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2019年6月22日 (土)

10年後の8月

もしもだけれど

青空の彼が

わたしのことを考えてくださって

いたら

とても心配になるようなことを

わたしは書いている

描きたいことを描いているだけ

なのだけれどね

勝手ながら

女性であるわたしが

男性目線で考えてみると

だからといって

俺が幸せに?する?

そんなばかな

自信なんてないよ

てなかんじの

気持ちになるでしょうし

気持ちを伝えられたのに

10年も放置していて

罪悪感みたいなものも

あるでしょう

慎重さや警戒心もあるはず

などと想像する

青空の彼は

わたしにとって

何が幸せで

どうすればよいのか

などと

常々考えてくださるようなひと

多分そんなひと

だから

なおさら

今のままの方が

よいのではないか

わたしにとって

俺が接触することが

はたして幸せだろうか

はたまた

忙しい日常の邪魔にならないか

ブログにあれこれ書いてはいるが

本当は

もっと無理をしていて

我慢もしているのではないか

などと考えるのかもしれない

と思う

わたしと彼は

友人になるきっかけもなく

10年が過ぎた

その間

わたしはただ

待っているしかなくなった

なぜなら

そこにタブーが存在したからで

タブーがあると

動けなくなる

罪悪感については

わたしは告白されても

いい加減なところがあるから

あまり考えていなかったけれど

告白を断った男性は

そんな気持ちにさせて悪いな

くらいは

あるものなのかな

だけれど大人の男性なら

社会的地位や名誉

財産なんかを

守らなければいけなくて

オンナ

で失敗できない

未婚の女性だって

何を考えているのかわからないところに

わたしときたら

もっとややこしいからね

だけれど単純に

わたしは彼に会いたい

おしゃべりもしたい

何かの歌にもあったように

10年後の8月

また出会えるの信じて♪

なのだ

もっと自然にいて

当たり前に心が繋がっていたかった

だけれど

お互いを信じて

対等な男性 女性として

わたしと彼が話す日は

がっちがちを乗り越えなくては

やってこない

やってみたら

悩んだだけ損だったわと

思いそうだけれど

わたしにとって

彼の近くにいるという

ほっこりとした一番の幸せは

がっちがちの向こう側にある

彼が

がっちがちなわたしに気づいて

歩みよってくださる日が

10年後の8月であると

ロマンチックにも

わたしは信じている











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