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2018年12月に作成された記事

2018年12月31日 (月)

表面上の言葉

子供が

どこかなんだかおかしなこと

を言うときは

表面上の言葉だけを聞いていると

ちゃんと世の中の道理をわかっているのか

育て方を間違えたのではないかと

心配になり

時に腹立たしくもなる

けれどだいたい

子供が

どこかなんだかおかしなこと

を言うときは

困っているとき

助けて欲しいときで

ここは落ち着いて冷静に

慎重に

必ず助けるということを

伝えたい

しかしながらね

相談できない環境や

安心できない家庭をつくってしまったのは

わたしに責任がある

なんでも話しやすい

ホッとできる家庭ではないのだから

悲しいかな

ここは

できることをしてあげたいけれど

長い間こじれてきたものは

愛情だけでなんとかするのは

難しいのだわと感じた

どこかなんだかおかしなこと

気持ちの整理のために

書いてみようと思うの

息子のアカ☆ラについては

以前少し

書いたことがあるけれど

あれから

卒業のために頑張っている

という状態だった

けれど10月くらいから

どこかなんだか様子がおかしくて

ひとり

静かに

見守っていた

年末になり

手続きなどもあるからと

声をかけてみたけれど

反応がない

とりあえず妥当性みたいな

話し方をしてみたら

ついに

どこかなんだかおかしなこと

を言い始めた

2018年12月28日 (金)

自分の運命は自分次第

息子のことで悩みすぎて

抱えきれず

ここに書くこともできない

つらい

壊れてしまいそう

だから煮詰まらないように

気晴らしに

超能力を開発していたわたし

UFO好き父譲りの

ストレス解消法?

そうしていたら

以前家の前に白い子犬がいたらいいな

と考えながら歩いていたら

本当に家の前に

白い子犬が捨てられていた

という日を思い出した

あの時も

そうあの時も

希望が目の前で実現した

よく考えてみたら不思議

それから

超能力の次は

サンタクロースはいるのだ

という写真にはまり

サンタクロースがいるなら

物ではない

プレゼントが欲しかった気がしてきて

そこから

わたしたちはバーチャル世界で

暮らしているという証拠に

はまる

分子がきれいすぎる

現実世界にバグがある

2次元を3次元と思っている

みたいなやつね

パラレルワールドもついでに

空想癖があるわけではない

現実逃避したいわけでもないけれど

実におもしろい

バーチャル世界について

考えてみる

わたしたちが例えば

ひょうたん池で

めだかを飼ったとして

めだかは

人間に飼育されているとは知らずに

卵を産んだり

食べたり

食べられたりしているわけで

知っているのかな

人間も

コンピューターに飼育されている

そうなのではないか

例えがおかしいけれど

バーチャルならば

頑張って生きなくても

好きなことをして

楽しく生きたらいいんじゃない

損じゃない?と

思った

自分の運命は自分次第

年末の忙しい時に何を書いているんだか

年末年始は

のんびりしようっと


2018年12月24日 (月)

すっかり幸せになれないと思っていて

わたしは

すっかり幸せになれないと

思っていて

いつのまにか

いつもいつも

幸せなんて

わたしにはなくてもいい

それが本当の幸せかどうかも

わからないのだから

もし本当の幸せなら

怖いくらいで

幸せに思える自信もない

わたしが幸せになるはずが

なくて

誰かを幸せにできるはずも

なくて

でも

ちょっとした幸せを

幸せというなら

わたしにはたくさんの幸せを

知っている

だけれど

みんなが普通に味わう幸せを

わたしは

なくしてきたものだから

目の前に幸せがあっても

信じられない

きっとこれは

いつか終わるのだと思うでしょう

きっとこれは

不幸なのだと思うでしょう

2018年12月23日 (日)

