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2021年1月に作成された記事

2021年1月28日 (木)

従わないのでは

学年末試験でまた

集まらなくてはいけないのだけれど

ちょっと喉が痛い…

それに

次男の全身に

赤い蕁麻疹が

出てしまった…

とあるビルに行って

改めて思った

誰も自粛していない

アルコール消毒も

しているひとはしている

していないひとはしていない

以前のような

消毒場所がない

アナウンスもない

道路は

以前よりひとが歩いている

お仕事で歩いているひとも

いるでしょうけれど

夜になっても

以前よりひとが歩いている

お店も

閉店

時短の印象はなくて

昼も夜も

にぎやかな様子

おしゃべりしているひとは

ずっとおしゃべりしている

しゃべらないひとは

もともとしゃべらない

去年のように

みなさん警戒していない

というのと

アルコール消毒や

換気などを

とりあえずはやっているけれど

効果はなさそうだよね

というみなさんの感覚が

伝わってくる

怖がっているひとは怖がっているのかも

しれないけれど

今回の

緊急事態宣言は

緊急事態宣言ということさえ

忘れて生活している

経済のためとはいえ

go toで 

なんだ

外出してもいいんだ

という印象を持たせられ

最初にガツンと

やらずに

ゆるゆると

緊急事態宣言を始めた 

という印象があったから

ここから

なんだかんだ内容を

厳しくしていっても

みなさん

生活していかないと

いけないから

従わないのではないか

それに

テレワークだから自宅で食事する

夜に飲みに行かない

外食もしないようになった家族の

ために

いつもの倍以上それ以上

食材を買い

自宅で食事を作る

だから

大きなスーパーや

ショッピングモールは

どの時間も

多くのひとでごった返している

おそらく感染したひとや

感染したひとの家族も

自給自足ではないかぎり

買い物に行かなければ餓死してしまう

食費に余裕があれば

食材やお弁当などを

宅配してもらえばよいけれど

それもまた

宅配のひとに感染する危険がある

家族全員が感染した場合

何人かが感染した場合で

どのように動いていくか

悩ましいところで

持病のあるひとだけ自宅に残れば

餓死するしかなくなる

わんこだって

餓死するしかなくなる

家族のなかで

動けるひとが感染しないことを

願うけれど

動けるから

毎日外出している

動けるひとの方が感染リスクが高い

田舎の助け合いなども

田舎に感染が広まれば

危険なことになる

では

とあるビルでのことに

続きます








2021年1月21日 (木)

お国のしがらみとやら 行ってきます

最後まで粘ってみたものの

学校にとって

「よほどのこと」

がなかったので

単位のための旅行の代替えは

とあるビルに

明日

予定どおりに集合することになる

普段のどうでもよさそうなものは

一部オンライン

今回の集まりは

オンラインを全くやらない

という方針で

決まった

持病があるひと

については 

家でレポートやオンラインで

取り組む

というやりかたが

お国のしがらみとやらがあり

制度もないので

できないとのこと

とあるビルでの

食事は

全員が同じ部屋で

マスクを外していただくそうで

次男は

マスクを外すことを

かなり不安に思っている

とはいえ

丸一日

飲まず食わず

というわけにもいかず

悩んでいると

入り口で

検温をするから大丈夫ですよ

学校側は説明する

だけれど

コロナやインフルエンザ

体調不良で

今回の

単位のための旅行の代替え

とあるビルに

参加できない場合

卒業がなしになる

というのだから

多少の体調不良でも

みなさん参加するに違いない

熱があれば

解熱剤を飲むに違いないと

想像できる

学校が

「あとがない」

という状況にしておきながら

体調不良の場合は

欠席してください

と言っている

次男とふたり

体調が悪くなるのではないか

と不安になっていたら

事前レポートが多いということもあり

本当に

具合が悪くなってきた

さらにわたしは

心が折れた

旦那に

とあるビルに行ってくるからと

話すと

えっ!!とかなり驚かれた

今まで無視してきたのは

中止になると思いこんでいたから

のようだけれど

中止にして欲しいわりに

旦那は

何もしていない

驚いただけで挙動不審になり

終わった

やはり

わたしひとりでは

何もできなかった

お国のしがらみとやらは

本当に存在しているのか

誰に決定権があるのかが

よくわからない

そんなわけで

わたしも 明日

とあるビルに行ってきます





2021年1月16日 (土)

