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2020年2月に作成された記事

2020年2月28日 (金)

悪いこと

感染症に便乗して

お金儲けをするひとは

多いと思う

転売 デマやガセネタで稼ぐ

ひともいる

イベント会社

大打撃でしょうけれど

マスクや消毒

手洗いソープの会社は

インフルエンザや花粉症だけでも

もうけ時だったから

もうかってますだよね

その他の

マスクを転売してお金儲け

デマやガセネタでお金儲けをしている

ひとは

ひとを苦しめて

のうのうとそのお金で

ごはんを食べているクズなわけ

だけれど

コロ☆ウイルスに感染したら

最悪亡くなるわけだから

お金があっても使えないよ

売り手は

こういう時こそ

多くのひとに

いつもと同じくらいの値段で売るべきで

わたしたちは

デマに惑わされない

ガセネタを信じて

根拠のない誤った情報を

配信しない

という正しい判断が必要だと思う

罪悪感を

罪悪感と思わず

生活のためだからと

一時お金儲けをすることを

正当化しているひとは

いつか

自分を苦しめることになる

世の中の悪いこと

というのは

ひとが決めたことで

悪いと知りながらも

悪いことをするひとは

都合よく自分を正当化している

悪くない

悪くないとね

これは

どんなことも同じで

その悪いことには

必ず

誰かを傷つけたり

誰かに恨まれたり

ということが存在していて

悪いことをしているひとは

それらを

見ないようにしている

だから悪いこと

なわけ

自分が行った悪いことが

小さくても大きくても

それはいつか

自分を罰することになる

そんなひとは

男女両方に

愛され

生涯ともにいようとは

思ってもらえない

これも罰といえるのかもしれないね

こんな時

わたしは

自分の利益を考えたり

取り乱してあたふたしたり

不安でいろいろなひとに

迷惑をかけたりしたくないから

とにかく静かにしている










ちょっとしたパニック

コ☆ナウイルスが

患者クラスターとなり

パンデミックなのかという

このごろ

おそらく広範囲に感染拡大した後

ではないかと

個人的には思うけれども…

持病持ちは危険と

言われても

毎日

食べなければいけないので

スーパーと薬局には

食材と洗剤を買いに

たびたびわたしは行っている

スーパーや薬局は

ちょっとしたパニックのようになっていて

ひとが少ない時に行きたかったのに

やたらに混んでいた

薬局では

マスクやアルコールは完売

わたしは持病があるから

マスクやアルコールは

常に自宅にある

アルコールは少なくなっているけれども

これだけマスクを

買い求めて

みなさんが殺気立つとは

咳をしていたり

マスクをしていたりすると

以前より

視線を向けられる

咳は

感染を恐れていると思うけれど

マスクは

どこで購入したのか

という思いが強いのかな

そのうち

マスクを奪われるようになるのではないか

それより

免疫機能が高いひとは

マスクやアルコールを探し回らずに

自宅で安静にしておいた方が

感染リスクが少ない

感染しても治りやすいと

思うのだけれど

免疫機能が低いひとのためにも

うろついて騒いで

ウイルスをばらまかないで欲しいもので

初めに発生した時に

こうなることは

わかっていたのだから

マスクを買っていたら良かったのにねと

思う

以前

タミ☆ルが足りなくなり

処方してくれと

高熱のある子供をつれ回している親を

見たときも

同じような気持ちになった

インフルエンザならばなおさら

自宅で

消化のよいものを食べて

水分を摂り

暖かくして

寝かしてあげたら治りやすいのにと

思った

寒いなか

つれ回していたら治るものも治らない

しかも新薬って

まだわからないことだらけ

だったわけだから

わたしたちは

予防して

感染したら病院に行く

感染していないなら

病院はひかえる

用事がなければ

やたら出歩かない

ということしかできないと思う

静かに過ごしていたい

2020年2月20日 (木)

守られている

誰にも

守られていないような

わたしではあるけれど

それは少しひねくれた考え方で

わたしは

さまざまなひとに

いろいろな形で

守られている

そのなかには

家族もいて

青空の彼がいて

彼は

わたしだけではないとは

思うけれど

さまざまなひとや

わたしを守ろうと

してくださっていると

感じる

守りたいものがあるひとは

いつの間にか強くなる

わたしは

強くなりたいと思ってきたけれど

ひとはもともと弱いもので

弱いままでも

できることは多くあって

弱いままでも

守れるものはあり

守ることはできる

だから彼に

そして出会ったすべてのかたに

ありがとうと伝えたい


誕生日おめでとう




2020年2月18日 (火)

後悔すること

椿姫で

記事にしたことがあるのだけれど

印象的なわたしの初夢のはなし

夢のなかで

青空の彼とわたしは

海外らしき場所で

椿姫を観劇していた

テノール歌手の男性が

素晴らしい声量で歌っている

現実のわたしは

椿姫をよく知らなくて

夢でみるというだけでも

意外なことだった

すると彼が

イタリア語を日本語に翻訳して

不機嫌そうに

わたしの耳元で伝えてくる

テノール歌手が歌う

彼が耳元で話す

テノール歌手が歌う

彼が耳元で話す

という具合に繰り返して

時に

あきれたような

ふざけたような表情をしていた

目が覚めて

今の青空の彼だったよね

椿姫だったよね?と

思い

YouTubeでマリアカラスさんの椿姫を

観てみた

第一章の乾杯の歌が終わり

体調不良の椿姫に

男性が愛を伝えるシーンがあって

あっ

夢で聞いたのは

このメロディだわと思った

同じメロディが存在することに

驚いた

日本語訳を見ると

愛にあふれた言葉が

続いていた

そのシーンの

テノール歌手の男性が歌う様子を

他の動画で観てみたら

わたしが夢でみたものと同じだった

彼から聞いた

翻訳された日本語は

起きてから覚えていなかったけれど

彼が翻訳したシーンは

これねと確信した

という不思議な夢体験だった

彼が

わたしのことを

どんな風に思っているのかは

生涯わからないことだけれど

わたしが

10年毎日のように

彼を思うには理由が

あるのかもしれない

彼がアクションを起こしてくださらない

かぎり

もう

わたしから動くことはできないので

彼とわたしは

話すこともなく

お互いの考えを知ることもない

いつか会って

カフェでお茶でもいただきながら

おはなししたい

ふたりでお花見に行きたいを

諦めたら生涯

わたしは後悔すると思う

でも

その日がきたら

お手洗いには気を付けたい  しょぼん






失禁してしまったわたし

お食事中でしたら

申し訳ないです

*****

もうすぐわたしの誕生日なので

次男と

おいしいものでもいただいて

お祝いしようと

リーズナブルでおいしい焼き肉屋さんを

次男が見つけて

食べてみたいと言うので

いいよとばかりに

初めての焼き肉屋さんに

ふたりで行ってきたのだけれど

かなり久しぶりの

とりあえず生!