親離れ子離れ

親離れ子離れの時期は

人間だから

ひとそれぞれだと思う

はやく自立させなさいよ

突き放すべきだ

などと

事情を知らないひとは

好き勝手に

自分なりの価値観を押し付けてくる

世間体

などというものを

みんなが気にしている

本当に必要なものが

母親なら

母親が子供のそばにいるべきで

世間様がどうこう

恥ずかしいから

学校がうるさいに惑わされず

子供を第一に考えて

そこは譲らなくてもいいと

今になって

わたしは思う

遠回りほど近道だったりするからね

ひとの一生は

生まれた時から

いやその前の自分の親の代から

ずっと関連づいていて

実は

今起きているように見える問題は

今になって表面化しただけで

ずっと続いてきている

何かがある

子供の心の奥には

本当の原因がある

ただ

今目につくのがその問題なだけで

その問題を解決しただけでは

何も解決できていない

本人も気づいていないような原因を

時間をかけて

紐解いてみれば見えてくる

それは

誰かが悪い

ということもあるけれど

必ず

できなかった自分のおろかさや

弱い自分

子供を守れなかった自分

いい格好をしたい

ひとに良く思われたい

猫を被る自分が

そこにいる

単純に自分が悪いと思う

だからといって

自分を責めすぎる必要はなくて

気づいたら

今日から正せばいい

失敗しながら正していけばいい

たまにサボりながら

罰することより正してあげること

責めることより

救ってあげること

という素敵な言葉があるもの

まだ間に合う


おかしなことを言うひとにも惑わされる

長男のハイハイが奇妙だったから

かかりつけの小児科で

検査をするように言われて

総合病院に連れていったことが

あった

まだ一歳になるかならないか

だったから

ドクターを怖がり

泣きながらわたしにしがみついていた

すると

貴金属をたくさんつけた

小児科の女医さんに

特に問題がないのに

わざわざ連れてきてと

怒られ

お母さんにべったりだから

いけないのよ

はやく離しなさい

いつまでも甘やかしてねーと

あざ笑われた

本当に小児科の医者なのかと

驚いたわたしは

震えて何も言えなかった

いやいや

連れてきたのは

紹介状があるからで

まだ一歳にならないのに

突き放すべきなのかしら

診察は?と

わたしはひどく混乱して

息子を突き放してしまい

息子の具合が悪くなった

甘やかしすぎなどないのに

初めての子育てで

自信がなかった

次男も一歳で入院してから

病院や似たような建物をみると

泣くようになり

長男の幼稚園の行事で

公民館に連れていったら

泣いてしまった

受付のおばさんがやってきて

あっちで休ませなさいよと

言われたのだけれど

まごまごしていたらおばさんが

次男に顔を近づけてきて

うるさい バカ

と大声で怒鳴った

子供とかかわる仕事をしているひとが

まさかこんな

理不尽なことをするとは

思いもしなかった

わたしはショックで怖くて

それ以来

公民館に近づけなくなった

障害や子供について

勉強をしてきたひとたちが

本当の意味で勉強できているかどうかは

わからないと思う

違う畑の

普通のひと

の方がいくらか立派だったりするのだから

そういう

心ないひとの言動で

ひとが怖くなったり

傷ついているひとがいるということを

知ってほしい

子供の安心

とにかく子供は

それらに振り回されて

結果親を信頼できなくなり

恨むようにもなる

ならば堂々と

自信を持ち子育てをして

パートナーの悪口や愚痴を

いっさい言わず

大人としての見本になればよいか

というと

人間だもの

理想だけではなかなか生きてはいけない

すべてを受け入れて

すべてを許し

包み込むような愛を与える

そんな役回りのひとは

子供の心が折れた時には

やはり必要だから

家庭にないなら外で見つけるしかない

帰れる場所

戻れる場所

逃げられる場所

安心して休める場所

というのが家庭なら

素敵なことだろうと思う

わたしもそうでありたいと

努力している

時々方向性を間違えて

