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2024年7月に作成された記事

2024年7月 6日 (土)

愛することが わからなくなるとき

花のはなしが

続きますが

 

ひとを 心から愛する

ということは

なかなか

できることでは なく

 

誰でも 愛せるか

というと

そんなことは ない

 

心から愛した 誰か

または 家族に

 

深い傷を 与えられることも

ある

 

愛しても 愛しても

報われず

 

傷つき

 

もう 愛など なくていい と

投げだしたくなることも ある

 

花は

誰かに 愛されるために

咲いているだろうか

 

なんとなく

花は

人間のために 咲いている と

勘違いを

してしまうけれど

 

花は

ただ 咲いている

 

愛も同じ

 

高次なひとは

愛することは 与えること

見返りを求めるのは

愛ではない と おっしゃる

 

だけれど 正直

見返りも 欲しいじゃない

 

愛するほど

自分が傷つくのが

怖くなる じゃない

 

とりあえず

自分自身を 愛することから

ゆっくり始めて

自分自身を

大切にできるように

 

自己犠牲が ひどいな

なんてね

日々 考えてみる

 

深い自己愛で

傷つくことを 怖くなくする

自分を愛せたら

誰かを

本当に愛することができる

なんて

高次なひとは おっしゃるけれど

なかなか難しい

 

それに

傷つくことは

弱いわけでも

恥ずかしいわけでも

悪いこと でもない

自分を守ること

 

当たり前のこと だと

わたしは 思う

 

ひどい出来事は

本当に

ひどい出来事 なんだよね

 

ならば

愛を与えることに

集中してみる

見返りを 期待しない

てことにして

 

愛することの 喜びを

心 ほくほく

知ることが できたら

 

本当の愛への第一歩 なのかな

 

いやいや

真実の愛だの 

花や愛の 本質だの

そんなに

難しく考えることは

なしにして

 

花が

咲いているように

愛も

そこにあるんだな 

程度で

 

ほっこりして いられたら

いいよね 

多分ね

2024年7月 3日 (水)

咲いた花

毎日

川へ水汲みに行く

ひとがいて

手には

ふたつの 水がめを 持っていた

 

ひとつは 

完璧な 水がめで

毎日 満タンで 家に到着

 

もうひとつは

ひび割れた 水がめで

家に 到着したころには

半分しか

水が残っていない

 

完璧な 水がめは

自分を

誇りに思っていて

ひび割れた 水がめは

自分を

恥じていた

 

仏陀は 

ひび割れた 水がめに

川から水を 運んできた道

を よくみるように

言った

 

そこには

美しい花が 咲いていた 

 

欠点だと

思っていたものが

実は 

美しい花を 咲かせている

 

完璧を

求めすぎると

その過程で うまれる

「恵み」を

見逃してしまう

 

自分を知り

 

咲いた花を 知ろう

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momo

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