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ひとそれぞれ
そのひと そのひとの
受け入れられる容量
かばん
の容量 ってものがある
大きなかばん(大きな器)
が いいようで
大きすぎると 重くなる
そのひとの かばんの
容量以上のものを 持てば
抱えきれなくなる
多くのものを
受け入れようとして
手をぎゅっと グーにして
握りしめたら
力を入れすぎて
指の間から
たくさんのものが 落ちていく
器に
器以上の水を注げば
水は あふれる
ああ もったいない
抱えきれなかったもの
落ちたり あふれたりしたもの
のなかには
後々 考えてみたら
大切なものが ふくまれていて
いったい
わたしは 何を守り
何がしたかったのだろうと
後悔もする
そのときどきで
どうしても 手放せない
譲れないことが ある
よかれの判断が鈍る
入ってくるものを
すべて
受け付けてしまうことも ある
以前より
地球の時間が速くなっている
というんだから
もう
振り落とされそうだ
頼まれごと
日々のタスクも多い
わたしみたいに
日々 ぼんやりしたひとでも
多い というのだから
人望があり
多くのひとに
必要とされているひとは
その声に
懸命に 答えているはず
優しさや真面目さ
から
いっぱい いっぱいに
なりながらも
答えていると 思うのだけれど
悲しいかな
かばんに入らないものは
入らない
グーにしても
器に注いでも
落ちたり あふれたりする
すべてに答えるわけには
いかない
そこで
選択に迫られる
何かは 断らなければならない
どこかで
線引きも しなくてはいけない
チャレンジを休む
どれかを 手放す
やめる という選択肢もある
まぁ
それを やらないと
大切なものを 失ってしまう
自分らしくいられなくなる
自分を 大切にできない
あげく
自分も 失ってしまう
例えば
家族への愛 恋人への愛
仕事 地位 などなどのなかで
手放したくない愛 があったとして
手放したくない愛を
安心させなければいけない状況だ
というのに
難しく考えすぎて
さきのばしにする とする
現状維持に 安心感だけは
あるけれど
さきのばしにしたことで
相手は束縛され 苦しむことになる
仕事か愛か 家族か愛か
などなど
愛については 臆病になり
極端に 考えがちだけれど
どちらも
犠牲にする必要はなく
どちらかを 選ぶ必要もない
どちらも 手にしていい
わざわざ
苦労する必要もなく
苦労しないで
笑って暮らしてもいい
わたし ぼくの かばんに
大切なものを 入れよう
過去は変えられない
未来は変えられる
とはいえ
過去も
考えかたや 見方を変えれば
違った印象になる
それは
変わったともいえるかな
嫌な過去も
自分の一部
だから今の自分がいる
受け入れて 人生の肥やしにしちゃえ
小さなわたしが
子供のころから うけた傷
あれこれ
当然
子供だったから
何もできなかった
そんなときは
そのときの自分に
自分で
怖かったね
傷ついたよね
そりゃ 何もできないよ と
声をかけて
自分で自分を 癒して
自分で自分を
許してあげよう
許せなくてもいい
苦しくても
受け入れられなくても
それはそれで
いい
そのままで 十分なんだ
そのうち
わたしは 誰も
憎んだり
恨んだりしていないことに
気づく
許していますと
わざわざ宣言してみることも
ないけれど
なにげに 許して
わたしにも あなたにも
黒い部分がある
完璧なんてない
ということを 知ったら
因果応報やカルマなんて
考える必要もなくてね
わたしを傷つけた誰かも
誰かを 傷つけたわたしも
みんな みんな
幸せになればいい
結婚してから
家電が故障しても
買い換えなかった旦那
ついに
我が家の命綱ともいえる
空気清浄機が
止まった
生産終了していて
フィルターもついに
生産終了
オワッタ
旦那との関係や問題を
ずっと
なにもしないできた
