無傷がよいわけではない
世の中は
昼夜逆転が話題になっているけれど
生きていれば
昼夜逆転してもいい
いざとなれば起きる
というのも
受け入れるに
入る
もうすぐ朝がくる
体や心のために
早寝早起きしなくては
などと罪悪感たっぷりに眠れないでいると
自分はだめな人間だと
落ち込まなくては
いけなくなるでしょう
そんなことをしていると
ますます休めない
休めないから心も元気にならない
まわりのひとが
すべてを受け入れる
というのは
本当にすべてで
悪いことや
犯罪は受け入れてはいけないけれど
すべて
そして
まわりのひとには
ずっとこのままでもいいかな
いろいろな方法があるしね
時がくれば
なんとかなるでしょう
という
どんとしたのんきさも必要で
苦労したかたなら
遠回りしたからこそ見えた景色が
あった
急いでもいいことはなかったよ
坂道を一気に登ると
転んでしまう
行きつ戻りつ
小さな階段を一段一段登ると
坂道を転んだひとより
着実に進んでいる
心から休むことが
遠回りに見えて
目標までの最短ルートだった
というご経験が
あると思うの
無傷で生きているひとなんて
いない
しかも
無傷がよいわけではない
« ならどうすればよいか 2 | トップページ | どれくらい危険なのでしょうか? »
こんにちは。
ほんとうに、ほんとうに、そうですよね。
ももさんのお話は、参考になります。
傷つける、傷つく、という話だけでなくて、
ちょっと精神的に問題を持っている人
みんなにいえることではないかと思います。
そして、現代は、そういう人は多いんですよね。
私だって、神経科に通ったことがありますし、
カウンセリングも受けたのですが、
私にとっては、あまりよい先生ではなかったです。
そのうちに自分で治してしまったのですが、
わたしのなかに、まだいろんな傷は残っていますし、
そういうものを治すのに、
本当に、ももさんのお話は参考になります。
投稿: ふうちゃん組 | 2020年7月 8日 (水) 16時30分
ふうちゃん組様 こんにちは
わたしの書いてきたことが、
少しでもお役にたてたなら、
励みになります。
勝手なことを書いていますが、
嬉しいです。
ありがとうございます。
わたしは、
咳が止まらなくなった時
一回だけ精神科に行きましたが、
その後通院していません。
自分のことは
後回しにするところがあって(^-^;
今は、
息子の付き添いをしているだけです。
ドクターとの相性がありますから
息子が信頼できるドクター探しは
大変でした。
最初は泣きながら探したほどです。
息子とは関係ないはなしですが、
心の問題の原因を見つけて
解決していく
のはいいのですが、
誰かのせいにしたり
悪く思ったり、
相手がどれほどひどいかを
ひたすら話したりしているうちは、
良い方向には進めないのかなと
思います。
すべては
誰かではなく
自分自身が
思っていることなので、
実は相手は関係なかったり
するんですよね。
嫌なひとのことを考えるのは
時間の無駄ですので
少なめにしておいて、
自分がどうありたいかを考えて
行動した方が、
シンプルでいいですよね(*^-^)
ありがとうございます。
投稿: もも | 2020年7月 8日 (水) 19時31分