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2021年10月に作成された記事

2021年10月29日 (金)

ちょっとした不運続き

先日から

ちょっとした不運が続いている


母方の親戚の

病気の叔父

続いて祖母が

行方不明になり

警察が探しても見つからず

消防が

倒れていたところを

見つけた

ということがあった

無事でよかった


けれど

行方不明について大騒ぎした母からの

悪口ざんまいに

わたしが

あてられてしまい


母を

説教 注意したものの

長々

何日も聞かされた悪口が

わたしの頭のなかで

ぐるぐるして


しまいには

頭がガンガンしてきて

眠れなかった


親族が心配して

いとこも

ショックを受けているなか


想像を越える

母の

思いやりのない悪口が続いた


大変だったのは父で

母は

何もしていない


なのに

わたしの入院時と同じで

母が

自分が一番大変だ と

狂ったように騒いでいた


母には

大事なことは

何も話さない方がよいと

みんなで改めて思い


母に

わたしの生気をすいとられたところに


わたしが

ヤ☆ザにからまれた

2021年10月25日 (月)

トイレのおじさん

トイレのはなこさんではなく

トイレのおじさん


先日

トイレ修理のおじさんがきて

思った


トイレに頭をつっこみ

作業して

特にアルコール消毒をしない

このおじさん


家庭で

一番コロナが多いといわれている

トイレに

頭をつっこみ作業しなければいけない


それも

1日何軒も


不動産屋さんからくる

業者さんは

玄関ポーチで

アルコール消毒をして

スリッパと靴下を持参して

ご挨拶

確認したあとに

自宅に入ってくる


今回

外部の業者さんを

お願いしたら


アルコール消毒もなし

トイレのいらなくなった部品も

素手で

くるまず

運んでいた

なんとなく

ランボーみたいだった アハハ


説明時

不動産からの業者さんは

距離をおいて話すのだけれど


外部からの業者さんは

奥さん

こっちきて みてみてと

至近距離で話す


この

トイレのおじさん

作業はプロ

だけれど

フレンドリーすぎる


生活のために

働かれているのでしょうけれど

お手洗い関係のお仕事は

本当に

感染リスクが高いな

申し訳ないな と

思った

毎日ポワンほわほわ

彼とは10年以上

会っていないのに

毎日

目が覚めたら彼の顔が

ポワンと浮かんできて


日中の忙しいときは

忘れているけれど

休憩や

お買い物中にまた

ポワン ポワンと

浮かんでくる


眠る前もしばらくポワンポワン

ほわほわ している


10年経過しても

好きで

ポワンポワン ほわほわしている


距離が離れている

というのに

以前より

彼を

とても近くに感じるときが

増えてきた


たまに

繋がっているような

手を繋げそうで

繋げないような

見つめられているような

不思議な気持ちになる


わたしの思い込みなら

恥ずかしいけれど 笑


いつかカフェで

ふたりで

好きな飲み物をのんで

好きな食べ物を食べて

一緒にまったりできたら

100年くらいは笑っていられそう

2021年10月20日 (水)

ダイソーではもう買わない

ダイソーの購入品が

プラスチックだったけれど

自宅に到着したら

ばっきり割れていた

という経験から

割れそうなものを購入したら

食器じゃなくても

わたしは

ダイソーに置いてある

新聞紙で包むようになった


切ってある新聞紙は

購入品をバッグに入れる台の

ラックに入れてある


特に

注意書き 張り紙もない

みなさん

自由に使っていた


購入しないで

新聞紙だけ持ち帰るひとがいたかどうかは

わたしには

わからないけれど

多めに持ち帰るひとはいたと思う


わたしも

全部ではなく

新聞紙がラックいっぱいに入っているときは

多めに使っていた


新聞紙について

お知らせなどないのだから

ネットで

調べでもしないかぎり

新聞紙を

多めに持ち帰って欲しくない

ダイソーの事情や

店員さんのいらだちは

購入者に

わかるわけもない


先日

わたしがその新聞紙で

購入品を包もうとした瞬間

いきなり

店員さんが隣にきて

新聞紙はダイソーの備品!なので

持ち帰らないでください!

食器だけです と

注意された


備品…

まるでわたしが

備品泥棒かのような

言いぐさだった


わたしは驚いて

すみません…と言いながら

泣きそうになった


それから

店員さんは

ラックに戻そうとしたわたしから

新聞紙を奪い取って

ラックに戻したふりして

持ち帰られたら困るから

とでも言いたいのか

新聞紙を手に持ったまま

迷惑

という様子で

わたしを監視した


まるで

犯人でも捕まえたかのような

態度だった


わたしが悪いのか…と

思いながら

とにかくショックだった


新聞紙が備品

というなら

注意書きや張り紙をすれば

いいじゃない?


