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最後にもうひとつ
わたしと次男が驚いたことがあった
わたしが先生に
長男のはなしをした時なんだけど
長男が
こうこう
こういう原因で
卒業も合格も取り消しになり
今も苦しんでいると
はなし始めると
先生が
みたことのない
悲しい顔をしたんだよね
静かに
悲しい 表情で
わたしのはなしを
聞いたんだよね
あざ笑う 無視をする父親と
あまりにまた
対照的だったから
次男は特に
驚いたらしくて
あとで
ふたりで
先生の
悲しい表情を真似したんだけど
どこか笑ってしまい
できなかった
絵文字みたいじゃなかった?と
まゆげを両手で下げてみた 笑
先生は
立派なかただわ
ご縁に感謝しなくては
わたしも常々
男性だけれど
先生を目標にしているから
ひとの苦しみにたいして
または楽しみにたいして
あのように共感できたらと思った
けれど
わたしはまだまだで
未熟
先生は
長男がやりたい場所だったのだから
そこで
信頼できるひとを探していくのが
いいと思いますと
きっぱり答えてくださった
さらに
それにしても
それだけ長男くんが優秀なのだから
○○には守って欲しいと
批判もしてくださった
それから
次男に
お兄ちゃんが心配なんだねと
声をかけて
次男は
うんと答えていた
そういえばこの前
ドクターにも同じことを言われて
うんと答えていたな
お兄ちゃんはお兄ちゃんで
次男が大変だから
わたしに心配をかけたくないと
話し
それを聞いた次男が
おれのせいだと言っていたのだけれども
そこも先生が
別々のことだよと
言って
次男は安心していた
そういえばドクターも
次男が
芸能人がやせていると話したとき
特別なひとだよ
と話していたな
なにもかも
父親からは
聞いたことのない言葉だらけ
ないことだらけ
最後になったけれど
長男が少し進みそうなので
わたしは何も言わず
そっと静かに見守っている
長男にも
どうか良いご縁がありますように
読者のかたへ
わたしの悩みやつたない文を
読んでくださり
ありがとうございました
話してくれてありがとうと
先生は言った
楽しかったね
ついつい楽しくて
大型スーパーのはなしばかり
しちゃったな
大事なことは
これから
ゆっくり話し合いながら
やっていこう
来てくれてありがとうね
またねと
先生は優しく次男に言った
次男が大型スーパーの
はなしをしたところで
先生がすぐに前のめりになり
それで
それでと
興味深く質問してくる
パートナーが
大型スーパーに行くわたしたちを
嫌っていて
そのせいで
長男がわたしを拒絶するのだ
という
わけのわからないことを
ぶちまけてくるから
先生とパートナーが
あまりに対照的すぎて
次男は驚き
会話は楽しく進んでいた
次男も写真を見せたり
アメリカンサイズをみんなで笑ったり
値段や食材の
さまざまな説明をして
先生にほめられたりした
これはいったい
我が家に何が起こっているのか
まてよ
まてよと
わたしは思った
先生は続けた
新しくできたお店だったから
家族に
食べに行ってみようか
と話して
みんなで食べに行ったんだ
でね
これが食べたものの写真
食べられるかなと
思ったけれど
おいしくてぺろりと食べたよ 笑
おいしそうとわたし
次男が帰り道
先生と先生の家族は
幸せすぎるだろう
映画の世界だけかと思ったよと
言った
わたしはまた
我が家にはないものを
見つけた
次男の
チュートリアルが終わり
我が家にないものを
目の当たりにした
わたしと次男は
驚いたあとで
帰りにひどく疲れて
ふたりタピオカを飲んだ
あっ おいしい
わたしたちが
どうして驚いたかというと
まずは
先生がとある店をみて
次男を思い出したと
笑顔で言ったんだよね
次男はそのとき
嘘でしょう 嬉しいと
感じていたらしく
わたしは
ありがとうございます
嬉しいねと
次男に言ったのだけれども
今回
長男の先生から電話があって
うつや
統☆失調症などの
症状はありますか
通院されていますか
との質問があった
ハラス☆ントによるものであり
そのような状況はないわけで
ないですと
ご説明した
もし
親も学校も拒絶しろ
という
洗脳など
よからぬことがからんでいた場合は
警察に相談すべき
らしい
ひょっとすると
昔から
高学歴なひとは
よからぬことに
誘われやすいのではないか
わたしの一番の疑問は
家族が命を捨てたいと
話したとき
どのように答えるか
なのだけれど
まだ子供で
軽々しく言っているようなら
表現を変えてみようも
ありかな
あまり騒ぎ立てないように
というのも
ありかな
だけれど
命を捨てたいと思うほどに辛い
という状況の場合や
ふとわいてくる感情であった場合は
いったい
どう返事をするべきなのか
共感だけして
下手なことを言わないべきなのか
しないで
と伝えるべきなのか
ゆっくり休んだらと
言うべきなのか
または
気晴らしに行く?と
誘うべきなのか
全くわからない
子供に問題が起こると
仕事をやめるお母さん達がいる
子供が大きくなって
自分が仕事を始めたから
子供にかまってあげられなくなって
問題が起きたと
思うお母さん達もいる
教育評論家のようなひとで
そんなことはない
仕事をやめなくてもよかったのに
というひともいる
働いてきたひとで
子供のせいで
役職もあった仕事をやめた
悔しいと
話すお母さんもいる
でもわたし
生活や学費のためだったり
欲しいものを買いたいためだったり
理由はいろいろとはいえ
お母さんが働きに出ると
よほど器用なひとでも
子育てはおろそかになると
思う
なにせ
子供はやたらに病気になる
忙しくてイライラしたり
子供との時間が少なくなったり
人任せになったりが
あると思う
わたしもショップを始めてから
おもしろいということもあって
子供とのことを
ないがしろにしていた
原因はそれだけではないけれど
結果このようなことになった
おうちのこと
子供のこと
というのは
いくらでもやることがあって
休みがない
お給料もない
ほめてももらえない
専業主婦は取り残される
仕事をしているひととは違う
ストレスも抱える
わたしだって
楽しく生きたい
わたしだって
きれいにしたい
などと思って
家事や子育てをサボればサボるほど
悲惨な結果になる
家事や育児が苦手なら
自分が働いてひとに任せる
ということもありかなと
思う
協力的なパートナーに
任せているひともいるでしょう
子育てより
働いている方が楽というお母さんは
案外多い
働いて生き生きしていても
やっぱり
お母さんはお母さんで
お母さんしかできないことがあって
仕事をしていたら
それができないんだよね
わたしはできないんだよね
わたしの近所には
ハイソなひとが多いからなのか
お母さんが働かなくても
やっていける家庭が多い
立派に
専業主婦をやっているひともいる
子供が大きくなったからと働いても
結局化粧品や服で
マイナスになるのよと
話すひともいる
その時
その時に
大事なものをよく考えて
柔軟にやっていきたいな
わたしには外で働く能力も
体力もなくて
一番
ふたりの子供のそばにいたい
だからといって
今のままで良いと
思わないから
いつまでも
さまざまな将来を考えて
さまざまなことに挑戦していたい
疲れてひどく寝たら
また少し足を前に出そう
新しい自分にエール
長男の相談相手が
青空の彼
ならよかったのにと
ぶっちゃけ思う
人生経験豊かで
信頼できるから
わたしと長男の
両方から話を聞いて
内密にしてくれそう
これって叶わない夢 理想?
