病気を治すということ
心の病気でも
体の病気でも
同じだけれども
さっさと原因を突き止めて
脳なら脳内物質
体なら体のどこかに
問題があるから
ということで
さっさと薬をのんで
改善できることがあれば
改善すればよい
ということを今まで考えてきたわたし
医療の知識が
入りやすい環境だから
医療に関しても
斜めから見るような
どこかひねくれて
どこかサバサバとしたところが
あった
ひとは病気になると
どうしたらよいのかわからずに
おどおどとしているだけ
神様にお願いしたり
パニックになって
おかしな言動をしていたり
するものなのかもしれない
パニックにならないのは
わたしの肝が据わった性格と
死ぬことを
さほど恐れていなかった
ということも
関係していると思うのだけれど
病気というものは
原因や結果
治療期間 時間
薬に対して
騒ぎ立てるものではなく
心で
治していくものではないかと
最近になって
思うようになった
犯人探しをやめて
静かに向き合う
すべて受け入れることで
心の間違いに気づく
やわらかな心は
病気の本当の原因を
写し出し
とかしていく
そんな風に思う
いつまでも犯人探しをしている
人生には
安らぎがない
特別な目で
病気を見ていたら
そればかりが強調されて
あのひとは病気だ
わたしは病気だと
暗いものになる
わたしは
すべてを受け入れている先生や
病気のひとをほめるドクターを
見ていて
病気を治すということを
考えさせられた
あのひとは病気だ
遺伝だ
という時
差別している
自分の気持ちが
そこにはあって
特別な目で見ている間は
病気が立ち去ってはくれない
心の底から
おだやかで
愛に満ちていれば
病気は病気ではなくなり
気づいたら病気が立ち去っている
そんな気がする
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