次男は烏龍茶

で乾杯して

お肉をいただいてみたら

驚くほどにおいしくて

焼きながら

お酒を流し込むように

ぐびぐび ぐびぐび

飲んでいた

おっさんかっ

レモンハイも注文

きっと氷を溶かしてから

いただくもの

だったのかもしれないのに

このお酒

少ない?とわたしは勘違いして

ぐびぐび ぐびぐび

飲んでいた

気づくとお店の前には

長蛇の列が

できていて

次男リサーチにより

開店前に並んで正解だったと

思いながら

並んでいるひとを見ていると

はやく食べ

はやく飲み終わらないと

という気持ちになった

次男が食べていることが

嬉しい

という気持ちもあり

次々と飲み食いしてしまう

しばらくして

わたしの唇に違和感が

歯医者さんの麻酔のような

唇がしびれたような

腫れているような

ビリビリビリビリとした感覚に

なった

なにこれ?と

思ったのだけれど

次男には言えず

酔っ払ったかなと考えて

お手洗いに行こうとしたら

うまく歩けなかった

お手洗い終了後

早々に会計をして

外に出たのだけれど

歩いている途中に

失禁してしまった

ひどい咳が出ているから

はやく帰ろうと

次男が言ってきたから

それもそうねと

帰る途中だったのだけれど

いったいなぜ

失禁してしまったのか

アレルギーでも起こしていたのか

わからなくて

自宅に着いてからは

次男が

ショックを受けてしまったのではないかと

心配になって

ひどい動悸のまま

お洗濯やお風呂を優先した

しばらくして

激しいお腹の痛みが始まり

何度も

お腹をこわしてしまう

自宅に

長男と旦那がいないので

次男は心配したと思う

なんだかわからないけれど

調子にのるのは

やめよう!と思った

  アハハ

笑い事じゃないのかも?









2020年2月17日 (月)

長い間ありがとうございました

最後の作品になります

デジブック『 飛べない鳥 』

http://www.digibook.net/d/3b55e13f80483c3177c335863242c68f/?m

BGMは

ワルツ第7番 嬰ハ短調です

季節が移ろう

もの悲しさを

表現してみました

毎年桜の咲く頃になると

今年は青空の彼と

お花見に行けるのではないか

誘っていただけるのではないかと

思うのですが

桜散る頃

願い叶わず

悲しくなるので

最後にその思いを

表現してみました

青空の彼と

いつかお花見ができることを

夢見ています

桜が一番のわたしの思い

ですので

というわけで

絵手紙のラブレターは

この作品で

最終になりました

過去の作品は

ここで公開していないものも含め

3月までは

観ていただけると思いますので

ご興味があるかたは

ご笑覧ください

長い間

絵手紙のラブレターに

お付き合いくださり

本当に

ありがとうございました

感謝をこめて




 

最後2作になりました

慌ただしいのですが

最後2作の公開をします

デジブック『 愛は素晴らしきもの 』
http://www.digibook.net/d/4714a3fba0ca3e786b8fbf2200488689/?m

歌劇「椿姫」より 

短い作品になりましたが

ワンフレーズにうまく収まりました

以前初夢で

椿姫を観劇している

青空の彼とわたしの夢を見て

彼がとあるフレーズを

翻訳してわたしに聞かせてくれていて

という記事を書きましたが

当時

わたしは

椿姫をよく知らなかったので

彼が翻訳していたシーンの

テノール歌手の男性が歌う

イタリア語を

目が覚めてから調べてみたら

実際に存在していて

愛にあふれた内容だったという

不思議な体験をしましたよね

今回は

乾杯の歌ですから

浮かんできた言葉を

のせてみました

よかったら

お楽しみください


 

2020年2月16日 (日)

秋桜をください まだ続きます

隠された情熱の赤を

表現してみました

こちらも

残り少しの公開となりますが

お暇なときでも

ご笑覧いただけると

幸いです

デジブック『 秋桜をください 』
http://www.digibook.net/d/35d4eb7b904d347d6e81a504f658c7db/?m

BGMは

ピアノ三重奏曲第2番です

 

2020年2月14日 (金)

残り少しとなりました 美しさよ永久に

バレンタインなので

恋する透明な気持ちを

お花で表現してみました

作品は

今月17日まで

作成できるので

途中やめになっていた

絵手紙のラブレターを

仕上げたいと

思います

BGMは

即興曲第2番です

* 美しさよ永久に*

http://www.digibook.net/d/e285eb5f808d1ee870eda7928c41c7dd/?m

よかったら

ご笑覧ください

感想などいただけると

嬉しいです


 

 

何かくる

気のせいかもしれないけれど

今朝から

奇妙な空気を感じる

やけに静かというのか

風が止まったような

時が止まったような

なんていうのかこのかんじ

なんとも表現しがたい

わたしの耳が

聞こえなくなったのではないかと

指を鳴らしてみたけれど

よく聞こえる

だいたいわたしは

コンクリートの自宅に

いることが多いから

外で感じるわけではないのだけれど

森のなかにでもいたら

もっとわかるのかもしれない

何かくる

といったような

感覚がある

地面や植物

小鳥が静かすぎて

空気が止まっている




2020年2月13日 (木)

とある被害に思う

実は

身近でせい被害の問題が起きて

加害者側が知り合いのなかの誰か

ということで

わたしは複雑な思いでいる

詳しい内容は

守秘義務で話せないそうで

わからない

次男は

守秘義務で話せない

というのだから

それで終わりにしな

いちいち詮索しない

騒ぎ立てない

あのひとが悪いことをしたのか

などと疑うのは失礼だ

と疑わしきは罰せず

というようなことを言ってくる

次男は今年で

親権争いの対象から外れる

すっかり大人になったわと

次男を横目に

わたしは気になって仕方がない

不安にもなる

わたしは無知で

教養がないので

よくわからないのだけれど

最近

女性がせい被害を訴えることが

増えてきたように

感じる

昔は泣き寝入りしていたのかも

しれない

それを考えると

訴訟を起こせることが

女性を守ることになるなら

良かったと思うものの

男性からしてみたら

身に覚えがないということも

あるのではないか

訴訟を恐れてばかりいたり

するのではないかと

思う

女性が

本当にせい被害を受けたかどうか

というのは

だいたいがはっきりと

わからないことなのでしょうけれど

女性側は

お金目的ではないか

妄想ではないか

腹いせではないか

などと疑われた時

被害が事実なら

ひどく傷つくでしょうね

被害が事実ではなく

女性が

パーソナ☆ティー障害であったり

妄想であったりした場合

女性は本当だと

思っているから

なかなか難しいことだと思う

ならば

訴訟にならないように

対策 対策

ということになるよね

お互いに愛し合っていた

なんて

勘違いかもしれない

というくらいに

曖昧で

証拠がなければ

男性がしらばっくれれば

有罪になりにくいでしょうけれど

真面目なひとで

そう思わせたことに謝罪すれば

有罪なの?になるでしょう

被害が本当なら

許されないことだけれどね

うかうかしていると

とんでもないことで

蹴落とされる世の中に

なっているのだわと思う





2020年2月12日 (水)