わたしには
長男は何も話してくれない
先生とわたしは
さまざまな細かなことを
何度か話しているのだけれど
長男が
何がつらくて何が気になるのか
何か焦っているのか
状況を話してくれないので
先生もわたしも
助けようがない
ただこのままだと
退学になる
そうだ
こんな時父親なら
おい どうした
ラーメンでも食いに行くか
だとか
ふたりで居酒屋でのむかな
だとか
言うんじゃないかしらと
思った
いつまでもこんな状態
よくないもの
腹をわってはなすみたいなね
男同士ならではの
けれど
そんな父親なら
長男がハラス☆ントで退学になりそうに
なったり
次男が
拒食で命をおとしそうになったりは
していないだろうから
そもそも
おいのみにでもいくか!は
ないのか
ならばわたしが
ないものはつくるということで
おい のみにでもいくか!を
オヤジ風に
長男に言ってみた
本当は体がだるくて
歩くのもつらかったのだけれど
そこは元気に
言ってみた
ひどく首を横にふっている
ああ
いくら頑張っても
ふんばっても
ピンチはチャンスよ
などと考えても
先生に相談しても
さまざまな角度から
問題を眺めてみても
どうにもならないことって
ある
突破口がささっと
見つかることも
まれにはあるのかな
できれば人生経験豊かな
わたしのはなしもふくめ
今回のことを詳しく知るひとに
長男が
本当の気持ちをはなして欲しい
助けて
力をかして
お母ちゃんじゃ
ダメなんだ
そうだわたし
次男のチュートリアルに
行かなくてはいけないの
ああ
洗濯物と洗い物が
ああ
発作がつらい
ああ
長男の希望どおり
とにかく
卒業して欲しい
一番大事なことを
知って
自分を守り
進んで欲しい
それからせめて
お嫁さんに
バトンタッチするまでは
ふたりのそばにいて
わたしは元気に笑っていたい
次男が
最近ボカロにはまっていて
わたしもすっかりボカロ中毒に
なっている
パソコンを買ったら
ふたりで曲をつくってみようか
などと話している
だけれど次男は
いまだ拒食がひどくて
心の状態もよくない
小さな変化なのだけれど
よくないとわかる
長男の方も
いろいろ拒否していて
どうにもならなくなってきた
前にも書いたように
わたしは長男にひどく嫌われている
だからといって
大事なことを
放置しておくわけにもいかず
かといって
しつこくもできない
刺激しすぎてしまうと
居場所がなくなり
帰って来なくなったり
ビシッと言い過ぎると
命を捨てたいと
なったりはしないかと
悩み
わからなくなる
自分の体調のこともあり
泣きそうなような
不安なような
孤独なような
いやこうして
息子の近くにいて
あーでもないこーでもないと
悩めるのは幸せなことで
何も知らないで
何もしてあげられないのが不幸だわと
思うのだけれど
いたたまれない気持ちになる
ふとそこに
青空の彼に手渡されたもの
があって
ぎゅぎゅっと
にぎってみたけれど
彼に逃げているような気がして
やめた
こんなものを
いつまでも飾っているなんて
変なの
ちょっと笑ってしまう
まさか彼も
思いもしないでしょうに
気晴らしに日曜
ひとりでふらふらと
お買い物に行ってみたら
少し元気になれた
けれど長男が
わたしが
大事なことを話しても
くだらないことを話しても
しばらく話さなくても
あまり見たことのない
嫌な顔をして
返事もしないので
心が折れそうになる
長男への愛があるだけに
つらい
そうしていると今度は
どこか心臓の調子が悪くなって
息切れもひどい
いつもの内科でドクターに
喘息の診察ついで
今歯医者さんに通っていて
治療しているのですけれど
治療途中
気分が悪くなって
歯医者さんがおっしゃっていましたけれど
アドレナリンでしょうか
大丈夫かな
などなどと話してみる
うーん
ちょっといろいろ検査と
ドクター
さらに
わたしが喘息なのに
ひどい息切れを
ご家族が放置しているのはどうか…
というはなしになって
それもそうねと思った
最近書いていなかったけれど
ひゅーひゅ
ぜーぜも
ひどかった
ああ
採血をしたところがアザになっている
ああ
それにエピペンの期限がきれている
歯医者さんでの唇のヤケドが
ようやく
傷が残らない程度に治った
わたしの魅惑のくちびるが
無事でよかった うふ
とある男性に
リップクリームをぬってもらう夢をみて
そうだわと
リップクリームを買いに行った
おばかなわたし
そのおかげも
あったのか
唇がぷるぷるになった
コスメには
たいしてお金を使わないけれど
ランキングはたまに
チェックしていて
安い 効果あり その辺で買える
というものしか選ばない
びっくりするほど高額な
化粧品を使っているひとがいるけれど
わたしは
なんだかもったいなくて
スムージーでも飲んでいた方がいい
それに
ずぼらだから
高価でややこしいものは
まるで続かないの
それにしても
唇のヤケドが治ってよかった
ひとを許せないと
嫌な気持ちになる
その嫌な気持ちは
相手のせいだと
さらに
嫌な気持ちになり
相手が許せなくなる
だけれど
許せないのは
自分で
許してしまえば
ただ自分が
許せないと思っていただけで
相手はさほど
関係もなかった
ということに気づく
ひとを許せば
嫌な気持ちはなくなり
幸せになる
自分がこれから幸せになりたいなら
ひとを許せばいいじゃないか
すっかり次男は優しく立派な男性に
成長している
けれどおおらかにとは 笑
あとは食べてくれたらね…
などと思いながら
誰にでも間違いはあるからね
とふたり同時に言った
わたしはそれから
次男になだめられながらも
コーラが飲みたかったと
超せこいことを考えた
思い出せば
前に間違えられた時なんて
間違えた品はそのまま
割引券やお詫びの品までいただけたのに
渡したコーラなのだから
よかったらどうぞではないの?