失敗したり

反省したりの

繰り返しだけれど

やたらに騒ぎ立てずに

ひとの意見をききながらも

母親がでんとしていることが

子供の安心につながるのでしょうねと

思う

子育ての闇

子供を育てる時代によって

意見がまちまち

だと思うけれど

不安ななか

懸命に子育てをしているママ

にとっては

ドクターや先生

年配のひとの意見

現代の子育て論

などなどにやたら惑わされる

昔と違って

ひとりで育てている

ということもあってね

今までこのようにやってきて

うまくいっているのだ

という個人的な自信

そのひとが

うまくいっている生涯を

確認したわけでもないくせにと

わたしは思うけれど

調べたらこうあった

などという奇妙な自信に

振り回される

赤ちゃんのうつぶせねだってそう

体に良いなどと言っておきながら

しばらくして危険だなどとなった

代々子育てが上手

または得意だ

という家系に生まれれば

自然と身に付いている

こともあるでしょう

教育の専門家の家に生まれれば

親が忙しくなにかと他人まかせで

放置されて

黒い絵などを描く子供になる

ということもあるでしょう

2018年12月21日 (金)

もうすぐクリスマスですね

もうすぐクリスマスですね

という記事を

毎年書いているわたし

中学☆日記が

ハッピーエンドに終わり

えがったえがった

ほんどえがったねーと

泣きながら喜んでいたところで

恋も何年もかけて

成長するのだわ

などと思っている

そういえば

ス☆ロボエッジの

最後も

えがったえがったねー

ほんどにと

ボロ泣きだった

なんかさ

やっぱり

ハッピーエンドはいいね

ホッとする

胸のズキズキと

悩んだ日々が一瞬で消えて

朝日がのぼるみたいで

あったかい

みなさまにとって

幸せなクリスマスに

なりますように

メリークリスマス

_20181221_183048

プルコギピザを焼いたよ

2018年12月18日 (火)

いつかまた作品を

BGM  四季ヘ短調 冬 第2楽章

デジブック『 宇津田姫 』
http://www.digibook.net/d/edc5a71bb01e08f9ec2137000c4a0689/?m

Collage364

過去の作品ですが

よかったらご笑覧ください

青空の彼と声だして行こうぜー

そう去年まではまだ

クリスマスを喜んでいた

花火

クリスマス

というワードに

青空の彼を重ねて

ただ

喜んでいた

いつか会えるかもしれない

いつか

声をかけてもらえるかもしれないと

思ってきた

10年ちかく

ばかみたいにそれは続いた

けれど10年もすると

甘い言葉も

出て来なくなる

好きだけれど

けれどね えっと

という具合に

恋のうたをうたいたいのに

心になにか

つまってしまったように

美しい日本語さえ

出てこない

好きだけれどね

けれどね えっと

LOSERを歌いながら思う

声だして行こうぜー

なんてさ

2018年12月17日 (月)

人生のストーリー

去年までは

もっと大事にしてもらいたい

ストレス解消をしたい

嫌なひと

嫌なことから

うまく離れられない

などという

欲や悩みがあった

もっと大事にしてもらえるはずだ

ストレス解消をするために

犠牲もありよね

嫌なひと

嫌なことから

なかなか離れられないものだわ

気が弱いのかな

などと考えてきた

けれど今年になって

大事にしてもらえるかどうかなど

どうでもいいことになり

自分が大事に思えるか

の方が大事なことに思えてきた

ストレス解消なんて

感情のコントロールができれば

そんな面倒くさいこと

やらなくてもよい

大人になればいいわと気づき

嫌なひと

嫌なことから

単純に離れたらいい

巻き込まれないようにしたらいい

ということに気づいた

誰かを批判したり

誰かに頼ったり

甘えたりしたくなるけれども

良いも悪いも

誰かが作っているのではなく

自分がそれらを作っている

というのか

結局人生のストーリーは

自分次第なのでしょうねと

思う

2018年12月10日 (月)