最終決定

この感染状況のなか

さすがに変更されるだろうと

言われていた

学校の集まり(旅行の代替え)は

全体人数のままで

他県から参加も多いなか

東京のとあるビルに集合

予定どおり行うと

最終決定された 涙

学校こそオンライン可能

というのに

オンラインにはならなかった

このようなことをしていて

感染がおさまるとは思えない

昼食も

普段の授業では食べる時間がないので

とあるビルでは

どうなるのかわからない

最近

学校という集団は

クローズアップされていない

今回は休校もない

通学している子供や

親に

なぜ普段どおりやらないの?

困るんですけど という

おかしな考えかたのひとが

一部存在するのは確かで

学校が

注目されている飲食店ではない

8時以降でもない

さらに

メディアの報道から

感染者が減りはじめたように見える

ということが

この決定に関係している 

とあるビルが 

大人数が入る部屋を 

学校行事に貸し出さない 

となれば 

中止されるかな くらい

もも宅は

旦那の会社に感染者が出て

会社全体をアルコール消毒したところで

旦那が

家族に感染しないように

いっさい行動しないことから

余計

不安な日々になっている 

しかもわたしは

足をくじいて?しまい

(おそらく)

足がスギズキと

痛くて痛くて眠れず

喘息なので湿布のような痛み止めも

使えず

びっこで

4日目 涙

わたしの痛そうな姿を

次男はあれこれ気遣ってくれるけれど

旦那は

相変わらず

目の前で暇そうにしながら

無視している

変わらず

動くことも

わたしに声をかけることもない

家事がつらい(痛い)

とあるビルに集合についても

旦那は

無視している

ああ

コロナのなかに

行かねばならぬ

なぜに行かねばならぬ~の~か~

2021年1月12日 (火)

わかってもらうではなく

今回は

親と子

子と親で

書いていくのだけれど

これは

自分と誰か

誰かと自分

男女

親友にも

当てはまるので

自分と相手

相手と自分に置き換えても

同じことがいえるのではないか

などと思いつつ書き始めます

*****

に必要なことは

「親の気持ちをわかって欲しい」

ではなく

「子供の気持ちをわかってあげられる」

ということで

この

「気持ちをわかってあげられる」

がまるでないと

子供に

絶縁されてもおかしくない

(ちなみにわたしと母は

仲良しです)

いやいや

相手の気持ちなんて

本当のところわからない

自分はある程度わかっているはず

気遣いもできているはずだよと

思いがちだけれど

ぼんやりしていると

ある日突然

相手に拒絶されることもある

(わたしと長男みたいにね)

子供が

拒絶しているなら

子供は拒絶することで

自分を守ろうとしているわけで

拒絶している

嫌がっている

だから子供が「苦しんでいる」

ということを

親がどれだけ

わかってあげられるかが

大切になってくる

よくよく考えてみたら

子供のために動いているはずが

親の気持ちをわかって欲しい

がために

自己中に動いていないかしら

その気持ちのまま子供に

声をかけたり

手紙を書いたり

プレゼントを渡したりしても

それはただ

親の気のすむようにしただけで

子供の拒絶は

大きくなるばかり

えっ なぜ?

自分は一生懸命やっているのに

いやね

だいたいひとは

「わたしの気持ちをわかって欲しい」

という自己中な考えで

悪口を言って

騒いで

相手が共感してくれたり

自分の思うように動いてくれたり

することを

求めていたり

するじゃない?