わけではない
いろいろなひとに
相談した
よかれと思うことは
すべて試してきた
やり残したことは
ないように思う
今は 旦那と
極力 関わらないようにすること
くらいしか
思いつかないでいる
陰陽があるように
どうしようもないこと
なのかもしれない
長い間
青空の彼を 思い
連絡を待ちながら
ほこほこした愛情を
毎日のように
彼に向けていたら
なぜか
わたしの
やるべきことや
使命みたいなもの
大切なものが
はっきりとしてきた
不思議~
エゴや依存 執着
自立について
考えるようになり
わたしの
考えかたや言動に
自信が もてるようになった
彼が
どのような状況にいて
何を
どのように考えているのかは
まったく
わからないのだけれど
彼を思うと
勇気が持てた
それに もし
わたしが
誰からも 愛されて
いなくて
誰からも
理解されなくても
わたしが
わたしを愛したり
理解したり
わたしが
大切なひとを
思いっきり 愛して
理解しようと 努力したり
していれば
愛に包まれて
慌てることもなく
孤独になることも
怖がることも ない
ということも
よくわかった
まぁ ぶっちゃけ
愛されたい
愛を伝えられたい
けれど
あたえられるより
あたえる方が幸せという
とにかく愛は
最強なのだ
大切なひとを
もっともっと 大切にしたい
ということが
最近のわたしの 願い
なのだけれど
息子たちを
大切にしたいと
強く思っている
愛情深く
丁寧にやっていきたい と
考えては いるけれど
大切にするとは
愛情とは
丁寧とは と
考えていたら
わからなくなった
そのときどきで
柔軟に対応
年齢にあわせた距離感
などなど
子育ては
学ぶことだらけ
だったけれど
体力も 気持ちも
余裕がなくて
もっとこんな風に
愛情を向けられたのでは
ないかな
もっと自由に
させてあげれば よかったかな
などなど
後悔することは多い
これからも
わからないまま
愛情を持って
丁寧に 大切に
やっていきたい
信頼や
なかのよさは
長い間の結果だと
思うので
長男とは
こじれてしまったけれど
次男には
信頼されていて
愛情は伝わっている
愛情がなく
無関心でいることを
愛されている
信頼されていると
旦那は 思うようだけれど
愛情があれば
心配する
助けたくなる
ただの
無関心ではなく
なにもしないでいる
ということも
ふくめ
これから
どのようにしていくことが
大切なひとを大切にする
になるのか
つどつど よく
相談して
ゆったりとしていたいと
思う
慶應の応援と優勝
すごかったですね
メディアでは
いろいろ言われているけれど
わたしは
慶應ならではの つながりと
野球を楽しむというやりかたに
リスペクト
昔ながらの
厳しさばかりは もう古い
若者を大切にして欲しいと
思います**
次男が内科から
眼科に行くように言われ
ついでに
わたしも診察して
いただいたのだけれど
次男は
ちょっとしたアレルギーで
終了
わたしは
視力が 急に悪くなっていて
飛蚊症も
光の残像も
ひどくなっていたのに放置
片頭痛のギラギラも
脳神経外科でMRIなどの
検査を受けていない
長く
服薬だけしている
という事実に
お叱りもふくめ
ドクターから
驚かれることに なった
視力低下で
ほとんど見えていないので
車を運転しないように
再三 注意もされた
次の日
詳しい検査をしたところ
飛蚊症だけで
他は大丈夫だった ホッ
急な視力低下は
メガネを作り
ギラギラは
脳神経外科に行くように
言われる
眼底検査の日
車でこないように 言われた
近所ではなく
ショッピングモールの眼科に
したので
次男を連れて
車で行き
ランチをしながら
何時間か待ち 帰宅
往復タクシー
または ひとりで電車
ウーン
どうするべきか 悩んだ
旦那は無視している
わたしの目が
ほとんど見えていなくて
網膜剥離の疑いもあるみたいと
病院の冊子をみせながら
説明するも
旦那にまた スルーされる