もう飲んだかもしれないのにさ
あのコーラ誰のよ
そもそもコーラが入っていないひとがいるでしょう
だいたい
一台前の車がクレームを言ったから
動揺してのことでしょう
ならば3台続けて間違えているじゃない
クレームで動揺するなら
少し休んでから
先頭に立たせなさいよ
わたしだって
クレームで動揺して
間違えたことがあるもの
もうそういう
きりかえのできないひとはね
少し離れるようにしないと
いけないんだ
気にせずわりきり
こなせるひとをね
先頭に立たせてさ
しばらく奥で休ませるとかね
と思った
わたしはクレームを言われたくないから
これ以上は
クレームを言わないことにした
ひとを呪わば
みたいなやつね
次男とマックに行った時のこと
ドライブスルーで
一台前の車が
もめている
店員さんが ばさりと
何かを落とした
すぐに違うひとが外に出て
落としたものを拾い渡したけれど
それを袋に入れていた
結局お客さんは
何も受け取らなかったようで
申し訳ありませんでしたという
声が聞こえた
わたしたちの順番になり
受けとると
中身が注文もしていないコーラと
シェイクだけ
他のセットなどなどがない
すぐに
ドライブスルーに入り直して
中身が違いますと話すと
コーラとシェイクを受け取り
お飲み物は
新しくしますか?と言われて
大丈夫ですと答えると
セットなどなどと
古いシェイクを渡された
普通
コーラは渡さない?
割引券もなかった
などと考え話そうとした瞬間に
次男が
おおらかに
おおらかにと言った
間違える
ということについて
考えることがあった
ひとは誰でも
間違える
間違えたにしても
許される
許されないがある
とはいえ
間違える
先日ガソリンを入れていた時
店員さんに
間違えて多く入れてしまったと
言われた
2000円分を
20リットルと間違えたそうで
いいですか?と
言われた
あ 大丈夫ですよと
快く追加分を支払う
次男が
ガソリン代を気にして
節約のため
2000円分にと
言うので
そうしたのだけれど
ダメです
と言ったところで
ガソリンをぬいてもらうわけにも
いかない
たくさん入れておけ
ということだろうと思いながら
帰り際に
ちらっと店員さんを見ると
申し訳ない
という表情で頭を下げていた
今度は夢と念のはなし
よかったらおつきあいください
ひとの念は物にもやどる
だから
古い物 いただき物 には注意が必要で
わたしは
ひとの念 思いというものは
怖いものだと思う
先日
夢のなかの父が
知らない女の子をだきかかえている
夢をみた
その日
母から電話があり
父がキッチンでひどく転んだ
その時鍋が
2メートルくらい飛んでいて
どれくらいひどい転びかたをしたかと
思ったけれど
無傷だった
という内容だった
夢のことは話さなかった
しばらくして叔母にもらったという
着物を
キッチンの敷物にしたと
電話があった
それが
夢の女の子の服の色と
同じだった
父が優しいから
女の子が父に
影響を与えたのではないかと
思った
代々霊感がある家系だからといって
供養したり
成仏させる力は
わたしにはまるでなくて
力のあるところへ行ってください
すみません
なのだけれど
叔母からの
いただきものは
叔父がいわゆる みえるひと
だったからなのか
念が入っているものが
うちにも届いたことがあって
洗ったり
お香をたいたら
多少は違うと思うけれど
もし女の子が
小さな神様だったら
たたりをもらうから
やたらに
はらうわけにもいかないな
いやそれは考えすぎで
転んだ父を
女の子が
守ってくださったと
考えた方がいいのかもしれない
また夢のはなし
誰かに信じてもらいたいなどという
気持ちはないのだけれど
不思議な体験をした
以前ここに
地震の夢をみたと書いたことがあって
わたしではなく
誰かの役に立つのかもしれないと
公開したのだけれど
最近初めて行った場所が
夢でみた建物と同じで
滅多にない巨大な鉄筋構造だったから
本当に存在するとは
思わなかった
お手洗いを出たところで見上げたら
夢と同じ光景で
はっとなった
夢では
この建物は丈夫そうに見えて
すべて崩れてしまう
外に避難したわたしは助かった
それから歩いて
山の病院に避難したわと
夢の内容を思い出した
山?
山はあるといえばある
それに
わたしが夢で
充電させてもらった場所にあった
お地蔵様まで
姿形も同じで存在していた
夢の始まりの
キーワードは
みっつのリンゴの絵だった
なにかしら りんご
3?
