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2020年7月 5日 (日)

親の壁と愛と自由

子供を愛していると

親は思っていても

その愛に

子供の自由があるのか

ということを

大事に考えなくてはと

思う

愛は

相手を

自分の思いどおりにしたり

苦しめたりするものではなく

お互いの思いを大切に

喧嘩もするけれど

話し合いながら

育てていくものでありたい

多くのひとに愛されすぎると

虜にしたり

翻弄したりとなるけれど

これができたからといって

お仕事にでもしていなければ

特に偉いわけでもないと

気づいた

愛を

大事に育てていければ

ゆるぎないものになるのではないかと

想像する

愛されたいと

誰しもが思うものだけれど

誰からも

愛されていないひとなど

ひとりも

いないはず

だってね

誰かの愛がなければ

大人になっていないと思うから

だけれど

愛されていないと感じることは

案外多くて

本当は愛されているのに

言動で傷つけられて

愛されていないと思ったり

心が弱くなっていて

愛されていないと感じるようになったり

やたらに愛されて

愛がなになのかわからなくなることもある

まずは

自分を自分で

愛していかなければ

ひとをうまく愛していけない

本当は

愛されなくても

愛することで

自分が愛に包まれていくから

無理に愛を求める必要もないのだけれど

ここで

はなしを子供に戻して

子供を守るために

親が作った壁が

子供が乗り越えられない壁に

なっていないかしら

一番乗り越えなければいけない壁が

両親

になっていたら

悲しいじゃない

もし

世の中の小さな壁の前に

両親が大きな壁を作っていたなら

よくよく考えて

両親の壁をなくしていかないと

世の中で

自由に

自信を持って

子供は生きていけないかもしれない

親の理想や

親の考えかたが

子供にすりこまれていると

自分はどうしたいかが

わからなくなるでしょう

そうなってしまったら

自分がどうしたいかが

自分から出てくるまで

長い休息と時間がかかる

その間にまた

親から

それはやめておいた方がいい

こっちにしなさいよ

などと否定や反対ばかり

されようものなら

迷い

苦しむことになる

子供からしてみれば

親の愛や一生懸命さはわかる

けれど

愛には自由が

必要なのではないかな





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コメント

こんにちは。
ほおっておいても勝手に子どもは育つもの、
と適当な子育てで過ぎてしまう家もあるのですが、
ももさんは、いろいろ考えて子育てしていて、偉いです。
子どもはいつか親を超えるというか、
親離れしていくのですが、
完璧な子育てもないし、
完全な親離れもないと思います。
みんな何か、家のことをひきずって、
ああ、この人の親はこういうタイプだったのかも、
と思うことが多いです。
それが、私の家と同じような問題をひきずっていると、
余計分かったりして。
ももさんの息子さんたちは、とても優しい人たちに
思えるので、
きっと子育ては成功しているのだと思いますよ。
優しいって、強いっていうことなのですから。

ふうちゃん組様 こんにちは
わたしはいつも、
愛に自由がない
乗り越えられない親の壁を作った
母を反面教師に生きています。
反面教師を意識しすぎると、
極端になりますから
あまり
思いすぎないようにはしています。
ほどほどが一番かと
思いますけれど、
子供に無関心になりすぎてもよくないですね。
ふたりの息子が
わたしを取り合いして嫉妬している
というのは
年齢もあり
気がつきませんでしたし。
わたしはまだまだ
理解と努力が必要です(^-^;
わたしの願いは、
子供が自立して幸せになること
ですので、
最終的に息子たちが
健康で暮らしてくれたらいいなと
思っています。
子育てに失敗も正解もないので、
みなさん、
それぞれご自身が正しいと
思う子育てを
堂々とされていたらいいのかなと
思います。
ありがとうございます。


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momo

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