結局 いつもながら
旦那には 何も
手伝っては もらえなかった
結果報告も
知らん顔だった
次男と相談して
ひとり
電車で行くことに決めた
検査後
視界がぼんやりして
まぶしさも あった
眼底検査は
10年以上ぶりくらい
3回目だけれど
検査内容が 以前より
目の負担に
なるものだったのか
ショッピングモールで
少し休んでから
帰ろうとしたら
強い日差しで
目の前が真っ白になった
日傘をなくしてしまった
ので
電車も危なかった
帰りだけ
タクシーにすればよかったな
もったいないからと
タクシーを使わなかったので
電車を降りてからも
目を閉じたり
薄目にしたりして
暑いアスファルトを
歩いた
目の前がよく見えない
光がまぶしすぎる
帰宅後
しばらく眠っていたけれど
スマホやテレビは
6時間経過してもまだ
まぶしかった
冷蔵庫に
食材があまりなくて
あるもので夕食をつくる
つらくなりながら
後回しにしていた
洗濯や洗い物をしていると
突然
目の奥に強い痛みが
その後
ひどい頭痛が続いた
眼底検査後の頭痛は
よくないみたいだけれどと
不安になりながら
痛み止めを飲んで 耐えた
次男は いろいろ
アドバイスをしてくれたけれど
旦那は
さらに無視していた
次の日
目は しばしばしていたものの
頭痛は少し 治まった
頭痛の場合
病院に連絡するよう
書いてあるけれど
しなかった
わたしには
10年以上
放置してきた
いろいろなことがある
いつの間にか
旦那に無視
放置されることで
マヒして
病院に行っていない
行かなくてはいけない
病院が
たまっている
次男が
メンタルの先生から
病院に行くべきだ
放置は危ないことだ と
言われていて
旦那は
病院に行くべきだ と
言ったことがないので
わたしは
次男に
病院に行くべきだ と
言ってきたものの
感覚が
おかしくなっていたことに
気づいた
次男の検査なら
ランチを食べて
休憩して
タクシーで帰っただろう
わたしのこと
となると
いい加減になってしまう
わたしには
普段から
なるようにしか ならない
なんとかなるだろう
なんとでもなるさ と
楽観視する 楽天的なところがある
わたしのことは
だるく 面倒くさくなる
わたしたちを
あまり
病院に連れて行かなかった
健康な母は
頻繁に病院に行っている
それを見てきたから
よくないと思い
子供を優先しすぎたのかも
しれないな とも考えてみた
だからといって
旦那や母を
許せないわけではなく
恨んだり 憎んだりも
していない
家族なので
わざわざ
許していますと
宣言するほどでもない
なにげに 許している
完璧な人間はいない
わたしにも
悪いところがある
わたしの
ただの面倒くさがり
医療費の心配で
10年以上こうなった ともいえるかも
誰かのせいにするのは
違うように思う
けれど
誰かのせいにしたいなら
すればいいとも思う
わたしには 許せないひと
憎んだり
恨んだりしているひとは
いないんだよね おばかなのかな~
わたしは 幼いころから
本当のお母さんは
別にいるのではないか と
思ってきた
だからといって
母親なので
母を恨んだり 憎んだりは
していない
真面目で
世間体ばかり気にする母は
いつも イライラしていた
イライラするのは
助けて欲しいという思いから
だったとは 思う
わたしは母に
ときに
奴隷のようにあつかわれ
ひどい仕打ちも されてきた
母の
不安や心配からの 暴言
わたしへの
八つ当たりも多かった
わたしは子供なので
当然
何もできなかった
母は
自分の意見がなく
親の意見に 依存していた
母親として
精一杯
頑張っては きたのだと思う
なので
母を許せない という思いはない
わたしは
幼稚園くらいのとき
やまんばの絵本を読んで
母は
山からおりてきた
やまんば なんだと
思うようになった
なんだか ぴったりときた (‘д‘ )
その後
小学生になり
近所に養子の男の子がいて
養子ということが
