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2022年3月に作成された記事

2022年3月31日 (木)

ありがとうとお別れ わんこ

長い間

一緒にいてくれて 

ありがとう


よく頑張ったね


ありがとうと

ずっと

なでて いたいけれど

お別れです


虹の橋に行ったら

元気に走り回って

おいしいごはんを

たくさん食べてね


うちにきてくれて

ありがとう


寝たきり たまに立てるくらい

になり

看病していたわんこが 

16歳で

突然 眠るように

亡くなった


旦那は

わんこが

うまく

立てなくなってきたとき

なら

下に敷いているトイレシート

が かえられない

とだけ

言っていた

(かえられます…)


亡くなったとわかった

瞬間には

まだ

わんこは

あたたかかったのに


お役所のホームページを

わたしに差し出して


お役所に取りに来てもらう

ここを読んで と

何度も 言ってきた


わたしは呆然としながら

読まずに

それは  

わんこを捨てるみたいになるから

できないと

答えた


涙を流す暇もなく

はりつめた気持ちで

わたしは

葬儀屋さんを探すことになる

2022年3月14日 (月)

お返しって悩むよね

わたしの若いころ

わたしのまわりには


女性は男性に優しくされるもの

支払いをしてもらうもの

プレゼントも もらうもの

という

片寄った考えかたが

存在していたのだけれど


当然のようにしている

ひとびとのなか


わたしはそれらを

どう受け止めて

どう考えていけばよいのか

わからなかった


男性が女性を

守らなければいけない

優しくしなければいけない

と考えるのは


女性はえげつなく

計算高いのに 気の毒だわ と

思えた


息子のことを考えると

余計に

純粋な男性が

気の毒に思える


食事に

誘われたとき

男性がいかにもという

ひとでも


ごちそうさまでした 笑顔 

だけでよいのか

少し 支払うべきなのかな と

もやもやして

楽しめなかった


高級なところに

連れていかなければ と

張り切る男性にも


わたしは

そんないい女じゃないから

もっと気楽なところがいいな と

もやもやしていた


高額なプレゼントも

ありがとう 笑顔

だけでいいのかな

お返しをした方がいいのかなと

くよくよしていた


ちょっとした

お返しや

お礼のお手紙を添えたりして

悩んだ


わたしは現在

たまに

掘り出し物を購入

ランチくらいは行くけれど

自由に使えるお金が

あまり

ないので


レジで

わたしが出します

いや出します いやいや

みたいなやりとりは

想像すると

面倒くさくなる


だからといって

高額な割り勘

となると

働いていないわたしは

正直 困る


先に

ももちゃん

お金がないんだから

ご馳走するね

 デート代は支払うから と

言われたら楽か

というと


お金がないんだから

というのは

理解してもらえて

悪い気持ちにはならないけれど


全部おごりで

というのも 

なんとも 申し訳ない


それもまた

気にして


お弁当と

手作りのプレゼントでお礼しないと

となる


豪華なお弁当は作れない

手作りのプレゼントは

材料にお金をかけられない


喜んでもらえるかどうか

わからない


そんなことを

考えていたら

恋愛が

めんどくさ

になる


最初は

おならを我慢して

おなかが痛くなるじゃない?


だから余計に

面倒くさくなる アハ


気にしないひとは

気にしないのかもしれないけれど


男性も女性も

お返しって

どの程度したらいいのか

悩むよね

2022年3月 9日 (水)

