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2019年9月10日 (火)

苦しい家族の姿

自分が不甲斐ないとき

許せないとき

思うようにいかないとき

苦しんでいるとき

助けて欲しいときに

人間は

平然としていられるほど

強くはないよね

苦しい場面で

幸せを見つけることが

得意なわたしにも

弱々しく泣き出したくなる

ところは

もちろんある

それに

息子みたいに

心のなかに苦しさをためていると

吐き出したくなるもので

その

吐き出している時は

こちらから見ると

わたしが傷つくことや

腹立たしくなることを

言っているものだから

こちらはいちいち

傷ついたり

腹をたてたり

愛する息子の言っていることだからと

数日してケロリと忘れたり 笑

わたしのやり方が

悪かったのだろうか

反省すべきことは

あるよね

などと悩んだりすることになる

でもまてよ

よくよく愛する息子をみると

こちらに対して

嫌なことを

言っているのではなく

助けて欲しい

苦しいよと

言っているようにみえるじゃない!

息子の言葉は

苦しい息子が

なさけなくて

どうしようもない

息子自身に向けて言っている言葉

なんだよね

だから息子が

しばらく吐き出したり

蹴散らしたりしたら

うんうんと

落ち着いた様子で

わたしが受けとめて

長く休ませる

という

おおらかな気持ちになれば

すっと

解決していくものがあるに違いないの

家族が

騒げば騒ぐほど

息子が原因だと

疲れれば疲れるほど

みえなくなるものがある

それに

例えばだけれど

わたしが息子を責めるなどして

わたし自身が

安心できる居場所にならなければ

息子が

帰るところがどこにもなくなる

つまり

家族が

表面上のことばかりを

みていると

奥に隠れた

助けて欲しいを

家族なのに

見落としてしまう

受け入れてもらえて

エネルギーチャージできる場所は

せめて家庭

母親のわたしでありたいと

わたしは思う

大切なものを

失うという

自分にとって一番

悲しい結果にならないように

したい

平穏な気持ちで

そうなんだね

つらいよねと

受け入れればよいものを

近道させよう

はやく解決しようと

自分の価値観や

自分の悲しさばかりを

押し付けている家族は

悪化していく

遠回りが近道ということに

気づいていかなければ

いつまでも

望む平穏な日々など

やってこない

問題が起きた家族がいたら

本当の苦しさに気づいて

理解する努力をすれば

自分もまた

苦しさから解放されると

わたしは思う






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コメント

こんにちは。
ももさんは、良く分かっていて、
ちゃんと実行していて、とても偉いと思います。
なかなかそれだけのことはできません。
でも、人間は、できるだけでいいと思います。
ももさんが考えてできるだけすれば、
状況に対して十分でなくてもいい。
できないことはできないのですから、
ももさんのせいではないです。
家族は本来、助け合って生きるべきなのです。
日本人は、どうも、完全でないとだめだと思いがちのような気がします。
あまり抱え込みすぎないで、
ももさんは、十分されているのですから。

ふうちゃん組様 こんにちは
ありがとうございます。
こんなことを書いていますが、
案外
適当にやっているような気が(^_^;)
自分が親にしてもらえなかったことで、
してもらいたかったことを、
なるべくやりたいと毎回思うのですが、
なかなか難しいです。
思い出せばわたしは、
雑でひどい扱いを
親からされていたものだわと
思ったりもします。
そうですね、
できないことはできないで、
やっていきたいと思います。
ありがとうございます。

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momo

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