと

腹もたつ

家族に

気持ちよく暮らしてもらうため

と思えば

気分が違うのに

息子のためと思えば

苦痛にもならないのに

やらなくてはいけない

体調が悪くても

やらなくてはいけないと

思いすぎると

辛くなってくる

どうしてパートナーは

なにもしないの

わたしは家政婦じゃない

などと考えていると

嫌になってくる

わたしの父も母も

お手伝いさんがいた裕福な家庭で育ったから

家事を当たり前のように

生き生きとしている身内を

見たことがなくて

祖父が病気になり

蔵のものを盗まれてから

とても貧乏だったという父は

少し考えかたは違うけれど

父の親族は

勉強はできても家事ができない

というひとが多い

母の親族は

専業主婦ばかりで

きちんと家事をやってはいるけれど

そんなわけで

家事に対してあまり

良い印象がないわたしは

なかなか気持ちを切り替えられずに

清潔 おいしい食事

家族のために

というところがよく

だらしなくなってしまう

体調が悪いと特にできなくて

だらだら夕方までずっと

家事をやっている

自分がだめな主婦に

思えてくる

まぁ ももはかわいいから許されるよね うふ

という

父親譲りの

ばかな考えかたが出てきたりもする

父の

もも姫はかわいいから仕方がないよな

という教育は

良かったのか 悪かったのか

こんな時

気持ちが楽になるから

良かったような気もするけれど

ばかばかしいような気もする

嘘をつかれたこと

長男の研究のことでは

つらい日々が続いている

勉強が忙しく

バイトを嫌がられて

圧をかけられたらしく

バイトを休むことにもなった

温厚な性格と

高学歴ということで

バイトはうまくいっていたようで

お小遣いも十分にあったのだけれど

サークルのお友達や他のお友達と

旅行に行ったり 遊んだりで

さほど貯金もなく

勉強を頑張るため

当面の生活費が必要になった

生きていれば

急なことは必ずある

急に病気になる 何かが故障する

などなど

念のためや

予想して予備を用意する

などということが

必要なのだけれども…

うちの場合いつもパートナーに無視される

今回

事情をパートナーに話したら

全財産が数万しかないから

生活費は払えないと言われた

生活費という言いかたがいけなかったと

後で気づいたわたし

生活費と医療費は出さないから

しかしこれは

嘘なのかもしれない

週3は飲み会に行っているもの

たい焼きが食べたい病気療養中の次男に

100円のたい焼きも買えない

とのこと

そんなに大変なら

仕方がないねとわたしは思ってしまったけれど

なら

マンションを売ればいいじゃないと

時々わたしは言う

パートナーは

十分に計算して計画的にやっていると

答えるけれど

無計画なのではないかと思う

とにかく

パートナーはよく嘘をつく

いつも嘘だと思えないタイミングで

嘘をつく

わたしは

なら仕方がないねと

信じてしまう

そんな嘘

自分なら絶対に言わないから

まさかと思う

そもそもわたしは

ばか正直で基本嘘をつかないから余計に

わたしがまだ

パソコンを使えなかった時

長男が初めて病気をしたので

病名をネットで検索できる?と

パソコンに詳しかったパートナーに

聞いたことがあった

できない

パソコンには何ひとつ出てこない

レシピは?

レシピもひとつも出てこないと

堂々説明された

病気の情報がなくて心配だった

地震の時も

近所のスーパーには

食べ物がない

パンもないと教えられて

買いに行けずに

わたしはおびえていた

ピンチの時ほどひどい嘘をついていると

わかる

目的がよくわからないから

わたしが嘘に気づく

しかないのだけれど

こんな時

疲れて

わたしはいつ自由になれるだろうと

考える

親権者の心配がなくなる時かな

なくなると

何か変わるのかしら


それなりの力

青空の彼について

考えてみた

彼とお付き合いするひとはきっと

それなりのひと

それなりの力があるひと

なのでしょうねと

誰でも悪いところ

良いところがあるわけで

それをまぁ

ひっくるめて好きになり

彼と

ともに悲しんだり喜んだり

応援したり

という彼女

または妻という立場になるひとは

わたしみたいな

ぐーたら女では

ないのでしょうと ぷふ

価値観は

話し合ってみないと

わからないと思うけれども

何も言わないようなひとと

結婚すれば

結局誰も

悪口もふくめて何も言わない家族で

何も言われないという

人生になる

愛情深いひとと結婚すれば

家族も愛情深いひとが多くて

嫉妬やおせっかいで苦労する

人生になる

社交的なひとと結婚すれば

社交的な家族で

自分にも社交性が必要になる

これは

ただお人形さんのように

余計なことを言わずに

にっこりと笑うという

わたしの得意なものから

接客みたいなものまで

いろいろだと思う

裕福なひとと結婚すれば

お金のトラブルで苦労する

あればあったで

さまざまな苦労があると思う

優しいひとなら

気弱さや優柔不断さに悩む

厳しいひとなら

気弱さに悩むことはなくても

ひとや自分にも厳しい

だいたい

そんなかんじなのかな

という気がする

一長一短というのかしら

どちらにしても

男性は弱くて

女性はえげつないから

自分が日々感謝できて

小さな幸せを感じられたら

それはまぁ

良かった

わたしは幸せだわということだと

思うの

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momo

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