ちょっと用心しておこう
わたしは
次男とカラオケに行っている
のだけれども
ふたりは
カラオケが楽しくて仕方がない
次男は
以前書いたように
先日までは歌を歌わない子だった
それがいまや
歌を極めるひとに
なっている
機械の調整
発声や細かい技術
音に対する疑問などなどが
わいてきていて
いいかんじ
その流れで
学校の音楽の単位が
取得できそうなのだけれど
レポートは良いとしても
楽器はギターを選択している
だからわたしが
ギターを買ってきたものの
ロッキーのテーマでも
弾いてやるぜ
などと言いながら
まるでできなかったので 笑
次男に教えることができずに
ギターがほこりをかぶっている始末
わたしには
わからないことばかり
男性キーで
ギターもできるひと
いないかな
わたしから次男に
学校の
ボイストレーニングや
ギター講座に
参加して
才能あるプロのひとに教えてもらいなよ
などと話したけれど
無理そう
じゃあじゃあ
近所の音楽教室で教えてもらうとか
通信教育とかは?
と言うと
お金がかかるから無理と
次男
ボランティア的な
お兄さん的な 友達的な
音大卒の
そんなひとを募集中
いないかな そんなひと
大学の教育学部には
ボランティア的なお兄さんが
いるけれど
次男のことを
わかってくれなくてはいけないから
難しい
それに
もれなくパンダちゃんみたいな
お母さんがついてくるからね 汗
難しい
学校で聞いてみようかな
わたしはよく
夢をみたと
書いているけれど
青空の彼の夢はどうなの?と
いうと
10年前は
遠くにいて
話しても消えてしまう夢が
多くて
よく起きてから
泣いていたのだけれども 汗
最近は
だんだん彼が近くになってきて
さまざまなことを
話している
10年もして
近くにいて
さまざまなことを
話すようになるなんて
不思議で
夢で聞いたことが本当なら
実際にはなしてくれても
わたしは驚いたりしないのに
などと思う
まぁ 勝手にね
そんなことを思う
10年前は
小さな器だったわたしも
多少中くらいの器になっているかも
しれないよ
なんて思う
思い出といえば
江☆島プリズム
最後のシーンは
何度観ても
号泣してしまう
わたしと彼の思い出が
親友だとしても
恋人だとしても
走馬灯のように
存在していればいいのに
爽やかな風がふいて
さまざまな花が
咲き乱れる季節になりましたね
連休あたりは
藤棚やネモフィラを
見てみたいと
考えたり
川原やバーベキュー
温泉もいいな
海もいいなと
考えたりして
新聞や雑誌の切り抜きを
飾り
うーんうーん
いいな いいなと
眺めています
ひとりで行くのは寂しい
息子達も
行ってくれそうにもない
それに息子の体調が心配
だけれど
自分を犠牲にばかりしないで
自分のために
ちょっと
お出かけできるように
なりたいな
必ず幸せになる
今も小さな幸せは
たくさんあるかもしれないけれども
わたしと
息子ふたりと
わんこは
いつか必ず笑って幸せになる
それがわたしの目標
そのためにいまは
つらくても
正しい努力をする
努力も
間違った努力をしていて
気がつかないことがある
だから
わたしや息子の
好きを見直して
例えば
好きな食べ物
好きなこと
好きなひと
それで
正しい努力をする
わたしは今まで
おうちのこと
子供の看病を
ひとりでやってきた
いまだふたりの育児から
解放されていないような状態で
これは本当に
長くきついこと
だけれど
愛する息子のことだからと
ひとり
抱えてきた
パートナーは
パートナーのためにお仕事はしている
そこへの
わたしからの感謝は
今回はおいておいて
はっきり言って
パートナーは
おうちのことや
息子のことは
何もしていない
すべてわたし
これからも
すべてわたしに
やらせて
何もしないだろう
なのに
こんな大変な時に
パートナーが
何回も
○○をやめろ!などと
わたしにに言うのは
間違っている
放っておこうかな
とも思いつつ
本当にやめろと思っているのか
と
パートナーを
問いただしてみた
嫌ならやめればと
パートナー
本心なの?と
わたし
嫌でも
やりたくなくても
やめずに進まなくてはいけない時でしょう
一生後悔して
息子が暮らすかもしれない
それに
今は息子が一番苦しい時で
葛藤もあるだろう
死にたいと話していたばかり
親が助けなくてはいけない時よね?
などと
諭してみたけれど
パートナーは
ならおれは
二度と話さないから!と
キレただけだった
話さなければよかった
本人が一番苦しい時なのだから
親が騒いでは
悪くはなっても
よくはならないと
わたしは思う
パートナーより
○○の先生がたの方が
苦しい時
ということを十分に理解してくださっていた
わたしは○○に
失礼なことをしてしまい
申し訳ないですと何度もお詫びして
息子は
母親の力をかりたくない
自分ひとりでやりたいだろうけれど
こんな時なのだから
たくさんのひとや
話せるひとに
力をかりてやっていってほしいと
わたしが
考えていることを
○○に伝えて
今どういう状況で
今後の予定はどんなかんじになるのか
少しでも
息子が心配になりそうなことを
先生におききしておいた
息子には
返事がおくれても
わかってくださっていること
気持ちの整理ができたら連絡するように
ということを伝えておいた
息子を助けようとしない
パートナーは
大型スーパーが悪いなど
息子の状況と違うこと
関係ないことを
わたしのせいだとばかりに
堂々と話していた
わたしは
長男と次男のことで
長い間
たくさんのことを学んできたと思う
パートナーはその間
いったい何をしていたのだろう
長男にハラ☆メントの問題が
起きたときも
そうだったのだけれども
今回
長男が何も進んでいない
○○からの連絡に返事もしていない
ということがわかり
一応パートナーに報告したら
また
パートナーは挙動不審になり
前回は体を痙攣させたり
走って逃げたり
次男が入院騒ぎで大変な時や
大事な時も必ず
関係ないものを片付けろと
言い出すのだけれども
今回も
挙動不審になり
足を雑誌の角にぶつけて
わたしをにらんだり
関係ない米のはなしをしたり
あげくに
前回と同様に
○○をやめろ!とわたしに叫んだ
次男は冷静で
長男のことが進んでいないのは
想定内だとはなした
わたしも冷静で
ショックはショックだったけれど
苦しいなか
そんなにほいほい
ことがうまく進むわけがないでしょうに
また○○で話し合えばよいわと
思っていたので
パートナーの態度に
腹が立ちながら
腹を立てることさえ
いらないことだというような
悔しいような