ダイソーの新聞紙は

食器だけ包むもの

というなら

食器を購入したひとにだけ

レジで新聞紙を配布すれば

いいじゃない?


それらをなにもしないで

このご時世に

いきなり接近して

口頭で注意する

なんて

感染予防もできていない

ひどすぎる


とはいえ

今後対策されても

腹立たしいだけだけれど


最近は

昭和とは違い

自宅に新聞紙がない時代


工作をするかたなどは

ダイソーには新聞紙があるから

という理由で

購入先に

ダイソーを選ぶかたもいると

想像する


ペット用品購入ついでに

持ち帰るかたもいると思う


新聞紙を捨てていた

昭和のひとには

持ち帰るな など

理解できないこともあるでしょう


ダイソーが対策をしていて

それでも守れないひとを

注意するならまだしも

いきなり

万引きでもしたかのように注意する

なんて

許されるのかしら


しばらくして

店員さんの言動に

悔しさと

なぜか

必要以上の憎しみがわいてきた


わたしは

すみません…しか言えなかった


そのあとわたしは

店員さんが睨んできたので

ダイソーの前を通るのも怖くなった


ショップはいくらでもある

不快な思いをしたダイソーでは

もう買わない

ただ

それだけのこと


ささいなことだと

思うひともいるかもしれないけれど

環境が影響しているのか

わたしにとっては

よいことなど何もない と

落ち込むくらいに

嫌な出来事だった

2021年10月16日 (土)

足長おじさんは存在する

何度か書いてきた

足長おじさんの存在を

この何年

忘れず

感じてきた


わたしが日記に書いた

困りごとが

改善された

という

ことが何度もあった


改善されたことが

世の中はどうせ

というような

諦めていること


わたしには力およばず

我慢

していること

ばかりだったので


たまたま

偶然

改善されたとは

思えなかった


そんなに

行動力のあるひと

権力を正しく使うひとなんて

わたしのまわりには

ひとりもいない


昨日も

今年始めに書いたことが

2回目になって

みごとに改善されていて


目が

ぱちくりぱちくり

してしまった


ここまで改善するには

時間も労力も

細かな配慮も

費用も必要だったと思う


わたしのまわりで

奇跡が起きるにしては

多すぎるから

これはやはり

足長おじさんのおかげ

としか考えられない


しかも

(家庭内で起きていることは

わたししか

どうしようもないので

おいておいて)

その足長おじさんは

長い年月

踏み込めることすべてで

わたしを

助けてくださっている


わたしだけでなく

わたしや息子

まわりの同じ立場のひとまで

助けてくださっている


もうこれは

はぐ

くらいではお礼にならない


一緒に

紅葉狩りに行かなくては ε≡ヘ( ゚Д゚)ノ

2021年10月 9日 (土)