よくわからなかったので
母に質問した
なぜ養子を
秘密にできたのか
という わたしの質問に
母は
病院のベッドで
髪をぐしゃぐしゃにして
赤ちゃんを抱いた写真を
撮れば
わからないと答えた
まったく同じ写真
わたしを抱く母の写真が
実家にある
このとき
もっと前からかな
本当のお母さんは
別にいるのかもしれないと
思うようになった
母は
苦労ばなしが好きなのか
姉の出産時の
陣痛の怖いはなし他は
何度も 何度も わたしに話す
というのに
わたしの出産時のはなしは
しなかった
(美人だと騒がれた
という話くらいだった)
大人になってから
母方の祖母に
いとこの話をしていたら
血がつながっていないと
言われたこともある
姉に聞いてみたら
母に
虐待されて育ったから
そのように思うだけで
間違いなく 妹だと言う
最近も
健康な母の愚痴を 聞いていると
わたしは 病気がちなので
遺伝で考えても
本当のお母さんは
他にいるのかもしれないと
思う
いるのなら 会ってみたい
わたしは見た目
父方に似ている
母方にも 多少似ている
わたしが 産まれたとき
男の子じゃなかった
がっかりした という話は
両親からよく聞いた
何かあるたびに
姉もわたしも 両親に
男の子だったら
よかったのに と言われるので
傷ついてきた
実家家族は 昔ながらの
差別的な考えかたをしている
もてることで
母からは
のろいのような暴言も
はかれてきた
子育てのやりかたや
性格は
父に 似ているのかなと
思うけれど
母の
よいところは 真似をして
悪いところは 真似をしない
反面教師で と
思ってみても
子育てにおいて
してもらっていないことを
する
愛されていないのに
愛する
ということに
かなりの努力が必要だった
長男が帰ってくると
旦那に突然言われて
油断していたので
嬉しいパニックに
急いで
いつも以上に
布団や部屋の掃除をして
慌てて
スーパーに買い物に行き
長男の好きな食材を たくさん買った
息子のこととなると
俄然 張り切るわたし
母はつよし
大量に料理をつくる 母心💓
長男が帰ってきたとき
旦那が
お墓参りで いなかったので
部屋に昼食を用意して
おかえり 暑かったでしょう
洗濯物があったら 出してね と
長男に
声をかけることができた ウレシスギル
久しぶりにみる 長男は
以前より
表情がおだやかで
なりより
元気そうなので 安心した
多くは望まない
ただ
生きていてくれるだけで いい
半年
旦那からの伝達いじめ?で
元気にしているのかが
わからなかった
会えて
本当に嬉しかった
ゆっくり休めるように
静かにしておく
あっさり和食の
夕食を
大量に作っていると
旦那が帰ってきた
長男とは
話したみたいだけれど
内容は
いつもながら
伝えてもらえなかった
いきなり
もう 帰るらしいと 言われる
ショック
もしかして
旦那とのやりとりで
長男は 忙しいのに
無理をして
帰ってきたのかもしれない
胸が痛い
半年前に
帰ったときは
部屋が乱れて
食事も残していたのに
今回は
部屋がきれい
食事も 残らず
食べてくれていた
靴を脱いで入るところから
部屋の様子
帰るときのポーチまで
きっちりしていて
別人のようだった
何か
あったのかな
厳しい 先輩や彼女でも
いるのかな
追いつめられて いるのかな
それなら
以前のように
後悔したくないので
気をつけていなくては
だらしなくして
甘えられるときは
甘えてくれていいのに
夕食時 長男に
ごはんができたよ
一緒に食べよう と
声をかけたけれど
旦那が
夕食を持って行った
変なはなし
長男の
においや雰囲気が
変わっていた
やせていたので
働きながらの一人暮らしは
大変なんだろうな と
思った
帰ってきてくれて
ありがとう
少しだったけれど
会えて 嬉しかった
長男と
話せなかったけれど
顔をみれただけで
幸せだった
帰ったら寂しくて
寂しくて 心が痛くなった
ん?
