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2019年4月12日 (金)

弱いもの

弱いものは世の中に存在する

自分より弱いと判断して

知ってか知らずか

ばかにしたり

嫌がらせをしたり

攻撃的になったり

というひとが

残念ながらいることもたしか

ひとはとても

残酷で愚かなのだから

例えば

耳が聞こえづらいということがあれば

耳鼻科で治療

補聴器などを利用する

声がうまくいかないということであれば

構音トレーニングをする

視覚に問題があれば

認知トレーニングをする

などなど

具体的にやるべきこともあるのだけれど

まわりのひとは

専門のドクターではないので

耳でいうと

ゆっくり大きな声ではなす

メールにする

嫌でなければ

肩をポンポンとして知らせる

前から話しかける

誰かに話しかけられて

聞こえづらい時はフォローして

後でそっと

こんな風に話していたよと

通訳になる

などなどが

必要になってくると思う

声も目も

具体的には

長くなるから書かないけれど

さまざまな

さりげないフォローが

必要になってくる

まわりのわたしたちは

助ける

ということをしなくてはいけないのに

不自由なひとを

悪いもののように排除しようとするのは

なぜかな

今回は耳について

わたしの母は

耳に不自由さがないからか

ふたりの祖母にたいしても

最近

年齢相応に耳が聞こえづらくなった父

にたいしても

自覚なく

聞こえないことをばかにしたり

聞こえを試すようなことをして

傷つけたり

近所で話しかけられて

父が聞き間違えたことを笑ったり

それらを

悪いと知らずに

父のためだからと正当化して

やっていると

最近わかった

結果父も

聞こえたふりをするように

なっているらしくて

家族は

もう一回言ってを

言いやすい環境にしなくてはね

ということを

母は気づいてもいない

不自由になったのは本人のせいではない

努力で治せるわけでもない

それを

何度も聞こえてない

と責めるように言われても

腹をたてられても

どうしようもないこと

その

自分ではどうしようもないことを

ばかにされ

手伝ってもらえないで

傷つくばかりしていたら

病気のひとも

まわりのひとも

幸せになれない

母もパートナーも

わたしたちも

よく考えるべきだと思う

 

 

 

 

 

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