DVの誤解 2 知っておいて

続きを書きます

*****

本当にDVなのか

双方から

話を聞かないとわからない

できれば信じたくない

というひとがいる


確かに

何らかの利益のため

被害者妻に嘘がある

場合もあるでしょうけれど


でもここで

知っておいて欲しいのは

加害者夫も被害者妻も

双方が

暴力を正しく報告できないということ


加害者夫は

夫の暴力が被害者妻に

与える影響を

小さく考えている


夫を怒らせた

被害者妻が悪いのだ と

暴力を正当化する


悪いことをしたという

意識がない


夫に

妻を傷つけた

うしろめたさがある場合も

夫は

妻への加害を実際より小さく報告する


妻も

妻が受けた暴力を

たいした暴力ではない と思いながら

報告する


妻は

こんなことで相談していいのか

迷う


かなりひどい暴力があった

というのに

妻が悪かった と

思ってしまう仕組みが

DVにはある


なぜそのようなことが起きるのか

というと


夫から

怒鳴られる

おまえばバカなんだから と

繰り返し言われているうちに

妻の

自尊心が引き裂かれて

ボロボロになっていくから


日常的に繰り返されている

暴力が

不当な攻撃だということに

妻が

気づけなくなるから


傷つけられたと

意識できないほどに

夫から

言いくるめられてきた被害者妻


巧みに支配してきた加害者夫


どちらのはなしが上手か


だから

双方からはなしを聞いても

解決にはならない


被害者のはなしが

真実に近いと判断しながら

解決していくのは

間違いないのかな と思う


被害者のはなしかたから

たいしたことじゃ

ないのだろうと判断するのは

危険


Twitter始めました

日々のこと 作品紹介など

つぶやいています

よかったら見にきてくださいね

もも (@m_peach_blossom) https://twitter.com/m_peach_blossom?s=09

**続きます**

地震 その後

わたし

スピリチュアルなはなしですが

実家の映像として

災害の映像を みていたので

実家に災害があると思って

実家に

気をつけてと

話していたのだけれど

災害は

うち だったとわかりました 汗


大きな地震が起きましたが

怪我など

されなかったでしょうか?


怪我をされたかた

治療されたかた

電車が脱線したかた

電車が止まって動けないで

待っていたかた

水道管の問題で

水に困られたかた

大変でした

お見舞い申し上げます


うちは

どん!ぐらぐら ときて

物が落ちてきたくらいで

みんな無事でした

長男は帰宅したばかり

次男はベッドでしたので

怪我なく

よかったです ホッ

***


次の日

わたしは

電車が遅れていることと

余震が心配だった


たまたま

テレワーク続きだった旦那は

「あんな電車(満員で待ち時間あり)

乗りたくないわー」と

長男の乗る電車のことを

話していて

自分しか見えず


わたしが

長男の通勤ために

車を出したいのだけれど

長男と話せないから

話して欲しいと

旦那にお願いするも


無視


結局

長男が

旦那が乗りたくない

あんな電車で

自力で会社に到着したあと


昼になって

旦那からメールで

長男が会社に到着した と

知らされた


遅い 遅すぎる

知らされても

もはや なんの役にも立てない


さらに

次男の担任からの

地震が不安なかたはご相談を

という

ありがたいメールに

我が家では

家族全員で防災グッズを確認しました

あって


うちは

防災グッズの購入を

旦那に阻止され

キレられただけで

まだ

わたしが

カセットコンロを購入できたくらい


旦那は

家族を守らない 


家族全員で確認した…なんて


同じお父さんなのに

ここまで違うものか と

次男が言った


確かに


おそらく

旦那は

災害が起きても

困ったり 反省したり

しない

なぜ

防災グッズが

用意できていないのかと

不機嫌になるだけだと思う

そういうひとだ


以前乗っていた

旦那の中古の車が

道で止まって動かなくなって

今の車に買いかえたのだけれど


同じように

老朽化した今の車が

道で止まって動かなくなる可能性がある


わたしと次男が乗っている

わたしだけが乗っている

ということもある


道で止まって

事故になるかもしれない

だから買いかえよう が

旦那にはない


事故になってからでは

遅い

同じ過ちを繰り返さない

ということも

旦那にはない


引き落としで

高額すぎる

車検代と保険 税金を

払うだけ


防災グッズも同じ

旦那には

もしものために がない

だからといって

故障したとしても 修理しない

買いかえない


旦那は

自分しか見えない

家族の気持ちをまるで気にしない

記憶が

起承転結の結しかない

大切に思うことも

家族を守ろうともしない

いつも

わたしを怒鳴るか 無視する


わたしは

旦那がいると

軽い吐き気がしてくる


生理的に無理


毎日 毎日 

1日でもはやく

離れたい 離れたいと

思う


苦しい 苦しいと

心も体も繰り返し言っている


わたしは

幼いころから

何回か心が死んだ

という人生を歩んできたのだけれど


わたしの心は

まだ

苦しいと感じることができている


本当は

助けてと叫びたいのかも

しれないけれど

今のところ

誰かに助けて欲しいとは

思えない

2021年10月 7日 (木)