感情が完全に
もどっている と気づいた
うーん
愛は
何よりも最強
わたしの
長男へのメールは
既読に ならないので
お盆休みに 帰ってくるのか
という長男へのメールを
胃をキリキリさせながら
旦那に
お願いにならないよう
話してみたり
お願いしてみたり と
ややこしいことを
たまに
していたのだけれど
例のごとく
いつまでも わからなかった
帰ってくるなら
ゆっくり休んで
喜んで もらえるよう
準備をしたい
長男のことだけで
旦那から
伝達いじめ? があるわけではなく
全体的に
旦那にお願いしたら断る
伝達しない
伝達しても 結果を教えない
伝達を間違えたり
嘘だったり
という生活
次男のことは
すべてわたしがやっているので
上記の不快なことは
たまにある くらいだけれど
わたしが大事に思うこと
長男のことは
以前は すべて
わたしがやっていたので
そのあたりは
さほど 問題なかったのに
今は
旦那が連絡 話しているので
ストレスフル
まるで人質
わたしに連絡してくれたら
何も
問題ないのだけれどね
お金イコール愛情ではない
とはいえ
エアコンがなく
電気代が払えない
食費もない
という老人のかたを
メディアで観ると
考えさせられる
命のためには
お金が必要
お金がない家庭で
笑っていられるのと
高収入ゆえに
家庭が難しくて
我慢をしているのと を
極端だけれど
比べてみたら
どっちが幸せか
なんて
個人の感じかたの問題だから
わからないけれど
我慢
のおかげで生活できる
というのは
違う気がする
ぶっちゃけ エアコンは必要だ
お金イコール愛情ではない
生活費や学費を払ったから
愛情を注いだ
にはならないと思う
病気のとき
困ったとき
どんなときでも よりそう
というのが
愛情 ではないのかな
久しぶりに
無呼吸の検査をしてみることに
なって
以前は
高額で
大がかりな検査だったけれど
今は 保険適用
郵送で
機械が送られてきて
着払いで送り返し
ドクターに結果が届く
という手軽さで
機械も小さく
リストバンドと指につけるもの
鼻にくだ
という
簡単なものになっていた
ぼーっと暮らす
わたしの知らないところ!?
反対側で
いろいろなひとが
いろいろな努力をして
さまざまな改善が
行われているのね と
感動した
感謝 ありがとう
機械を設置したら
緊張して
明け方まで眠れず
2回目
眠れたと思ったら
鼻のくだを
無意識に
2回も ふりほどいていて アチャチャ
3回目
また緊張して
明け方まで眠れず
眠るってなんだろう?と
悩みながら
なんとか 終了した
SPO2を
夜 続けて
計測したことがなかったので
機械を
何回か見てみたら
低かった
たんが
からみすぎたり
咳が ひどかったり
したけれど
うまく測定できたのかな
喘息と無呼吸の区別って
できるのかな
機械にしてみたら 同じじゃない?
喘息が悪いからやり直し
喘息がよいときに
無呼吸検査をするとなれば
いつも喘息は 悪いから
難しいな
などなど思ったけれど
不快な検査が終わって
すっきりした
機械の画面を見ながら
鼻をふんふん
ふんふん ふんふんして
思ったのだけれど
くだをまいているので
いびきは 普段より
少なくなるのでは ないかな
小顔マスクでも
少なくなりそうだもん
お盆休み
総合病院に
次男の検査結果を聞きに
行ってきた
過去
コンビニ診察だったので
診察は短い というイメージしか
なかったのだけれど
挨拶から始まり
丁寧で 長く
初診より
とても わかりやすくて
質問にも 快く答えてくださり
安心できた
いつの間に
ここまで改善 教育されたの?