どっぷり

わたしは

ひとにやたら依存しないで

ひとりでできることはだいたいやる

から

依存して

見捨てられた

という被害妄想のような

感覚はないのだけれど

ひとはみんな

もっとべったりと依存したり

見捨てられないように努力したり

だから不安になったり

するものなのかなと

今回のことでは考えさせられた

依存したら

自分の思いは根こそぎ

相手に持って行かれて

相手を必要としすぎたり

相手がいないと

生きていけないような

感覚になるのかもと

想像する

無防備に自分を丸投げする

みたいなことかしら

一線を引かないというのか

少しも距離を置いていないというのか

そこまで相手に依存していたら

相手が

家族であれ

恋人であれ友人であれ

ペットであれ

いなくなった時

大変なことになるのでは

という気がするけれど

深入りしないように生きている

のも

見捨てられないように

深入りしないのかもしれないよね

どっぷりとした関係は

わたしにはわからないけれど

たまにはどっぷりも

いいのかもしれない

わたしは

ひとにたいして

どこか冷めたところが

あるから


依存心

義理の両親は

子供に

かなり依存するタイプで

近くの病院にひとりで行けない

病院でも何もできない

わたしの両親は

子供に依存しない

遠くの病院にひとりで行く

病院でもひとりで何でもできる

両方の両親の

年齢差はほとんどない

義理実家はというと

義理の父が入院後

ホームに入っている

いなくなって初めて

義理の父が気遣いができるひと

だから

義理の母は

今までやってこられた

それに義理の母は

義理の父にかなり依存していたと

わかった

しばらくして義理の母の

依存が強くなり

病気もあるので

義理の母もホームに入ることになった

義理の父と一緒に

同じホームにお引っ越しする

ふたりで暮らせることを

母は嬉しく思っているようで

ホームに入ることを

嫌がるひともいるなか

わたしはちょっと安心した

ふたりはさほど

仲が良さそうに

見えなかったのだけれど

わたしの両親は

誰から見ても

とても仲が良いので

義理の両親は

そうでもないように見えただけかも

しれない

もう

お墓も購入してあるというので

なんだか意外だった

わたしは

義理実家にたいして

娘のようにかわいがっていただいた

嫁だから

介護しなくてはと張り切って

責任を感じていたのだけれど

子供の看病が大変だからと

気遣ってもらい

出番がなかった

ふたりでホームに入ったら

どのようにお手伝いしていいものか

悩んでいる

最近は

嫁が介護をする

という感覚はないみたいで

実子が世話をして

ホームに入るのは当たり前

というように

ケアマネさんと

はなしが進んでいた

わたしは

こんなに楽をしていいのかなと

申し訳ない気持ちになったけれど

そんな時代になっているのだわとも

思った

失礼ながら

ホームのお金の心配は

今のところないそうで

安心した

さらに

義理両親に

負担にならないよう

病名などは伝えずに

きょうだいで

うまくきっちりやっているようなので

わたしは感心しながら

口出しはしないで

ちっちゃくなっている

わたしの母が

ひとりで介護をしてきたひと

なので

大変さがわかり

わたしも義理両親をお世話したいと

思ったのだけれど

義理の父は

お嫁さんのわたしには病気の姿を

見られたくないらしい

それにしても

義理の母の依存心

というものはいったい…

心細いのでしょうねと想像して

いろいろ提案はしてみたけれど

どうやら違うみたいだった







2020年2月10日 (月)

介護のはなし

自分の両親

義理の両親

きょうだい

パートナー

自分と

介護が必要になる可能性は

誰にでも平等にある

若くても

歳を重ねていても

いつどうなるかなんて

わからない

若くして結婚したら

義理両親との関係は長いから

できるだけ力になりたいと

思うけれど

遅く結婚して

いきなり介護だったら

とても大変なことだから

戸惑うと思う

子供なら大丈夫かというと

そんなことはない

子供は小さな頃

病気ばかりする

さらに成長過程で

さまざまな病気になる

子供に

付きっきりで

看病してきたわたしみたいな

ひともいれば

元気に育ってくれた子供

もいるわけで

両親の片方が亡くなる

または離婚すれば

もう片方だけで育てる

ということになる

誰がどのように介護していくか

という問題になった時

だいたいひとりに負担がかかるもので

うまく相談していかないと

介護疲れで

介護していたひとが

病気になることだってある

そんなことばかり考えていると

結婚や出産が嫌に

なってしまうかもしれないけれど

家族になったら

好きだからというだけでは

乗り越えれない問題が

わんさわんさと現れてくるもので

だから

相談する 思いやる

という気持ちを忘れないように

乗り越えていけば

失うものばかりではなく

得るものも多くあると思う

自分に問題が起きた時

その時乗り越えなければ

似たような問題が

またふりかかってくると

思うから

ひとつひとつ

乗り越えたり

解決していったりしなくては

不思議と

苦労続きということに

なるよね

生きていくって大変で

時に無力で

後悔ばかりするよね


2020年2月 9日 (日)

タイムスリップ

バレンタインの思い出

といえば

青空の彼

というくらいに

時は

10年前の

バレンタインで止まっている

わたしが

10年前に

タイムスリップしたら

どうするかなと

考えてみたけれど

後悔しないように

同じことをするかもね

もしかして

今も10年後から

タイムスリップしていて

何かを

やり直そうとしているかも

しれないじゃない?