なんとも複雑な気持ちになった
パートナーが帰ると
玄関の開いた音と同時に
もぐらのようにベッドに隠れる次男
長男は部屋から出てこない
わたしも用事がなければもぐらのように
ベッドに隠れる
するとパートナーが
リビングで大きな音でテレビをみながら
テーブルや体をタンタンとたたく
以前よく
わたしが体をぐちゃりと
パートナーに踏まれていたから
わたしと次男は
模様替えをしたものの
リビングに近いところにいるので
わたしの頭痛がひどい時
発作が続いた時は
テレビの音とタンタンがつらくて
泣きそうになる
次男の体調がわるいときは
パートナーの態度に
わたしの気持ちがいらいらしてくる
パートナーがやっと部屋に行くと
いない間に
次男とおしゃべりをしたり
夜中に家事をしたりしている
パートナーは
やるべきことが
山のようにあるわたしと比べて
何もやるべきことがないひとで
休日となれば
リビングで
一日動かずにじっとしているので
暇すぎて気分が悪くなる様子
その様子を横目に
わたしたちは
土日になると逃げ場がなく
つらい
連休はどれだけつらいか
想像しただけで苦しくなる
だからといって休日
パートナーと一緒に出かけるのは
みんな嫌がる
出かけるお金を出してもらえない
払わないからわたしが出すということで
余計にみんな嫌がる
パートナーにはなしかけると
怒るばかりなので
何もはなしかけないでいる
すると
パートナーは嬉しそうで調子が良い
出されたごはんをひとり
むさぼるように食べてまた
暇そうにしている
みんなが苦しい苦しいと
訴えていること
さらに
嫌われていることを
パートナーは知らない
知ろうともしない 改善もしない
家族の会話や
いただきますをして一緒に食べることが
どれだけ大切かということも
知らないでいる
これが
長い間に完成した
わたしと息子が自分を守る
悲しい姿
自分はいったい
本当は何がしたいのか
この選択でよいのか
何が好きで
何が嫌なのか
わからなくなった時
目の前に
大きなスクリーンを想像して
そこに
笑った自分を映す
隣には誰がいる?
何をしている?
何に喜んでいる?
何を成し遂げた?
それがね
これからあなたが
進むべき方向
あなたが笑っているのだもの
間違いない
わたしの場合は
笑っているわたしの隣には
青空の彼と
ふたりの息子とわんこがいる
わたしは実家が真言宗なので
仏教を身近に感じていて
キリスト教はよくわからないのだけれど
神様らしきお姿のひとが
夢に現れて
おはなししたことはある
それは
神様という存在を思い描いている
わたしなかの
いわばUFOや火星人みたいな
イメージであって
夢の登場人物については
必ずそのひとであるとは
かぎらない
わたしにインパクトのある姿で
現れているように思う
たまに
本物だろう時もある
だけれど
アンテナが📶
一本くらいだろうわたしは
その登場が
わかりやすいようで
キャッチできないというのか
蓋をしている
最近
パチパチという音を部屋で
聞くようになって
小さいのだけれど
カチカチ?パチパチ?
それで今日うたたねをしていたら
怖い夢をみてうなされ
目の前でパチパチという音がして
はっと目が覚めたのだけれど
夢の内容が
水に沈められた天使の夢で
119番とわたしが叫ぶ夢だったから
なんだろう
なんだろうと考えながら
しばらくしてテレビをつけたら
とある悲しいニュースをやっていた
わたしはたまに
世界で起きる大きな事件
しかも
普段はまるで関心のなかったことを
夢にみる
予知夢は
2年くらい前に見たというもの
今日のように
すぐに起きているものがある
身内にはなぜ知っているのかと
驚かれたこともある
だけれど怖がりのわたしは
偶然かなと
思ってきた
桜から新芽がのぞき
花びらが風にまう
きみもこの光景を
どこかでみているだろうか
この花びらを
アスファルトに散る花びらを
はかなさと同時に
目の前を横切る切なさを
握りしめようとしてまた
手からこぼれ落ちるけだるさを
どこかで知るだろうか
新しい緑に
瞳をにじませながら
美しいとつぶやいて
ポトン ポトンと
しずくを心に落とした
小さなわたしを
思い出すだろうか
やけに大きな桜の木が
夢のようで
どこか枯れているように
見えるのに
音など何も聞こえないでいる
お茶を飲みながら
ひととして尊敬している
次男の担任の先生みたいな男性が
もしお父さんだったら
どんな幸せが存在しただろうねと
次男と話す
担任の先生は
お仕事だから優しいとはいえ
家庭でも
ある程度は優しいひとなのだろうから
きっと
奥さまもお子さんも幸せよね
ふたりでうなずいた
奥さまやお子さんが
何か悩みを相談したら
君が楽になれるように考えよう
なんて言いそう
ちょっとものまねして
ありそうだとふたりで笑った
きっと幸せなひとは
幸せに気がついていなくて
文句もあるのだろうけれどさ
そうだ
もしお父さんが
次男が信頼しているドクターだったら
どうかな
大型スーパーやカラオケ
いいねーと
笑顔でほめるかな
普段はお仕事としてやっているとはいえ
ありそうだと
ちょっとものまねして
またふたりで笑った
こんなかんじで
息子が信頼しているひとなら
なんていうかなと
たまにおしゃべりついでに話して
笑っている
その逆もあって
パートナーならどうするバージョンは
あり得ない台詞までが
悪い結果だけれど当たる
わたしたちは
パートナーのひどい状態に慣れてしまって
よくわからなくなっているから
こんな時
普通のひとならなんて答えるかなと
考える
それで
それは理想
理想だよねという時と
それは普通
いや普通なのかな
という時とがある
パートナーが
息子が好きなこと
楽しいと思うことに
知らん顔なので
息子が
おれ
新しいパンケーキ食べた?と先生に
聞かれて
めちゃくちゃ驚いたよ
嬉しかったと言った
そこには
わたしたちが
生涯味わえない大切ななにかが
存在していて
なのに
何がつらくて何が幸せかが
わからない
パートナーに話しかけ
ムシされたり
逃げられたり
怒られたりした方が
幸せ?よかった?とさえ思えてくる
じゃあ じゃあ
例えば
今日こんなことがあってねと
たわいもないことを
リビングのテーブルで話しました
として
新しいお父さんが
うん それで?と
こっちを見たらどんな気持ちだろうと
わたし
幸せすぎて驚いて
うがはと
椅子からずり落ちるかも
それは慣れるまで
いちいち
うがはと
椅子からずり落ちる
ということになった
理想は理想で
ないものかもしれないけれども
普通って難しい
だけれど普通は幸せなんだ