この何年かで
こんなにも 変わったことに
驚いた
感謝 ありがとう
次男の検査結果は
ホルモン他 心配なしで
高血圧 脈拍は
やせすぎで 負担になった
脱水だった 緊張した
という可能性 とのこと
よかったぁ
食事については
食べられなくなるので
ドクターから
食事のはなしがでたら
わたしだけが
聞くようにしようと
警戒していたのだけれど
うまく話してくださり
帰りに
次男が
ケーキを買いたいと
言い出したので
安心した
普段は
大学病院にいらっしゃる
みたいなので
優秀なドクターなのね
優しいドクターで
よかった
(嫁にこないか!っと
思った アハハ)
次男の
6月から続いた病気が
もう 大丈夫そう
のんびりしたら
よくなるかな と思う
ポジティブは
ポジティブを
ラッキーはラッキーを
幸せは幸せを 引き寄せると
信じていたい
今まで
DV被害の動画などを
観ながら
わたしの感覚の正常さを
保とう としてきたけれど
マヒしたり
DVを
自分が至らないだけ
自分が悪いのだと
思ってみたり
家で
のんびりできた日に
なにかと感謝してみたり と
我慢 我慢で
なかなか 安定しないまま
日々を過ごしてきた
なかでも
経済的DVについて
考えることが 増えた
母は
旦那をかばい
わたしがワガママなのだと
わたしの責任にして
実家に帰省することを
嫌がる
父は
いつでも帰ってきなさいと
言うけれど
わたしには
帰るところがない
だから 自宅を
居場所にするしかなかった
けれど自宅も
安心できるものではなかった
病院に
恵まれなかった
母が受け入れられない
などなども
DVが
解決できなかった
理由のひとつになっていた
と思う
お金の使い方
については
お嬢様っぽい
生い立ちだから
無駄遣い なのではないか
節約しているつもりで
できていないのでないか と
思うようになった
そのうち
生理用品が購入できなくて
なぜだろう と思うようになる
内職のかわりに始めた
ネットショップ
(今はお休みしている)
で
販売するものを
40円で購入しているころから
考えかたが変わって
激安ショップでしか
買えない
という状況に
いつの間にか なっていった
ママだけ貧乏だよ と
教えてくれた
倹約家の次男の協力も
あり
何か おかしいかも? と
気づく
よく
そこまで安い店を
見つけたな と
自分で 思う
それから
何を買うにも
躊躇するようになっていった
最初は
節約上手 激安大好き
楽しいな と
思っていたのだけれど
食費
医療費を残したいので
怖くて
手を出せていないことに
気づいた
子供が幼いころ
旦那から
ボーナスも
渡されなくなって
自立していない
わたしは
じわじわ
追いつめられていた
父がときより
助けてくれるので
ホッとしていた
働いていないから
次男によりそえているので
働いている旦那に
感謝は してきたけれど
わたしの買い物は
すべて
無駄遣いなのだと
思い込んで
外食もする
家族のものは
購入するものの
自宅の物
自分の物が
買えなくなっていった
そういえば
ママ友が学校のバザーで
10円のものを購入していたときも
食べ物や 子供のものは
買ったけれど
自分のものは 買えなかった
旦那と
相談や
話し合いができていたら
違う状況になっていたと
思う
不安をぶつけたり
八つ当たり
イライラしながらの相談は
よくないけれど
ぶつかりあい
理解しあい
助けて欲しいこと
つらいことを 正直に
話せたら
解決しなくても
どんなことでも
なんとか
なるものではないかな
と思う
若いころ
女性に好かれたり
嫌われたりすることが
多かった
女性の敵は女性という
メディアで
同じような悩みの
夜のお仕事の女性がいて
そのひとのママが
女性に
ママや男性のお客さんには
好かれるけれど
女性には嫌われる理由を
話していた
男性に好まれる
見た目
動作や雰囲気
話し方
という天性の才能を
持っていて
それは努力してもできない
素晴らしいこと
なのだけれど
女性に
同じようにしていたら
嫌われる
という話だった
女性にも
好かれるひとは
女性に対して
態度を変えているという
変えていないから
嫌われる
なるほど
気づかなかった
次男のメンタルの通院で
血圧と脈拍の高さ 他を
指摘され
かかりつけに行った
わたしも ついでに
いつもの
喘息やアレルギーのこと
感情がないこと