だとしたら

この

ラブレターを書いていなければ

いけないように思う

10年前のバレンタインに

GOD☆VAのチョコミントスティックを

青空の彼に渡した

甘いものが好きそうに見えなかったから

チョコミントにしたのだけれども

あれから10年

10年目のバレンタインが

こようとしている

しかもね

もうすぐわたしの誕生日(*’ω’ノノ゙☆パチパチ

10年間

ずっと彼が好きで

毎日

彼のことを考えている

客観的にみても

怖いわたし 笑

たまに

忘れている時もあるけれど

1日に1回は

どうしていらっしゃるかなと

思い出す

重いといえば重い

軽いといえば軽い

わたしの気持ち

それにしても

彼が

わたしの人生の大部分をしめたひと

になったことは間違いなくて

ひとりのひとを

長く思っていられたなんて

なかなか

素敵なことじゃかいかしら(*’ω’ノノ゙☆パチパチ

彼は何も

知らないと思うけれど

わたしは

10年目のバレンタインに

乾杯したいと思っている






2020年2月 8日 (土)

お悔やみ申し上げます

最近

多くのかたが

お亡くなりになりました

お悔やみ申し上げます

今回の新作は

後少しの公開にはなりますが

漠然とした不安が

テーマになります

お悔やみの気持ちで

作りました

もしよろしければ

ご笑覧ください

デジブック『 ラベンダーな恋人 』

http://www.digibook.net/d/1a44a37f919f0a75712ea502045007cf/?m

BGMは

動物の謝肉祭 水族館です

 

 

 

 

 

2020年2月 7日 (金)

感染わかるのかな

新型の感染者のかたが

増えて

持病のあるひとは危険

とニュースでは言っているけれど

わたしなんて

いつも咳が出て

熱も出るから

感染しても初めは

わからないのではないか

という気がしている

かかりつけの病院には

相当ひどい体調にならないと

喘息のお薬がなくなるまでは

診察に行かないから余計に

それに

喘息の治療を始めてから

風邪というものが

よくわからなくなった

幼いころから

風邪をひくと

長引き

ひどい状態になるところが

わたしには

あったのだけれど

喘息の治療を始めてからは

えっ?

これがみんなのいう風邪?

快復の速さと

辛さが全然違う

速くて楽ということに驚いた

喉の痛みも

お薬が治してくれる

風邪がよくわからなくなっている

くらいだから

新型でも

わからない気がしている

そういえば

喘息を診断される前に

喘息のひとは使用できない

薬局で買った風邪薬で

喉がだらんとしたのか

咳が止まらなくなったことがあった

新型は

予防していくしか

ないのでしょうけれど

感染したらしたでね

きっと

どうにかなるでしょうねと

考えている

それにしても

医師のみなさまは

命を守るという

大変なお仕事をされているのねと

しみじみ思う

お疲れ様です

お疲れ様という言葉では

足りないかも

わたしも

今日も呼吸ができて

医学に守られているのだわと

思う

出会えたすべてのひとに

ありがとう

それからついでに?

ごめんなさい








2020年2月 6日 (木)