受け入れる おせっかい トラウマ

許してはいけないことは

別にして


困難が

やってきたとき

受け入れられないから

苦しいわけで


なかなか難しいけれど

自分と相手の

すべてを受け入れられたら

いいのだと思う


すべてを受け入れたら

何も怖いものはない


自分と相手の

苦しみはなにか

どうしていくべきか が

みえてくる


ここで

おせっかい になりやすい

わたしみたいなひとは

陥りがち なのだけれど


困難を知ったとき

自分が

何かしてあげなくては

いけない


解決に向けて

相手に

何か させなければいけない

という

焦った思考になる


相手を助けたい

という気持ちは

悪いものではないはずだけれど


相手のためではなく

自分のための

発言になりやすい

相手に負荷をかけすぎる

うるさいからと拒絶される

という結果になりがち


自分が

止まる

待つ

何もしない

何も言葉をかけない


相手に

何もしなくていい

何もしないもありだよと

知らせる


ということが大事なのではないかな


困難がやってきたとき

選択肢は多い方が

いいに決まっている


これしかないと

思いすぎるから

ひとは

苦しくなるもので


だから

堂々

何もしないもありだよ

選んでもいい


気晴らしが必要か

休みが必要か

はたまた 通常どおりか

 という

状況の見極めは

身近なひとにしか

わからないところではあるけれど


しばらく

罪悪感なしで 休んで


何かにチャレンジしたくなれば

してみて


それで

ちょっと違うな

と思うなら

やめる


やめる

失敗する

という意識を手放して


わたし ぼくには

あわないやり方だったから

違うやりかたで試してみたらいいさ

考えていけば


次もだめなら

また

しばらく

罪悪感なしで 休んで


好きなことが見つかれば

いつか

やりたいことに繋がっていく


そんなことを

だらだら

行きつ戻りつ やっているうちに

生きていられるものだ と

思う


それで

何も見つからなくても

結果がでなくても

変わらなくても


まぁ

いいじゃない


そんなことは

気にする必要もない

どうでもいいこと


落ち込んだり

笑ったりしたこと


何もしないで 

ぼんやり過ごしたこと


これもありだわ

これでいいんだな

という

気づき

その方が


価値というなら

人生において

価値のあることだと思う


You☆ubeを観ていても

わかるように

完璧な人間なんて

アンチがいるくらいで

もてない


スポンジ☆ブみたいなひとでも

みんなに

愛されている


失敗しない

トラウマもない

成功ばかりの完璧な人生が

偉いわけではない 

わたしは思うよ

ありがとうの意味 願いが叶うときは

うまくいったとき

願いが叶ったとき


ありがとう と

感謝の気持ち になるけれど


わたしは

それは

何か違うのではないか と

ずっと

思ってきた


うまくいっても

うまくいかなくても


ありがとう

感謝

という気持ちは存在している


だから

うまくいかなくても

ありがとう 

なのだと思う


神様

願いを叶えてください


これは試練ですか

カルマですか

という考えかたも


わたしは

疑問に感じてきた


わたしたちが

神様に

何かをしてさしあげたか

というと

何もしていない


日々

感謝をしているか

というと


いつも

見守ってくださり

ありがとうございます を

伝えず


不平 不満

文句 

願いごとばかりしているひとが

多い


「願いごとが叶う」

というのは


わたしやあなたの

欠落していたり

ないもの

失っているもの

補うこと

ではない


からからに

なっているところを

ただ

うめたいだけなら


一時的に

似たようなものは

やってくるかもしれないけれど


願いは叶わない


もともと

いっぱいだったところに

プラスされるもので


例えば

好きなひとや

誰かに愛されたい と

考えていた

として


なぜ

愛されないのだろう

愛されたい と

傷つき

孤独に耐えていても


願いは叶わない


愛されたい

など

忘れるくらいに

自分や誰かを愛して

うきうき わくわく

輝いていれば


いっぱいのところに

プラス

愛される

という願いが

くっついてくる


願いを叶えたいひとは

まず


もう何も

いらないよってくらいに

自分の心を輝かせて


楽しいこと

好きなこと

幸せなこと

充実していること

などの

キラキラで

心をいっぱいにしておく


ということを

オススメしたいかも

2022年3月 7日 (月)

吸入したら

吸入したら

その後

咳が続いて

息苦しくなる


痰も増えて

咳と痰で

眠れない日も続いた


以前

かかりつけの先生に

吸入したら

具合が悪くなる と

話したとき


先生が

吸入が刺激になっているのかな?

(でも やめることはできないから) と

おっしゃっていた


わたしは 

薬が

刺激になっているのかも


吸入後

気管が拡張するから

花粉やほこりを

吸い込めるようになって

咳が出ているのかも  と

思っていて


吸入したら 喘息がひどくなる

という気がして

吸入回数を勝手に減らしていた


発作止めは

呼吸が楽になる


そんな毎日を過ごしていたら

走っていないのに

走った後

みたいな 気分になった


しんどいな…

まぁ 大丈夫かな…

などと

考えていた


今日

吸入したら 咳がでる

吸入しない方がいいみたい

刺激になるのかな と

大声で

ぶつぶつ言いながら 笑

洗面所を歩いていたら

次男がひとこと


それ

吸入しようとして

思いっきり 

息を吸ったり

吐いたりするからでしょ


えっ?

あっ そっか

笑ったとき 咳がでるのと

同じよね? と

わたし


喘息なんだから

当たり前じゃね?


無理して

息を吸い込んだり

思いっきり

息を吐いたり できない

咳がでる

と次男


ああ

なるほど


なぜ

こんな簡単なことに

わたしは

気づかないで 

吸入をやめたい と

考えていたのか


体の ひゅー しゅーも

無視していた


次男…的確すぎる…

わたし…おばかすぎる…


毎日

真面目に吸入しようっと

2022年3月 2日 (水)