DVの誤解 1

DVは

身体的な暴力

とイメージをするひとが

多いと思うのだけれど


殴る 蹴る

などの暴力がなくても

暴言

無視

長時間の説教 のような

精神的DVは

自尊心を蝕み

被害者を追いつめていく


DVとは

恐怖によって作られた

対等ではない関係性


対等でないなら

家族とはいえない


加害者夫が帰宅する時間が近づくと

被害者妻は

恐怖を感じる

ストレスから体調不良になる


テレワーク 二年は

地獄ともいえる


身体的な暴力は

被害者を

支配

コントロールするための

手段


「一度の暴力で十分」


また殴られるかもしれない

という恐怖から

被害者妻は

被害者夫の顔色をうかがうようになる


そうして

支配関係ができあがっていく


ひとの不幸のうえに

自分の幸せがあってはならない

のではないかな

***続きます***

旅行と夜間のバイト

誰かを悪くいったり

自分を責めたり

問題に向き合いすぎたり

まっくろな心のわたしでは

詩が書けない

絵が描けない


お金のことを考えるばかりの

わたしも

詩が書けない

絵が描けない


だけれどどうして

お金がないと

嫌な気持ちになるのでしょう


子供に

何もしてあげられない不安が

こみ上げてくるのでしょうか


以前書いた

単位のための旅行が

コロナで

東京に変更になった 


オンラインでいいというのに

学校に

小規模に集まる予定で

なんと

4日間行われる

(わたしも行きます)


先生方にお会いするのは

楽しみだけれど

新体制になって

いろいろ厳しくなったのかも…


去年

東京で

一斉に行われた

大規模な旅行代替えでは

ウイルス感染してしまった次男


去年は1日で終わったけれど

今年の4日はハードすぎる

次男もわたしも

体力がもつかどうかが一番の心配

最近ふたりして

自分の体力について

よく考えて行動するようになった


初回の

単位のための旅行は

旅費プラス

現地で

なにかとお金が必要だった

だから

わたしの父が援助してくれた


旦那は

気持ち出したくらいだった


毎年必要になってくる

このような

旅費 学費を

旦那は

去年も今年も

東京になったからと

出さなかった


今年

4日間となると

費用がかかる

もともと

遠方へ旅行予定だったわけだから

準備はあるのだろう と

思い

旦那に

一万くらい出して欲しいと

お願いしたら


速攻で断られた


息子の卒業がかかっている

というのに

お金のことではなく

気持ちが

まるで父親ではない


引き落としは支払っていると

思う


さらに旦那から

車検でお金がなくなったと

睨まれた

車検は無謀すぎたけれども

言い訳が

小学生みたい


(これもまた

嘘なのかもしれない)


旦那から

お金を渡すと使うから

渡さなければいいんだ と

言われたこともある


息子ふたりのうち

ひとりは就職して自立している

学費も必要なくなった


さらに旦那は

出世して 年収も高い

いったい

何に使っているのか

貯金もないらしい


旦那からは

経済的DVもあるから

本当のところはわからない


父からの援助がなければ

わたしと息子ふたりは

わかりやすく

路頭に迷っていたにちがいない


援助があるから

今まで

問題点が見えなかっただけだと思う


旦那と

学費や医療費

必要なお金について

どうやりくりしていくか

話し合いや相談が

できない


援助終了といいながら

医療費にしなさいと

父からもらった

一万を

貯金せずに使うしかないのかしら

一万では難しいかな


驚くことに以前

旦那に

一万貸して と言って

いいよと

渡されたことがある

今回も

貸して の方がよかったのか


もう頭のなかが

ぐちゃぐちゃになった


次男が進学となると

旦那がまた

次男の学費は払わないと

言い出すと思うので

毎日のように

わたしは

求人情報をみてきたのだけれど


次男の卒業までには

夜間のバイトを探そうと思っている

2021年10月 6日 (水)