行ってみたいな

次男が

楽しく食べられるように

なってきて

たまにふたりで行くランチが

楽しいこのごろ

もっと行きたいけれど

もも宅は

エンゲル係数が高いから 笑

たまにね

平日のカフェは

のんびりできて

お気に入り

食べながら次男と

何を話しているかというと

なぜこのお店がおいしくて

人気なのか

ということが多いかな 

次男が

食材のお買い物につきあってくれた時は

人気商品を調べて

次男が知らせてくれる

100グラムの値段差や

買い物かごの合計の計算が

素早いから助かる

よく覚えているなと思う

カフェでは

お隣から

おばさま同士の悪口が

じゃんじゃん聞こえてくるところ

わたしたちは

味やバランス

見せ方などを

わいわいと話している

それで

帰ってから

真似して作ってみるのだけれど

企業秘密があるから

なかなか同じようには

完コピできない

突然だけれど

青空の彼とも

1ヶ月に1回か

2ヶ月に1回かくらい

カフェめぐりをしてみたいな

という夢がある

カフェは

内装やソファーが

個性的で

癒しの空間になっているところが

多い

子供がちいさなうちは

ファミレスや

遊園地みたいなところばかり

行っていたから

カフェでまったりするなんてことは

なかった

などと思いながら

あったかいコーヒーを持ち

ソファーに深く座ると

落ち着く

長男がよくカフェみたいなところで

勉強しているのも

わかる気がした

お店により

コーヒーの味がまるで違って

先日次男と飲んだ

ハワイコナは

酸味とフルーティーな香りが

幸せだった

わたしなんて

すぐ幸せを感じられるから

安上がりよね

思っていたら

次男も

幸せ

何されても怒れない気分と

言っていた

なのでわたしも

負けじと

殴られても怒らない

明日世界が消滅しても

ちょっとしか後悔しない えへへと

言ってみた

それでふたりで

ふふふ

ふふふふふと

笑っている

いつもわたしを

守ろうとする次男の気遣いに

申し訳ないと思いながら

それにしても次男

しゃれおつめし好きで

今どき男子だわと

思った

そんなわけで

コーヒーのおいしいカフェや

おすすめランチがあれば

行ってみたいので

ぜひぜひ

教えてください






偏頭痛その後

偏頭痛は

症状がいろいろあるから

頭痛外来で

検査しなくても大丈夫と

かかりつけのドクターに言われ

ならば大丈夫かなと

ギラギラして見えづらくなる

という症状は

検査しないままでいる

また貧血が

ひどいのかもしれないと

血液検査だけしたところで

まだ結果は出ていない

最近になって

喘息は相変わらずだけれど

胸のあたりが

ざわざわむずむずする

にも悩まされている 

ざわざわむずむずも

先日書いた目のことも

そのままにしている

偏頭痛前に

ボケっとおかしなことをする

という症状

だけれど

最近

旦那の仕事がさらに

忙しくなり

夜中の1時くらいに

帰宅する日が多かった

お仕事が忙しいのだからと

気を遣っていると

飲み会だったということもしばしば

でも帰宅してから

がっつり食べる

それでついに不規則になって

夜勤が入ることに

なったのだけれど

旦那は

どうやら夜勤にパニクっているらしく

3日くらいは泊まりで

帰ってこられないと言っておいて

3日すべて帰ってきた

さらに事前に

帰宅時間を教えてもらうも

すべて間違っていて

夜中や昼間に

急に帰ってきたと思えばまた

出て行くを繰り返し

朝早いからなとキレぎみに

わたしに伝えたと思えば

朝遅い

何度も何度もお風呂に入り

帰ってくるたびに

何も食べてない

わたしを睨むので

すぐに食べられそうなものを

適当に用意したり

お買い物先で

なぜ帰ってきている?と驚いたりして

いるうちに

ほとほとわたしは疲れてきて

しまいに

食器を洗面所に持って行く

という間違いを

するほどに

追い詰められてしまう

これには自分でも笑ってしまった

というわけで

偏頭痛のボケか

普通のボケか

わからなくなったこのごろ

なぜ旦那の予定が

間違っているのか

時間について逆を言っているのか

わからないけれど

考えていたら

疲れるので

放っておくことにした

長男は海外に行くみたいで

相変わらず

わたしとは話さない

返事もしないのだけれど

出かける時も

何も言わず

突然帰ってきて

長男は食べないことが多いから

いろいろ心配

次男とは

昼間や夜中におしゃべりするから

一日中

誰かに起こされているような

寝不足で

他にも

両方の両親のことで

いろいろあって

これは自分の考えかたや

見方を変えないかぎり

悩まなければいけないこと

ばかりになって

抱えきれなくなるから

優先順位を考えて

臨機応変にやっていかないと

どれもこれも

一生懸命にやるなんて

わたしが壊れてしまうなと

思っている












2020年2月 4日 (火)

跡取り息子のはなし

いまだにあるのかな

跡取り息子問題

わたしが

義理の両親を

尊敬できるところは

跡取り息子

のはなしや

学歴や職業

家柄のはなしを

一切しない

孫に

将来何になって欲しい

という希望もなく

誰かと比べる

ということも一切しない

真面目で働き者なところで

義理の母とは

初めてお会いした時から

ずっと仲良し

義理の父もとても優しい

その両親が育てた

息子である

旦那も

跡取り

学歴や職業にこだわらず

家柄のはなしもしない

誰かと比べることもせず

それらのことで

差別的で無神経な発言もない

DVはおいておくとして…

わたしの実家は

開業医さんや

医師ばかりの家系のかた

ほどではないと思うけれど

平家の末裔で

皇☆の血をひく

ということで

跡取り息子が必要だった

父が跡取り息子 なぜか父は5男

なのだけれど

嫁いできたお嫁さんが

跡取り息子

男の子に恵まれない

ということは

時代もあるのか

大変みじめなことで

プレッシャーもあった

わたしの若い頃は

健在だった母方の

親族をすべて長にする祖父

の影響が大きく

わたしの両親は

家柄

職業

学歴に偏見があった

差別的で無神経な発言もあった

わたしが

絵や習字 作文で

賞をとった時は

両親に

さほどほめてもらえず

数学で学年トップになり

廊下に名前が貼り出された時は

父だけがほめてくれた

成績が中の上くらいで

お嬢様らしく上品

見た目がよく

よいところにお嫁に行き

おとなしくすることを

母には

常々望まれていたように思う

わたしに

ファンクラブができたり

もてたりすることは

母にとっては

汚らわしいことだった

かといって

跡取り息子が必要な

家柄や家系に

わたしを嫁がせて

姑が厳しく

周りの女性が高学歴揃いで

わたしにマウントするような

ことになり

男の子を産む道具のように

され

産めないことを責められる

という相手との結婚は

姉も母も望んでいなかった

姉はさらに

生まれてきたわたしの子供が

高い偏差値を求められて

そのことで

わたしが責められたり

実力がなくて

子供が苦しめられたりすることが

嫌だ

自分もそうなりたくないと

よく話していた

とはいえ

わたしは結果的には

男の子ふたりを授かり

わたしのいとこにT大卒が

何人かいるから

遺伝なのか

長男は勝手に高学歴なのだから

世間体や自己満足で

無理に望んだところには

望んだ結果はやってこない

というのが

世の常なのかもしれない

そんなわけで

両親は

相手はほどほどがいいからと

わたしのお見合い結婚を望んでいた

わたしが19歳くらいになると

机の上に釣書が積み上げられていた

わたし側の釣書は

田舎の誰が見ても腰が引けるような

親族の内容だった

だけれど

実は父は田舎で一番のおひとよし

頭がよくて

とにかく優しいひと

父方の祖父は

神童その後

あふれんばかりの財を持ちながら

ほとけの○○さんと

呼ばれたほど

寄付ばかりしていたひとで

祖母は

究極のお嬢様ではあったけれど

母は

茶道の先生といいながら

だいたい下品な

涙もろいだけのひとだから

腰が引けることも

なかったと思う

ただ釣書の

わたしだけが

ぽつんと普通だった

姉はお見合い結婚だけれど

結婚する前後に

どうでもよさそうなトラブルがあって

一回あると

ずっともめるもので

それを見ていたわたしは

ささいなことで

トラブルになるのだから

わたしが結婚する時は

旦那さん

両親

義理両親を守って

間でうまく

やらなくてはねと

考えていた

お見合いは肩書きから入るから

恋愛とは違う

恋愛は後からいろいろ知ることが多い

旦那とは恋愛なので

結婚前に

義理の父母に

わたしのことを

どんな風に言われたのか

気になって

聞いたことがあるのだけれど

旦那が

結婚したいひとがいる

普通のひとだよ

と報告

義理の母が突然のことで驚いて

そんな遠くから

きてくれると言ったの?と

言った

くらいだったそうで

息子のことを信用しているからと

義理両親は

無条件に大賛成してくれた

そのあと

結納の時

初めて実家にきた義理両親は

普通のひとではないじゃない!と

ひっくり返ったらしい

わたしの両親も

大賛成してくれて

きれいな

という表現が当てはまるかどうか

わからないけれど

その前に泥沼を経験しているから

きれいな結婚だった

わたしは若い頃

お人形さんのよう

お花が咲いたよう

姫様と言われてきたけれども

なかみは

いつも自由を求めていて

妙な正義感があるものの

どちらかというと

やんちゃな性格

だったと思う

結婚当時

旦那といて心地よい部分は

何だったのだろうと

考えてみても

よくわからなかったけれど

悪口を言わない

真面目

ということだったのかなと

今となっては思う

ちなみに

次男に

孫が男の子なら喜び

女の子なら喜ばない

お嫁さんが

妊娠しないことをとがめ

男の子を産めという

両親がいたらどう?