拒食症について考える

次男が

拒食症になって

5年になるでしょうか

先は見えてきたものの


今だにガリガリで

最も

体重が軽くなり

甲状腺異常が起きて

強制入院を

中止してから

1キロ 2キロ プラスされたくらい


体重が減らないよう

頑張ってはいるけれど

さほど食べず

食べれば

まるでザルに投げ込むように

体に吸収されず

体重が増えない


BMIが回復したわけでもない


拒食症は

自殺だと思う


最初は

いつ

心臓が止まるかわからないと

ドクターから説明があった


拒食症は

食べれば治る

心も体も楽になっていく

だけれど


食べられない

という病気


お薬の効果もさほどない

よくなれば

動けるので

死にたい気持ちも現れてくる


母親としては

子供が

食べない

体重が2ヶ月で20キロも減った 

となると

とにかく焦る

毎日

生きてくれさえすればいい と

願う


眠っているときが

日中より危険なので

次男が入院を拒絶したあと

お母さん

次男くんが

夜中に亡くなってもいいのですか

強制入院させるべき と

ドクターから責められたことも

何度かあった



母親が

食べなさいと言えば

子供に

食べないと言われる


食べなさい

食べない

食べなさい

食べない と

言い争っているうちに

母と子の

信頼関係がなくなる


そして

子供は母親を拒絶する

だから さらに食べない


不登校と同じだと思う


しばらくは

家庭で

ゆっくりと過ごしながら

母親だけ密かに

家庭や外で

子供を苦しめるような

問題点はなかったか

よくよく考えてみる必要がある


問題点をみつけたら

排除または工夫してみる


数少ない

拒食症を診察できるドクターの

なかには

それでも精神科医?

という

ドクターもいらっしゃるから

諦めず

子供が信頼できる

ドクターを探す必要がある


これをひとり

母親が抱えてやるのは

かなりつらい

だけれどわたしは

ひとりでやるしかなかった


さまざまな病院で

次男が

重症すぎるからと

断られた


カウンセリングは期待しない方がいい


カロリー計算など

その子にあうやりかたで

食事が

落ち着いてきたら


好きなときに

好きなものを

好きなだけ

食べてよい

という環境をつくる


安心した環境でなければ

おなかはグーとは鳴ってくれない


一番大事なことは

食べたくないんだねと

母親(家族)が

共感することだと

わたしは経験上 思う


食べない子供を受け入れる

すべてを受け入れる

母親(家族)が

そう腹をくくる


太っている

むくんでいる

ダイエット

という言葉は口にしないよう

気をつけるようにする


わたしは

太るという言葉を

健康になる

栄養バランスがいい

という言葉に変化させた


旦那は

激ぶとりするよ と

次男に

言ってきたけれど


次男は

痩せているね という言葉は

大丈夫だったので

わたしから

あの俳優さん 痩せているね と

話して

少しずつ

認知のゆがみを

正すことができた


拒食症の本人は

骨と皮だけになっているというのに

太っていると

認知してしまう


脳に栄養がいかないから

余計に

脳の誤作動が起きる


被害的になり

空腹で

イライラもしてくる


ひどい便秘で

手術になるひともいる


足は

血液を心臓にうまく運べなくて

紫っぽくなる


自力で

立ち上がれなくなる


次男は

補助すると

立ち上がれた

旦那は

立ち上がれない次男をみて

うすら笑い

手をさしのべなかった



首も支える力がなく

顔が前にうなだれる


手は冷たい


水も飲まなくなるので

脱水になりやすい


水にはカロリーがないことを知らせて

1日何杯は飲む

という約束をした

そこは

ドクターと約束してもらうと

次男は

うまくいった


次男には

新しい大きなコップを

用意した


親子で

好きなものを共有したり

好きなものを食べたり

できるようになると


嫌なことばかり言ってくる存在

病院や学校など

嫌なところに連れていく存在の

母親から


ふたりで

安心して

楽しい時間を過ごせる母親に

変化して

二人三脚で

頑張れるようになった


多少

食べられるようになり

くだらないおしゃべりが

できるようになると

自然と

ふたりで笑顔も増えた


これは

家族にしかできないこと


うちは

旦那の協力がなかったので

わたしにしか

できなかったことだった


学校の環境も大事だけれど

そこは

長年

苦しんで 取り組んできたから

拒食症と診断されたころには

学校には恵まれていた


家族だから無理にでも仲良く

はやめて

旦那を遠ざけたことが

一番効果があった


ドクターは

お薬を処方したり

たまに

アドバイスをくれたりは

するけれど


家族にできないことは

医者にもできない


ドクターに期待して

悪化する場合もある


目の前に答えがあるのに

不安から

頼れるひとを探して

依存していると

大事なものを失う


失いたくないなら

病気によりそう覚悟を

決めて

先の見えない不安や

孤独感は

置いておく


母親(家族)は

何ができるかな

今は

何もしないが正解だろう

子供が嫌がることばかりしていないかな

ということを

考えていく必要がある


不安を

否定するのではなく

受け止めるよう努力していく

たまには腹が立つけれどね


食べないことは

そっか

くらいにして


子供を

食べ物以外のことで

認めてほめる

会話ができるようになれば

拒食症で

誰からも

ほめられていなかった

子供をほめる


しばらく

なにもしないで

ふたりで

だらけまくるくらいの

心の余裕が

母親(家族)には必要


とはいえ

こうじゃなくてはいけない

ないので

ちゃんとやらなきゃと

追い詰める必要はない


単純に

よくなれば

方法がよかった

よくならなければ

他の方法で

「やりかたは無限にある」

やりかたがあわなかっただけね

考えていくことも必要


先は長い

行きつ戻りつ

後悔しないように

丁寧に

わたしは

生きていきたい


必ずよくなると信じていきたい

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