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2019年10月 2日 (水)

違和感と考えかた

子供だけではないけれど

今回は子供で

子供のさまざまな問題というのは

何もないところに

起こる

ということはなくて

理由は必ず存在している

理由なんてわからないよという

理由も存在している

親が自分の考えかたを押し付け

世間体だけを考えて

子供の他人様からの見た目だけ

良くしようと焦り

理由のそのまた奥にある理由を

理解しなければ

悲惨な結果になる

また

親が心を弱くしていたら

そこにつけこむよからぬひとに

惑わされて

他人任せにした結果

子供を失っているひともいる

例えば

子供が引きこもっていたとして

なぜ親は

家にいる子供を外に出すことが解決

という単純な思考になるのかな

最初は親子で混乱しても

落ち着いて考えればわかるはず

なぜ

外に出たことを

みんなで喜ぶのかな

そこじゃないでしょう?と

違和感を感じる

目の前にいる子供は

理由あって

「自分を守るために」

引きこもっているわけで

溺れて藁を掴んでいるわが子の

藁を

親は取りあげる?

と考えるとわかりやすいかしら

もし

暴言や暴力があったとしたら

それは

苦しいから助けて欲しいと

叫んでいるわけで

家族は子供を刺激していないか

ということを

一度ゆっくり考えてみる必要がある

家族で

問題の子供を排除しようとしたり

おまえのせいでみんなが大変なのだと

被害者みたいなことを

言ったり表現したり

していないかしら

そんな家庭であれば

子供にとって

罪悪感と絶望感しかないと思う

子供の苦しい時期を

静かに待つなり

話し合うなりができれば

その方が

外に出たよりよほど

喜ぶべきことなんじゃない?

それでいつか

子供のなかから

ぽつん ぽつんと芽が出てきて

あんなこと

こんなことを

やってみたいな

という日がやってきたら

それこそが

喜ぶべきことなんじゃない?

子供の居場所をうばい

外に出た

働いた

からといって

うまくいったと思っている

親のことを

自分が楽な方へころんでんじゃないよと

残念に思う

きっと親は親なりに

一生懸命やってきたと

思うだろうけれどね

親が自分をかわいそうな親でしょと

思っているうちは解決など

見えてこない

かくいうわたしが

できているか

というと

まだまだできていないから

偉そうなこと

なのだけれど

引きこもりの子供が

施設や病院などで死亡した

というニュースを読むたびに

何とも言えない気持ちになるので

わたしの経験から思うことを

書いてみた







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