ここで

親が

自己中をやめて

拒絶している子供の気持ちを

よくよく考えるならば

「そっとしておく」

言いたい親の気持ちを

「ぐっと我慢」しながら

拒絶している子供の気持ちを

理解する努力をする

子供の気持ちに注目して寄り添う

つまり

何もしないことが

大事になってくる

ついつい親は

声をかけたり 手紙を書いたり

プレゼントを渡したり

してしまうけれど

拒絶している子供は

それらを

嫌がる

捨てる

などと苦しい選択をしなくては

いけなくなる

拒絶されてショックだけれど

実は

拒絶するがわも

苦しいんだよね

子供は

親と仲良くしていた方が

特に決まっている

困ったときには

助けてもらえる

無償の愛をもらえるのだから

その方が楽だよね

なのになぜ

「拒絶」を選んだ

のか

そこには

「よほどの理由」がある

長い間つもりつもってきた

さまざまな理由だったり

子供が成長過程で

親の理不尽さに気づいた

だったり

その理由を

なんとかしようと

親が

「自分の気持ちをわかってもらおう」と

動けば動くほど

親は子供に

「毒を注入」することになる

それに

「相手が自分の思うようにならない」

ということは

幼いころから

人生経験のなかで理解していくことで

母親とはいえ

母親も人間

子供も人間

子供が思うようにならないなら

母親も思いようにならないもので

心は浄化されていくもの

だから

子供との間に

「よほどの理由」を作ってしまい

長い間気づかないでいたことに

反省したら

親は

毒を注入するのはやめて

そっとしておく

人生経験のなかで

解凍されていくまで

子供の

「気持ちをわかってあげられる」

ということに

注目 努力していく

それだけが

親にできることだと思う

自分 自分と

自分の気持ちばかり

知らず知らず考えているうちは

何も変わらない

子供を

そっとしておく

親が我慢する

つまり

子供には何もしない

ということが

親のできることになるのよね

愛情があるからこそ

空回りしてしまうのだけれども




2021年1月11日 (月)

昼食はどうなるのか

近々

とあるビルに集まることで

悩んでいたのだけれど

ん?

昼食は?

ということに気づいた

かなりの人数で

マスクを外して食事をする

しかも

外食先ではないから

食事をするための感染対策は

お店と違いできていない

そもそも

教室や

会議室のようなところは

病院のように

こまめな消毒や換気をしていない

病院に比べたら

ひととひとの距離も

どうしても近くなる

話すことも多い

雪が降れば早朝に電車移動となる

小さなお子さんは

自宅で過ごすことに

いろいろ問題があると

思うので

そこは工夫しなければ

いけないところ

だと思うのだけれど

ある程度

大きなお子さんや

持病があるお子さんは

なおさら

オンラインでいいと思う

オンライン環境がないお子さんは

学校が貸し出しすれば

よいわけで

なぜそれでも

集まらなくてはいけないのか

疑問しかない




2021年1月 8日 (金)

驚いた

単位のための旅行が

東京のとあるビルに変更になって

近々

わたしと次男で

行く予定

なのだけれど

さすがに

緊急事態宣言も出たことだし

1日の感染者が2000人を越えたことだから

やり方や日程を変更するのでは?と

思い

学校に確認してみたら

まさかの予定どおりだった 汗

学校は

いつも政治判断に左右されて

後手後手

子供の命は?