大切な時間を大切なひとのために

わたしも親になって

自分の両親や

義理の両親について

たびたび

考えることがあった

なぜあのようなひどいことが

できたのか

なぜあのように優しく受け入れて

くれたのかと

わたしがひっかかっている出来事があった

年齢と

子供が同じ年齢になると

その時々にまた

新たに不快に思うことも

今だから理解できるということもある

それは

悲しみやくやしさになったり

感謝の気持ちになったりする

義理の両親は

いつも優しくて真面目なひと

なのだけれど

一部書いたようにひどいこともあり

よくしてもらえたこともあり

だった

ここで大事なのは

自分も含め

親も人間で

生まれた時から親で生まれた

わけではない

子供と一緒に

親になっていったはず

わたしも含め

完璧な親など存在しないと

知ること

許すことだと思う

けれど

子供の頃や若い頃は

反発したり

完璧な親を求めて

もがいたりする

親だって人間だから

間違えることもあるのに

許せない

生活のなかで

誰かに嫌なことをされたり

問題が起きると

どんな風に育ったのだろう

原因があるのだろう

誰のせいだろう

病気だろうと

どんどんと犯人探しをすることになる

犯人探しは意味がないと

言われても

初めはついつい

やってしまうもの

その結果

何か犯人らしきものがわかったとしても

結局はわたしが

自分が

悪くないと思いたいだけのひと

になってしまう

それに

大人になっているひとは

これから変わらないから

犯人がわかったとしても

解決にはつながらない

良いも悪いも受け入れて

みていけばいいと思う

憎しみからは何も生まれない

というのは事実

今わたしになにができるか

これからどうできるか

工夫できるかの方が

よほど大事で

憎しみは捨てて

嫌なものからは離れて

誰かを許して

大事なものを見つめて

感謝して

巻き込まれず

軽やかに生きていきましょ

大切な時間は

大切なひとのために

使う方がいいもの


2018年12月 8日 (土)