以前イベントに行った時に
水を言い当てる
というコーナーがあった
学校の水
家庭の水道水
天然水
などなど
5種類くらいあったかな
わたしは簡単にわかって
全問正解だった
他のひとは全くわからないようで
逆に驚いた
わたしはグルメではないし
普段
水道水で料理している
ただ
次男は水道水が飲めないので
アルプスの天然水を注文している
これが甘くておいしい
ということはこの味覚
やはり
将来は次男とふたりで
小さなカフェでもやっていくのが
よいのではないか
次男の体を考えるとねと
思う
それに最近
次男が100グラム単位で
金額を比較して
調べたおいしい食材を選ぶようになり
計算もはやくて
素晴らしい記憶力
小分けしてストック
アレンジレシピにも
はまっている
さらに
わたしのなんとかなるさを
次男が指摘してきて
節約や貯金について諭されたり
親の金を頼るんじゃないと
叱られたりする
立派になってきたわと
母としては嬉しいところで
いつか次男が
ゆっくりと大学を卒業したら
一緒に考えていこうと思う
まずは
息子ふたりの心の安定が
優先だから
何も急ぐことはないのだけれど
一応わたし
簡単な設計図が書けるというか
わかるので
頭のなかで
おしゃれな自宅
一階がカフェが完成している
今販売している
アンティークも置きたいな
次男だけではなく
長男の問題も
慎重に取り組みたいところで
毎日あたたかいごはんを用意して
少し
話しかけてはいるものの
なかなか難しい
長男の将来については
教えてはくれないけれども
どうやら
自分で決めているようで
これからうまく進んでいきますようにと
応援している
こんなわたしだけれども
毎日変わらず
ふたりの命については心配していて
夜な夜なひとり
怖くてぎゅっと手をにぎり
汗が出ることもある
しっかりとやるしかない
パートナーに反対された
アメリカやフランスの食品が買える大型スーパーで
ビッグな食材やケーキを買ってきて
たまにカラオケに行くのが
行事になってきたわたしと次男
次男のドクターのおかげで
わたしと次男は
親友のような関係になっている
わたしより
次男の方がしっかりしているけれどもね
次男はこのところの
長男の問題から始まった
パートナーのわたしへの態度が原因で
またやせてしまった
長男のことを心配もしている
早期解決 早期治療
といきたいところだったのだけれど
そう簡単にはいかない
そんななか
次男は大型スーパーに行くのを
楽しみにしているので
計画的次男とずぼらなわたしとで
心臓の負担を考えたり
骨折しないように気を付けながら買い物へ
いやいやこれ
添加物や抗菌剤については
しばらく考えないことにしようと
ふたり 思う
おいしくいただければいい
わたしは和食が好きで
自分でも和食を作ってきたのだけれど
映画好きなわたしは
さまざまな映画を観ていて
海外の映画は
長時間キッチンに立って
料理をしていないような…と
思っていた
和食はなにせ
てまひまがかかり何種類も作る
それで
大型スーパーで買ってみて
なるほど
いつもの食材は
日本人向けに何もかも
変えてあるのだわと知り
さらに
アメリカは簡単に
焼くだけ
出すだけ
みたいな料理が多く
働く女性でも負担にならないと
知った
それにこれが本場の味
なのねと感激
日本でしか暮らせないと
思っていたけれど
お醤油があれば
アメリカやフランスでも
暮らせそうな気がしてきたほどで
アメリカンサイズがおもしろくて
ついつい
ふたりで楽しくなっている
次男のドクターも
この様子を笑ってくださっていた
さらに
フードコートが長蛇の列で
とにかく安い
しかも
飲み放題のコーラなどが
水が出てきたり
炭酸がなかったりと
いい加減なところも笑ってしまう
英語表示を見ていると
英語にも興味がわいてきたかも
いまさら
お寿司はさすがに
シャリがね…
なのだけれど
パンやケーキが安くておいしくて
サーモンがいちおし
それはこのサーモン
熊も食べるよねなどと思いながら
夜な夜な
巨大なお肉と魚を切って冷凍する
怪しいわたし
世界は広いのだ
弱いものは世の中に存在する
自分より弱いと判断して
知ってか知らずか
ばかにしたり
嫌がらせをしたり
攻撃的になったり
というひとが
残念ながらいることもたしか
ひとはとても
残酷で愚かなのだから
例えば
耳が聞こえづらいということがあれば
耳鼻科で治療
補聴器などを利用する
声がうまくいかないということであれば
構音トレーニングをする
視覚に問題があれば
認知トレーニングをする
などなど
具体的にやるべきこともあるのだけれど
まわりのひとは
専門のドクターではないので
耳でいうと
ゆっくり大きな声ではなす
メールにする
嫌でなければ
肩をポンポンとして知らせる
前から話しかける
誰かに話しかけられて
聞こえづらい時はフォローして
後でそっと
こんな風に話していたよと
通訳になる
などなどが
必要になってくると思う
声も目も
具体的には
長くなるから書かないけれど
さまざまな
さりげないフォローが
必要になってくる
まわりのわたしたちは
助ける
ということをしなくてはいけないのに
不自由なひとを
悪いもののように排除しようとするのは
なぜかな
今回は耳について
わたしの母は
耳に不自由さがないからか
ふたりの祖母にたいしても
最近
年齢相応に耳が聞こえづらくなった父
にたいしても
自覚なく
聞こえないことをばかにしたり
聞こえを試すようなことをして
傷つけたり
近所で話しかけられて
父が聞き間違えたことを笑ったり
それらを
悪いと知らずに
父のためだからと正当化して
やっていると
最近わかった
結果父も
聞こえたふりをするように
なっているらしくて
家族は
もう一回言ってを
言いやすい環境にしなくてはね
ということを
母は気づいてもいない
不自由になったのは本人のせいではない
努力で治せるわけでもない
それを
何度も聞こえてない
と責めるように言われても
腹をたてられても
どうしようもないこと
その
自分ではどうしようもないことを
ばかにされ
手伝ってもらえないで
傷つくばかりしていたら
病気のひとも
まわりのひとも
幸せになれない
母もパートナーも
わたしたちも
よく考えるべきだと思う
会話というものは
自分がいて
相手がいて
その時に必用な音量で
相手の様子を見ながら
伝えたいことを話すもの
だと思うのだけれども
パートナーの場合それらがないので
大声で怒るか
攻撃的に話すか
ぼそぼそと話すかくらいで
状況を配慮していない
大音量でラジオを聞きながら
ぼそぼそと話されると
えっ?