もし

わたしや次男

家族が

コロナに感染したり

インフルエンザに感染したりしたら

東京のとあるビルには

行けない

集まる人数も多いので

毎日の感染者数からしても

私たち以外の学生さんたちも

同じように

感染リスクはある

わたしと次男だけの

問題ではない

そこのところどうなのかも

学校に質問してみたら

もし

熱でも出て

欠席となった場合

代替えがないらしい

ただでさえ

東京での代替えが

お国のしがらみで難しかった

ところ

さらに

代替えの代替えは

検討していないとのことだった

驚いた

なら

コロナに感染した場合

単位はとれず

留年するしかない

ということになる

なにか

おかしな気がする

他の授業は

一週間だけオンラインにしてみる

というのだから

すべて

オンラインでいいじゃない

持病があるひとも多くて

もともと

自宅中心でやっている学校なのに

他の学校のように

なぜ

すべて 

または できるかぎり

オンラインにしないのか

日本の先頭をきって

見本のように

やってもいいくらいなのにね

学年末試験もまた

予定どおり行われるそうで

わたしと次男は

続けて数日

教室に入り

みんなでごちゃごちゃすることになる

受験は別にして

いまなぜ

やたら集まる必要があるのか

学校から

心配なひとは来ないでくださいと

言われても

オンラインでもなく

レポートなどの代替えもないものは

行かないと単位がもらえないから

行くしかないじゃない

納得できない

子供の悩み事については

ピカ一の対応なのに

感染については

まずは子供の気持ち

保護者からの意見

お国のしがらみかなにかで

なかなか動かない

などと 

わたしがぶつぶつ言っていたら

次男が

所詮 先生といえど

文科省の人形にすぎないと

言った

おお 次男

いつも思うけれど

なかなか冷静で

そこはズバリと言うのね 

それにしても

先生はさまざまなところから

責められて大変なのでしょうけれど

トラブルを避けるわたし

ひとりじゃ

なかなか太刀打ちできない

わたしって無力





わたしのまわりは

緊急事態宣言が出たものの

わたしの生活は

変わらず

病院 スーパー

近々

学校の付き添いと

いつもどおりに

なっている

年末の記事に

書いたような

自由のないひとの気持ちを

よくよく考えてもらえる

世の中には

なかなかなりそうにない

なるといいな…

ふと

わたしのいる場所は

もうとっくに

ここではないのかもしれない

もっと

新しく

できることがあるのではないか

などと思うことも

あるのだけれど

わたしは

せっせ せっせ

わっせ わっせ

家事や買いだめをしている

毎日働いているかたに比べれば

感染リスクは

必要最小限にできるものの

近々

学校の行事で

東京のとあるビルに

集まらなくてはいけない トホホ

わたしのまわりは

前回の

緊急事態宣言のときのような

緊張感はなく

ずっと気をつけて暮らしているひとは

ずっとそのまま

気をつけているでしょうし

気にしていないひとや

ばからしくなってきたひとは

以前より出歩いているのではないか

という印象

日本人は真面目

などというのは決めつけで

真面目なひともいれば

真面目じゃないひともいる

簡単にいうと

もう

やっていられない

という世の中になっているから

今回の緊急事態宣言は

効果が

あまり

期待できないのではないかな

ワクチンは

どうなるのか気がかりだけれど

安全性もわからないまま

接種してくださいとなっても

どうしたらよいのかわからない

ワクチンについて

かかりつけの先生や

薬剤師さんにきいてみたところ

まだ

準備さえ始まっていない?そうで

メディアやニュースで公表されているような

整理券配布や

2月から

ということは

うむむ

あやしいのではないかしら

という気がしている

持病があるひとが優先といっても

わたしみたいに

持病やアレルギーがあるひとは

健康なひとに比べて

副反応が

余計に心配だよね

かといって

優先されて接種している

医療従事者のかたや

持病のあるかたを

人体実験のように

おそるおそる眺めているのも

どうなの?