その後のひどい頭痛で
やや良くなったこと などなどを
相談したけれど
メンタルについては
わからない とのことだった
メンタルのことは
相談しない方がよかったのかも
久しぶりに
無呼吸の検査をすることに
なった
かかりつけで
次男の
めまい 目のしょぼしょぼ
血圧 脈拍の高さを 相談する
次男の血液検査が終わり
次の日
朝イチわくで
結果を聞きに行ったら
そのまま 総合病院へ
紹介状を持って行くことになった
朝イチわくで
まわりを観察していると
予約画面の注意書きどおり
電話で
熱があるからどうしたらよいか
と相談しているひとや
40度ちかく 熱があるのに
堂々
入ってくるひとがいた ドン引き
いそぎ
総合病院に向かう
久しぶりの総合病院は
桜の木があった 駐車場は
なくなっていて
病院の駐車場は満車
以前 午後は
ひとが 少なくなっていたのに
午後の診察もあるみたいで
午前も午後も ひとひとで
大混雑していた
ご老人が多く
となりでは
咳で血を吐いたひともいて
わたしの日常とは
かけはなれた状況だった
何か もらいそう…
入り口は
個人病院より解放されていて
初診窓口で
となりのひとは
言われていたけれど
わたしは
紹介状があったからなのか
熱はありませんか?という
質問は なかった
大きな病院では
初診窓口まで行きつくために
初診のひとは 歩き回るので
個人病院のように
入る前や 入ってからすぐ
熱のあるひとをどうこうする
ということは 難しいな と
思った
(以前は 入り口ストップが
あったみたいだけれど?)
終わるまで
5時間 かかった
駐車場は 2時間無料
途中
院内コンビニに
行きたかったけれど
いつ どこから
何で呼ばれるか
わからなかったので
コンビニにも お手洗いにも
次男を放置して
うかうか行けず
みなさん
バタバタしているので
様子もわからず
ふたりで
疲労困憊してしまった
問診票に
付き添い人数を書く欄が
あった
もともと
個人病院より総合病院の方が
重症の患者さんが多いので
付き添いは
自然なのだけれど
欄があったので
付き添いで
入りやすかった
問診票は
自宅でネットより
手書きだと
質問事項が少なくて
書き忘れが多くなる
総合病院の初診診察は
待ち時間が長い 診察は短い
というイメージが
あったのだけれど
待ち時間は長め
診察時間は かなり長かった
ドクターからの質問に
次男は普通に
答えていたけれど
時間をかけて
いろいろ
質問されるとは
思っていなかった わたしは
うまく説明できず
デリケートなことは特に
ドクターから
ストレートに意見を
言われてしまい
失敗したのでは…と不安になった
心の準備をしておけば
よかった
名前を呼ばれて
診察室に入ろうと
次男が
ドアをノックして開けたときは
ドクターが
電話中なので
ストップというジェスチャーを
したようで
半開きのまま ふたりで止まった
ドクターは
私たちを忘れて
看護師さんや
他のドクターに向かい
うわ
やだやだやだやだ
無理無理無理無理と
叫んでいて
その大きな声が
ドアを開けていたので
待合室に ひびいてしまった
しばらく大声の
ドクターの愚痴を
聞いていたのだけれど
私たちに 一度も気づかず
叫んでいて
結局
隣の部屋の
別のドクターから呼ばれた
無理無理ドクターは
最初は
電話で
急変した患者さんのはなしを
していたみたいだったけれど
すぐに行きますと
言っていて
その後の
やだやだ
無理無理無理無理は
もしかして 次男が無理?と
心配になった
忙しくて
余裕がないのかな
ドクターの
素をみてしまったような気がする
診察後
次男が
安静時採血というものを
初めて経験した
4時間ほど 待って
安静にしているのに
さらに30分ほど安静に と
看護師さんから言われ
疑問に思っていると
ベッドで横になって
という意味だった
さらに 時間が過ぎていく
その後
尿検査を追加され
結果を聞くかどうか
わからなかった
個人病院のことが
あるので
受付まで行って質問したら
尿検査の結果は 次回だった
次男の検査結果は
休日があるので
一週間以上かかる
それまでは 安心できない
お薬は なかった
お盆休みに
診察があるので
お盆休みに
お墓参りに行かないで
次男と通院になった
今回 次男は内科で
お世話になったのだけれど
呼吸器内科が
ないように思えた
どこに行ってしまったのだろう!?