なに?となる
これは誰でもそうだと思うけれども
するとパートナーは
怒り
不機嫌になる
聞こえないからもう一回
などと言うと
必ず不機嫌そうに
ムシをする
わたし
わざとじゃないのに…
書類のことなど
大事なはなしがわからないことが
何度もあった
息子達の声が聞こえなかったことなど
ないから
息子達は
会話
ができているのだと思う
しばらくしてわたしは
自然と
パートナーと話す時に
聞こえたふりをするようになった
すると外でも
わたしはなにか怖くて
聞こえたふりをするようになった
わたしは少し
耳が聞こえづらいところがあって
息子達がまだ小さな頃
耳鼻科で
片方の耳の
低音あたりが聞こえていない難聴ですと
診断された
音楽をやっていたから
どちらかというと
ひとよりはよく聞こえていた
今もよく聞こえていると
感じていたのだけれど
考えてみれば
母親になってくらいからかしら
男性の声で
聞こえづらいひとと
よく聞こえているひとがいた
それに
電話では自然と
聞こえづらい耳ではない方を
いつも使っていた
7回も中耳炎になったことがあって
今では
偏頭痛と耳なりもある
祖母は
年齢のせいもあったけれど
耳が不自由なひとだった
はて
気分の落ち込みが出たとき
ひとはどのようにすればよいか
どのようにしてあげればよいか
ということに
突き当たる
はなしを聞いて欲しければ
はなしを聞く
さらりと共感する
で
わたしが思うに
ずっと寝ているか
気晴らしをするかに
わかれると思う
どっちがよさそうか
本人に聞いてみればよい
わからなければ
だらだらしようぜ✨と
誘ってみる
これは自己流
実は
気分の落ち込みは悪いことじゃない
24時間
ハイテンションなひとなんて
おかしなひとだし
無理に元気にならなくても
とことん落ち込むと
脳内物質のおかげで
案外すっきりしてくるということもある
何も話さないで
静かに過ごすのもよかったり
好きなことをして
過ごすのもよかったり
ひたすら寝るのもよかったり
こうじゃなくてはいけない
なんてないから
こうじゃなくてはいけないを捨てて
自分を可愛がってあげなくちゃ
家族が
命をなくしたいと思う時
なくしたいくらいに辛い
ということだろうから
違うやり方を考える
選択肢を増やしてみる
ということが必要なのかなと
今回
長男のことで
思ったのだけれども
理由もなく
命をなくしたいとわいてくる
というような時は
誰かに話してみる
ということが大事なようで
それは家族であったり
親友であったりするだろうけれど
聞き手が
うまく受け入れて
さらりと理解してくれないなら
逆に危険なのかもしれないと
今度は
拒食の次男のことで
考える機会があった
そんな時は
信頼できるひとを探すしかないのかな
わたしの場合は
ドクターが次男に
命をなくしたい気持ちがわいてきたら
お母さんに必ず話してね
それが自分を守ることになると
おっしゃっていたので
わたしは受け入れられるひと
であるのだわ
よかったと
思ったのだけれど
恐ろしいものを
静かに
ひとりで抱えているようで
笑っていても
不安で
怖くて仕方がない
だけれど
息子達の気持ちの安定は
わたしにしかできないことだから
わたしがふんばり
頑張るしかない
なぜ
元気そうに見えてきたとき
ふいに
命をなくすことを
選ぶひとがいるのか
という疑問があった
願望
というものは
本当に弱っているひとは
なんの気力もないから
わいてこないもので
少し元気になったところで
わいてくる
というものらしい
わたしたち
見守る側としては
ちょっと安心できるかなと
油断しそうな時に
その願望が
起きてしまう
だから
ある程度大人の年齢なら
うまく距離をおくべきだけれど
まだ子供だなと感じるなら
よく見ておく
ということが必要になってくるのかなと
思う
息子が
わたしに心配をかけたくないのか
母親の力を借りたくないのか
わからないけれど
何も話してくれない
わたしはわたしで
助けたいと思っている
だから手紙を書いた
今回
さまざまなことがあったけれど
それは
わたしにとって
良い経験になった
家族を守ること
自分を守ること
譲らないこと
意見を伝えることができた
ありがとう
息子の努力あってのことだけれど
選択肢をもらえて
よかったと
思っている
新しいスタートに㊗
などなど書いた
家族なのだから
相談してほしい
迷惑をかけたくないと思うなら
わたしは迷惑ではないし
わたしが邪魔なら
それでいい
見守るだけだわと
考えているのだけれど
なかなか難しくて
ただ
何もできないままぼーっとしている
歯も痛いから グスン
何年か前に
息子が委員会で使用して壊れた
フードプロセッサーについて
書いたことが
あったのだけれども
あれからずっと
息子は誤解をしていて
なぜか
フードプロセッサーが
わたしと息子の
関係をこじらせた
一番の
ひきがねとなっていると
息子から聞いた
息子が
お詫びにと
バイト代で買ってきたフードプロセッサーを
わたしが最悪と言った
ということ
なのだけれど
わたしにしてみれば
こんなことに
大事なバイト代を使わせてしまった
故障してごめんね
だけでよかったのに
相談してくれたらよかったのに
最悪な(自分)みたいなことを
言ったのだと思う
そもそも
それまでにはきっと
わたしたちには
たくさんのことがあって
フードプロセッサーは
たんなる
きっかけなのだろうけれど
ハンバーグも作れる
と言った息子の笑顔を傷つけてしまい
誤解とはいえ
何年もこんなことになるなんて
悲しい
とにかくわたしから
ごめんねと
繰り返し謝りはしたけれど
他に原因はあるにしても
息子の成長だとしても
これだけ長く憎まれるのは
わたしがひとりで
育てているから
ではないかと
余計に考えてしまう
勘違いではないか
いつもはどうなの?