という気がする

とはいえ

巣籠もりしながらしばらく様子見

くらいしか

わたしにはできそうもない

あっ

みなさんが癒されそうな

作品づくり

ならできるかしら



これ一番

お正月食べ過ぎて

あんまんみたいなお腹になったわたし

あんまん具合がかわいい

ああ

かわいいなどと思っているから

メタボリック街道まっしぐらに

なってしまうのよ 

青空の彼は

いつまでもかっこいい✨

というのに

わたしだけ

あんまんみたいになって

だっ 

大丈夫かしら

いやでもね

おいしいものを食べて

あたたかいお風呂に入って

ぐっすり眠る

なにがって

これ

一番


実家の新年会 食べちゃったみたいね

実家のお正月といえば

と考えていたら

親戚の集まりのばか笑い

母方は ばかみたいにみんなで笑う

花札やトランプ

とまず思い出すけれど

次に

父がとある長だったころ

働いているかたがたが

実家のはなれに集まり

新年会をしていたことを

思い出した

大量のおせちを母が作り

大量の熱燗やビールを用意していた

わたしは

ストーブの上の

大きなお鍋に

徳利を並べて

熱燗係りをしていた

すると

真っ赤な顔になり

バタバタしていた母が

一段落したころ

ありがとう

ごめんねーと言いながら

わたしの顔をみて

酔っ払っていると

言った

言われてみれば

ひたすら熱燗を作り

湯気を吸い込んでいたから

気づくとわたしは

未成年ながら

酔っ払っていた

宴会の様子を見に行くと

父もみなさんも

かなり出来上がっていて

かなりの量

用意していたおせちを

若いひとが

全部きれいに食べたあげく

食べ過ぎて吐いたり

その辺で眠っていたりしていた

ふと

母が置いていた

プラスチックの飾り

鶴亀や松みたいなものが

すべて

消えていることに

わたしは

気づいた

食べちゃったみたいね…と

わたし

きれいだから持って帰ろうとして

ポケットにでも入れたのではと

しばらくして

やっぱり

食べちゃったみたいね…

ということになった






2021年1月 2日 (土)

寝正月

明けましておめでとうございます

今年もよろしくお願いいたします

年末は

ちょっとお恥ずかしいことから

毎日考えていることまで

おせちを作りながら

一気に公開しましたが

今年は

簡単に好きなおせちだけを作り

いつもどおり家事をして

あとは寝正月にしました(*’ω’ノノ゙☆パチパチ

たまに

福袋の通販をチェックしながら

お買い物って楽しいよね

(見るだけだけれど)と

ワクワクしています

里帰りはできないので

電話で

母から

お飾りを手作りしたときの

はなし

おせちの黒豆が

うまく煮えたはなし

栗きんとんは裏ごしした?

さつまいもが大きすぎるよね

というはなし

父の体調が心配なはなし

わたしからの

体調についてのアドバイスが

思いもしないよいことなので

感謝なはなし

近所のかたが

お料理上手で

お野菜をさしあげたら

毎日のように

いろいろ作って持ってきてくださるはなし

(ケーキも上手で

わたしもレシピをもらいました)

薔薇がきれいに咲いたから

また送るね

というはなし

などなど聞きました

電話もいいですけれど

家族や大切なひとと

メールや画像で繋がれるのもまた

いいですよね

自宅に黒電話一台だった時代

(電話すると誰がでるか

ちゃんとご挨拶できるか

ドキドキした時代 笑)

比べて

知りたい情報を得たり

ひととひとが繋がったり

ということは

本当に簡単になりました

会うことは

今はなかなか難しいですけれど

スマホがなかった時代に比べたら

待ち合わせも

簡単になりました

わたしはLINEが一番使いやすい

ですけれど

これもまた 

大切なひとと繋がる

になると思います

告白もLINEでできる時代

文章にしてみると

伝えたいことがまとまって

いいのかも

今年も

義理の両親には会えませんでしたが

義理の父とお酒をのんだり

義理の母に

子育ての相談や

旦那のはなしをしていたころを

懐かしく思いました

今後

両親が亡くなれば

今年のように

両方の両親と

一緒に過ごすことのないお正月に

なっていくのだわと

寂しくもなりました

お正月

おやすみなしで

働かれているかたも

いらっしゃるかと思いますが

みなさまにとって

幸多き一年になりますように



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