私立と国立の違い

うちは

息子がふたりとも私立

なのだけれど

吐き出して少しすっきりしたところで

私立と公立 国立の

わたしなりの

感じ方を書いてみたいの

受験は本当に大変で

本人の苦しみや頑張りは

かわってあげることはできないから

母としては

おいしいごはんと

包み込むような愛情が不可欠

情報集めと

健康管理だけを

坦々とやるしかなかった

喉元過ぎれば…

なのだけれど

わたしの印象としては

私立は

お手洗いがきれい

それだけではないけれどもね アハ

先生方も勉強熱心で

公立に比べると

会社員 営業のような

雰囲気があり

手厚さというのか

面倒見の良さがあると思う

公立の自主性と比べると

さらに学力をあげようとする勢いには

圧倒される

T大に入らないやつはクズだ

SKにところてん式に行くのは

許されないと

長男の全体会で言われた日は

笑ってしまった

かたや次男は

卒業まで何年かかっても

大丈夫ですよ

一緒にやっていきましょうと

言われていて

先生と信頼関係を築けている

見習うことも多い

大学もまた

私立の方が

お手洗いがきれい アハ

建物のきれいさが違う

大学説明会でも

私立は

すぐに案内してくれる

国立は

案内がいない

大学によるけれども

教育環境も

お友達も違う

それぞれ個性もある

私立は学費が高いだけ

なにかと立派で

目を見張るものがある

お友達も

国立や公立は

社会の縮図

といったかんじで

それはそれでまた

社会勉強にもなるのだけれども

私立は

おだやかなお子さんが多い

お金持ちすぎて感覚が違う

なんてこともある

お友達とのお付き合いが大変かな

というわたしも

大学は田舎の私立

お手洗いがきれいだった

お手洗いばっかり アハ

けれどここは侮れない

マンションも大学も

お掃除のひとを雇えるか

雇えないかで

大きく違う

雇えないと

魔のPTAがあり

やたらに親が学校で活動しなくてはいけない

役員決めの

ののしりあいは

迫力がありすぎる

ひとって

丸い地球の

一瞬のまばたきのなかで

おかしなことをしていて

なんだか滑稽で

どこかむなしい

まとめてみる

次男がおなかにいた時

パートナーに

後ろから蹴られたはなしは

以前に書いたけれど

長男は

道路で突然に背中を蹴られて

ひどく転び

それを見た次男が吐いた

ということもあった

ここまで長々と書いてみて

わたしは考える

パートナーが

ひととしてクズであることは

間違いないけれど

次男が拒食で痩せ細り

立てなくなった時

手をかさずうすら笑うという最低の

KYでもある

姑に似たところもあり

世話

ケア

ができない

長男に

殴る蹴るの虐待をしてきた

暴言 暴力があり

嘘をつくことがあり

DVでもあり

次男にネグレクトでもある

相談すると

うるさいおれが決める

などと怒る

ほうれんそうができない

お願いすると

断る

話しかけると

責められていると恐れて

怒る

心配すると

命令されていると

怒る

というような

家事も料理もできない

いつも怒っていて

いやみしか言わない夫

ということになるね

激痛に動けなくなった日

わたしが股関節痛で

歩けず

這うようにしても

激痛に見舞われていた時

3歳の長男が

お手洗いに

連れていってくれようと

よいしょ よいしょと言いながら

手をかしてくれていて

ママ大丈夫?