相手が決めるまで待つは修行 幸せそうなら

相手が

どうでもよいひとなら

期待しない

だから

全く期待されないのも

なかなか

さみしいことなのだけれど

期待されると

苦しくなることもある


わたしでいえば

青空の彼や息子たちのような

相手が大事なひとほど

相手に

こんな風にしてもらえたら

嬉しい などと

期待してしまう


こうするのが良いよねと

急ぎ

伝えないといけない などと 

やけに

おせっかいになったり


こうすれば

幸せだろうに と

勝手に心配になったりすることも

ある


家族 恋人に

無理強いしてでも

何かやらせたいことが

あったとして


なにごとも

時間をかけて と

思うけれど

ひとはなかなか待てないもので


わたしなんて

パンケーキが焼き上がるまで

待てなくて

ついつい

つっついてしまうくらい  笑


相手が決めるまで待つのは

修行


相手に

なにがなんでもやって欲しい

とばかりに

自分が動いていると


相手は

絶対にやらないと

へそを曲げるか

苦しいから拒絶してくる


やって欲しいばかりでなく

自分で

できることなら

単純に

自分でやればいい


家族や恋人に

こうなって欲しい と願うとき

そこには自分の

エゴしかない


家族や恋人に

自分の人生や価値観を押し付けて

自分の人生を歩ませようとしていることも

ある


相手が大切なのか

自分が かわいいのか

わからなくなる


基本

ひとは自分のおもいどおりには

ならない

だから

ひとをおもいどおりに動かそう

なんて不可能


相手に

期待しているうちは

相手は動かないもので


自分もそうであるように

相手が

やろうと思わなければ 

なにごとも 進まない


だから

どんなことも

相手が

やってみようと思えるまで

静かに待つしかない


ずっとこのままなのかな と

悩むこともある

だけれど

このままでもいいか と

諦めたころに

相手から

やってみたい

などという言葉が聞こえてくる


となると

誰がなんと言おうと相手はやる


ひとに言われて

やるのではなく

相手から産まれた

やりたい は

とてもパワーが強い


相手が

なにもしない 

それはそれで よかった


やってみて違えば

やめてもいいと

わたしは思う


だけれど

相手から産まれてきた

やってみたいは

わたしも嬉しくなる


だからわたしは

相手が結論を出したことが

自分の思いとは

まるで違っていても

そこは笑って

必要なら手伝って

見守っているだけでいいと

思っている


結局

相手に

何かを期待するときは

相手がやりたくならなけれぱ

やらないのだから


やりたいが

相手からひょこっと産まれてくるまで

待つしかない


無理にやらせようと

誘導して

自分のおもいどおりにしようと

すると

相手が従ったとしても

いつか必ず

うまくいかなくなるもので


人生やたら遠回りにもなりそう


はっきり言って

わたしが青空の彼に

無視をされているのはつらい


わたしが

ずっと待っている と

考えると

悲しくて

苦しくて

先のことがとても不安になるけれど


待っていることを

忘れるまで

結局

待っているしかない


でも

大事なひとが

のんびりとできて

幸せそうなら

それでよしとしよう と思う

2021年10月 5日 (火)

青空の彼から返事をもらいたいなら

いったいわたしは

この長いラブレターを書いて

何がしたいのか


それは

青空の彼からの返事をもらいたい

のだけれど


ここに

歌やアニメ

ランチのはなしなどなどを

書きながら

ちゃらけたりしないで

一途に好きです

ということを表現していく

という方法もあったはず


なのにわたしは

すっかり

ひねくれてしまった


このラブレターを

彼が

コメントしやすそうな

ありきたりな内容で

進めることもできたはず


わたしは

青空の彼から

コメントがいただける日を

10年以上

夢みているというのに


年々

近寄りがたい

面倒な女

な内容になっている(*゚Д゚*)


彼に

安心してもらえるような

記事を書けば

声をかけやすいのではないか


ごく

普通の記事を書けば

よいのではないか


お友達やいいねも増えるしね  と

考えてみたこともあるけれど


お友達ができる

ちやほやされたいから

わたしは

書いているわけではない


書きたいときに

書きたいことを書いて

書きたくなければ

何も書かない

というスタイルが

案外

気に入ってもいる


幼いころから

誰にどう思われるか

ばかりで

生きていたくない

自分がどう思うかだ

という思いが

わたしには強くあった


You☆ubeや

インスタ

Twi☆tterにあるような

誰かが

書いて欲しそうな内容なら

すぐにでも

書けるから

やっぱり

書いておこうかしら と

挫けそうになったときもあったのだけれど


だからといって

わたしが

誰かに書いて欲しそうな内容を

書いて


わたしが

書きたいものを書かない


というのも

どこか違うような気がした


よいところばかりをみせて

正直ではないような

気もする


というわけで

自然が一番だと考えていて

インスピレーションを感じたときだけ

わたしは

正直なこと わたしの気持ちを

書いている


だからわたしの恋愛は

いつまでも進展しないのかもしれないな


だって

ややこしい女なのだもの

2021年10月 4日 (月)

姑問題 八方塞がり

亡くなったひとの

悪口は

言いたくないけれど と

お彼岸まで

過ごしてきた


いろんな意味で

厳しい姑だった


わたしの父は

母の影響で

義理両親のことを

簡単にいうと

難しくない義理両親だ と

いつも夫婦で

話していて


姉も

母の影響で

すっかり

難しくない義理両親

優しい姑 と

思っていたそうで


驚いた


義理の両親は

家柄や学歴などの

差別をしない

ひとの悪口を言わない

そこは

(わたしの両親のことを考えると

余計に)

