« 私立と国立の違い | トップページ | 勉強ができない »

2018年12月10日 (月)

大切な時間を大切なひとのために

わたしも親になって

自分の両親や

義理の両親について

たびたび

考えることがあった


なぜあのようなひどいことが

できたのか


なぜあのように優しく受け入れて

くれたのかと


わたしがひっかかっている出来事があった

年齢と

子供が同じ年齢になると

その時々にまた

新たに不快に思うことも


今だから理解できるということもある


それは

悲しみやくやしさになったり

感謝の気持ちになったりする


義理の両親は

いつも優しくて真面目なひと

なのだけれど

一部書いたようにひどいこともあり

よくしてもらえたこともあり

だった


ここで大事なのは

自分も含め

親も人間で

生まれた時から親で生まれた

わけではない


子供と一緒に

親になっていったはず


わたしも含め

完璧な親など存在しないと

知ること

許すことだと思う


けれど

子供の頃や若い頃は

反発したり

完璧な親を求めて

もがいたりする


親だって人間だから

間違えることもあるのに

許せない


生活のなかで

誰かに嫌なことをされたり

問題が起きると

どんな風に育ったのだろう

原因があるのだろう

誰のせいだろう

病気だろうと

どんどんと犯人探しをすることになる


犯人探しは意味がないと

言われても

初めはついつい

やってしまうもの


その結果

何か犯人らしきものがわかったとしても

結局はわたしが

自分が

悪くないと思いたいだけのひと

になってしまう


それに

大人になっているひとは

これから変わらないから

犯人がわかったとしても

解決にはつながらない


良いも悪いも受け入れて

みていけばいいと思う


憎しみからは何も生まれない

というのは事実


今わたしになにができるか

これからどうできるか

工夫できるかの方が

よほど大事で


憎しみは捨てて

嫌なものからは離れて

誰かを許して

大事なものを見つめて

感謝して

巻き込まれず

軽やかに生きていきましょ


大切な時間は

大切なひとのために

使う方がいいもの

« 私立と国立の違い | トップページ | 勉強ができない »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 大切な時間を大切なひとのために:

« 私立と国立の違い | トップページ | 勉強ができない »

無料ブログはココログ

momo

  • momo