忘れたいとき
考えないようにしようと
思えば思うほど
考えてしまう
このボタンを
押さないでくださいと言われて
押してしまうのと
同じ かんじ
無我夢中で
何かしていると
嫌なことを忘れる
という
車イスのひとが
記憶喪失になり 歩いた
というように
忘れるのは いいこと と
言われているけれど
楽しいことや
興味のあることを
探して
夢中になっても
忘れたいことは
なかなか忘れられないもの
忘れなくても
自分の一部
人生の肥やしにすればいい と
わたしは思う
そのままで
別にいい
これは問題だ
悪い よくない 不快だ と
解決しようとすれば
苦しい
たいしたことではない
いつものことで
ただの出来事 と思えば
苦しくない
ということも
なかには あるかもしれない
けれど
ただの出来事
にしてしまうと
感情がなくなる
記憶にもやがかかる
物事を
大きくとらえるのも
小さくとらえるのも
大小に
自信がなくなるのも
そのとき
そのひとの感情だから
否定はできない
その感情は
尊重すべきこと
否定せず
受け入れるべきこと
なんだと思う
自分や 身近なひとの
ほめるところがない
落ち度ばかりが
気になることも ある
ほめることを
忘れがち
ほめるところは
案外 見つかるもので
自分のことも
身近なひとも
意識して ほめよう
ほめることがない
ほめるなんて
考えてもいなかった
という悪い状況でも
必ず
ほめるところはある
悪い状況にいるひと
のほうは
ほめられることがない
ほめられるはずがないと
思っている
わざとらしい ほめかたは
よくないけれど
日頃よくみていれば
そのひとに
ピタッとくる ほめる
が できるようになる
やばっ いいね
という言葉でも なんでもいい
ほめ言葉を
年齢にあわせれば
伝わりやすい という
とかなんとか
わたしも これだけ
自分で書いておきながら
正論
ポジティブに疲れる
よかれと
ひとから言われた言葉に
傷つくこともある
学び 気づき
後悔
反省することも多い
ああ
しんどいな
そんなときは
自分のペースで
自由にいられたら いいな
逃げられない
やめられないと
思うから
しんどくなるだけで
逃げて
やめてみればいい
うざったいときは
毒をはいてもいい
身近なひとと
わかりあうための
ケンカをしてもいい
トラブルを避けて
弱々しくいるのも
それはそれで 十分いい
自分の願う未来
純粋に こうなりたいという
思いは
未来を変えていく という
だけれど
信じられなくなるときって
普通に ある
願いがあって
叶えたいとき
いつまでも
叶わなかったり
時間がかかりすぎたり
したら
だんだん 卑屈になり
自己肯定感も 低くなり
ネガティブな気持ちに
願いが 負けていく
そもそも その願いは
本当に
自分の願いなのか
いつの間にか
頑張ったご褒美 みたいに
考えているけれど
ご褒美なのかな
ということを
一度落ち着いて
考えてみる必要がありそう
例えば
自分の幸せが
お金がたくさんあること と
考えていたとして
神様からしてみたら
(何の神様かは
わからないけれど)
自分が
毎日笑っていることが
幸せだとする
どっちを望む?
願いの内容が
望む幸せに つながるなら
道がひらけてくるのでは
ないかな
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