尊敬できるところ

では

あったけれど


義理実家に

家柄や学歴がないわけでもなく

長男信仰が

親族全体に

ないわけでもない


義理の母からは

お願いを聞いてもらえず

わたしが 食べられず 

などなど

嫁いびり以上

のことが多くあった


義理の母は

わたしの母とは違い

無関心で冷酷なところも

あった


高熱で

家事をさせられた

働かされた

ことも


一番言って欲しくないことを

わざわざ言う

という暴言も


姑から

何度となくあった


姑と旦那は

よく似ている


それらのできごとを

母や姉は

わたしから

聞いてきた


母は

姉の姑は優しいのに

難しい義理両親だ 

姉の旦那は優しいのに

難しいひとだから

姉が苦労している と

話している


姉は

逆ではないかと

悩んでいる


母は

わたしの旦那のことを

(DVとわかっても)

優しい

旦那がいつも我慢している

わたしが悪い と

話している


わたしの体調についても


わたしが

一時危篤で入院したとき

わたしではなく

母が重病で死ぬ と

騒ぎまくり

わたしの父を巻き込み

父が

母ばかり心配して

大変だった

ということもあった


母の

入院=ハーレム

みたいな勘違いから

退院後

わたしは

奴隷のようにこき使われた


母は

わたしのことを

健康すぎる と

今でも 言っている


検査しても

母に

悪いところがまるでないのに

体調が悪いと

わたしに

いつも電話してくる


母は

逆のことを話している


母が

そう思いたいだけで

逃げているのでしょう…


わたしは

幼いときから

現在まで


両親や旦那から

逃げたくても

逃げられたことなど ない


息子からも逃げない

というのに


母からは

奴隷

ヤングケアラーとして

子供らしさや

わたしらしさを

奪われ


旦那からは

ひどい目にあわされ

家政婦扱いされて


逃げられなかった


わたしが

変に真面目で

他のひとの

希望を優先する

ところがあるからか

ただの

おひとよしか

心が弱いからか


逃げられなかった


八方塞がりだった


いつかわたしに

普通の生活が

できるときがくるのでしょうか

もう

ないのでしょうか


でも

わたしは

答えはなくても

扉を開けて

また

扉を開けていく

できないのかと思っていたけれど

旦那が

スピーディーなひとで

厳しい上司

であることがわかった

このごろ


考えてみれば

真面目で

優秀

厳しい

という雰囲気は

息子にも

受け継がれている


先日

わたしの両親に

謎の

宅急便が届いて

困っていたとき

わたしが対応していたのだけれど

仕事中の旦那が

わたしより

はやく

対応していた


姉と

目が不自由なひと用の

機能を

探していたときも

誰よりもはやく

旦那が

見つけて

教えてくれた


旦那は

感謝もされていた


おや?


旦那には

今すぐ がない と

悩んできたのに

今すぐより さらに

スピーディーに

困っているひとに

手をさしのべる

ということができている


わたしと

息子たち

わんこのことは

放置するのになぜ?


困っていても

無視するのはなぜ?


わたしや息子の

病気を放置 

いつもキレられるのはなぜ?