痛い?と

とても心配していた

仕事から

パートナーが帰って来たので

長男が走っていき

ハパ

ママが大変

おトイレに連れていってあげてと

言った

わたしは部屋の途中で倒れて

痛みに耐えていたのだけれど

パートナーは長男に

うるさい

と怒鳴り

長男をつきとばすようにしてから

舌打ちした

わたしが

足が痛くて立てなくて…と

説明すると

無視して横を通りすぎた

最近になっての

わたしの喘息や入院の時は

もっとひどかったけれどね

こうして

わたしと長男の心は

たくさんの積み重なりで

壊れていった

高熱でふらふらになる

次男が1歳の時に

入院先の院内感染で

インフルエンザになり

わたしも同じ

インフルエンザになった

驚いた母が姑に

急いで行ってやってくださいと

話したので

姑が

すぐに来てくれた

かなり急いで

来てくれたのがわかった

けれど

ずっとリビングに座って

置物のように動かない姑

外は暗くなり

電気もつけない

次男もわたしも

ひどい熱で

小さな次男が心配で

まだ母乳だったのだけれど

あまり出ない

母乳だから薬が飲めない

つらくてつらくて

でも耐えた

とりこまれない洗濯物が

暗闇でゆれている

ごはんもない

何か飲みたい

母が宅急便で届けてくれた

おかずを

冷凍庫に入れていたので

それを姑にお願いすると

チンして

自分だけ食べていた

熱でふらふらしながら

食卓テーブルまで行くと

わたしのお茶だけがぽつんと

置いてあり

横に白い丸いごはんが置いてあった

母のおかずもごはんも

もうなかった

おいしかったわと

嬉しそうに姑に言われた

ふらふらなわたしが

お茶を派手にこぼしたのだけれど

姑に

奇妙な表情で無視され

自分でタオルを取りに行き

ふらふらしながらふいた

母は

この様子をわたしから聞いて

いったい姑は

何しにきたのかと

怒りながら

嫁いびりだ

お母さんもされたわ

知っておきなさいと

言った

だけれど

わたしは嫁いびりではなく

違うもののように思えた

嫁いびりなら

そこには

息子への愛情や

わたしへの嫉妬があると思うから

それに

義理両親の家にお邪魔したら

いっさい

そのようなことはなく

とても優しい

さらに

子供とパートナーは殿様のように

扱われているから

洗濯物とわたしが倒れる

わたしが39度5分ほどの熱で

赤ちゃんの次男と

寝ていた時もあった

その時は

パートナーが頼んで

義理の両親が来てくれたのだけれど

姑に

さっ

家のことをやってくださいと

言われた

?と思いながら

熱のまま

家事をやらされた

後で

パートナーが

家のことができないから来てと

言ったからだと

勘違いの理由を

話していたのだけれど

理解に苦しむ

子供をみていてくださいと

姑にお願いすれば

ただじっと見ているだけで

watchじゃなくてcareだと

つっこみたくなるほど

義理の両親が帰る時

玄関を閉めた瞬間に

洗濯物が

どさりと崩れ落ちて

今度は長男に食べさせるものもなく

わたしはうなだれた

手伝いに来てもらわなくていいから

もういいからと

思った

寒くなったあの時

その頃

次男は離乳食を食べていたので

何時になったら

食べさせてくださいと

次男の座る前のテーブルに

離乳食を並べて

姑にお願いしておいた

夕方病院から帰ってみると

離乳食はそのままで

次男がかわいそうなことに

なっていた

姑が

ももさん

次男ちゃんがね

まんま まんまと言うのよ

何回も何回も

まんま まんまて

と嬉しそうに笑っている

わたしは

悲しくて仕方がなかった

さらに

夕食用にと

作っておいた食事を

ふたりで食べてしまっていて

わたしと

ついでにパートナーの

食事がなく

コーポは

スーパーが近くになかったので

疲れきったところに

おなかがすいたまま

次男とぽつりと部屋に残され

じゃ

帰るねと言われ

ふたりは帰っていった

なぜかその時

寒気がしたのを覚えている

それからというもの

我が家の一大事には

義理の両親に頼らず

わたしだけで頑張ったり

遠方から急いで両親が来てくれたり

姉が来てくれたり

するようになった

それでも

以前に書いたように

次男の入院時に

泣きながらおにぎりを食べた事件や

わたしの入院時に

姉にお世話になったカレー事件などなど

事件というほどではないけれども

さまざまなことがあった

百姓の嫁か

そんな長男の入院で

義理の両親はうちに泊まって

くれていたので

長男の病棟へ行き

世話をしている間

次男をお願いしていた

昼になると急いで帰り

わたしは何も食べないで

まず次男に

慌てて

母乳をあげていたら

姑は

テレビを見たり

お茶をのんだり

何か食べたりしていた

慌てているわたしとは対照的に

のんびりとしていることが

奇妙だった

母乳が終わったら

寂しい思いをしている次男と

関わりながら

ご飯を食べて

少し休憩しよう

疲れたぁ おなかぺこぺこなどと

考えていたら

母乳が終わった瞬間に

はい

行ってくださいと

姑が言い

次男を取り上げた

わたしはまだ

何も食べていないのに

喉もからからで

追い出されるように

病院に行かされた

母に

このはなしをすると

百姓の嫁かと

つっこまれ

ちょっと笑ってしまったのだけれど

病院が田畑のように思えた


長男が入院した時

長男が幼稚園の時

肺炎で入院したことが

あるのだけれど

その時

まだ次男は赤ちゃんで

ミルクは使っていなくて

母乳100%だった

かかりつけの病院から

入院する大きな病院に

わたしと子供ふたり 姑と車で移動中

運転しながらわたしが

病院で説明を聞いたり

入院の準備などをするだろう

感染を理由に

次男は病棟に入れない

総合病院に

次男を連れていくのは

大きな病気の感染リスクもある

たまたま当時

入院する病院から歩いてすぐの

コーポに住んでいたから

これからコーポに送るから

そこで

舅と一緒に

次男を見ていてもらえませんか?