確かめてみた?
悪気はないのだろう
などとフォローする大人が
近くにいても
いなくて
ネットでは
親と縁を切るや
女たたき
などが横行していて
もし
◯チャンで相談したとしても
怒りが増すばかりではないかと
想像する
ネットの影響で
暴言を吐き
結果
母親 彼女 奥さんを
失うひとが
多々いるらしくて
失ってから
我にかえっても遅い
それは女性だからよくわかる
なんだか怖い世の中に
なっているのだわと思う
わたしは
息子を許すことで
息子の居場所を無くさないと
考えているので
絶縁したり
出ていったりはしない
大事なひとに
そばにいてもらいたいなら
一度
どうしたら
このひとのそばにいれて
助けることができるかを
自分の頭で
考えてみるべきだと
思う
相手を責めていたら
いずれそのひとは
目の前からいなくなる
それは
当たり前のことなのだから
ああ
どうにか誤解をときたいけれど
距離感も必要だから
難しい
近所の歯医者さんの
麻酔で
気分が悪くなっている途中に
熱してある器具が
じゅじゅっと強く
わたしのくちびるにあたり
熱いっと
なった
奥歯の治療をしていたので
わたしはしゃべれずに
今のなに?と
アワアワしていたのだけれど
治療後
先生は
そそくさと
次の患者さんのところに
行ったから
何も言えず
帰宅してから
鏡を見たら
くちびるを火傷していて
水ぶくれになっていた
そのような
熱い器具で治療をするとは
今まで知らなかったから
調べてみたら
火傷して裁判になった
ということもよくあるようで
歯医者さんで
ミスとはいえ
火傷をする可能性があるのなら
軟膏を用意したり
冷やしたりと
対応できるように
準備があっても
よいのにと思った
くちびるがはれる
というのは
火傷だけではなく
薬品の影響だったり
アレルギーも考えないといけないのに
放置するなんて
なんといい加減な
先生なのだろう
火傷なら
顔に傷が残る場合もある
皮膚科で治療もしなくてはいけない
アレルギーなら
その段階で
治療をストップして
まさかのアナフィラキシーへの
対応を考えなくてはいけない
というのに
どれだけいい加減な
先生なのだろう
そんないい加減なひとだから
逆に
わたしを治療したのだろうけれど
また何も言えなかった
このまま
治療していて大丈夫なのかな
歯医者さんは
カフェみたいにあちらこちらに
存在しているけれど
麻酔をしたり
歯を削ったりするわけだから
最悪な事故を防ぐためにも
病院のなかにあってもいいのにと思う
それはわたしみたいに
喘息やアレルギーの持病があれば
同じ建物に呼吸器内科のある
歯医者さんに行けばよいだけ
なのでしょうけれども
以前お世話になっていた
総合病院の呼吸器内科の先生は
歯科治療中に何かあり
救急車が間に合わない可能性を考えた
近所の歯医者さんからの問い合わせに
歯科治療を一切許可できませんと
書面で書いてくださり
近所の歯医者さんから大学病院の歯科に
紹介状を書いていただいた
ということがあったのだけれども
現在お世話になっている
内科の先生は
喘息とアレルギーに
なんとなく気楽なところがあって
歯の治療?なんでいけないの?
麻酔は
気を付けないといけないけれど
許可する
許可するよ
という返事なので
本当は
大学病院に行くべきだけれど
近所でもいいのかなと
考えてしまったわたし
ところで
内科は
ぽんぽんと存在しているけれど
麻酔をしたり
体を削ったりしない
きちんと検査をするし
問題があれば紹介状を書いてくださる
今気づいたのだけれど
歯医者さんみたいに
内科さんなどと気安く呼ばれない 笑
なぜ
歯医者さんだけが
気楽な雰囲気で存在しているのかな
歯医者さんは
内科より
近所のうわさばなしでも
ひどい目にあったと
よく聞きやすいし
倒れたひとを見たこともある
事故のニュースもたまに目にするのにね
それで
今回お世話になった近所の歯医者さん
先生が変わっていて
なんだかいい加減だった
なんとなく気楽な内科先生と
なんだかいい加減な歯医者さんが
セットになったわけで
さらに
歯医者さんが
内科先生に確認します
手紙も出して
緊急時の対応もお願いしておきますからと
言いながら
いやそれがしてないんですよを
繰り返し
あれよあれよと
麻酔治療が始まってしまった
というわけなのです
何も言えなかったわたし
わたしたちが
痛みを治してもらったり
さまざまな病気の苦しみから
治療をしてもらえるのは
たくさんの優秀な
研究をしているひとたち
のおかげである
ということは
間違いがなくて
長い月日をかけて
さらによく さらによくと
改善されてきている
治療なのだわ
ということも
間違いがなくて
もしこの薬が
この機械がなかったら
わたしたちは
どれだけ痛み苦しんでいるか
などと考えてみると
研究という仕事は
とても大事な仕事で
研究を行うひとを
世のためひとのため
応援しなくてはならないのだと
思うけれど
大変な世界だと想像するので
続けられるのなら
続けて
続けられない時がきたら
もっと大事なことや
また次のやり方を
考えていけばよいだけだから
それはそれでいいのかなと
思う
地道に
なにしろ
地道
が一番なのだから
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