田舎にはわりといるよと

聞いてみたら

存在事態を知らなかった

みたいで

自分のお嫁さんにそんなことを

言う親とは

絶縁すると

答えた

ついでに

昔は男の子が多く生まれたら

養子に出していたみたいで

ママも

母方の祖父母に

次男をくれと言われたことがあるよ

もちろん即答で断ったけれどと

話してみたら

驚いていた

子孫を

繁栄しようと躍起になっている

ところは

男の子に恵まれず

子供の気持ちも離れていき

優しい気持ちを持っているひとたち

のところには

男の子ばかり生まれて

義理実家は

また?というくらいに

男の子だらけというのだから

不思議なもの

次男もすっかり大人になって

あとは

健康になってくれたらと願うばかり










2020年2月 2日 (日)

心の花 後少し公開中

新作です

心の花

たましいの花は

枯れることなく

この道を

わたしの人生を彩る

心から望むやりたいことは

小さな心にも

それは美しい花を咲かせはじめる

世間の声などつゆ知らずと

心の声のままを

溢れんばかりに

大切に

できたなら

それは

思うように

思いっきり生きるための

たましいに宿る

熱い光となる

さあ一緒に

笑顔で

光の花を咲かせよう

新作が完成しました

今回の

隠れ見どころは

後半に右上斜めに飛び立つ

二匹の虫と

飛び立たれて

どこかさみしそうな

次の写真です

心の花

http://www.digibook.net/d/1884c1d3b0cf1cec7a2127122e4a46cf/?m

BGMは

ハレルヤです

美しく咲いてくれた

はなばなも

ご笑覧いただけると

幸いです

 

カードを盗まれた過去

男女の間で

お金のはなしがでたら

騙されていると

思った方がいい

と言うけれど

案外騙されているひとが多い

男女がお付き合いするときも

デートは割り勘

ごちそうしてもらう

ごちそうするを

どう考えていく?という

やりづらさがあるから

ちょっと苦手

それから年収

ハイスペをねらうオンナが

いるなんて

なんだか面倒くさいね

お付き合いをするとき

お互いを

信用できない

お金目当てか

何目的か警戒もしている

なんて始まりかた

わたしには経験がないけれど

嫌だな

男女で年の差があると

男性がかなり年上の場合

年収が高くて

見た目が若そうに見えても

気持ち悪い

女性にコンプレックスがあるのかな

またはパ☆活?

なんて思う

世間の目がある

育った環境

家族

学歴

つりあいがどうとか

ほんと

男女のお付き合いには

いろいろ面倒なことがあるよね

それらが

スムーズにいくか

ふたりで相談しながら

うまくやっていくか

なのでしょうね

実はわたし

以前

お付き合いしていた男性に

カードを盗まれた経験があって

気づいた時には

結婚資金にしようとしていた

貯金を全額ちかく引き出されていて

泣いたことがあった

お金よりも

ばれたら別れたらいいと思い

使い続けていた

という彼氏の

あまりにひどい言葉に

号泣したことがあった

旦那と結婚してからは

旦那に盗まれたり

浪費されたりは

もちろんないけれど

お金のことでは

父にばかり助けてもらってきた

わたしはお金を

大事に使ってはいるものの

執着していないというか

必要なだけあればいいよね

くらいで

無頓着すぎるのかも

しれない

あればあるで

助かるけれど

なければないで

工夫して暮らすのも

いいじゃない?

というのんきさもあるから

そこに漬け込まれたり

するのかな

お付き合いするひとは

いつも100%信じているから

カードの件は

まさか

の出来事だったのだけれどね

















お腹が痛い女性

体調不良で

いたたまれず

お腹が痛い女性の

カップル動画を観ていたら

男性が女性の

おなかや背中をなでたり

大丈夫?

楽になる方法ないかな

何か飲む?

食べたいものある?と

言って慌てていて

最近の若者はこんななのかしら

それともこれが

普通なのかしらと思ったら

じんわり涙が流れた

涙の理由は

わたしが病気の時の

旦那の態度もあるのだけれど

女性が動画で

自分は愛されている

彼氏は優しい

ということをアピールしたい

とはいえ

息子達が

真面目で不器用なところを

認められずに

これらばかりを求められたら

という

母親目線もあり

複雑な気持ちになった

息子を育てた経験から

どれだけ大切に

育てられたか

という目線が加わり

男性を無下にできなくなったわたし

わたしは

お腹が痛いからと

旦那に

おなかや背中をなでられたこと

大丈夫?と言われたこと

楽になる方法ないかなと言われたこと

何か飲む?

食べたいものある?と

言われたことが

一度もない

元カレは

命を捨ててもいいくらいに

愛してくれたひとたち

だったから

旦那には驚いたな

それにしても

動画で優しい若者を観て

これが普通なのか

優しいのか

やらせなのか

よくわからなかったけれど

男性は

女性より

デリケートで繊細

それに

女性のために頑張るよね

男性の

女性の扱いが

完璧ではないところが

大事にしてくれそうな印象にもなる

ところで

男性は

きれいな女性を見ると

財布とおパンツの紐がユルくなる 

というのは本当なの? ぷっ

それでころりと

計算高い女性に騙されるのかな

なんとも

気の毒な気がする

だけれど女性も

いかにもちゃらい男性に

お姫様気分にさせられて

貢いだり

尽くしたりして

破産するのだから

お互い様かも

だけれど

きっと

自分が

男性や女性に逃げていたり

ストレス発散の道具にしたり

お金のために利用していたり

というつきあい方を

しているひとは

それなりのひとしか近づいては

こないのでしょうね
















昭和かっ

子供の教育や

家族のありかた

夫婦や

恋人のありかたが

昭和かっ

てくらいに昭和の考えかたは

古くなっていて

専業主婦をして

家庭や子供を守り

生活していくわたしのスタイルなんて

寄生虫と言われる時代になった 笑

わたしなりに頑張ってきたと

思うんだけどな  

子供の育てかたは

年々変わっている

昭和の育てられかたをした

ひとたちが

自分は殴られたり

暴言をはかれたりして

這い上がるように生きてきた

それがよいと

考えて

同じように今の子供を教育したら

大変なことになる

だけれど

もっと前の戦争の時代なんて

命が羽のように軽く扱われていて

命令は絶対だったわけだから

さらに今の教育なんて

わからないと思うんだよね

たまに

自分が苦労してきたから

若いひとも苦労しなさいよと

考えているひとが

いるみたいだけれど

自分がやられて良かったことを

ひとにやる

というのならわかるけれど

自分がやられて傷ついたり

苦しかったことを

ひとにやる

というのは

嫉妬みたいなものかしら

自分の息子や娘にも

そんをなことができるの?と

聞いてみたいくらい

案外そんなひとは

自分の息子や娘が

ちょっとでも

暴言や暴力を受けると

騒ぎ立てるのではないかなと

思う

それに

年配の先生が

昔はそれで立派に育っていったのよと

よくおっしゃるのだけれど

その

立派に育っていったのよ

というひとの

人生を

先生は

最後まで見てきたの?と

問いたくなる

もしかすると

緊張が強くて挫折したり

病気になったり

うまく生きていけていないかも

しれないじゃない?

