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2020年7月 7日 (火)

解脱

まずは自分が

休むをやってみると

まわりがガヤガヤしているうちは

休めないとよくわかる


まわりのひとが休めるようになると

休むべきひとも

休めるようになるというもので


もし

休みが必要なひとがいたら

まわりのひとが解脱しないかぎり

休みたいひとは救われないと

言っていいほどに


本当の休むは

まわりのひとの理解が必要


なら

ひとりになれば

休めるかというと

そうではない


ひとは

今のままでいい

わたし ぼくのままでいいと

心から認めてもらえないと

ゆっくり休めない


まわりが不安から

休んでいるひとを

ちょいちょい連れ出そうとしたり


落ち込みを明るくしようとしたりすると

休んで元気になるを

遅らせることにもなる


休んでいるひとは

楽をしているわけではない


休むということを

世の中が認めていないから

世の中からの攻撃

罪悪感は

たっぷり存在している


休んでいない方が

世の中からの攻撃

罪悪感はないのだから

楽な部分もある


家族の誰かが

休んだり

引きこもったりすると

攻撃するご家庭が多いけれど

意味がない


いったいなにのために

攻撃しているのか


自分のため?

世間体のため?


休んでいるひとは

何かに傷ついたり

自信をなくしたりして

疲れて

休んでいるわけだから


世の中からも責められて

自分で自分を責めているところに

家族でワイワイ責めても

よくなるわけがない


家族が

自分達ばかりが迷惑していると

眉間にしわで睨んで

休みたいひとが

起き上がってくるわけもないでしょう


ならどうすればよいか

***続きます***

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momo

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