将来への不安
わたしの生活は
永遠
子育てをしているような
生活で
若くして
子供を産んだので
なにをもって順調というのか
わからないけれど
順調なら
今頃
次男は
長男と同じように
大学に行き
もうすぐ卒業
お友達と遊ぶばかりで帰ってこない
次男を
もう
とか言いながら
わたしは
自分の時間をもてたのかな
などと
想像する日もある
だけれど
今の わたしは
次男が
3歳くらいから
生活が変わらず
永遠
看病しながら
育てているような状態で
息子はかわいいから
苦労とも思わない
学んだこと
楽しく幸せなことも
多かったけれど
自由がない
ひとりで
看病しているので
体力や気力に
限界を迎えることがある
次男の卒業が決まり
大学進学について
旦那に話しても
永遠
無視をされる日々
次男にふりかかる
困難や難題も
すべて
わたしと次男で
どうしていくべきか
考えている
次男に
拒絶されたときは
食べない
拒絶される
死ぬかもしれない
という状況で
苦しかったけれど
そこから
ふたりで這い上がり
今は
信頼関係を
取り戻している
旦那から
邪魔はされても
次男のことを
労われたこと
感謝されたことなど
一度もない
特に
次男の
卒業までの
試験などなどは
次男の希望を
しっかり聞き
相談しながら
次男の不安定な気持ち
体調
などなど考慮
学校まで連れていき
先生がたにヘコヘコしながら
付き添わなければいけない
ヘコヘコしなくても
大丈夫だけれど
ついついヘコヘコ 笑
わたしの
年齢と持病がくわわり
運転時間も長いので
体力も気力も
そして
気遣いも
限界を迎えていった
ひとには
それぞれ
使命があって
才能を生かして生きていければ
形にこだわることは
ないと
思うのだけれど
早朝から
働いているひとは
偉い
体力があるひとは
偉い
いいな
などと思いながら
わたしは
罪悪感を感じている
朝焼けの空に
星がひとつ
輝いていて
なんて美しいの と
立ち止まるわたしより
暗い顔で
電車まで急ぎ歩いている
黒い集団
生活のために
家族のために
下をむいて くいしばりながら
生きているひとびとの方が
偉くて すごいんだ
空が青くて
こんなところに富士山?
というような場所で
富士山がみえたら
おめでたい と喜ぶわたしは
どこか
怠け者で世間知らずな
気さえしてくる
このままでは
まずい
よくわからないけれど
わたしの
心や体が 変だ と
自分でも わかった
次男も激しい胃痛に
悶絶
わたしも
疲れで 足が前に出なかった
口から
エイリアンみたいなものが
出てくるのではないか
という
気分になった
エイリアンの触覚みたいな
ピロピロしたものが
口からのぞいている
イメージ
映画でいえば
あっ こいつダメだ
もう体
食われちゃってるわ
って
シーンみたいな ?
次男の食べない
買わない いらない
薬もいらない
ないない攻撃が始まり
ちょっとしたこと
きっかけで
次男が
不安で
目がおよいだり
まっすぐ歩けない日もあった
さらに やせてしまう
わたしも
どんどん 追いつめられていく
助けて欲しい
細かいこと
だけれど
旦那に
玄関前にあるお水を
玄関のなかまで運んで欲しい
帰りに
ビールを買うとき
ついでに
生姜を買ってきて欲しい
洗い物を
一回でいいから
食洗機に入れて欲しい
洗濯物を山積みにしないで欲しい
だけれど
お願いすると断られる
辛いときほど
水はそのまま
買い物を断る
食器を積み上げる
洗濯物を積み上げる
おそらく
辛そうなわたしに反応して
そうなっている
のだと思う
家族を無視
放置して
働いているのが
そんなに偉いのかな
わたしを無視して
旦那は
そんなに偉いのかな
わたしは
いったい
なにものなのかな
存在に意味があるのかな
腹立たしくなったあと
悔しくなり
消えたくなった
誰とも話す気力がなくなり
なんのために
生きているのだろう
というくらいに
追いつめられていった
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