例えば

旦那が

障がいで困っている

精神疾患がある

ということであれば

家庭内でも

外でも

全体的にできないと

想像する


困っていたことが

旦那の

得意なこと

というわけでもないので


旦那からの

日々の困りごとは

家庭内だけで

起こっているということ

なのでしょう

不快すぎた 6 もうできることはなさそう

実家には

お墓にお供えするお花が

準備してあった


やはりまた

旦那から聞いたことと

状況が違っていた


書いてあれば

読み返せるからと

旦那と

メールでやりとりしても


話して説明しても


書いて見せても


旦那は

驚くほどに

記憶を変えている


お花くらいなら

わたしも

適当に対処できるけれど


大事なこと

だったら

家族みんなが

大変なことになる


私たちの

お墓参りの時間は

気温が30度近くて

日差しがきつかった


わたしは

お花を入れたり

お水を

あげたりしていたら

汗だくになった


車に入ってから

車内がかなり

高温だったのだけれど

旦那が

実家の戸締まりをしに行った


なんと

わざわざ

キーをぬいていった


次男が気づいたときには

遅く

三人

下手をしたら熱中症で死ぬ

ところだった


もちろん

飲み物も食べ物も

空調も

いっさい気にしない旦那から

いっさいの配慮はなかった


わたしが

息子と一緒に

来てよかった


お昼は

お弁当を作って

食べたので

晩御飯は外食に

したかったけれど

次男が

旦那が高額なところへ行って

支払いをしない

結局

わたしが

生活費から払うことになるので

やめておこうと

言うので

コロナのこともあるからね と

帰りに

夕食のお持ち帰りを

予約

わたしが支払い

購入して帰ろうとすると


旦那が無視


これから帰って

晩御飯を作るのは

つらい

準備をしてきていない

買って帰りたい とわたし


旦那は無視


これは新婚当時から

ずっとで

このまま帰っても

食材が

何もないんだけれどと

言うと

旦那は

おれはいらないと言って

わたしや息子たちが

いるかどうかは考えず

帰宅後

旦那は食べる


結局

休憩無しで

自宅に帰った


暑さと

喘息で体が弱っていたこと

旦那の言動への

気疲れ

食材がない

帰りに

スーパーにも行けなかった

などなど

苦痛 苦痛だった


わたしは

不幸自慢したいわけではない

誰かに話したら

それくらいと

思われるのかもしれない


だけれど

わたしが苦痛に思うなら

苦痛なのだと

最近やっと

思えるようになった


わたしが

問題点ばかりに

向き合い 

なんとかしようともがいても

よくない

光をみるようにしなければ と

考えてみたけれど


長い年月で

わたしの

心も体も限界を超えたような

気がした

さらに

わたしの

生きる気力と

自信が

なくなっていった


わたしの

心も体も

悲鳴をあげている?


解決できないことで

落ち込み

息子たちを守れないことが

くやしい


今回も旦那は

一円も支払わなかったので

ガソリン代など

今後の心配はあったのだけれど

次の日

わたしと息子たちが

食べたいものを買ってきたら

わたしに

少し

元気が出てきた


わたしは

なんとか できなかったのかしら

いやもう

できることは

全部やってみてきたのだから

これ以上

やれることもないでしょうに と

思った

2021年10月 3日 (日)

不快すぎた 5 喘息 食べ物 水

旦那が

ガリガリの次男に

嫌みを言う場面が

何回かあったので

なんとか

わたしが

言葉をかぶせて阻止した


旦那は

私たちに

今回も

ありがとうを

一度も言わなかった


子供たちだって

(一応わたしも)

大変さを抱えて

お墓参りにきているわけで


旦那の母親のお墓

なのだから

わたしはいいけれど

子供たちに

ありがとう

お疲れ様くらい

言うべきだと思う


言わなくても

態度で示して欲しい


旦那がまた

実家のお仏壇で

お線香を

もくもくやり始めた

すぐにわたしは

咳き込んで

ぜーぜーが始まった


いつもながら

わたしの体調についても

旦那は無視


以前

告別式という言葉に執着していたように

やたら

お線香に執着していた


わたしは

休む暇なく

お花を活けたり

お供えをしたりした


それから

お墓参りに行った


昼過ぎて

日差しがきつい


立派な墓石だった


わたしは

例の最高戒名の

実家のお墓の方にも

お花を持って

行こうとしたのだけれど

旦那が反対した


実家だけでなく

お墓でも

旦那は

お線香ばかりに執着していた


わたしや次男が

お線香の煙で 喘息になる

だから離れていたい と

説明しても

旦那はスルーで


ひとりずつ

大量のお線香を

持たされた


お線香もろうそくも

義理の父が

購入したもの


使いすぎではないか…


燃やしすぎて

ひどい煙だった


ここで

あることに

気づいた


旦那は

お花

お水やお供えは

まるでしない


わたしが

おばあちゃん

暑いね

お水をどうぞ と

お水を柄杓であげながら

話していると


旦那が

水をあげるの?と

不思議そうにしていた


旦那は

生きているひとにも

生きている家族にも

亡くなったひとにも

亡くなった家族にも


喉が

かわいているのでは?

おなかが

すいているのでは?

という

気持ちが

持てない


お花を飾る

というのも

わからないのかも

**続きます**

抗生剤とわたしの喉 女性は

たんがひどくて

ぜー ひゅ しゅうと 呼吸も苦しい


かなり

以前は

風邪をひいた と内科に行けば

抗生剤が処方された


風邪はウイルスだから

細菌に効果のある抗生剤は

必要ないようで

耐性菌の問題や

抗生剤の副作用を考えて

最近

抗生剤は

風邪では処方されなくなった


いざ

危険な細菌がやってきた

というときに

抗生剤の効果がない

という

体になってしまうことも

怖い

(鶏肉にも使われているけれど)

だから

かかりつけの先生が

判断した

短期間しか抗菌薬は使えないみたい


わたしは

使用している

ステロイドの量が多いので

ウイルスに弱い 


抗生剤を使用すると

たんが治るから

わたしの喉の奥に細菌がいて

わたしだけの力では

治らないのかな と想像できる


以前は

よからぬ細菌がいても

せ☆感染症でも

風邪ついでの抗生剤で

みなさん

治っていたのだと思う


正直

わたしは10年以上

せ☆感染症になるような

行為をしていない 

尼? 修行?