ということを説明

姑にお願いしたら

すぐに断られた

驚いたけれど

どうしようもなく

そのまま病院に行く

やはり

次男は病棟に入れないと言われる

まだ免疫力のない次男に

もしものことがあったらと

とても心配だったのだけれど

わたしと肺炎の長男は

病棟に入り

病院のソファーで

姑と次男に

待っていてもらうしかなかった

時間が経過して

わたしの胸がはってくる

姑が受け付けに声をかけないから

大丈夫なのかしらと思いながら

長男から離れられず

説明を聞いたり

面倒を見たりしていて

しばらくして病棟から出てみたら

次男がおなかをすかせて泣き叫んで

悲惨な状況になっていた

わたしは本当に

がっかりとした

パートナーについて書いてみる

パートナーについて

あまり

DVや虐待以外は

書いたことがなかったから

表面的なことなどを

書いてみることにした

パートナーは

国立大卒の会社員で

結婚してから

若くして出世したひと

学歴や家柄について

何も言わないひと

義理の両親も同じで

学歴や家柄について

何も言わない

自慢もしない

ひとの悪口も言わない

ちらほら書いてきた

わたしの親族のように

パートナーの親族には

ハイスペックなひとも

特別見た目で美しい

またはイケメンなひとも

神童や天才と呼ばれたひとも

とびぬけ高学歴なひともいない

普通よりは優秀なのかなと

思うけれど

普通の家庭

働き者で真面目なひとばかり

という印象

パートナーは優秀なひとか

というと

世間一般では

優秀なひとなのかな

でも年収はさほど高くもない

いやわたしが

高くもないと思うだけかしらとも思う

わたしの父に

養ってもらってきたから

余計に

2018年12月 5日 (水)

私利私欲とほどほど

私利私欲のために

お金を

使ってきたのではないかと反省してみたら

ピンポンと

頭でチャイムがなった

これは簡単なことで

何かを買おうとした時

ひょっとして私利私欲で?と

考えてみればよいだけなの

ひとに喜んでもらえれば

良いお金

自分だけが喜んでいたら

ストレス解消などの目的

私利私欲にまみれた

すっきりしないお金という具合に

記念日だとか

頑張ったご褒美だとか

たまにだから

欲しいものを買おう

などと買っていると

本当に欲しかったのかな

本当に今

必要だったのかなと

疑問に思えてくる無駄遣いになる

だからといって

ケチケチしていると

明るさがなくなる

お金は天下のまわりものだから

まわってこなくもなる

身の丈を知る

ということも必要だけれど

なにごとも

ほどほどが大事よね

ほどほど

自分への

記念日と

クリスマスプレゼントは

よし

なしでいいわ

とあるものが見えてから

姉が結婚する前に

有名な占い

どちらかというと霊能力者

のところに行ったらしいのだけれと

家族のことなど

ズバズバと言い当てられて

とあるものが見えると

言われたと

話したことがある

結婚相手のことかなと

後で

家族で考えてみたのだけれど

結婚相手は

そのとあるものに

無関係な職業で

結婚してから

職業が変わった

その時また

母が占いを思い出して

とあるものと

多少関係がありそうだけれど

違うような…

誰だろうねと

話していた

それから長い月日が流れて

すっかりそんなことは

忘れていた頃

わたしの息子の

研究内容を書類で見たら

ずばり

とあるものだった

父母に

息子の研究のこと話したら

父は

おじいちゃん長生きしないとなと

いつも喜んでくれて

母は

何が幸せかわからない

無理しないようにと

いつものように

言っていたのだけれど

ほぼ母とわたしが同時に

あれじゃない?

それそれと

占いの言葉が浮かんできた

姉が

なんだかんだ○○ちゃん

成し遂げるのではないかな

ノーベル賞をもらったら

私 インタビューに答えようかな

楽しみ アハと

言った

部屋に白衣を投げて

ゲームをしている息子を

見ていると

まるで想像できないのだけれど…

もし

決まっている運命ということなら

わたしはどうサポートすれば

いいのかな

どう縁の下の力持ちに

なればいいのかなと悩み

やはりここは

母だけに

おいしいごはんと

包み込むような愛情よね☆

という結論にいたった

2018年12月 4日 (火)