虐待についてもだけれど

しっかり線引きされるようになり

教育も

子供の権利も

働きかたもどんどんと変わっていると

感じる

わたしの年代と

姉の年代でも

まるで考えかたが違う

怒りかたも

怒る内容も

違うのだから

自分がよいと思う考えかたを

選択して

自分に取り入れて

柔軟に対応していければいいなと思う

とはいえ

張り切りすぎてもいけないから

たまには

なーんにもしない

ということも案外ありだよと思う







お医者さんと患者さん

多くの同じ症例を

患者さんよりも目の前で

見てきているドクターは

同じ治療を

何度もしている

もちろんお勉強もされてきている

患者さんは

なんとかの会に所属しないかぎり

同じ病気のひととは

滅多に出会えない

ネット情報もあやしいものが多い

ドクターが

病気をしたからといって

特別いたわってもらえるわけも

なく

知識があるひとは

あるひとで

知っているだろうからと

助けてもらえず

知識がない患者さんは

本人もまわりも

運命だから仕方がないと

あきらめるしかない時もある

患者さんが

病気の知識を

知らない方がよいのか

知っている方がよいのかは

ひとそれぞれだと思う

ここに書いてきたことも

どれがよくて どれが悪い

ということはなくて

ただ

そんな風になっているねと

わたしは理解しているというだけ

なの




かかりつけ

患者さんには

いろいろなかたがいる

自己中に言いたいことを言うひと

遠慮して何も言えないひと

病気を理解するひと

全く理解しないひと

一生懸命

病状を説明するひともいれば

説明すらしないひともいると

最近

待合室にて思う

ドクターにも

いろいろなかたがいて

とにかく患者さんのはなしを聞いて

優しいドクターもいれば

たいして聞かないで

怒るドクターもいる

病状を一生懸命説明しても

しなくても

ドクターに怒られても 

怒られなくても

結局

同じお薬を出される患者さんとしては

ある程度

はなしを聞いてくれ

評判もよく

優しいドクターのところが

かかりつけになるよね




ドクターの身内が病気になった時

はなしはやっともどります

ドクターは

身内が病気になった時

わたしたちドクターではないひと

ほど

身内の病気を心配しない

心配しすぎないというのかな

または

知識があるので

わたしたちより心配する

ということもある

わたしたちの

まわりの誰かが病気になった時は

かける言葉といったら

たいした内容ではなくて

それは大変

大丈夫?

手伝うことある?

病院行く?

みたいなことで

そこには

あたたかみのある言葉しかない

ドクターや

薬剤師さんなど

医学の知識があるひとは

これらの言葉は言わず

どちらかというと

冷たい対応になると

わたしは感じる

わたしだけかもしれないけれども

医学の知識があるひとは

知識やアドバイスを求められるから

無責任なことは言えないのかな

冷たい

わたしも

病気の相談をされたら

知っていることを話すから

ただ優しい言葉をかけているばかり

ではないのだけれどね

ドクターのまわりには

ドクターしかいない

おそらく親族も

医学の知識があるひとが

多くて

病人の接し方が

わたしたちとは

まるで違う

無責任な言葉をかけて

病人と一緒に泣いていたら

ドクターはできないでしょうから

病院では

患者さんを不安にさせないよう

毅然としていて

普段も

わたしたちより

身内の病気に

冷静になるのかもしれないわ

なんて思う

普通の感覚のひとが

まわりにいないと

なかなか冷たさには気づかない

それに

ドクターが病気になったとしても

まわりのひとに

わたしたち

みたいな対応はされない

だからドクターは

わたしたち患者さんと

同じ思いや経験は

ドクターになる前でも

なってからでもなかなかできないと

思う

わたしは今まで

ドクターに

わたしの気持ちを

わかってもらいたいと

思ったことがないから

わかってもらっても

もらえなくても

どちらでもいいのだけれどね







2020年2月 1日 (土)