みたいな

青空の彼一途 な生活を送ってきた 笑


わたしの細菌は

いったいなにかしら?


せ☆感染症で

喉の不調があったとして

婦人科に行かないかぎり

内科の

かかりつけのドクターから

そのような行為をしましたか?

なんて

絶対に質問されない

だから

咳やたんで

よほどのことがないかぎり

抗生剤は処方されない


処方されないと

☆い感染症は治らないよね?

多分


わたしも

婦人科に行かないかぎり

10年以上ないです と

ドクターに言わないでしょう

(ちなみにわたしは今まで 

せ☆病の経験はありません)


みなさん

パートナーがいて

喉の不調が続いているなら

婦人科ついでに

ご相談されてみるのも

ありかもしれない


40代 50代になって

新しいパートナーができたかたも

妊娠の可能性はゼロではない

せ☆感染症についても

しっかり予防していかなければ

女性の体は

守れないな と思う

2021年10月 1日 (金)

本当のお母さん

わたしは

幼いころから

わたしの母を

本当のお母さんではない

他に

実の母が存在している

思ってきた


幼いとき

やまんばの絵本を

読んで

わたしは確信した


お母さんは

本当のお母さんではない

父の山

あたりからきた

やまんば なのだと

考えていた  ちょっとw


そうでも思わないと

娘に対する

母の言動が

理解できなかったのだと思う


小学生になると

娘より

世間体ばかり気にする

母に

わたしは

道徳の教科書

みたいなことを言って

正そうとしたり

姉をかばおうとしたりして

やたら

母に

叱られていた


母親とは

子供に

影響力がある存在

よくよく言動を考えて

下手であっても

子供へ愛情を伝えながら

学んで

母親になっていきたい

わたしは思うけれど

母は

違った


わたしが

結婚するまで

ずっと

母から

姉を産んだときは

大変だった

痛かった

死ぬところだった

ことあるごとに

リアルな内容で

聞かされてきた


わたしは

母から

何回も刷り込まれた

その

お産の恐怖で

わたしのお産が

うまく進まなかったほど

母のはなしは

わたしの

トラウマやダメージになった


友人の

お母さま みたいに

陣痛?

忘れちゃったわ と

話して欲しかった


陣痛で

赤ちゃんも苦しくて

頑張っているから

頑張って

母に

言って欲しかった


とある動画で

産まれた赤ちゃんに

頑張ったね

これから楽しいことを

いっぱいしようね

夫婦 で

声をかけているシーンを観て

そっか

そうだよねと

思った


母は

わたしを産んだとき

痛かった

嬉しかった

など

何も話さない

妊娠中の写真もない


二人目だから

お産が軽かった

ということもなさそうで


養子の

近所の男の子のはなしを

わたしが

したときも

母が

「病院で

頭をボサボサにして

写真を撮れは

養子だとは ばれないのよ」


話していた


まさに

病院で

頭をボサボサにして

生まれたばかりのわたしを抱いた

母の写真がある


だけれど

わたしは

父と

父方の祖母にそっくりで

父の子供であるのは

間違いなさそう


母は

嫁姑バトルで

母乳が出なかったから

ももちゃんは

小さいと

話していた

やはり母は わたしの母なのか…


母方の祖母宅で

次男が

誰に似ているか

話していたとき

わたしが

母方のいとこに似ていると

言ったら

祖母に

血が繋がっていない

似るはずかない と

言われたことがある


祖母は

誤魔化していたけれど…


まさか

本当のお母さんは

存在するの?

次男と

似ている いとこの母

叔母が

養女なのかしら?


はたまた

わたしが

母から

無下に扱われてきたから

本当のお母さんではないと

思いたいだけでしょうか


だけれど

母は

わたしが

つわりのとき

熱が出たときは

ずっと看病してくれた


娘を

心配しすぎなところは

あるけれど

いろいろ

母の

愛情あふれるエピソードもある

(よい思い出は あまりないけれど)


もし

本当のお母さんがいるなら

もう高齢でしょうから

生きているうちに

会いたいものだけれど


やはり

わたしの思い過ごしでしょうか

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