恋愛依存と甘いもの依存

恋愛依存について

考えてみる

いつも恋愛をしていないと

いられない

という女性がいると

いうけれど

わたしのまわりには

そんな女性はいない

わたしは恋愛に

高揚感みたいな

癖になりそうな気持ちなど

味わったことがない

男性に見捨てられたとしても

男性が浮気か何か

していたとしても

どうでもいい

それなりのプライドもある

青空の彼を好きになってから

愛について

よく考えるようになった

男女の愛なんて

どこか汚らわしく感じることもあり

もっと

なんていうのか

大きな愛に

興味を持っている

けれどわたしは

甘いもの依存には

なっていると思う

手っ取り早く

甘いもので元気になり

すぐにだるくなる

そしてまた甘いものを食べて

元気になる

という習慣がある

今日はご褒美だからと

甘いものを食べる

やっていられないから

お酒をのむ

という習慣が

今はないけれども

若い頃にあったから

依存については

少しわかるような気がする

ラブレターを書いていて

こんなことを書くのもおかしいけれども

恋愛依存については

きっとそのひとなりの

痛みみたいなものが原因で

そうなっているのでしょうけれど

世の中には

男性より大切なものが

たくさんあると思う

男性がすべてではない

2018年12月 3日 (月)

病気を治すということ

心の病気でも

体の病気でも

同じだけれども

さっさと原因を突き止めて

脳なら脳内物質

体なら体のどこかに

問題があるから

ということで

さっさと薬をのんで

改善できることがあれば

改善すればよい

ということを

今まで考えてきたわたし

医療の知識が

入りやすい環境だから

医療に関しても

斜めから見るような

どこかひねくれて

どこかサバサバとしたところが

あった

ひとは病気になると

どうしたらよいのかわからずに

おどおどとしているだけ

神様にお願いしたり

パニックになって

おかしな言動をしていたり

するものなのかもしれない

パニックにならないのは

わたしの肝が据わった性格と

死ぬことを

さほど恐れていなかった

ということも

関係していると思うのだけれど

病気というものは

原因や結果

治療期間 時間

薬に対して

騒ぎ立てるものではなく

心で

治していくものではないかと

最近になって

思うようになった

犯人探しをやめて

静かに向き合う

すべて受け入れることで

心の間違いに気づく

やわらかな心は

病気の本当の原因を

写し出し

とかしていく

そんな風に思う

いつまでも犯人探しをしている

人生には

安らぎがない

特別な目で

病気を見ていたら

そればかりが強調されて

あのひとは病気だ

わたしは病気だと

暗いものになる

わたしは

すべてを受け入れている先生や

病気のひとをほめるドクターを

見ていて

病気を治すということを

考えさせられた

あのひとは病気だ

遺伝だ

という時

差別している

自分の気持ちが

そこにはあって

特別な目で見ている間は

病気が立ち去ってはくれない

心の底から

おだやかで

愛に満ちていれば

病気は病気ではなくなり

気づいたら病気が立ち去っている

そんな気がする

2018年12月 2日 (日)

棚を整理していたら

息子がわたしを嫌い

話をしてくれないので悩みながら

棚を整理していたら

息子が小学生の時

授業でつくった

手作りアルバムが出てきた

ほこりをはらうと

そこには

親からひとこと

が書いてあった

節目節目に

手紙や言葉を書いているから

こんなところにもわたしのね

愛がちらほら

アルバムには

動物園や遊園地

さまざまなところへ

家族でお出かけした写真が

張り付けてある

たくさんお出かけしたわ

懐かしい思い出

なんて思いながら

しょうらいのゆめ

というところにふと目をやると

将来科学者になって

お母さんを助けたいです

お母さんはいつも大変で

楽になってもらいたいので

ぼくはお母さんが

楽になれる発明をしたいです

というようなことが

書いてあった

知らなかった

涙がぽろぽろ

将来の夢なんてない

大学なんていかないから

なんて中高の時は

さんざん生意気なことを言っていたのに

ありがとう

また

話せる日がくるといいな

いつかゆっくり

話せるといいな


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