ひと

ひとを傷つけるのも

ひと

だけれど

ひとを助けるのも

ひと

だから大切な誰かを

わたしは毎日

愛していたい

原因をつぶしてみる

次男の拒食もだけれど

必要最低量のお薬を次男が飲めて

原因をつぶしていけば

良くなるわけで

まずはこれでしょうねと思う

根本的な原因をつぶして

日々

わたしや環境が

安心できるように変化していけば

みんなが笑える日が

来ると思う

最近次男とくだらないことを言って

よく笑うので

食べ物のことで

母と子が

うまくいかなかった苦しい日々を思うと

食べ物に原因はなく

そこは

食べたくないのねと

共感だけで終わらせて

原因となるものをつぶして

わたしと環境が

変化していけば良かったのね

という道がやっと見えてきた

次男のドクターも

お父さんを排除することで

良くなっているから

排除は正解

次男の拒食の原因は

お父さんということと

おっしゃっていた

物事を複雑に考えすぎると

被害的になったり

迷路に迷い混んだりするけれど

頭の交通整理をして

他のひとの意見は

参考にはするものの

惑わされず

自分なりにシンプルに考えていけぱ

何か突破口が

時間がかかっても

見つかっていくものだと思う

答えは案外簡単で

単純で

すぐに変更できて

つぶすこともできて

自分がしっかり見ているようで

見ないようにしているもの

やっぱりこれか

だと思ったけれどね

というもの

なのかもしれない

次男でいうと

考えてみたら

考えてみなくても旦那だよね

長男だったら

先日の件で傷ついているのだから

とにかく見捨てず

とにかくうるさくしないでおこう

だよね

というように

息子には負担にならないように

がらりと

わたしや環境を変化させることが

大事なのだと思う

それと

許されて休むことも

本当に大事だと思う

旦那と別々に生活する

うるさくしない

なんてことはすぐにできること

だから

うまくやっていこうとして

息子の負担になることをするより

いい

自分が親にやられて嫌だったことは

自分はやらないようにと

考えているはずが

案外気づかないうちに

子供を傷つけていたり

うるさくなっていたり

するもので

親のようにならないと

思いすぎてもよくない

どんまい

変わることを恐れずに







後からわかったこと

お世話になった

総合病院の呼吸器内科で

ドクターが変わり

老人病院の入院時に

呼吸が困難に

なっていった様子を

初めから詳しく話すことがあって

アナフィラキシーだけじゃなく

喘息発作も

一緒に起こしていたのではないか

とドクターに言われる

総合病院に入院になって

アレルギーよりな喘息と診断され

通院治療を始めてから

しばらく経過していたので

よくよく

入院までの呼吸を思い出してみると

あっ そうかもと

納得できた

呼吸器内科では

血液検査もしていただけて

アレルゲン他

気をつけることもわかった



運動して悪化させる

いつも

炎症している喘息の喉を

アレルゲンを避けたり

お薬で調整したりして

守らなければいけなかったというのに

まるでわからなくなった

これは喘息発作ではなく

パニッ☆障害なのかな

ならば病院に行く必要はないのかも

安定剤が必要なのかな

安定剤で呼吸が不安定にならないのかな

お薬が間違っているのかな

喘息ではないのかな

アレルギーでもないのかなと

喘息を放置したこともしばしば

さらに

運動して

喘息を悪化させた

もっとシンプルに

アレルギーと喘息を

治せば良かった

無理をしてはいけないのだ

ということを

しっかりわかって

ひとにも伝えて

自分の体を守れるように

行動すればよかった







処方がない

わたしの環境なら

精神的に

普通の状態ではいられない

普通にしている方がおかしいとは

自分でも思うけれど

ふたりの精神科医の先生に

診察していただき

ストレス過多ではあるけれど

精神疾患はない

今までずっと

診てきたけれど

精神疾患だと思ったことはないですよ

という結果になっている

だから精神科のお薬の処方が

一度もない


何かに怯えていた

アレルギーよりの喘息ですと

診断されて

入院しても

喘息発作で救急車で運ばれても

まだわたしは

喘息ではないのではないか

違うのではないかと

思っていて

何かに怯えていた

精神疾患だと診断されることに

怯えていたのか

喘息に怯えていたのか

喘息ではないじゃないかと

嘘つきみたいに言われることに

怯えていたのか

全くわからないのだけれど

とにかく

信じてもらえないような

わたしが嘘をついているような気がして

怯えていた

今も

前よりは少なくなったけれど

時々何かに怯えている


迷いがあった

ブログや

わたしの詩なんかを

読むと

闇を感じて

情緒不安定で

ももさんには

精神疾患があるのだろうと

考えていたひとは

多かったと思う

たまに

うつうつしているわけだから余計に

ご心配を

おかけしたことも

あったと思う

確かに自分でも

あやうい

ということは感じてきた

息子のこともあり

さまざまな

カウンセリングを

経験してきたけれど

意味がないように感じて

好きになれなかった…

老人病院を退院して

紹介状を持って

もも宅の近所の総合病院に行くことに

なるのだけれど

紹介状には

アレルギー

パニック障害の疑いと書いてあったから

総合病院の呼吸器内科で

治療をしながら

精神科でも

診ていただくことになった

精神科のドクターは

ももさんなら

信頼できるひとを探して

やっていけそうです

特に問題はないです

内科の先生は

いろいろな可能性を考えて

のことですから

パ☆ック障害ではないですよ

気にしなくていいですと

おっしゃったのだけれど

わたしがシンプルに

アレルギーと喘息の治療

に専念できるようになったのは

なんと最近で

かなりの間 

迷いがあった















悩む

息子たちの

喘息とアレルギーは治療してきたものの

わたしは結婚してから

何も

治療してこなかった

救急隊員のかたは

自宅を出てすぐ

クループだと言っていた

処置中

喘息ですか?と叫んでいたドクターに

違いますと

つきそいの父は答えた

わたしも

話せるようになってから

前記事のように

ないないないと答えて

自分が幼いころから

全身に蕁麻疹が出て

アレルギーがひどかったことも

ぴんとこず

忘れていた

だから

パ☆ック障害ですか?

の質問に

なったのだと思う

ドクターが

ごめんなさいね

大丈夫?

ごめんなさいね

大丈夫?と

聞きなれない言葉を

何回もおっしゃるのと

息をして

息をして!と

叫ばれた瞬間呼吸ができた

ということが

衝撃的すぎて

落ち着いて病室に入ってからは

わたしがお薬で

高揚していたからかな

ドクターが王子様✨みたいに見えた

素敵なドクターではあったのだけれどね 笑

酸素マスクを外す時

ドクターの顔が近すぎたから

恥ずかしくて赤面していた

ぶっ

思い出し笑い ばかだなわたし

そんなことより コホン

病室では

わたしは生きていると

父もわたしも思っていた

父は特に

救急車のなかのわたしを見て

病院到着前に

亡くなるのだとあきらめたほどだった

らしいから

助かって良かったと

思っていた

その後

老人病院から

近くの耳鼻科に

車椅子で行くように言われたのだけれど

その時はもう

治療済みで

わたしの症状がきれいになかったらしく

耳鼻科の先生も

アナフィラキシーみたいだけれど

パ☆ック障害?

今入院しているの?と

なんだかわからくなっていた

もも宅でずっと

旦那の家族の病気への対応が

おかしかったから

わたしは

どこか麻痺していたのかもしれない

耳鼻科でも

うまく説明できずに

点滴のせいか

混乱していたせいか

ぼんやりとしていた

父も

アナフィラキシーじゃないのか?と

悩んでいた

旦那のことを知っていたから

旦那の前で倒れたら

死んでいたなと

つぶやいてもいた

確かに





















精神疾患を問われて

最初は何度も

喘息ですか?

虫にさされましたか?と

ドクターに質問されて

アレルギーかなと

言われていた

わたしは

喘息ではないです

虫にもされていていないです

アレルギーもたいしてないですと

答えていたのだけれど

なぜ

ない ない ないと

答えていたかは

後に説明するとして

あまりにはっきりと

わたしがないと答えたので

パ☆ック障害ですか?と

聞かれることになった

なぜかその時

わたしは はい!と答えてしまう

これが前記事の

問題が起きたの問題

呼吸困難のショックで

気が動転していて

さらに緊張していた

とはいえ

なぜyes?

そんなわけで

パニ☆ク障害の疑いと

ドクターはカルテに書いた

なぜわたしは

精神疾患の診断をされたことが

一度もなかったのに

yes!と

答えてしまったのかしらと

後で後悔して

ドクターに

パニッ☆障害かどうかは

わからないのですが…

これからどうなるのでしょうと

話してみたのだけれど

精神疾患は

専門じゃないからわからない

パニ☆ク障害なら

同じような症状を繰り返すと思うけれど

ドクターはおっしゃりながら

バイトを終えて

大学病院に帰って行かれたので

そのままになった

交代した院長先生は

疲れかな?休んでねとニコニコされていた

わたしは

いつか呼吸困難の原因がわかるよね…と

思った

けれどそのわたしのyes!が

その後

喘息の治療に暗い影を

落とすことになるとは

思ってもいなかった

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